第7話 ボス戦(下)と黒騎士の話
2026/6/05
現在、改稿中です。
途中で改稿前のストーリーがごっちゃになってまが、ストーリーは事態は同じです。
それでもよろしければ、見てくれると嬉しいです
「よぉ!鬼ごっこは好きか?」
煽るように言うと、魔獣は憎々しげにこちらを睨みつけた。
――やっぱりな。
ただの本能だけで動いている訳じゃない。
さっきの短刀を覚えている。
俺を"脅威"として認識している証拠だ。
右頭の目には、未だナイフが突き刺さったまま血が滴っている。
狂ったように暴れ続ける右頭。だが残る1つの首は違った。
一瞬たりとも視線を逸らさない。
まるで次にどう動くか観察しているように、俺だけを捉えている。
(厄介だな……)
その直後。
鋭く尖った爪が風を裂きながら襲い掛かってきた。
「う、うおお!?」
右脇腹を押さえ、大きく横へ飛び込むように避けた。
飛び込んだ瞬間、御剣を庇った時に受けた衝撃が全身へ走る。
まるで身体の内側から殴られたような痛みだった。
そのまま上手く受け身を取れず、地面へ激突する。
「がっ……!?」
肺の空気が一気に押し出された。
うまく息が吸えない。
立ち上がろうとして地面へ手をついた時だった。
ポタ……ポタ……。
赤い液体が地面へ落ちる。
何だと思い、顔へ手を当てると。指先が赤く染まった。
口から血を吐いていた。
(内臓、やってるな……)
呼吸をする度に胸の奥が軋む。
右脇腹は熱を持ったように痛み続けている。
肋骨も何本か折れているかもしれない。
いや――もしかしたら肺に刺さっている可能性もある。
だから呼吸が浅い。
視界も少しずつ霞んでいる。
頭が揺れるし、立っているだけで気持ち悪い。
(まずいな……こりゃ……)
身体はとっくに限界を超えていた。
「ハハ……任せろって言ったけど……」
血の混じった息を吐きながら笑う。
「結構キツイな……でも……」
そう言って、太ももに付けていた小ポケットへ手を突っ込む。
取り出したのは緑色の液体が入った小瓶だった。
黒杉は迷うことなく栓を抜き、一気に飲み干す。
ゴクリ――。
喉を通った瞬間、身体の奥から熱が広がる。
そして空になった瓶を放り投げた。
(やっぱり効くな)
先ほどまで全身を支配していた激痛が少しずつ引いていく。
呼吸も幾分か楽になって、視界の霞みも僅かに改善される。
だが、それでも完全には治らない。
折れた骨が元に戻った訳でもないし、潰れた内臓が完全に治癒した訳でもない。
あくまで応急処置だ。
それでも十分だった、このポーションは王都へ出発する前に、自分で調合した特級ポーション。
村人の能力では戦闘で役立てない。
だからこそ、使える素材を片っ端から調べて作った切り札の一つだった。
意外にもものづくりの才能はあるようで、市販品より回復力は高い。
だが、その分材料も希少で数も少ない。
本来ならこんな場面で使いたくなかった。
(まぁ、今が使い時だろ)
黒杉は血の付いた口元を拭う。
身体はまだ悲鳴を上げているが、それでも、さっきよりは動ける。
まだ戦えるが、自分の戦闘力は期待しない。
黒杉は走ってくるケロベロスに向けて言う。
「だけど、俺は諦めねえぞ」
身体が軽くなった所で、再び襲い掛かるケロベロスへ向かって走り出す。
噛みついてくるところで姿勢を低くする。
右の首が噛みつく。
中央の首が進路を塞ぐ。
だが、再生していない左側だけ僅かに隙間があった。
(そこだ――!)
黒杉は身体を滑り込ませるようにスライディングをした。
そのまま巨体の股下を潜り抜ける。
「こっちだよ!ばーか!!」
後ろを振り向き、さらに子供を馬鹿にするように挑発する。
「ガルウウウウウウ!!!」
言葉が伝わっているかなんてどうでも良かった。
だけど、この魔獣は賢い。
なんせ、小馬鹿にした途端に威嚇するように唸っているのだから。
だが、そこで黒杉は違和感に気付いた。
(……いや、違う)
首が動いていない、振り返る動作も、噛みつこうとする動きも。
まるで最初から追う気がないみたいに。
その瞬間だった。
(しまっ――)
嫌な予感は的中する。。
恐ろしい速度で何かが迫って来る。
先程まで視界の外にあった巨大な影。
固い鱗に覆われた尾だった。
「がっ――!?」
ドゴォッ!!
