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第三十六話 手に入れた幸せ

 急に聖さんの声に元気がなくなった。


 どうしたんだろう。


 気になった私は聖さんの顔に視線を移す。


 すると、真剣な表情をして家の前にある畑に視線を向けていた。



「俺はこの家を守ると決めたから、選択肢が限られていた。

 うちの限界集落で働ける会社は二、三社くらいしかない。

 求人を募集していることも稀だった。

 だから、遠くに行かないで働くためには自分で会社を立ち上げるしかなかったんだ」


「大変だったと思います」



「ああ。たくさん勉強したし、色んな人に教えてもらったな。

 毎日、必死で駆け抜けてきた。

 収入が安定していなかった時に挫けそうにもなった。


 祖父母の実家を継がないで、限界集落から出て、市街地に住んでいたら、こんな苦労はしなかったんだろうなって。

 ひとりでいる時に暗い気持ちになる時があった」



「聖さんも落ち込むことがあるんですね」



「ないといえば嘘になる。

 経営が安定しているけど、本当にこれでいいんだろうかと疑問に思う時があった。


 限界集落に住む人が減っていって、いつか人がいなくなってしまうんじゃないかと不安になってな。

 でも蒔菜と出会ってその迷いがなくなった」


「わっ、私ですか!?」



「蒔菜がこの限界集落に旅行に来て、まだ希望があるんじゃないかと思ったんだ。


 畑と山しかないところだけど、この場所を見つけてくれる誰かがいる。

 有名な場所になったら人が戻ってきて、賑やかにな場所になるかもしれない。

 そう簡単なことではないと分かっているけどな」



「前向きに考えられるようになったってことですね」



「ああ。それに、困っている蒔菜を助けた時、俺はこの限界集落を支える人のひとりだって強く感じた」


 真剣な表情をしてそう言った聖さんは、ここから一生離れることはないと思う。


 自分の家と土地だけではなく、限界集落も守っていくつもりなんだろう。


 それでも、私は……――



「これからも聖さんの力になりたいです」



 困っていた私を救ってくれただけではない。


 服や靴が泥だらけになっても、いくら汗をかいても一生懸命に野菜を育て、会社では従業員の皆を大切にする。


 いつもクールだけど、困っている人を放っておかないお人好し。


  そんな聖さんのことが大好きで、どんな場所にいても傍で支えていきたいから。



「今、頑張れているのは蒔菜のおかげだな」


「私もいますし、玲司さんも戻ってくるのでひとりじゃないですよ。

 たまには責任以外のことも考えてくださいね」


 微笑みながら真っ直ぐに見ると、聖さんは目を見開いてから優しい笑みを向けてくれた。


 そして、綺麗な夜空を見上げた。


「そういえば、大人になってから土地を守ること以外の夢を考えたことがなかった」


「夢は降ってきますよ。流れ星みたいに、急に」


「なるほど。今、俺のところにも降ってきた」


「どんな夢ですか?」


「願い事は心の中に留めておくものだろ」


「それは流れ星を見た時の話で。

 教えてくれてもいいじゃないですか」


「祖母にアイスを間違えてしまった俺が願っていいのか分からないけど……、俺にとってすごく幸せな夢だ」


「幸せな夢って……?」



「それは、俺が最も大切にしたい人を一生守っていくことだ」





 あっという間に春が終わり、夏がやってきた。

 

 蝉の鳴き声が聞こえる中、私はちゃぶ台の上で手紙を書く。



『お父さん、お母さんへ。


 私は限界集落でクールな社長と楽しく暮らしています。

 近所の人や職場の人も優しいし、友達がふたりできました。

 たまに一緒にご飯を食べることもあるんですよ。


 苦手だった野菜も前より食べれるようになりました。(夏野菜が特に苦手なので、食べれるようになりたいです)


 私と社長が育てた野菜が入っているので食べてみてください。


 あと、素敵な彼氏を紹介したいので、お盆になったら彼とふたりで挨拶に行きたいと思っています。

 その時に大事な話もさせてください』



「蒔菜。ご両親に送る荷物のことだけど、他に入れたいものはあるか?」


「この手紙を入れたいんです」


 窓から太陽の光が差し込み、左手の薬指につけたダイヤモンドの指輪がきらりと輝いた。




 ―完―

* * *

お読みいただきありがとうございました。

蒔菜たちのお話、いかがでしたでしょうか。

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