二百九十三話 黄金の薔薇でした!
サリアは俺を連れて、大広間近くの大窓から外へと出た。それから庭園の中を歩いていく。
ついてくる王族はおらず、リシュが皆の話し相手として残ってくれている。フーレと十五号も大広間の隅に残り、リシュを見守ってくれるようだ。
一方でリエナは、俺の付き添いとして少し遅れてついてくる。
マッパの奴は……いつのまにかいなくなっている。先ほどまで大広間の芸術品を見て回ったり、隅でパーティーの食事を食べていたのだが。まあ、マッパのことだから大丈夫だろう。
しかしこのサリアは変わらない。
昔も何度か、花を見てくれとお構いなしに俺や誰かを連れ出していた。確かに珍しかったり綺麗な花を見せてくれたが、長時間その花が何なのか聞かされたのを覚えている。
今回も長くなるかもな……
だが、ありがたいことに周囲を確認する時間ができた。
この宮殿に変わった場所──ここから見える限りでは、変わったものは見当たらなかった。
大広間から入ったときから、ずっと魔力の反応も探っている。しかし、特筆すべき反応は返ってこなかった。
そんなことを考えていると、サリアはガラス張りの温室の前で足を止めた。
「ここよ」
扉を開き、温室へと入るサリア。その後を追って、俺も温室へ足を踏み入れた。
ここは何度か来たことがある。サリアの集めた珍しい草花が育てられている場所だ。花壇や鉢植えが不規則に並んでおり、蔦で覆われた壁も見えた。
中には魔力の反応が感じられる草花もあった。特殊な草花も、ここには相当ありそうだ。
そんな中、俺は一際魔力の反応が強い花に気が付く。
サリアはある花壇の前で足を止めると、その花に目を向けた。
──これ、か。
「黄金の薔薇。すごいでしょ?」
サリアの言う通り、そこにはキラキラと輝く黄金の薔薇があった。
一輪だけの薔薇が咲いていた。花だけでなく茎まで黄金でできている。そして、濃い魔力の反応が感じられた。
しかし、その周囲のきらめきはどこか懐かしさを覚えた。
同じことを、後ろにいたリエナも思ったのか、ずっと薔薇に目を奪われていた。
──この輝きは、世界樹の葉のそれだ。世界樹の麓は、この輝きに包まれている。
魔力も含んでいることから、人を癒す力や、あの瘴気を遠ざける力もあるのかもしれない。
ともかく、王国で普通に見られるような花でないのは確かだ。
サリアが言う。
「この花壇は、私の飼っていた犬や猫のお墓でもあるの。だから珍しい種を播いていたのだけど……こんな輝きを放つなんて」
黄金の薔薇を愛でるように静かに撫でると、サリアはこちらに顔を向けて言った。
「……あなたの島の樹も、同じような光を放っているらしいわね」
「っ!」
「世界樹、だっけ?」
世界樹のことを知っている。父やバルパスから聞いたのだろうか。
「隠しても無駄よ。その子が、あなたの思い人というのも知っているわ」
サリアはリエナに顔を向けて言った。
島の情報だけでなく、島での俺たちの会話も聞いている。少なくとも、他の王族よりもシェオールの情報を手にしていることは確かだ。
あの状況で一人で俺を誘い出した……
いつもの能天気なフリをしているだけで、バルパスのように父の指示を受けて動いているのだろうか。
サリアは立ち上がると、俺の顔を見ながらじりじりと距離を詰めてくる。気が付けば、俺は温室の壁にまで追い詰められていた。
リエナも突然の事態に、どう対応すればいいか迷っているようだ。
父には、もともと協力を仰ぐつもりで来た。地下のことはともかく、シェオールのことを隠す必要はない。
きっぱりと答えようとした、その時、サリアはついに口を開く。
「ヒール……私にも世界樹を見せるのよ!」
「え?」
「私をシェオールに連れていくの。山よりも高い樹。人を癒す煌めく葉……昔の書物にわずかに言及された、伝説の樹そのものだわ。私も見たい! 見せなさい!」
首を縦に振るまでは帰さないと言わんばかりの、鬼気迫る表情だった。
そっち、か……
「そ、それはもちろん。今は難しいですが、そんな遠くない未来にお見せできるかと思います」
「本当!? やった!!」
心底嬉しそうにはしゃぐサリア。二十半ばとは思えないほどのはしゃぎっぷりだった。
普段は穏やかだが、植物のことになると少し人が変わる。宮殿を留守にして、気になる植物を採るために遠方へ向かうことも多かった。どこかマッパと似ている気がした。
父からやはり何か指示を受けているわけではないのか?