尻尾が黒杉の身体へ直撃する。
先ほど回復したばかりの身体に再び激痛が走った。
折れかけていた肋骨が悲鳴を上げる。
肺から空気が強制的に吐き出され、視界が白く弾けた。
だが"彼の意志は"決して手放さなかった。
「ぐっ……!」
黒杉は吹き飛ばされながらも、その尻尾へ必死に腕を回した。
離さない、離したら終わる、動物的本能が一瞬の"隙間"を見つける。
「このクソオオオオオ!!!」
それを見逃さない、その執念は黒杉の生存を大幅に上げている。
ポケットからナイフを引き抜き、しがみ付いたまま全力で振り下ろした。
黒杉は鱗の間にナイフを突き刺し、吹き飛ばされないように固定する。
無論、ケロベロスはひっぺ返そうと暴れまわる。
巨体が左右に振られるたび、黒杉の身体も振り回された。
暴れる度に、ナイフを突き刺していた場所から血が飛び散り、顔へ付着する。
鼻を突く腐臭と獣の熱気。
それでも手を離さない。
(離したら終わりだ)
右半身はまだまともに動かない。
握力も限界に近い。
それでも、この数秒が重要だと分かっていた。
御剣が立て直す時間、皆が次の一手を準備する準備、完全勝利のプロット。
それを稼げるなら、自分が振り回されるくらい安い。
「ガアアアアアアアアア!!」
「うおおおおお!?」
さらに激しく暴れ出す。
まるで身体に張り付いた虫を振り落とそうとしているようだった。
地面が砕け、岩が飛ぶ。
尻尾が振られるたびに衝撃が全身へ伝わった。
その度に黒杉は歯を食いしばる。
(耐えろ……!)
腕の力じゃない、気力と精神力だけでしがみ付いていた。
ここで離せば、また御剣が狙われる。
それだけは駄目だった。
ガキンッ
その瞬間だった。
嫌な音が耳に届き、黒杉の表情が固まる。
(まずい――)
直感が警鐘を鳴らした。
だが、理解するより早く身体が宙へ浮く。
手に伝わっていた感触が消えた。
視界が大きく回転する。
何が起きたのか理解した時には既に放り出されていた。
手元を見る。
ナイフは根元から綺麗に砕けていた
どうやら遠心力に耐えきれなかったらしい。
「くそ……!」
空中にいる為、身動きも何もできない。
まして、素人が空中で受け身など取れるはずもない。
後ろを見れば、そこには底の見えない暗闇が広がっていた。
『落ちたら終わり』
そんな考えが頭を過る。
どう足掻いても届かない。
どう考えても助からない。
思考が停止し、目を閉じる。
(やばいな……これは本当に――)
落ちてしまう。
そう思った時だった。
急に、ピタリと身体が止まる。
何かにぶつかった。
壁?違う。壁にしては柔らかい。
それに、温かい。
ゆっくりと目を開ける。
そこには見知った人物が立っていた。
「おいおい!諦めんなよ!!」
「一樹!!」
「ったく!無茶するなって言った矢先に!」
「はは、ごめんな……でもナイスだ!」
その正体は一樹だった。
落ちる寸前の黒杉を、ギリギリの所で受け止めていた。
一樹は困ったように眉を下げる。
だが、その表情の奥には確かな安堵があった。
まるで、『間に合ってよかった』
そう言っているようだった。
黒杉も思わず力が抜ける。
さっきまで死を覚悟していたせいか、一樹の姿が妙に頼もしく見えた。
そのまま一樹は黒杉を抱えたまま、ゆっくりと地面へ降り立つ。
だが、休む間など与えてはくれない。
着地した直後、獣の唸り声が響いた。
ケロベロスは既に次の攻撃へ移っていた。
「「うおお!?」」
やはり村人と比べて、能力持ちの一樹は足が速かった。
しかし、お姫様抱っこされながらだと何だか恥ずかしい。
というか、そもそも男なんですけどね!
