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二百九十二話 パーティーでした!?

 馬車が止まると、馬車の後方に乗っていた十五号が下り、扉を開ける。


 俺はリエナたちと顔を合わせると、最初に馬車を下りた。


 それからリシュの手を取り、リシュが下りるのを支える。


 リエナとフーレとマッパは付き添いとして振る舞うことになっている。エントランス側と反対の扉から降りて、脇で待機する。


 そうして俺はリシュと共に、王族たちへと顔を向けた。それから片膝を突き、挨拶しようとする。


「よしてくれ、ヒール。兄弟じゃないか」

「そんな堅苦しい挨拶は結構です、弟よ」


 声をかけたのは、先頭の男女だった。


 白いコートを着たがっしりとした体形の男は、第二王子のボストール。もう一人の黄金のドレスを着た細目の女性は、第一王女のライシアだ。


 その後に、同じ趣旨の言葉を他の王族たちも続けてくる。


 今の宮廷の力関係が窺えた気がした。このボストールとライシアが、次期国王の有力候補なのだろう。


 俺がいた時は、第三王子のライルールが有力だったが──来なかっただけだろうか。


 ともかく、挨拶を続けよう。


 そのまま片膝を突いて挨拶する。


 俺は第十七王子。ボストールもライシアも三十歳前後で、一回り年上だ。かつてと同じように、序列に従った挨拶する。


「ご無沙汰しております」


 しかしボストールとライシアから、すぐに立つように促される。


「こらこら、立ちなさい。いや、しかし、立派になったものだ」

「本当。さすが我が弟ね」


 俺はその言葉にもう一度頭を下げてから、立ち上がった。


 一方で、リシュは片膝を突いたまま。俺は手短に伝える。


「その、リシュが、どうしても兄上や姉上たちにご挨拶をしたいと。私の口からは言いにくいのですが」

「気にするな。なんとも目出度い」

「ええ、本当に」


 ボストールとライシアが、リシュへと顔を向ける。


 リシュは深く頭を下げると、その姿勢を維持した。


「そなたはレオードル伯のご息女だったな」

「今までお話ししていなかったのが不思議なぐらい、美しい娘ね。お顔を上げて」


 リシュはゆっくり頭を上げてから言う。


「レオードル伯が長女、リシュと申します。突然の来訪にも関わらず、かくも高貴で神聖なる王家の方々にお迎えいただき、恐悦至極に存じます」

「そう、かしこまらなくてよろしい。二人を迎えるため、パーティーの準備をしてあるんだ」

「兄弟皆で準備させたのよ。さあさあ、大広間へ参りましょう」


 ボストールとライシアはそう言って、俺たちを宮殿へと促した。他の王族や取り巻きたちも、俺たちのために道を開けた。


 総員で歓迎か。俺に取り入るのを抜け駆けしないよう、まずは皆で足並みを揃えたのだろう。


 しかし厄介だ。


 俺の両隣のボストールもライシアも、俺に話しかける機会を窺っているように見えた。


 パーティーの主役が抜けるわけにはいかない。少なくとも今日一日は、こうしてずっと付きまとわれるだろう。


 折を見て十五号に化けてもらい、宮殿を探索する手はあるが、露呈する恐れもある。


 ここにいる者たちは皆、普通じゃない。オレンとバルパスが際立ってはいたが、他の兄弟たちの紋章も、希少で強力なものばかりだ。


 中でも、俺の両脇を歩く二人は別格だ。ボストールは【勇者】、父の【覇王】に次ぐとされる紋章を有している。ライシアも【炎王】と呼ばれる、火魔法への恩恵では最強の紋章を持っていた。


