第6話 VSボス戦【上】の話
2026/06/04 改稿済。
途中で改稿前のストーリーがごっちゃになってまが、ストーリーは事態は同じです。
それでもよろしければ、見てくれると嬉しいです。
「皆の者、止まれ」
アルバートの低い声が洞窟に響いた。
その声には普段の余裕がない。
反射的に足を止めた俺は、アルバートの背中を見る。
――異変はすぐに分かった。
震えている……あのアルバートが。
幾度となく魔物と戦い、生死の境を潜り抜けてきた兵士長が、小刻みに肩を震わせていた。
額には嫌な汗が滲み、呼吸も荒い。
まるで目の前に死神でも立っているかのようだった。
「アルバートさん……?」
御剣が不思議そうに近づく。
その時だった。
一歩。たった一歩、前へ踏み出した瞬間。
――ズシン。
全身に見えない重りを括り付けられたような感覚が襲った。
肺が潰れ、心臓が嫌な音を立てる。
その場で足が止まり、敵の姿なんて見えていない。
なのに、本能だけが狂ったように警鐘を鳴らしていた。
『進むな』『逃げろ』『ここは危険だ』
理屈ではなく、生物としての本能が、目の前にいる"何か"を拒絶している。
空気が重い、洞窟全体を覆う圧力。
まるで巨大な怪物の腹の中に放り込まれたような錯覚。
気づけば誰も喋っていなかった。
一樹も、美空も、兵士達も。
皆、顔を青くして立ち尽くしている。
ただそこにいるだけで、精神が削られていく。
そんな異常な気配だった。
「な、なんだよ……これ……」
一樹が顔を引き攣らせながら呟く。
普段ならどんな相手にも強気な一樹ですら、額には冷や汗が浮かんでいた。
「……嫌な予感とか、そういうレベルじゃないわ」
美空も険しい表情で前を見つめる。
まだ何も見えていない。
「前線の盾組!前へ!全員を守って!」
美空の指示と共に、盾を持つ騎士たちと生徒が前へ出る。
だが、その足取りは重い。
誰もが分かっていた。
この先にいるのは、今まで戦ってきた魔物とは違う。
ゆっくりと洞窟の奥へ進む。
息を吸うたび肺が圧迫されるような感覚に襲われる。
静まり返った洞窟では、自分達の荒い呼吸だけがやけに大きく聞こえた。
進めば進むほど、敵の気配は濃くなる。
肌がひりつき、首筋が粟立つ。
まるで見えない刃を喉元に突き付けられているようだった。
そして、そのプレッシャーはやがて殺意へと変わる。
明確な敵意、確実な悪意。
得体の知れない何かが、自分達を見ている。
誰も姿など見ていない。
それなのに全員が確信していた。
この先にいる……とんでもない化け物が……。
「……もう嫌だ」
誰かが呟いた。
「帰ろうぜ……」
「無理だろ、こんなの……」
「まだ見えてもいないのに……」
不安は伝染する。
一人が口にすれば、次々と弱音が零れ落ちる。
顔を青くする兵士、震える手を隠せない者。今にも泣き出しそうな生徒。
皆の心が少しずつ削られていく。
そんな中――。
「ここまで来たんだ」
御剣が前を向いたまま言った。
目はちゃんと光を灯していた。
「今さら引き返せない」
その声は決して大きくない。
だが、不思議と皆の耳に届いた。
「大丈夫だ」
聖剣を握り締めながら、御剣は言う。
「もう少しだ」
その言葉に、生徒達はハッとする。
そうだ。ここで立ち止まれば何も分からない。
この先に何がいるのか。
何故こんな異変が起きているのか。
それを確かめるために、自分達はここまで来たのだ。
再び皆の視線が前を向き、そして誰も引き返さないまま、長く暗い洞窟の奥へと進み続けた。
―――――【最深部】
最深部への続く大きな扉の前にたどり着いた。
ここで、アルバートは気づく。
「以前、こんなものがあったか?ふーむ……。」
アルバートが来た時には、こんな扉は無かったらしい。
目の前にそびえる石扉を見上げる。
扉には奇妙な文字が刻まれていた。
この世界に来てから色々な文字を見た。
フィルネルの文字、教会の文字、本や看板の文字。
だけど、この文字だけは違った。
まるで別物だ。
規則性があるようにも見えるし、ただの模様にも見える。
何より気味が悪い。
見ているだけで胸の奥がざわつく。
(アルバートさんでも知らない……?)