そんなことを考える余裕が少しだけ戻ってきた。
一樹が前を向き、黒杉は後ろを見る。
その時だった。
ケロベロスがピタリと動きを止める。
追撃しないし、飛び掛かってもこない。
それどころか二つの首を仰け反るように持ち上げた。
これはヤバイ。
予感ではなく、今までの戦闘経験が警鐘を鳴らす。
(まずい)
二つの喉元が不自然に膨らむ。
口元から蒼い光が漏れていた。
明らかに何かを溜め込んでいる。
しかも、あの体勢、突進でも噛み付きでもない。
広範囲攻撃だ。
となると、炎のブレスかもしれない。
そう直感した。
「一樹!気を付けろ!何か仕掛けてくるぞ!」
「オーケー!」
次の瞬間、ケロベロスの口から炎が漏れ出る。
そのまま勢いよく地面へ向けて蒼い炎を噴き出した。
炎は扇状に広がりながら迫ってくる。
灼熱の熱気が離れていても伝わってきた。
思っていた以上に速い。
走って逃げても追いつかれる。
左右へ回避する時間もない、黒杉は瞬時に周囲を見る。
地面は炎で塞がれている。
残る逃げ道は――。
上しかなかった。
「一樹!避けて避けて!じゃないと焼かれるぞ!」
「どうやってだよ!!」
「ジャンプだ!ジャンプ!!」
そう言って、上に向けて指を差す。
一樹は跳躍して逃げようとする。
しかし、ケロベロスの一つの首が、一樹と黒杉へ向けて追いかけるように口を開いた。
蒼い炎が一直線に迫る。
「おおおい!!」
「流石に空中からは動けないぞ!!」
再びピンチが襲い掛かる。
避けられないし、防げない。
このままでは無防備な二人が炎に呑み込まれる。
焼き焦げて死ぬ。
どうにかしなければ、そう考えた時だった。
目の前に黄金に輝く壁が現れる。
バキィンと衝撃音と共に炎が激突した。
黄金の盾。この大きな盾を出せるのは一人しかいない。
「ちょっと!!やっぱり無理してるんじゃないの!」
「「美空!!」」
美空のおかげでピンチを逃れる事ができた。
黒杉は即座に周囲を見渡す。
他の皆は無事か、炎に巻き込まれていないか。
見渡せば、クラスメイト達の周囲にも複数の黄金の盾が展開されていた。
どうやら全員無事らしい、だが安心する暇はない。
攻撃が通用しないと判断したのか。
ケロベロスは完全に標的を黒杉達へ絞っていた。
残った二つの首が同時に口を開く。
蒼い炎が一直線に吐き出された。
「っく!」
「美空!がんばれ!」
「そうだ!そうだ!じゃないと俺たち丸焦げだぞ!」
「うっさいわね!分かってるわよ!」
強気な声。
だが額には大量の汗が浮かんでいた。
熱さなのか、恐怖なのか、あるいは、その両方か。
黄金の盾へ蒼炎が次々と叩き付けられる。
バチバチと音を立てながら火花が散る。
ミシッ。
嫌な音が響く。
盾に亀裂が走る。
ミシミシミシッ――。
ひび割れは見る見るうちに広がっていく。
美空の顔が青ざめた。
「ダメ!もう少しで割れる!」
黒杉は歯を食いしばる。
逃げ場はない、美空も限界、
御剣はまだ準備中。
一樹も今は動けない。
どうする!どうすればいい!
必死に頭を回す。
だが――答えが出ない。
「っく!どうしたら!」
万事休すか!?
その時だった、前から声が聞こえてくる。
「今だァァァァァ!!!」
アルバートの怒号が洞窟内に響く。
その声と同時だった。
先程まで恐怖で足を止めていた生徒達が、一斉に武器を握り締める。
「ふざけんなよ……」
板野が剣を抜く。
その顔には恐怖ではなく怒りが浮かんでいた。
「村人以下とか言われて終われるかよ!!」
その叫びを皮切りに、生徒達が走り出した。
「そうだ!!」
「俺達だって戦えるんだ!!」
「誰が木偶だコラァァ!!」
「見てろよ黒杉ぃぃぃ!!」
騎士職の生徒達が一斉に斬り掛かる。
剣が鱗を叩き、槍が肉へ突き刺さる。
威力は足りないし、技術も兵士達には及ばない。
それでも全員が前へ出ていた。
「御剣だけに背負わせてたまるか!!」
「クラスメイトだろ俺達は!!」
後方では魔法職が杖を掲げる。
「"過炎"!!」
「"斬風"!!」
「いけいけいけ!!!全部ぶち込めぇぇぇ!!」
無数の魔法がケロベロスへ降り注ぐ。
炎、風、石礫、光弾。
統率など無かった。
ただ全員が今できる攻撃を叩き込む。
あの大きな巨体が怯むのに十分だった!
