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二百九十四話 宮殿でも掘りました!

 サリアに黄金の薔薇のことを聞いた俺は、その後、大広間へと戻ることにした。


 しかし大広間の前に行くと、大慌てで一人の白髪を生やした黒衣の老人がやってきた。


「ヒール陛下・・!! こ、ここにおられましたか!!」


 話したことはないが、誰かは分かる。この王国の宰相だ。


 宰相はすぐさま俺に低く頭を下げた。


「こ、この度のことは誠に申し訳ございません!!」

「何がだ?」

「ベッセル伯家のエルセルドめが、陛下を襲ったことでございます!! ただいま、王都の衛兵に捜索を命じております!! また、父のベッセル伯ですが、自らを拘束させ檻車に乗り、この王都へと向かっております」


 最初は、なぜここまで焦っているのか分からなかった。俺が昔の、無能の王子であれば、ここまで騒ぐこともなかっただろう。


 だが、今の俺はシェオールの主だ。エルセルドの犯行は、シェオールへの宣戦布告と取られてもおかしくない行為だと感じたのかもしれない。俺を殿下ではなく陛下と呼んだのも、そのためだろう。


 王国の実務と外交を取り仕切る宰相は危機感を覚えていたようだ。王国の諸侯が他国の者に犯した罪は、王に責任が及ぶ。ましてやエルセルドは、王国軍の将軍だ。一種の国際問題に発展するのではと危惧したのかもしれない。


 他の王族はまったく責任を感じていないようだったが、これは立場の違いだろうか。


 父は王族よりも宰相に、俺やシェオールのことを詳しく伝えていたのかもな……シェオールの力を詳しく知っていれば、この反応も理解できる。


 俺は首を横に振る。


「気にしないでくれ……まあ、その、俺もエルセルドには、少し悪いことをした気もしている。その気持ちは、どことなく理解できる」

「そ、それは……あっ」


 一瞬、分からないと言った顔をした宰相だが、すぐに何かに気が付いたような顔をした。


 俺がエルセルドから、半ばリシュを奪い取ってしまった……そんなふうに思わせたかった。


 もちろん、こんな恥ずかしいことを言って悦に浸りたいわけではない。あくまでも、演技のリシュとの熱愛を補強するためだ。


 宰相は困惑するような顔をしたが、やがて額の汗を袖で拭って答える。


「そ、そういうことでございましたか──とはいえ、それで陛下を害そうなどとは」

「誰が相手であっても、色恋沙汰で殺人をしようなど、許されることではないのは確かだ。だが、俺はこの件でシェオールの主として何か求めることはない。誰かの血が流れることも望まない。父にはどうか、寛大な処置を求めてくれ」

「は、ははあ! 仰せの通りに!!」


 宰相はそう言うと、すぐに宮殿の行政府へと走っていった。


 昔は俺に目もくれなかった男が、立場が変わるだけで、俺にここまで気を遣うとは。


 ベッセル伯がどうなるかは分からないが、こう伝えたし、死罪は免れるはずだ。エルセルドは見つかれば死刑だろうが……事が終われば贖罪の機会を与えるつもりだ。


 そうして俺は、パーティーの開かれている大広間へと戻った。


 リシュの熱弁により、俺は他の王族たちとほとんど話さずに済んだ。リシュによってボストールとライシアが釘付けにされ、他の王族たちが抜け駆けするわけにはいかなかったのだ。


