第三十四話 前に進むふたり
「玲司さんのために持ってきたんじゃないですか?」
ニヤニヤしながら聞くと、牡丹さんは照れくさそうに顔を横に向けた。
「蒔菜さんに食べてもらいたくてもってきたのよ。
せめて、デコレーションされてるマドレーヌは蒔菜さんが絶対に食べてよね」
大きな透明の袋には、個別に包装されたマドレーヌがたくさん入っている。
その中にある大半のマドレーヌは何もデコレーションされていない。
よく探してみると、ピンクとホワイトのチョコで桜の絵が描かれているものが四個入っていた。
「わあ、すごく可愛い!
一番豪華なマドレーヌを私のために……」
「迷惑を掛けちゃったし、友達には一番いいものを渡したいから」
「牡丹さん……。お礼に私もお菓子を作ろうと思います」
笑顔でそういうと、牡丹さんもにっこりと笑ってくれた。
「それじゃ、今度、うちに遊びに来ない?
あたしと一緒にお菓子を作りましょう」
「いいんですか」
「ええ。友達と話しながら作ってみたかったのよ。
材料の他におすすめのアップルティーも用意しておくわ」
「遊びに行くのが楽しみです」
「パパに蒔菜さんと食事をしたって話したの。
そしたら、会ったことがないから顔を見てみたいって言ってたわ」
「あっ……。そういえば、村長に挨拶をしていませんでした」
「機会があれば会えるでしょうし、他の日でもいいでしょって言ったんだけどね。
貴重な時間をパパに奪われたくないわ」
「牡丹さんはご両親と仲がいいんですね」
「鬱陶しいと感じることはあるけど、仲はいい方だと思う。
蒔菜さんも親と仲がいいんでしょ?
こんな田舎に住むことを許してくれたんだから」
「…………」
牡丹さんが遊びに来た日の夜。
晩ご飯の片付けが終わった後、茶の間に戻ると玲司さんが聖さんの前で土下座をしていた。
「社長、お願いしますっ!
一週間、いや、三日だけでもいいから休みをください」
聖さんは、無表情で腕を組みながら玲司さんを見ている。
「これから仕事が忙しくなるっていうのを分かっているんだろうな」
「夏には色んな野菜がスーパーに並ぶからそんな気はしていたけど。
いつまでも引きずったままでいたくなくて」
茶の間が重たい空気に支配されている。
心安らぐ空間に戻すために、私もふたりの話に参加することにした。
「どうしたんですか?」
声を掛けると、玲司さんが頭を上げて私に視線を向ける。
「一旦、自宅に帰ろうと思ってね」
「元カノと一緒に住んでいた家に帰るんですか!?」
「そうだよ」
「確か、元カノさんはドラムをやっていた男性と暮らしているんですよね。
帰ったら修羅場になるんじゃ……」
「自分の荷物を取りに行くだけだよ。
いつまでも残しておきたくないからね。
それだけだから、ふたりと口喧嘩してくるつもりはないよ」
「気まずいでしょうし、知り合いに頼んだ方がいいんじゃないですか?」