「しかし、驚きました。姉上がシェオールのことをご存じだったとは」
「オレンを治療している時、オレンとバルパスから聞いたもの。父上も世界樹について訊ねたら、普通に話してくれたわ」
「そ、そうでしたか」
父と近しいことは、事実か。
オレンが生きていることも知っている。というよりは、サリアのおかげでオレンは生き永らえているのかもしれない。
しかし、バルパスはともかく、父とサリアが話しているとは。二人が話しているところを想像できない。あの厳格な父とこの能天気なサリアで話が成立するのだろうか。
俺は確認のために、サリアに訊ねる。
「父上は、俺が来たら、という話はされていましたか?」
「そんな話はしてなかったわねえ。バーレオン公国に行くから、何かあればバルパスに伝えて連絡をくれって」
バルパスは父がどこに向かったか俺に言わなかったが、知っていたようだ。シェオールについて来たときは本当に知らないようだったが、今回は知っていたのだろう。
それについては、バルパスを責めるつもりはない。自分の王の居場所を軽々しく漏らすほうがおかしい。もし漏らしてバレれば、バルパスの命も危ういだろう。
しかし、バーレオン公国か。
王国の南にある小国だ。カミュが最初の航海から戻ったとき、ついに王国がバーレオン公国を併合したことを知った。バーレオン公と家の者たちが捕まる中、俺の婚約者であり、バーレオン公爵の娘であるレイラだけが脱走することに成功した。そのレイラは、俺が心配ということもあってシェオールへと逃げてきた。
父はバーレオン公国の支配を盤石にするために向かったのだろうか?
それであれば、隠さずに堂々と王が来たと見せればいいと思うが。相変わらず、何を考えているか分からない。
……それよりも、レイラは大丈夫だろうか?
レイラは東の大陸にあるアモリスから、バーレオン大陸へと戻った。気になることがあるとか、王国の支配に立ち向かうために外交をするとか。いずれにせよ、まずは故郷のバーレオン公国に立ち寄っていてもおかしくない。
レイラは俺の元婚約者。父も乱暴な真似はしないはずだ。レイラが隠し通そうとすれば話は変わってくるかもしれないが……。
いや、レイラが捕まるとは思えない。捕まれば王国中に知らされるだろうし、とりあえずは心配いらないだろう。父と会えば、レイラを追わないようにも伝えるつもりだ。
そんな中、俺はあることに気が付く。
「……というより、姉上。そんな大事なことを俺に言ってよかったんですか?」
「何か困る? ヒールが悪いことをしたのは見たことがないわ。悪いことをしない人に言っても、何も問題はないでしょう?」
「そ、それはそうかもしれませんが」
確かに、この宮殿で悪行を働いたことは一度もない。かといって、それは特別なことではない。
サリアは全く意にも介さずに、逆に俺に訊ねる。
「それより、何のために来たの? リシュって子は本当にあなたを愛しているみたいだけど」
それは演技だ。王国全土を使った機構の手掛かりがないかを探るための。
サリアに野心がないのは分かるが、その機構のことを話すのは少し躊躇う。父のことを俺に話したように、バルパスや父に平然と機構のことを話してしまいそうだ。
だが、ここに来たかった理由なら言える。
「それは……父上と話したかったのです。サンファレスも関連する大きな問題が迫っていて、協力できないかと」
「そうだったのね。上手くいくといいわね」
穏やかな表情で言うサリア。植物以外のことは興味がないのだろう。詮索しないのも彼女らしい。
ただし、世界樹については約束を守らないと面倒くさそうだ。
そんな中、リエナがサリアに声をかける。
「すいません。一つ伺っても?」
「うん? 何かしら?」
「その……この薔薇の種子は、どう手に入れたのでしょう?」
父やシェオールのことばかり気を取られていたが、この黄金の薔薇も確かに気がかりだ。
こんな薔薇は見たことがない。しかも、魔力も感じられる。