生徒達は鼓舞するように大声で叫ぶ、
「まだだ!!」
「止まるな!!邪気眼!!!」
「もっと撃て撃てぇぇぇ!!」
兵士達もそれに呼応する。
「若造共!!良い顔になったじゃねぇか!!」
「そのまま押し込め!!」
アルバートが斧を構えながら怒鳴る。
「前衛は俺の後ろだ!!」
「魔法職は撃ち続けろ!!」
「おおおおおおおおお!!」
先程まで絶望していた空気は消えていた。
あるのは怒り、悔しさ、そして意地だった。
「俺達は村人以下じゃねぇぇぇぇぇ!!!」
生徒達の叫びと共に、攻撃の嵐がケロベロスへ降り注いだ。
後方から、地鳴りのような声が響く。
そこには、アルバートが立っていた。
両斧を片手に持ち、肥大化した右腕は鎧の上からでも異常だと分かるほど膨れ上がっている。
筋肉が膨張するたび、小手が悲鳴を上げるように軋み――
パリンッ!!
耐えきれず砕け散った。
地面へ一歩踏み出す。
それだけで足元の岩盤がひび割れた。
短い脚を大きく振り上げ、天へ突き刺すように構える。
そして――。
「お主ら!しゃがめえ!!――――"十魔砲琥"!!」
両斧が放たれた。
投げた、そう表現するには、あまりにも速すぎた。
二本の斧は轟音と共に大気を引き裂き。
通り道にあった蒼炎を強引に吹き飛ばす。
風圧だけで、炎が消える
次の瞬間、一本だった戦斧が十本へ増殖した。
分身した斧は嵐となり、ケロベロスへ襲い掛かる。
ドガガガガガガガガガァァァン!!!
首を穿つ、頭蓋を砕く、胴体を抉る。
鱗を砕き、肉を裂き、骨を粉砕しながら突き進む。
先ほどまで圧倒的だった巨体が、逆に吹き飛ばされていた。
とある兵士たちから聞いたことある。
部隊を率いる精鋭中の精鋭、戦場に立てば、その双斧は嵐となる。
敵兵を薙ぎ払い、魔物の群れを消し飛ばし、数々の戦場を生き抜いてきた男。
人は彼をこう呼ぶ。
"嵐戮のアルバート"
彼を知る者は恐れ、彼を敵に回した者は逃げ出した。
そして今、その異名に恥じぬ一撃が、ケロベロスを叩き伏せていた。
ケロベロスは吐き出した炎を止め、核をむき出しにしたまま苦しむような声で鳴く。
「さあ!御剣殿!今ですぞ!」
アルバートが御剣に合図すると、御剣の身体から白い靄が立ち昇る。
何時もの青い瞳は金色に染まり、その輝きはまるで神話に語られる聖者のようだった。
一言で言えば―――
『神聖』そのもの。
だが、その神聖さの奥底には燃え盛る炎が宿っている。
仲間を守るという、揺るがぬ意志の炎が。
「黒杉くん……ごめんね。待たせてしまって……」
その目には、怒りが爛々と燃えていた。
そして御剣は静かに剣を構えた。
「……『オーバー・クロック』」
その瞬間、御剣の姿が消える。
いや、消えたように見えただけだ。
誰一人として、その動きを目で追う事が出来なかった。
白い軌跡だけを残し、勇者はケロベロスへと駆け抜ける。
「これで・・・トドメだ」
至近距離
光剣レイアードが静かに輝く。
その輝きは徐々に増していき、まるで一つの太陽を凝縮させ、剣へ封じ込めているようだった。
辺りを照らす光、空気すら震わせる神々しい魔力。
誰もが理解した。
これまでとは次元の違う一撃だと。
「『リミテッド・ソード』!!」
御剣は剣を振るう。
たった一閃。
それだけだ。
だが、その一撃は光の暴力そのものだった。
ドオオオオオオオオン!!
