第三十五話 夜空を眺めて
「皆忙しいと思うし、面倒なことはさせたくなくて。
彼女に浮気されたオレにも責任があるからね。
それに、この限界集落で古い家を買って暮らそうと決めたんだよ。
都会に帰るついでに親に伝えに行こうかなって思ってね」
「玲司さん……」
裏切った人たちと会うのは、どれだけつらいものなんだろう。
話を聞いただけで私の心はモヤモヤするのに、玲司さんは嫌な顔を一つしないで話している。
まるで未来にある希望しか見えていないかのように。
「生きていると、仕方がないと割り切らないといけない時もある。
つらいこともあったけど、隣を歩きたいと思う人ができたから。
もう一度、人を信じて生きていこうと思うよ」
玲司さんは口角を上げて私と聖さんの顔を交互に見た。迷いがない瞳だ。
こくんと頷いたあと、聖さんに視線を向けると大きく目を見開いていた。
「まさか……!? 蒔菜に惚れたんじゃないだろうな」
「違うよ。聖って照れ屋さんなんだね」
隣を歩きたいと思う人とは、きっと聖さんのことだろう。
力になろうとしてくれているんだ。
「蒔菜じゃないのなら……。牡丹さんに惚れたのか」
聖さんは気づいていないようだけど。
いつか気づく時がくると思うから黙っておこう。
「私が玲司さんの分も頑張ります。だから、玲司さんに休みをくれませんか?」
「蒔菜には無理をさせない。俺がやるから。
ということで、玲司は明日から休みだ。
一週間でも一ヶ月でも待つから、無事に帰ってきてくれ」
「ふたりともありがとう。この恩は必ず返すよ」
玲司さんは爽やかに笑ってそう言ってから、すぐに出掛ける準備を始めた。
次の日の早朝、聖さんは玲司さんを駅まで送って行った。
三人で暮らすことに慣れたところだったから、なんだか少し寂しいような気がする。
その日の夜、私は縁側に座って夜空を眺めた。
今日は天気がいい。キラキラと輝く無数の星が見える。
「玲司がいないとこんなに静かなんだな」
聖さんがやってきて私の隣に座り、同じ夜空に視線を向ける。
「毎日、賑やかでしたよね。
古い家を買うって言っていたので、そのうちまたふたり暮らしに戻るんでしょうけど」
「俺とふたりきりでは寂しいか?」
少しムスッとした表情をしながら聖さんが聞いてくる。
勘違いされたくないから、私は頭を左右に振った。
「いえいえ、そういうわけではないです。
私たちは恋人同士じゃないですか。
ふたりきりでいる時間は必要だと思います」
「そうだな。この時間は大切だ」
膝の上に置いていた片方の手に聖さんが触れてくる。
大きな手で優しく包んでくれて、心が癒やされるほど温かい。
聖さんは私にだけ見せる特別な笑顔を向けてくれた。
熱くなってきている顔を見られるのが恥ずかしい。
それを隠すために私は再び夜空を見上げた。
「聖さんと出会って、このに引っ越して来て、よかったなって思っています。
生まれ育った都会で働いて生きていくと思っていたので。
限界集落に住んで人生が変わった気がします」
「人生を変えるか……。
蒔菜と玲司の行動力はすごいな」
「聖さんもすごいですよ。
社長になったんですから」
「そうだろうか」