 他の者も、それに劣らない紋章を持っている。


 その上、父が何を隠しているかも分からない。


 とりあえずは、このままパーティーに参加し、様子を窺おう。どこかで、抜け出す機会はあるはずだ。


 それに、今の王国の情勢も少しは知っておきたい。父はやはり、この大陸の統一にこだわっているのかも。


 そんな中、ボストールが口を開いた。


「リシュよ。やはり、決め手はノストル山のことかね?」

「やだ、ボストール兄上。そんなことで決めないでしょう。私は、二人が幼いころから遊んでいたのを見ていたわ。リシュは昔からヒールが好きだったのでしょう?」


 すかさずライシアが口を挟んだ。俺ではなく、最初はリシュを起点に話を膨らませるつもりだろう。


 ボストールは慌てて反論する。


「そ、そんなことは知っておる! 俺も、よく見ておった!」

「本当かしらね? 毎日どこかの令嬢と遊んでいて、兄弟の面倒なんて見ていなかったように見えるけど。私は、兄弟が多いながらも皆を見てきたわ」

「何を言うか。お前こそ、どことも知れぬ家の男を、夜な夜な部屋に招き入れていたではないか」


 それ以上の応酬は避けたが、二人は互いを睨み合う。


 幼いころから、見ていたか。


 この二人は、俺の名前すらよく覚えていなかったはずだ。


 俺が追放されたとき、こちらを指差し、あいつは誰だと取り巻きに訊ねていたのを覚えている。それから、「ああ、あの無能か」と言わんばかりに、冷たい笑みを浮かべていた。


 この二人に限らず、だいたいの王族は似たような反応を見せた。ここにいる者たちのほとんどは、かつて俺を嘲笑うか、無視していた者たちだ。


 それが今になって、まるで昔から仲が良かった兄弟のように接してくる。話したことすらないのに。本当に滑稽だ。


 そんな中、リシュは俺の腕を強く掴む。


「お二人の仰る通りです! 私はヒール殿下には昔からよくしていただき、そして我が故郷レオードルを救ってくださった!! 私にとって、これほど素敵な方はおりません!」


 そう言ってリシュは俺の腕を抱え込むように身を寄せ、上目遣いで訊ねてくる。


「それも……私が好きで好きで仕方がないからですよね、ヒール、殿下!?」

「あ、ああ」

「んー? 本当に愛してますよね?」

「あ、ああ」

「だーめ。ちゃんと仰ってください! リシュ、愛してる!! ──と!!」

「あ、愛している、リシュ!」


 悶えるように喜ぶリシュ。


 今までで一番の馬鹿っぽい演技だ。ボストールとライシアはすぐに苦笑いを微笑みに変えるが、他の王族の中には、こらえきれない者もいた。


 俺も正直、すぐにでも穴を掘って地下深くへ潜りたい気分だ。リヴァイアサンが来ると知った時でさえ、そんな気分にはならなかった。


 しかしリシュが頑張ってくれているのだ。立ち向かわなければ。


 俺はリシュの身を自分に寄せて、大広間へと歩いていった。互いに見つめ合い、互いの名を謎に連呼しながら。


 そうして俺たちは、大広間に到着した。白亜の大理石が使われた、巨大なドーム屋根の大広間。


 そこには黄金があしらわれた白いテーブルが並び、その上には、湯気の立つ豪勢な食事が所狭しと置かれていた。


 これだけのものを、俺の歓迎のためだけに用意した。いつ来てもいいように、準備していたのだろう。


 その後、俺と王族たちが席に着くと、ボストールとライシアが俺への歓迎の言葉と賛辞を述べ、乾杯した。


 シェオールの王になったと言っていたことから、やはりある程度は、俺とシェオールのことは伝わっていたようだ。


 そもそもシェオールのことが伝わっていなければ、俺なんかにこうも擦り寄ってこないだろう。


 その後はしばらく食事を口にしていると、ボストールとライシアを先頭にぞろぞろと王族たちが集まってくる。


 皆、俺と話をしたいようだ。


 だが、力関係の表れだろうか。ボストールとライシアを差し置いて、俺と話そうとする者はいなかった。


 そんな中、リシュが立ちはだかるように、皆に話を始める。


「皆様……大変恐れ多い話ですが、私とヒール殿下の馴れ初め、そして運命的な再会から告白に至るまでを、お話ししてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ」

「ぜ、ぜひ聞きたいわ」


 それからリシュは、俺の幼いころの話をし始めた。


 何色の花をくれたとか、砂の城を作ったとか、俺も覚えていないような話を。中には、作り話としか思えない、脚色されたものもあった。噴水に落ちた時、身を挺して助けてくれたとか。


