第三十話 心が解ける優しい味
「あたし、にんじんが嫌いなの。
胡麻和え、スープ、カレーに入ってるから、食べられる料理がない。
引っ越す理由を作るために自滅するつもりだったの?」
にんじんは避けていいから一口だけでも食べて欲しい、っとは言えなかった。
私も野菜が苦手だから牡丹さんの気持ちがわかる。
……また料理で失敗してしまった。
聖さんのように上手に料理を作って、誰かを笑顔にしたいのに、私にはできない。
どうせ負けるなら、美味しくないと言われたかった。
勝負にならなかったのが悔しくて、俯いてから膝の上で拳を作る。
「そのにんじんの生産者は和男さんなんだ。
うちの会社の人気商品の一つでもある。
甘くて臭みのない味だから、そのまま食べても美味い。
道の駅でも販売した時があっただろ」
「ええ。ベーターリッチっていう品種よね」
「あと、その小松菜は俺と蒔菜が育てたんだ。
ぜひ食べてみてくれ」
「でも、にんじんが入っているから……」
ちゃぶ台の周囲の空気が重たい。
負けたことによって思考が停止してしまい、どんなことを言えばいいのか分からなかった。
その空気を変えてくれるように、誰かが箸を持つ音を立てる。
顔を上げてみると、箸を持った人は玲司さんだった。
小松菜とにんじんの胡麻和えを摘んでいる。
「これが蒔菜ちゃんが言っていた小松菜か。
甘みがあってさっぱりしているね。
牡丹さんが食べないなら、オレが食べちゃうよ?」
「玲司がご飯を食べる姿、尊すぎっ……!!
……あたしも食べてみようかしら。
勝負をする前に勝ったなんて誇れないし」
「牡丹さん……。ありがとうございます。
最初で最後になると思いますけど、一緒にご飯を食べることができて嬉しいです」
精一杯に微笑んで言うと、牡丹さんが大きく目を開いて眉を八の字にした。
「蒔菜さん……」
小さな声で言っていたけど、初めて名前を呼んでもらえた。
自信満々だった作戦が上手くいかなかったから、今後どうなる分からない。
でも、牡丹さんに向けて作った料理を食べてもらえるのは嬉しかった。
「いただきます」
箸を持って軽く頭を下げた牡丹さんが、小松菜とにんじんの胡麻和えを口に運ぶ。
「……美味しい。優しい味付けね。
小松菜の青臭さがあまりなくて食べやすいし、にんじんも食べれる。
でも、少ししょっぱいわね……。あたしのせいでっ……」
牡丹さんは瞳を潤ませながら次々と料理を食べる。
ズズッと鼻をすすった時には頬から涙が零れ落ちていた。
「ごめんなさい……。
本当は、蒔菜さんに村から出て行って欲しいなんて思っていなかったの……」
「私のことが嫌いなのに……?」