轟音と共に、巨大な光の柱が天へ突き抜ける。
神罰にも似た輝きがケロベロスを包み込み、その巨体を浄化していく
咆哮は光に飲まれ、禍々しい魔力は霧散し、闇そのものが消し飛ばされる。
そして、光が収まった時。
そこにケロベロスの姿は無かった。
残されていたのは赤く脈打つ二つの魔核だけ。
それを見たアルバートが叫ぶ。
「それだ!その魔核を壊すんだ!!」
御剣は静かに頷く、そして剣を横に一閃。
ピシッ―――ピシピシピシッ!!
二つの魔核に亀裂が走る。
蜘蛛の巣のように広がった亀裂は限界まで達し―――
パリンッ!!
まるでガラス細工のように砕け散った。
一同、沈黙。
一人の生徒がいらないフラグをまた言う。
「か、勝ったのか・・・?」
しかし、その言葉を嘲笑うような復活は起こらなかった。
砕け散った魔核は光を失い。消えたケロベロスは復活する様子はない
残ったのは静寂だけだった。
誰もが呆然と立ち尽くす。
そして、ようやく理解した。
終わったのだと。生き残ったのだと。
「「「やったああああああああああああああ!!!」」」
一斉に歓声が上がる。
張り詰めていた糸が切れたように、その場へ座り込む者。
泣きながら仲間へ抱きつく者。
笑いながら拳を突き上げる者。
皆、それぞれの形で生還を喜んでいた。
「生きてる・・・俺、生きてるぞ!」
「もう駄目だと思った・・・!」
「御剣ぃぃぃ!!流石勇者だ!!」
「アルバート兵士長もやべぇって!!」
「誰だよ最初に逃げようとか言ってた奴!」
「うるせぇ!言うな!」
そんな声があちこちで飛び交う。
つい先ほどまで死を覚悟していたとは思えないほどだった。
「終わったな」
「でも、最初でこれだとキツイわね」
「いいじゃねえか!今は喜んでおこうぜ!」
そう言って、一樹は親指を立てる。
美空も大きく息を吐いた。
御剣ですら肩の力を抜いていた。
兵士達も武器を下ろし、安堵したような表情を浮かべる。
誰もが勝利を疑っていなかった。
"誰もが次の瞬間に起こる事など想像していなかった"。
そんな中、黒杉はどっと押し寄せた疲労に耐えきれず、その場へ座り込む。
全身が鉛のように重い。
気が抜けた途端、痛みまで戻ってきた。
「ごめん、先に行ってくれ。すぐに行くから」
「おう、じゃあ待ってるぞ」
「早く来なさいよね」
二人は軽く手を振りながら仲間達の方へ戻っていく。
その背中を見送りながら、黒杉は小さく笑った。
皆が笑っている。
皆が生きている。
それだけで十分だった。
先に二人は仲間の元へと向かう。
息を整え、数秒後に立ち上がる。
手を振る皆の所に向かおうとした時だった。
背中から悪寒を感じた。
寒くもないのに、確かに血は吐き出して気分が少し悪くなったかもしれない。
だけど、それとは別で本能的に何故か動けなかった。
振り向こうとした瞬間、御剣の声が聞こえた。
御剣君の声が聞こえた。
「黒杉君!!!避けて、危ない!!」
「えっ」
サクッ
何の音か分からなかった。
痛みも、まだ無い。
ただ、御剣の叫び声と同時に、クラスメイトと兵士は一斉に黒杉の方を見る。
皆の顔が青ざめていた。
何が起きたんだ?