それが一番引っ掛かった。
アルバートは長年この国で兵士をしている。
洞窟の調査経験だって自分達より遥かに多い。
そんな人が知らない。
つまり、この扉は最近現れた可能性が高い。
(誰が作った?何のために?そもそも本当に扉なのか?)
分からない事ばかりだった。
ただ一つだけ分かる。
ずっと感じていた敵意は、この先から流れてきている。
扉の向こうに何かがいる。
それだけは間違いない。
むしろ、近づけば近づくほど確信に変わっていく。
(まるで封印みたいだな……)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
もし本当に封印なら、この向こうにいるのは、封じなければならなかった何かという事になる。
そう考えた瞬間、背筋を冷たいものが走った。
―――――【最深部】
最深部への続く大きな扉の前にたどり着いた。
ここで、アルバートは気づく。
「以前、こんなものがあったか?」
アルバートが来た時にはこういうものが無かったと言っている。
重そうな石扉には、何か文字みたいなのが刻み込まれていた。この異世界に来てから、見た事のない文字。
そして、自分たちがずっと圧し掛かる敵意がこの先にあることも分かる。
長く生きたさえアルバートにもこの状況が分からないようだ。
「アルバートさん、行きましょう」
「ああ、そうだな。皆の者!武器を構え、警戒態勢に入れ!」
最深部へ続く巨大な石扉がゆっくりと開く。
ゴゴゴゴゴゴ……
鈍い音が洞窟全体を震わせた。
その先に広がっていたのは、石橋。
そして橋の先には、巨大な円形の空間があった。
「なんだ、ここは……。」
アルバートが眉をひそめた。
「アルバートさん?」
「こんな所は、初めてだ……。」
アルバートですら眉をひそめた。
やはり、アルバートはこの場所に来るのは初めてらしい。
つまり、ここから先には未知の場所となっていた。
皆、警戒しながら石橋を渡る。
下を覗けば底の見えない闇。
落ちれば助からない。
自然と全員が橋の中央へ寄る。
石橋から円形の広間へ足を踏み入れた瞬間だった。
ボォッ!!ボォッ!!ボォッ!!
壁沿いに並んだ無数の松明へ、蒼い炎が一斉に灯る。
突然の出来事に悲鳴が上がった。
「皆!落ち着いて、何かがいる!集中するんだ!」
アルバートが叫ぶ。
だが、その声も途中で止まった。
空気が変わった。
いや、最初からいたのだ。
ただ、気づいていなかっただけ。
ズシン――。
地面が揺れる。
それは広間の最奥。強大な"何か"が闇の中で強大な力をちらつかせていた。
その"何か"が少しずつ近づき、同時に殺意も増大する。
ズシン――。
何かが近づいてくる。たったそれだけなのに、生徒たちの顔色がみるみる青くなる。
それは仕方ないことだ。
つい一か月前までは、平和の世界で過ごしてんだ。
息が苦しい、足が震える、心臓が嫌な音を立てる。
殺意。
圧倒的な殺意。
無縁というものは恐ろしい事だ。
「ひっ……」
誰かが息を呑んだ。
闇の奥で六つの紅い光が灯る。
目だ。
六つの目がこちらを見ていた。
巨体がゆっくりと姿を現す。
まず見えたのは牙、次に首、そして――もう一つの首、さらにもう一つ。
三つ。首が三つあった。
生徒達の顔から血の気が引く。
蒼く燃える首輪。鋭く歪な牙。地面を溶かすほどの涎。
針のように逆立つ黒毛にそして十メートルを超える巨躯。
まるで冥府そのものが獣の姿を取ったかのようだった。
―――アオォォォォォォォォォォォォォン!!!