 俺もリシュを支援するように、リシュの作り話に相槌を打ったり、たまに謎に手を握ったりして、話が逸れないようにした。


 やがて日が暮れると、リシュがこちらに身を預けてくる。


「殿下……申し訳ございません。少し疲れが」

「大丈夫か? 今日のところは休むとしようか」


 俺はそう言うと、ボストールとライシアに顔を向けて頭を下げる。


「兄上、姉上、そして皆さま。今日はこのような会を開いていただき、ありがとうございます。今夜は、宮殿の一室で泊まらせていただこうかと」


 俺が言うと、ボストールとライシアは作り笑いを向けてくる。


「お、おお。それがいい! 父上は、そなたの部屋はそのままにしておるようだ」

「ええ、ゆっくりするといいわ。あとで良い茶や香を持っていくわ」

「いや、それなら俺がすでに用意してある!」


 睨み合う二人。

 そんな中、リシュは俺を抱き寄せると、上目遣いで見る。


「殿下……私もう」

「……ああ。兄上、姉上、ありがたいのですが……」


 二人は察したような顔をすると、慌てて笑顔を取り繕う。


「ごめんなさい! 邪魔されたくないわよね。明日、またお話しさせて」

「そ、そうするか。ひとまず、今日のところはお開きとしよう」


 ボストールとライシアがそう言うのを見て、俺はリシュと共に頭を下げた。


 それからリシュに身を寄せられながら、大広間を出る。近衛兵や使用人たちが脇に控える中、熱愛ぶりを演じながら、赤じゅうたんの敷かれた廊下を歩いていった。


 周囲は皆、ただ真剣な表情で頭を下げるだけ。後ろからリエナたちもついてきているが、無言。


 ……色々と気まずいが、リシュの演技に負けないようにしなければ。


 そうこうしているうちに、俺の部屋が見えてきた。


 大広間を出て、廊下を真っすぐ一番奥の部屋。王族のものとしては飾り気のない木の扉の前で足を止める。開くと、そこには豪華な調度品とは無縁の、かつての俺の部屋があった。


 そこには、あまりにも殺風景な部屋が広がっていた。枠組みだけのベッドと、椅子、机、書棚だけが置かれている。


 シェオールへ行く前に、この部屋にあったものは、家具以外すべて処分した。とはいえ、あったのは書物ぐらいで、それらは王都の孤児院などに寄付という形で引き取ってもらった。