いつの間にかマッパが膝を曲げて、黄金の薔薇の花びらをつんつんと突いていた。
色々なものを見てきたマッパも、心底驚いたような顔をしていた。やはり、相当珍しいものなのだろう。
サリアは答える。
「綺麗な薔薇でしょ? 庭園を整理するために掘り起こしていたら、偶然これの種が見つかったのよ。最初から、黄金色に輝いていたわ」
偶然見つかるような代物なのかという疑問が一つ。そして、今まで発芽せず、ずっと埋まっていたのは何故だろうか。
リエナも当然疑問に思ったようで、すぐに訊ねる。
「近くに、同じような薔薇は生えていたのですか?」
「いえ。薔薇すら咲いてはいなかったわ」
「それなのに、ずっと地中に?」
「咲かなかったのが不思議。私もそう思ったわ。事実、鉢植えに入れて丁寧に育てても、この薔薇の種子は一か月以上、芽を出さなかった。さすがの私も匙を投げてしまって、しばらく放置してたわ」
でも、とサリアは続ける。
「一週間前、私が子供のころから飼っていた老犬が死んでしまったの。他のペットたちと同じようにここに埋葬してあげたわ。この薔薇の種と一緒にね。そうしたら、一日経たずに金の薔薇が咲いたの」
サリアは微笑みを浮かべて言う。
「この種は、その子がおもちゃにしていたのよ。もしかしたら、その子のおかげで、この種が芽吹いたのかもしれないわ」
リエナは思い出すように言う。
「魚や獣の死骸を埋めた土では、よく草木が育つ……」
「あなたの言う通りね。魚や獣の骨粉を撒いた畑は、そうでない畑と比べて作物の育ちが良い。でも、この種子は、ただ死骸を含んだ肥料では育たなかったのよ。土に還るまでは時間がかかるしね。だから、あの子のおかげだと思うわ」
死んで間もない犬のおかげ……感動的にも聞こえるが、どこか怖さを感じるのは何故だろうか。
生物の力を使い、何かに変える。俺は今までの冒険でそれを見てきたからか。
サリアはさらに続ける。
「まあ、薔薇に限らず、普通の色と違う特殊な花が咲いてくるのは確かに珍しいけど、何度も見ているわ。それでも、こんな煌めいている植物は、私も見たことないわね」
サリアは黄金の薔薇を見つめると、俺に顔を向ける。
「ふふ。皆、気に入ったようね?」
「それは……こんな薔薇は確かに珍しいですから」
「見せる価値はあったようね。でも、見せたからには……分かるわね?」
サリアの言葉からは圧を感じた。
「もちろんです。俺たちが帰還する際、シェオールにお連れします」
「ふふ、やったわ」
「世界樹だけでなく、とても綺麗なところです。きっと姉上も気に入られると思います」
「それは楽しみね」
やがてサリアは、何かを思い出すような顔で言う。
「そうそう。見つかったのは、あの木の近くよ」
温室のガラス壁の向こうを指差すサリア。
そこには、巨大な杉が立っていた。
「ちょうど、あの木を中心に、ここに温室を建てようと思っていたの。とりあえず、あとで囲いを作っておくつもりよ。作業を始めるのは、二週間後ぐらいにしておこうかしらねえ」
聞いてもいないことを独り言ちるサリア。
世界樹のことを知っているなら、俺の【洞窟王】の力にも、ある程度気が付いているはず。まるで掘りたいなら掘れとでも言わんばかりだ。
やはり、何か父から伝えられているのだろうか? それで泳がせるつもりか?
掘りたいか聞かれれば──もちろん、掘りたい。
それに、機構の手掛かりになる可能性も高い。エルセルドたちが東西南北の地点を探索した際、転移装置や透魔晶といった希少な代物を手に入れた。
この珍しい薔薇も、偶然そこに埋まっていただけとは、とても思えない。
もちろん、サリアが父と組んで、俺たちを騙している可能性だって残ってはいるが。
それでも──やはり掘るべきだろう。掘れば何かがあるはず。
俺は何も言わず、サリアに頷いた。
サリアは微笑んで言う。
「世界樹のことは必ず守ってね。それじゃあ、ひとまずはパーティーに戻りましょうか」
そうして俺たちは、大広間へと戻るのであった。