鼓膜が破れそうなほどの咆哮が洞窟全体を揺らした。
音というより衝撃だった。
全身を殴られたような圧力に、生徒たちは思わず身を竦ませる。
足が震え、呼吸が浅くなる。
心臓が嫌な音を立てる。
その咆哮一つで、本能が理解してしまった。
――勝てないかもしれない。
早くも全員に、ここへ来たことを後悔という二文字を思わせる。
ここに来たのは間違いだったかもしれない。
そんな考えが誰の脳裏にも過る。
そこにいたのは、自分たちの世界で『冥府の番犬』と呼ばれた存在。
三つの首を持つ魔獣――ケルベロスだった。
三つの口からは粘つく涎が滴り落ち、
地面を溶かしながら白い煙を上げている。
六つの瞳は獲物を見つけたように爛々と輝き、
その視線だけで身体が凍り付く。
まるで、自分たち全員が餌として値踏みされているようだった。
アルバートは先ほどの険しい顔と一変して、驚愕に目を見開いていた。
奥歯を強く噛み締め、信じられないものを見るようにケルベロスを見つめる。
まるで、本来ここにいるはずのないものが目の前に現れたかのように。
やがてアルバートは、震える声で言葉を絞り出した。
「馬鹿な……!何故だ!何故こんな所にケルベロスが!?」
「どうしたんですか!アルバートさん!」
アルバートは大きく息を吸い、無理やり心を落ち着かせる。
それでも震える手は止まらなかった。
剣を握る手に力を込める。
だが、その指先は小刻みに震えている。
精鋭の兵士が震えている。
それだけで、この状況がどれほど深刻なのか嫌でも伝わってきた。
そんなアルバートの様子を見て、生徒達の中で押し殺していた不安が一気に膨れ上がる。
「本来、ケロベロスはここに出現などしないのだ!」
「な、なんだと?」
生徒達の顔色が変わる。
アルバートはこの状況をまったく予想していなかったのだろう。
普段は豪快な彼が、明らかに焦っていた。
声が震えている。
額には冷や汗が滲み、視線はケロベロスから離れない。
そして、絞り出すように言った。
「ケロベロスは本来、地獄にいる魔物なんだ!地上に現れることなんて、本来ありえない!何せ、この魔物はヨハン国王によって封印された魔物の一匹だからだ……!」
封印された。
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなる。
封印されたという事は――完全には倒せなかったという事だ。
この世界の英雄であるヨハン国王ですら、討伐ではなく封印を選ばなければならなかった。
それが何を意味するのか、生徒達にも理解できてしまった。
「う、嘘だろ……」
「そんなの勝てる訳……」
「嫌だ……死にたくない……!」
不安は瞬く間に伝染した、顔を青くする者いれば、武器を落とす者。
今にも泣き出しそうになる者。
張り詰めていた心が限界を迎え、生徒達はパニックに陥る。
「助けてくれ!」
「帰りたい!」
「こんなの無理だ!」
誰かが叫び、誰かが後退る。
もう駄目だ。
誰もがそう思った、その時だった。
そんな中で喝を入れたのが、御剣だった。
「諦めるのはまだ早い!なら、この剣で浄化させて見せる!」
御剣は聖剣に魔力を込める。
刹那。
聖剣が眩い光を放った。
そのまま剣を構え、地面を強く蹴る。
バンッ!!
石床が砕ける。
次の瞬間には、御剣の姿は消えていた。
いや――速すぎて見えなかったのだ。
『閃光』まさにその一言だった。
一瞬で距離を詰め、ケロベロスへ向かって一直線に駆け抜ける。
アオォオオオオオオオオオオオオオン!!
ケロベロスは咆哮を上げる。
接近する敵を察知したのだろう。
三つの首が同時に御剣を捉えた。
ギョロリと目を向けた時には、三つの大口が一斉に開いた。
牙を剥き出しにしながら、獲物を食い千切るように真っ直ぐ襲い掛かる。
御剣は攻撃して来るケロベロスの牙を、身体を捻って避ける。
そのまま捻った体の遠心力を乗せ、首へ向けて聖剣を振り抜いた。
ザシュッ――。
――グルゥアアアアアアッ!!?