 あまりこの部屋に愛着を感じないのは、シェオールが名実ともに俺の故郷になっているからだろうか。


「……本当に、そのままだな」


 俺は部屋の隅々に目を凝らして言った。灯りはないが、【洞窟王】の力で暗くはない。床には埃が積もっているが、足跡のようなものの跡はなかった。


 何か魔力の反応があるわけでもない。


 しかし、エルセルドたちが持っていた透魔晶のようなものを、父や他の王族が持っている可能性もある。


 ひとまずは、しっかりと部屋を調べるとしよう。


 そう考えていると、マッパがすぐに壁の蝋燭に火を灯し、部屋の隅々を見てくれた。リエナとフーレも、同じく手分けして探してくれる。


 外は執事の姿の十五号とゴーレムに見張ってもらい、俺も部屋を調べることにした。


 だが、特に異常はない。


「一応、大丈夫、だと思う」


 フーレが言うと、マッパもこくこくと頷いた。


 とりあえずは、盗聴などされる恐れはないと見ていい。


「そう、か……皆、ありがとう。リシュも……色々と、ごめん。演技とはいえ、あれは」


 やりすぎだったと思う。俺にはとてもできない。


「き、気にしないで! ほとんど、本当のことを喋っていただけだし! それに……別に嫌じゃ……ともかく、大丈夫だから!」


 顔を真っ赤にして答えるリシュ。先ほどまでのことを思い出し、羞恥心に悶えているのだろう。俺とは比にならないくらい、辛い思いをしたはずだ。


 俺はただただ頭を下げた。


「本当にありがとう、リシュ……だけど、おかげでこの宮殿を探ることができた」

「よ、よかったよ」


 リシュは顔を赤らめながらも、笑顔で頷いてくれた。


 なんとも気まずいな……


 いつもの表情でこちらを見るリエナと、ニヤニヤと見てくるフーレ。


「いやあ、ヒール様とリシュさん、お似合いだったと思うなあ」

「私もそう思いました。ちょっと羨ましくなるぐらいに」

「私なんかとても!!」


 リシュはそう答えるが、フーレは「そんなことないって」といじり続ける。


 俺はそんなリシュに助け舟を出すようにコホンと咳払いした。


「……と、ともかく、状況整理だ」


 サリアの黄金の薔薇のことは置いておくとして、リシュが俺との幼少時について熱弁を振るっている隙に、大広間とその周辺については探索することができた。


 俺が大広間を中心に探索している間に、リエナとフーレたちは外を探ってくれた。


 だが結局、目ぼしいものは見つからなかった。少なくとも大広間と庭園に、変わったものは何もない。


 一番頼りにしていた魔力の反応だが、何か装置のようなものの反応はなかった。


 王族たちの中にはやはり強力な魔力を持つ者も多数いたが、それも今まで見てきた者たちと比べれば、驚くほどのものでもない。


 一方で、どうしてもリエナたちが近寄れなかった唯一の場所がある。大広間を出て少し歩いた場所にある、王の居館だ。


 そこは特に宮殿でも警備が厚い場所で、千近くの近衛兵が死角のないように立哨している。雨や雪が降ろうが、屋根上にいつも立っているほどだ。


 近衛兵の中には、今日見た王族に劣らないほどの魔力を有す者もいる。俺の記憶が正しければ、貴族の家から優秀な魔法使いを採用していた。侵入を察知される可能性もある。


 リエナが言う。


「姿を隠せば、侵入自体はできたと思いますが」

「でも、今回はそれをしたくないから、リシュさんがあんなことを」

「も、もう言わないでほしいかな……」


 両手で顔を隠すリシュ。時間が経ってくるにつれて、さらに恥ずかしくなってきたのかもしれない。


「今侵入するのは危険だ。それに今は、気になる場所もある……」


 俺は部屋の窓から外を見た。


「黄金の薔薇の種が眠っていた場所、ですね」


 庭園に立つ巨大な杉。その近くには、昼にはなかった木板に囲まれた場所があった。周囲には足場が組まれ、これから温室でも建てるかのように見える。


「ああ。サリア姉上は、あそこに種が埋まっていたと言っていた」


 サリアは俺の言った通り、あの場を人目のつかないようにしてくれた。


 あれなら掘っても、すぐには気がつけない。


 だから、掘ればいい……。


 フーレは首を傾げて言う。


「話したこともない私が言うのもあれだけど、そのお姉ちゃんは信用できるの? 黄金の薔薇の種ってのも、本当にこの庭園に埋まっていたって言い切れる?」


 まさに俺が抱いている不安を、フーレは口にした。


「信用できる、か……良くも悪くも、裏表のない人なのは確かだ」


 しかし、サリアは父やバルパスとも話す関係にあった。バルパスが俺に父の居場所を明かさなかったことを考えれば、サリアも何か隠している可能性が高い。


 そんな中、リエナが口を開く。


「私の目にも、そう見えました。それに、あの方からは何故か……」


 リエナは自分の脚の紋章に目を落とす。


 【百姓】だったはずの紋章は、天気を操るほどの紋章になっていた。


