第二十九話 黄金のように輝いて
遂に正体がバレてしまった。
でも、玲司さんの表情は変わらない。眉根を寄せたままだ。
「きゃーっ!! まじで信じられないんだけど。
あたし、玲司の大大大ファンなの!!
ライブに行ったし、グッズも集めてる。
痛バも作ったし、ローマ字で名前が書いてあるストラップも車の鍵に付けてるの。これ、見て!」
早口でそう言った牡丹さんは、カーディガンのポケットから、ジャラッと沢山のキーホルダーがついた車の鍵を取り出して見せる。
そこでやっと玲司さんの険しい表情が緩んだ。
「これはドームでライブをした時、こっちは地方のライブ限定のグッズ……。集めてくれて嬉しいよ」
「握手して……! あと、サインもっ……!」
震えた声、小刻みに震えた手。
推しが目の前にいて牡丹さんは緊張しているんだろう。
しかし、玲司さんは牡丹さんの伸ばした手に触れなかった。
「オレの握手とサインは安くないよ?
でも、蒔菜ちゃんと食事をしてくれたら、してもいいかな」
「分かったわ! 玲司のためならなんでもする!」
「…………」
あっさりと従う牡丹さんを見て、私と聖さんはぽかんと口を開けていることしかできなかった。……推しの力は偉大だ。
そのおかげで、ちゃぶ台の前に敷いた座布団までスムーズに案内することができた。
玲司さんが牡丹さんの話の聞き役になっているから、余裕を持って準備することができる。
「手伝うか?」
「ひとりで準備できるので、聖さんは座っていてください」
「じゃあ、傍で見守っている」
聖さんの方を見て微笑んでから背中を向けた。
肘のところまで長袖を捲くって、台所にある食器棚からレトロな皿を取り出す。
小鉢には小松菜とにんじんの胡麻和え。
スープマグカップには、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、ウインナーがごろっと入っているコンソメスープ。
最後にメイン料理を用意する。
まずは、つやつやに炊いたご飯をしゃもじで皿の半分くらいのせる。
それを少しでも美味しく見えるように楕円形に整えた。
この料理で今後の未来が決まると言ってもいい。私にとって大きな挑戦だ。
今日の昼ご飯のメニューと材料は自分で決めた。
正々堂々と勝負したいと思ったから。
聖さんには買い物に付き合ってもらって、作り方を教えてもらった。
私には絶対に勝てる自信があった。
なぜなら、メイン料理は人気の家庭料理であるカレーだから。
カレールーと水の分量を間違えなければ失敗しない。
これが、散々嫌味を言われてきた私が牡丹さんにする仕返しだ。
しかし、皿から溢さないようにカレーを分けないといけない。
胸に手を当てて深呼吸をしてから、おたまを持ってカレーを掬う。
バターで炒めた野菜と豚肉、中辛のカレールー、隠し味にりんごジャムを入れてある。
ほんのり甘くてスパイシーな香りが台所に広がる。
しっかりと煮込んだから程よく水気が飛んでいて、とろみがあった。
それをご飯がのっている皿にゆっくりとかける。
上手く盛り付けることができて肩の緊張が緩んだ。
人生で初めて作ったカレーは黄金のように輝いて見えた。
四人分の料理をちゃぶ台に運ぶ。
私が座布団に腰を下ろすまで、牡丹さんは玲司さんに夢中になっていた。
「玲司はなんで失踪してるの?」
「秘密だよ。ここにいることも誰にも言わないでね」
「もちろん、約束するわ。推しを悲しませたくないもの」
「あの、牡丹さん。準備ができました」
「もう終わったの?
推しと話しているとあっという間ね」
「すべて私が作りました。
絶対に勝つ自信があります。食べてみてください」
「いい度胸ね。何を用意してくれたのかしら」
目の前の料理に視線を下ろしたけど、牡丹さんは箸を持たなかった。
「残念だけど、この料理を出した時点であなたは負けているわ」
「どういうことですか……?」




