第二十一話 受け止める勇気
「気のせいじゃないかな。
それじゃあ、オレは野菜運びに戻るね」
玲司さんは近くに置いていたダンボールを持って、逃げるように去っていった。
「彼、誰かに似てると思わない?」
「さあ……」
嘘はつきたくないけど、首を傾げて知らないふりをした。
「そうよね。こんなど田舎に用事なんてないでしょうし」
誰に似てると思ったんだろう。
あんかけわさびの玲司だとバレていないことを祈る。
牡丹さんは服についた泥を落としてから、私の持っているお盆から湯呑を取った。
まだ熱いというのにも関わらず一気にお茶を飲む。
そのあとドンッと勢いよく湯呑を返して、バッグから財布を取り出した。
「これは、あたしが踏んだじゃがいもの代金。
廃棄にすると思うから買い取らせてちょうだい」
「そんな……。悪いのはこっちの方なので気にしないでください」
「いいのよ。農家が汗水垂らして大切に育てたものだから、美味しくいただかないと。
その代わり、聖くんにちゃんと伝えておいてよね」
足元に転がっていた一個のじゃがいもを拾って帰っていく。
堂々としている背中を見て、今まで話したことが本気だと言うことが伝わってくる。
牡丹さんなりの熱意を感じて、認められたいとは違う気持ちが芽生えた。
湯呑を洗っていると玲司さんが事務所に入ってきた。
「落としたじゃがいものこと、聖に謝りたいんだけど何時頃に帰ってくるかな?」
「あと三十分くらいで戻ってくると思います。
私が伝えておきますので、仕事に戻っていいですよ」
綺麗に洗ったあと、水切りかごに置いてからタオルで手を拭く。
他にも言いたいことがあるのか、玲司さんは私に視線を向けていた。
「さっきの話のことだけど、蒔菜ちゃんは面倒な人に絡まれているんだね」
「悲しいですけど、嫌われているのかもしれません」
「ネガティブに考えなくてもいいんじゃないかな。
弱い犬ほどよく吠えるって言うし。
気にしてると、美味しいものさえ喉が通らなくなっちゃうよ」
「はい……。あの……、ウリ坊もよく鳴くんでしょうか?」
「分からないけど、彼らも内に秘めた叫びがあるから鳴くんだろうね。
オレを追い掛けたイノシシも怒ったブタのような声を出していたよ。あれは迫力があった」
「追い掛けてきたイノシシに怒っていないんですか?」
「はははっ。オレがいくら怒っていても、出てきてくれないでしょ」
「確かに見つけるのは大変そうですね」
「落としたバッグの中には、道の駅で買ったりんごチップスが入っていたんだよ。
もし、あのイノシシが自分の子供のために必死に餌を探していたとしたら……。
そう考えると責める気にならないかな。
バッグに甘い食べ物を入れていたオレも悪いし」
「それくらい全然悪くないと思いますけど……」
玲司さんは壁に凭れ掛かって腕を組み、口角を上げて窓を見つめた。
今日の天気は晴れだ。爽やかな吹いていて、青い空には薄くて白い雲が流れている。
数本見える桜の木から花びらが散っていて美しい。
でも、玲司さんが見ているのはこの景色ではなくて、もっと遠いところのような気がした。
「オレはね。許す、許さないじゃなくて、一歩下がってただ受け止めるようにしたんだ。
自分の耳で聞いたことや見たことが相手の本心とは限らないからね」
「白黒はっきりさせないってことですか……。難しいですね」
「うん。真逆の考えを持った人の隣を歩くのは、特に難しいと思ってる。
……変な話をしてごめんね。
オレが言いたいのは、じゃがいもで転んだ子と無理に歩幅を合わせなくていいってことだよ」
「気に掛けてくれてありがとうございます」
「困っている蒔菜ちゃんを放っておけなかったんだ。
隣を歩けそうだなって思った人ができたから」