「そういえば……サリア姉上の紋章【聖女】の力も、リエナの力に近かったな」


 サリアの紋章は、植物の成長を早めたり健やかにする。それだけでなく、雨を降らしたり、雨を止ませることもできた。


 リエナは驚くような顔で言う。


「そうだったのですね」

「ああ。でも、リエナみたいに瞬時に天気を変えることはできない。一時間祈り続けて、ようやく雨を降らせることができる」


 リシュは恐る恐るリエナに訊ねる。


「ちょっと待って……リエナさんは、一瞬で雨を降らせたり止ませることができるの?」

「は、はい。範囲はそう広くはありませんが」


 リエナが平然と答えると、一瞬、リシュは唖然とした。


「そう、なんだ……サリア殿下は各地で干ばつから救ってくれた英雄として名高いけど、リエナさんはもっとすごいんだね」

「私の力では。これも全てヒール様のおかげです」


 リエナは謙遜するように答えた。


「サリア姉上は干ばつと傷病の救世主として、国民からも愛されている。悪い噂も全く聞かない。だから信用できる……とはならないな」


 俺の言葉に、フーレは頷く。


「王国の人に優しいから、外国の私たちにも優しいとは限らないもんね」

「ああ。俺たちは王国の人間じゃない。バルパス兄上が父の居場所を偽ったように、サリア姉上も父について何か隠しているかもしれない」


 リエナが訊ねる。


「では、掘るのは見送りますか?」

「いや、掘ろうと思う……近くに近衛兵もいないし、すぐに撤収もできる。父の居館を探るよりは、はるかに楽だ。それに、あの黄金の薔薇は明らかに異常だ」


 世界樹と同じ輝きを放っており、強い魔力も感じた。


 エルセルドの求めていた機構と、何か繋がりがあるのではと強く感じさせるものだった。


 リエナも頷く。


「私も、そう感じました」

「まあ、罠だとすれば、それはそれで、何で罠をしかけてきたのか問い詰めないといけないしね」


 フーレの言う通り、その場合は何故サリアは俺を嵌めようとしたのかという疑問が出てくる。それが父の指示ならば、何故父がという疑問も。


 そんな中、マッパは一人、ピッケルを持って部屋の窓を開いていた。


 とにかく掘ろうぜ、とでも言いたげだ。


「そうだな……今はその薔薇ぐらいしか、手掛かりはない。掘りに行こう」


 そうして俺たちは、庭園を掘ることにした。


 部屋は十五号とゴーレムに任せる。何かあれば、十五号が俺に化けて応対する。また、リシュは顔を赤らめながら、何か十五号に助言をしているようだった。


 十五号は神妙な顔で、「主のためならば」と答えていた。


 それから、俺、リエナ、フーレ、マッパ、リシュの五人で魔法で姿を隠しながら、部屋の窓から庭園へと出た。


 周囲を警戒しながら、サリアの設けた囲いへと移動する。リシュは【洞窟王】の力を使えないので視界が悪い。そのため、俺が手を引いてゆっくりと向かった。


 囲いの周囲に近衛兵はおらず、囲いにはご丁寧に錠付きの扉までつけられていた。囲いの中に入ると、土がむき出しとなっている地面があり、比較的最近掘り起こされたことが窺えた。


 俺たちは静かに扉を閉め、施錠すると、ピッケルを構えた。


「よし、掘るぞ。リエナたちは、周囲の警戒を」

「はい!」


 そんな中、月明かりだけで、ほとんど何も見えないであろうリシュが呟く。


「掘っている内に、見つからないようにしないとね」

「大丈夫だ。すぐに地下まで掘って、松明を点けるから」


 そう言って俺は、ピッケルを地面に振り下ろした。


 力を抑えながらやったが、通常の坑道と同じぐらいの広さの穴が開く。


 インベントリを確認するが、今のところ採掘できたのは土だけ。


「種子は、ないな」

「……? 一回じゃ、それは無理じゃない?」


 リシュはどれだけ掘れたか分からないのだろう。早く灯りを付ける必要がありそうだ。


「危ないから、その場から動かないようにな」


 俺はさらにピッケルを五回ほど振るって、十分な広さの坑道を掘った。いまだ掘れたのは土と岩だけ。


 マッパは坑道の奥へ行くと、輝石のついた松明で周囲を照らす。


「え!?」


 リシュは大きな声を上げてしまった。慌てて両手で口を押さえるが、その目は大きく見開かれていた。


 やがて俺を見て、小声で言う。


「ヒール……どういうこと?」

「驚くのも無理はないよ。でも、これが【洞窟王】の力なんだ。こうやって」


 俺が再び坑道の奥を掘ると、リシュは大きく口を開き、唖然とした。


「つ、土が消えた? 土、どこ行ったの?」

「それは、インベントリって言って、別の空間に送られるんだ」

「……もう一回?」

「あ、ああ」


 その後も何度も掘るが、リシュは何度もぱちぱちと瞬きしたり、目を擦ったりするのだった。

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挿絵(By みてみん)

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