 王族たちも、俺が好意を寄せたリシュを適当に扱うことはできないようで、その話を、作り笑いを浮かべて聞いていた。


 聞いていて頭が痛くなる内容だが、リシュだってこんなのは辛いはずだ。羞恥心で頭がおかしくなりそうだろう。


 それでも、リシュは俺から気を逸らそうとしてくれているのだ。俺が自由に動けるように、取り計らってくれている。


 とはいえ、とても抜け出せない。王族たちは、リシュの話を必死に聞く素振りを見せながらも、俺の一挙一動に目を配っている。


 こちらも、この状況で彼らの力関係を無視するのは得策ではない。


 俺は自らボストールとライシアに近寄り、声をかけた。


「二人とも、本日はありがとうございます」

「おお、気にするな。遠方から弟が帰ったのだ。歓迎するのは当たり前だ」

「立派な王になったと聞いたわ。厳しい土地と聞いていたけど、すごいじゃない」

「これも、父上はもちろん、兄上と姉上の教えのおかげです」


 三人から教えなど受けたこともないが、決まり文句を返した。


 すぐに俺は質問を続ける。


「時に、リータス兄上とライルール兄上はご健在で?」


 他の名の知れた王族は、だいたいこの場にいる。しかし、その二人はいなかった。


 リータスは第一王子だが、俺がいる時から謎の病気で伏せていた。だから、まだ癒えていないのだろう。しかし、第三王子ライルールは、この二人をしのぐ権勢を誇っていたはずだ。


 ボストールが神妙な面持ちで答える。


「リータス兄上は相変わらず闘病なされておるよ。ライルールのやつは、お前がシェオールへと発った数日後、狩猟中に落馬し大けがを負ってな。嘆かわしいことに、今は離宮で療養しておる」

「私たちも呼ばれた狩猟だったのだけど、目の前でいきなりライルールの乗った馬が暴れてね。そのまま引きずられて、最後は木に……ぷっ……長年乗り回した愛馬だったそうだけど、一体どうしたのかしらねえ」