そう思い、自分の胸元へ視線を落とす。
そこには――。
胸に剣が突き刺さった、黒杉の姿とその後ろに漆黒の鎧を着た騎士だった。
あまりにも唐突だった。
ついさっきまで歓声が上がっていた。
皆で勝ったと喜んでいた。
終わったと思っていた。
なのに、目の前には、自分の胸を貫く剣があった。
皆が状況を認識した頃には、誰かの叫び声が聞こえた。
きっと女子生徒の誰かだろう。
「カハッ・・・」
肺を刺され、全身に激痛、呼吸ができない、戦慄が走る。
刺された箇所だけが火に炙られたように熱い。
次第に、黒杉の足元に血の池が広がっていく。
顔を見ようとしても、兜で覆われていて見えなかった。
黒騎士らしい見た目の奴は耳元で囁く。
「くろすぎぃく~ん、やっと君を・・・殺せるよ・・」
その声は、普段の日常から黒杉を付け狙うような嫌な奴を連想させる声だった。
この声を間違えるはずがない、聞き間違えるはずがなかった。
掠れた声で必死に言う。
「い・・・た・・の!!」
声の主は板野だった。
先ほどまでクラスメイトと一緒にいた筈なのに。
先ほどまで皆と一緒に勝利を喜んでいた筈なのに。
何時の間に黒い鎧なんて、そもそも、着ていた筈がなかった。
震える視線でクラスメイト達の方を見る。
そこには、不気味に口角を上げて笑う"板野"の姿だった。
「てめええええええ!!!」
「よういちいいいい!!」
叫び声の主は一樹と美空だった。
二人は剣を抜き、拳を構え、我を忘れたように黒騎士へ突進する。
考えるより先に身体が動いていた。
目の前で親友が刺された。
それだけで十分だった。
「ぶっ殺す!!!」
一樹が今まで聞いた事のない声で叫ぶ。
美空も涙を浮かべながら駆け出していた。
「返せえええええ!!!」
黒騎士は黒杉の胸に刺した剣をゆっくり引き抜く。
鮮血が飛び散る。
そして、軽く剣を振った。
ただ、それだけだった。
ゴォッ――!!
空気そのものが爆ぜる。
「うああああ!?」
「きゃああ!?」
"剣圧"だった。
目に見えない衝撃が二人を吹き飛ばす。
一樹も、美空も地面を転がりながら何度も叩きつけられる。
それでも立ち上がろうとする。
だが、力の差があまりにも違い過ぎた。
吹き飛ばされた二人は立ち上がろうとし、アルバートは皆に号令を掛ける。
「総員戦闘態勢!!奴を止めろ!!!」
兵士達が一斉に武器を構える。
クラスメイト達も反射的に前へ出る。
つい先程までケロベロスと戦っていた。
今度は目の前の黒騎士、誰もがそう思った。
そして御剣は残り少ない魔力でオーバー・クロックを発動する。
「はぁっ・・・!」
光剣を握り締め、一歩踏み出す。
その様子を見た黒騎士は何かを呟いた。
呟いた言葉は聞き取れなかった。
その瞬間だった。
ピタリ。
皆の身体が止まる。
まるで見えない鎖で全身を縛られたように。
「う、動かねえ!?」
「な、なんで!?」
「腕が・・・!」
「足が上がらない!!」
兵士も、クラスメイトも、アルバートですら。
誰一人として動けなかった。
御剣だけは歯を食いしばる。
「ぐっ・・・ああああああ!!」
それでも、一歩も前へ進めない。
黒騎士は興味を失ったように視線を逸らす。
まるで脅威ですらないと言わんばかりに。
そのまま、黒騎士は黒杉の首の襟を掴むように引きずる。
引きずられた先は――先の見えない穴だった。
力もなく、動けない身体は抵抗すら出来なかった。
足が地面を擦り、血の跡だけが後ろに伸びていく。
「っく・・・何故・・こんな事を」
掠れた声で絞り出す。
黒騎士は少しだけ足を止めた。
そして、愉快そうに笑った。
「・・・ククク・・・美空ちゃん・・・オレの物だ・・・クククク・・・・」
「・・・・・・」
「オレの物だ・・・オレの物だ・・・オレの物だ・・・」
壊れた人形のように。
同じ言葉だけを繰り返す。
"美空"俺の親友
それだけの為に、こいつは仲間を裏切ったのか。
クラスメイトを裏切ったのか。
人を殺したのか?心も、思考も、理性も、全部捨てて、そこまで堕ちたのか?
堕落に落ちた板野を見て、心の奥で何かが沸々と煮え立つ。
それは恐怖じゃなかった。
悲しみでもない、怒りだった。
友人を守る為に、クラスメイトを守る為に、皆で必死に戦ってきた。
その全てを、こいつは自分勝手な欲望一つで踏みにじった。
「じゃあな、後は任せておきな・・・クククク・・・・」
「てめぇ・・・えええええ・・!」
声にならない。
肺が潰れ、血が込み上げる。
それでも怒りだけは消えなかった。
黒騎士はそのまま穴の縁へ立つ。
あの中にゴミを捨てるような感覚で、いつまでも続く闇へと放り投げた。
身体が宙に浮く。
重力に引かれ、奈落へ落ちていく、ケタケタと笑う声は死ぬ間際でもよく聞こえた。
その仮面の下にある感情も、今なら分かる。
嫉妬、憎悪。
ただそれだけの為に、こいつは全てを捨てた。
「い・・・たの・・・」
視界が霞み、意識も遠い。
だけど、それでも、胸の奥だけは燃えていた。
「お前だけは・・・!!!!」
叫ぼうとしても血が溢れる。
喉が潰れる。
それでも殺意だけは消えなかった。
もし生きて帰れたなら。
もし、もう一度立てるなら。
絶対に……絶対にこいつだけは許さない!