 何故か笑いを漏らしたライシアだが、すぐに平然とした顔を見せた。


 ライルールがリータスに毒を盛ったというのは、公然の秘密であった。そのライルールもまた、他の王族に謀られたのだろう。


 このボストールとライシアのどちらかがやったのか。あるいは両方か。どちらも陥れようとしていたのは間違いない。


 だが、この二人もまた、ここにいる者たちに狙われている。


 ここは、つくづく怖いところだ。


「そうでしたか。あとでお見舞いに伺います」

「いや、やめておけ」

「そうね。どちらもちょっと……人と会える姿ではないから」


 二人は全く悲しむこともなく、そう答えた。


 やがて、少し笑みを浮かべて言う。


「はっ、確かにな。オレンほどではなかったが」

「あの子も最後は見る影もなかったわねえ。聞けば、ヒールの領地で粗相をしたとか。当然の報いね」

「あれほどの紋章を授かりながら最後は絞首刑……なんとも愚かな話だよ」


 そう話す二人の顔には、わずかながら笑みが浮かんでいた。


【賢者】の紋章を持ち、最も王の座に近いとされたオレンが自滅したことが、ただ嬉しいのかもしれない。


 救いようがない、哀れな人たちだ。ずっとこれからも権力争いをし、誰かの不幸と凋落を嘲笑い続けるのだろう。自分たちが笑われる側になる、その日まで。


 だが、一つ分かったことがある。


 オレンは表向き死刑となったが、実は生きている。この二人は、その事実を知らない可能性が高い。


 父はそれを、この二人には伝えなかった──オレンのことをわざわざ伝える必要はないと考えたのかもしれないが、この二人を軽視しているのかもしれない。


 俺に後を継ぐように言うぐらいだ。父は、予言の日を乗り越えられそうな者以外に、関心はないのかもな。


 そんな中、穏やかな、というよりは気の抜けた声が響く。


「あらあ、ヒール。ずいぶんと変わったじゃない」

「……サリア姉上」


 振り返ると、そこにはオリーブ色の髪を伸ばした女性がいた。薄緑色のドレスに身を包んだ彼女は、ぱっちりとした目を向けていた。


 ボストールとライシアは、呆気に取られたような顔でサリアを見る。


 現時点では、自分たちが王位後継者の有力候補。サリアは、その二人が話している中へ、お構いなしに割って入ってみせた。


 サリアは気にすることなく続ける。


「本当に久しぶりねえ。南の島で遊んでいたんじゃないの?」


 よくも悪くも空気が読めない。それが、この第九王女サリアだった。


「サ、サリア。ヒールは遊んでいたのではない」

「そ、そうよ。あの海の果てにあるシェオールを、立派に治めているのよ!」


 ボストールとライシアは、サリアの言葉が俺を煽っているかのように聞こえたようだ。行くだけでも命がけの場所に、遊びに行ったというのだから、確かに怒る者は怒りそうだ。


 だが、俺は何にも思わない。実際、シェオールはここと比べはるかに楽しい場所だ。それにこの人は、昔からずっとこんな感じだ。


 サリアは焦る二人を全く気にも留めず、朗らかな顔で続ける。


「そういえば、あなたに見せたいものがあったの。私の庭園で、キラキラ光る黄金の薔薇が咲いてね」


 サリアは宮殿の庭師長も務めているほど、植物への造詣が深い。それは彼女の紋章が、様々な傷や病を癒し、あらゆる植物の成長を促す【聖女】の持ち主だからだ。


 干ばつに見舞われた地域も、サリアの手にかかれば一か月で草木が生い茂る。


 回復魔法の効果もすさまじく、先述した第一王子リータスもサリアによって一命を取り留めたと言われている。時間があれば、王都で無料で治療を行っているとも言う。


 干ばつと傷病の救世主ということで国民の人気も高い。しかし、他の王族からは謀略をしかけられないようだ。


 それも、この能天気な性格のおかげだろう。王位への野心など、微塵も感じられない。


「お、おい、サリア。今はパーティーの途中だ」

「そうよ! 薔薇は後になさい」


 ボストールとライシアは語気を荒げるが、サリアはいつもの平然とした様子で答える。


「でも、変わった色の薔薇の命は、とても短いの。もう枯れてしまうかもしれないわ。すぐに見せないと」


 二人が、さらに怒りを露わにしようとする。


 だが俺が、すかさず発言した。


「サリア姉上。そこまで言うなら、ぜひ見たいです。黄金の薔薇なんて、見たこともありませんし」


 ボストールとライシアは慌てて口を噤んだ。


「ふふ、よかったわ。じゃあ、行きましょう」


 サリアは微笑むと俺の袖を引く。


「そ、そういうことなら」

「私たちも見てみようかしらね」


 ボストールとライシアは、自分たちもついていこうとするが、そこにリシュが立ちはだかる。


「ボストール殿下! ライシア殿下! お二人は、ご兄弟の中でも最も長くヒール殿下を見ておられるはず! ぜひ、私にヒール殿下の思い出話をお聞かせくださいませんか!!」

「も、もちろん! だが、それは後で」

「え、ええ。あとでいくらでも」


 やんわりと躱そうとするボストールとライシア。

 しかしリシュは、その二人に食らいつくように迫る。


「今! 今、お聞かせ願いたいのです!! ヒール殿下の妻になる者として、ヒール殿下のすべてを知る必要があります!」


 ボストールとライシアに必死に訴えるリシュ。やがて俺に顔を向けて言う。


「ですよね、ヒール殿下!?」

「あ、ああ……お二人は、俺の知らない俺のことも、それはたくさんご存じだ。兄上、姉上。ぜひリシュに、話を聞かせてやってはいただけませんか?」


 俺が頭を下げると、ボストールとライシアも言葉に詰まる。だが、やがて諦めるような顔で言う。


「わ、わかった」

「そういうことなら、話してあげるわ……だけど、サリア。くれぐれもヒールを困らせるような真似は──ちょっと!」


 ライシアの言葉の途中で、サリアは俺の手を引き、宮殿の外へと向かった。


「行きましょう」

「え、ええ」


 そうして俺は、パーティーを抜け出すことに成功した。

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