その瞬間だった。
「楊一!!いやあああああああああああああああ!!」
「楊一いいいいい!!」
美空と一樹の叫び声が聞こえた。
必死に手を伸ばしているのが見えた。
御剣も、アルバートも、皆がこちらを見ていた。
だけど誰も届かないし、誰も助けられない。
黒杉の身体は闇に飲まれていく。
「・・・・・・」
返事をしようとした。
大丈夫だと、そんな言葉を返そうとした。
だが声は出なかった、身体も動かなかった。
光が遠のいていく、皆の姿が小さくなっていく。
最後に見えたのは。
泣きながら手を伸ばす美空と。
歯を食いしばる一樹の姿だった。
そして、全ての光が消えた。
そうして黒杉楊一は、暗い奈落の底へと落ちていった。
――――――【一方その頃】
黒騎士は霧となって消えた途端に、生徒達の金縛りが解かれた。
その瞬間、黒杉は落ちて行った方に、美空は走り出す。
そんな興奮した表情を見て、察した一樹は御剣を呼ぶ。
「御剣!!美空を止めるぞ!あのままだと、飛び込むぞ!」
「分かった!」
一樹と御剣は穴に向って、走って行く美空を止めに行く。
幸いにも、二人の方が足が速かったため、飛び込みそうになった所を止める事ができた。
「イヤ!放して!!!楊一!!楊一!!!」
「晴渡さん!!落ち着いて!!」
「美空、落ち着け!!!」
一樹は美空をの肩を掴み、揺さぶる。
それでも、美空は叫ぶのをやめなかった。
いくら叫んでも、楊一の声は帰ってこなかった。
「私が守るって言ったのに・・・!どうして!いなくなっちゃうのよ!」
「「・・・」」
御剣と一樹は、ダンマリした。
「一樹!貴方までなんで止めるのさ!!親友じゃないの!?」
「俺だって探しに行きてえよ!!!何なら、あの黒い騎士みたいなやつを探しに殺しに行きてえよ!でもお前まで飛びこめば、それすらできなくなるんだぞ!取り合えず落ち着けよ」
一樹は感情に任せず、ただただ血がにじむまで強く拳を握り、冷静になった。
美空は一樹の言葉を聞いて、我に返る、そしてその場に崩れ再び泣いた。
「どうしてよ、楊一、なんで一人で行っちゃうのよぉ、うぇぇぇ...」
生徒達の雰囲気は最悪だった。
急に自分のクラスメイトの一人がいなくなったわけだ。
いつも笑い合っていた、何気なく話していた。
つい先ほどまで、確かにそこに居た人間が突然居なくなった。
先の戦場で、鼓舞して誰よりも先導し、希望を見出した途端だった。
「諦めるな」と叫び、「村人以下になるぞ」と皆を立ち上がらせた本人が、誰よりも前に出ていた本人が。
今度は誰にも助けられず消えた。
目の前には赤く広がった血の池、黒杉が刺された場所だけが、生々しく残っている。
つい先ほどまで響いていた勝利の歓声は、もうどこにも無かった。
何故、彼が殺されたんだ。
『なぜなん』だそんな疑問ばかりが頭を巡る。
気付けば周囲から嗚咽が聞こえていた。
肩を震わせる女子生徒。
俯いたまま顔を上げられない男子生徒。
誰も言葉を発しない、そこにあるのは勝利ではなく、喪失感だけだった。
ただ一樹は泣き止まない美空の目を真っすぐ見つめ言う。
「美空!いい加減泣くのをやめろ!そしてあいつを勝手に殺すな・・・!!」
「一樹・・・?」
一樹の目は潤んでいるが決して涙は流さなかった。
ふと美空は一樹の手を見る。
手は涙を流さないように抑えているのか、拳を作るように強く握られていた。
あまりにも強く握り過ぎたせいで、掌から血がポタポタと落ちている。
流したら終わる気がした。
涙を流した瞬間、本当に楊一が死んでしまう気がした。
だから歯を食いしばり、だから拳を握り、痛みで上乗せをする。
信じる以外に無かった。
「あいつは絶対に生きている。俺は信じてる。だから強くなってまた探しに行こう」
「・・・」
その目は純粋な物だった。
楊一は生きている。
そう信じて疑わない強い信念が感じられる。
彼の言葉を思い出す。
―――しぶといのは俺の特権だろ?
「そうだね、勝手に彼が死んだとは決めつけはいけないね」
「御剣くん・・・そうだね。陽一なら絶対に生きてるよね・・・。」
一樹と御剣のおかげで、なんとか美空をなだめる事ができた。
そうして、生徒たちは一度近くの村まで戻ることになった。
誰も口には出さなかった。
だが皆の胸には同じ想いが残っていた。
黒杉楊一は、本当に生きているのか、そして、もう一度会えるのか。
その答えは誰にも分からない。
ただ一つだけ確かな事があった。
一人の犠牲のおかげで、生徒達は守られたのだった。
――――――【???】
ポツ……ポツ……
額に何かが落ちる。
その冷たい感触で目が覚めた。
「夢なのか・・・いや俺は死んだのか?でもこの感覚は・・・」
身体が冷たい。
まるで水の中を漂っていたような感覚。
次第に視界が戻り、顔だけ動かして周囲を見渡した。
すると、隣に見知った少女の姿をした白い靄が見えた。
しかし、それは一瞬だった。
瞬きをした頃には、既に消えていた。
「・・・・・・」
見間違いだったのか。
それとも、本当に誰か居たのか。
考える前に黒杉は身体を起こす。
「うおっ!?」
起き上がった瞬間、足が地面につかない。
慌てて体勢を立て直す。
そして気付いた。
そこにはどこまでも続く水面が広がっていた。
まるで鏡のような静かな水、波一つ立っていない。
どうやら、この水のおかげで命拾いしたようだ。
「体が痛い・・・そうか、俺はあの戦いで・・・」
あの時の事を思い出す。
黒騎士に胸を刺された。
そして、その正体は板野で、そのまま谷底へ落とされた。
胸元へ手を当てる。
確かに刺された筈だった。
だが――。
「確かに、刺された筈なんだが・・・」
傷は跡形もなく消えていた。
服だけが裂けている。
まるで最初から傷など存在しなかったかのように。
理由は分からない、何故生きているのかも、何故傷が治ったのかも。
何一つ分からなかった。
しかし、何時までも水の中にいるわけにはいかない。
黒杉は残り少ない体力を振り絞り、岸へ向かって泳ぎ始める。
冷たい水は体力を容赦なく奪っていく。
腕は重い、呼吸も苦しい、それでも必死に前へ進む。
十分ほど掛けてようやく岸へ辿り着くと、その場へ倒れ込んだ。
「何故、俺がこんな目に・・・」
返事はない。
聞こえるのは水滴の落ちる音だけだった。
しばらく呼吸を整えた後、壁を支えにして立ち上がる。
痛い、身体中が痛い。
だが、あの高さから落ちて生きている。
それだけでも儲けものだ。
そう自分に言い聞かせる。
そして何より、早く仲間達と合流しなければならない。
黒騎士の正体、板野の事、あの異常な力の事。
全部伝えなければならない。
立ち上がり、一歩踏み出す。
その時だった。
洞窟の奥に暗闇の向こう側で、白い靄が、ふわりと揺れた。
先ほど見た少女だった。
今度は見間違いじゃない。
少女は振り返る事もなく、洞窟のさらに奥へ消えていく。
まるで――。
「ついて来い」
そう誘うように。
「…………」
黒杉は無意識に息を呑んだ。
この先に何があるのか分からない。
だが、何故か目を離す事が出来なかった。
そして黒杉は少女の消えた暗闇へ向かって歩き出す。
洞窟の奥から微かな笑い声が聞こえた。
聞いたことがある気がする。
いや。
忘れるはずがない。
あの声は――。
また、来週の火曜日に会いましょう・・・。
現在、改稿版を投稿しています。
そちらの方もストーリーは同じですが、話の内容や追加台詞など変わったり増えたりしていますので、主に、黒杉くんの殺され方など・・・是非読んでいただければと思っています。
※いずれ統合しますけど・・・。
改稿版URL
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1443099/
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あわよくば、評k(ごめんなさい、調子乗りました。