その一閃に斬りつけられた首から、血が勢いよく噴き出す。
ケロベロスは苦痛に暴れ狂った。
噴き出した血が御剣の白い服を赤く染めていく。
しかし、浄化の効果によって魔物の血は光の粒子となり消えていった。
「まず、その一本の首を貰う!!!」
御剣は赤いオーラを纏う。
そのまま地面を強く蹴り、一気に跳躍した。
ケロベロスの頭上へ躍り出る。
そして――。
聖剣が閃いた。
ザンッ――!!
閃光の如き剣撃が、ケロベロスの首を断ち斬る。
真ん中の首の動きが止まった。
少しずつ胴体と首がズレていく。
ズルッ……ボトッ……。
何かが落ちた音がする。
皆はその音に注目した。
そして、その視線の先にあったものを見て息を呑む。
それはケロベロスの首の一つだった。
つい先程まで獰猛に唸っていた首が、まるでゴミのように地面へ転がっている。
一瞬、誰も現実を理解できなかった。
やがて、切断面から噴水のように血が噴き出す。
ドクドクと溢れ出る血は地面を赤黒く染め上げ、その場に強烈な臭気を撒き散らした。
その血の臭いは、何人もの人間を喰らってきたような腐臭だった。
何人もの命を喰らってきたような腐った臭い。思わず吐き気を催すほど不快な臭気が辺りへ広がっていく。
しかし、御剣がケロベロスの首を落としたのも事実。
それを見たクラスメイト達は歓声を上げた。
「キャー!みつるぎさぁーん!!」
「流石、御剣さんだ!!」
「や、やったのか?」
おい!最後の奴!そのセリフを言うな!フラグが建っちまうだろ!?
だが、その不安はすぐに現実となった。
突然。
ボコッ――。
首の切断面が脈打つ。
「……え?」
誰かが声を漏らした。
斬り落とされたケロベロスの頭が、まるで泥のように溶け始めたのだ。
ドロドロと崩れ落ちる頭部。
そして次の瞬間。
首の切断面から、黒く粘つく何かが這い出てきた。
うねうねと蠢くそれは、生き物のように膨張していく。
ボコボコボコボコ――。
気味の悪い音が洞窟に響く。
生徒達の歓声はいつの間にか消えていた。
誰も喋らない、ただ目の前の異常を見つめるだけだった。
やがて黒い肉塊は形を作り始める。
牙、目、鼻。
そして、新たな頭が完成した。
再生だった。
元通りになったケロベロスは鋭い牙を剥き出しにし、生徒達を威嚇する。
アオォオオオオオオン!!!
「なっ……」
「嘘だろ……」
さっきまで浮かんでいた希望が、一瞬で砕け散った。
だから言ったのに!?
誰だよあのセリフ言ってたやつ!出てこい!
「な!頭が再生しただと!?」
「あいつの厄介な所だ!アイツの核になる場所が三つあるんだ!それを破壊しない限りはずっと再生する!」
「その核はどこにあるか分かりますか、アルバートさん!?」
アルバートは苦悩の表情を浮かべながら、御剣に言う。
「すまねぇ、それは俺にもわからねぇんだ」
「そうですか・・・」
アルバートは知識こそあるが、正確な位置までは分からなかった。
ケロベロスの核は特殊で常に移動しているという。
御剣は小さく息を吐き、再び聖剣を構えた。
「なら!切り伏せて!ここで奴を倒す!」
「グルルルルルル……」
三つの首が低く唸る。
まるで獲物を見つけた肉食獣のように。
そして――。
「アオォォォォォォォォォン!!!」
洞窟全体を揺るがす咆哮が放たれた。
轟音。いや、もはや一つ災害だった。
音の衝撃だけで空気と地面が揺れる。
耳を塞いでも頭蓋骨の奥まで響いてくる。
「キャアアア!?」
「う、うるせぇ!!」
生徒達は思わず耳を塞ぐ、それほどまでに圧倒的な咆哮だった。
そして次の瞬間だった。
ケロベロスの全身から赤黒いオーラが噴き出す。
ぐつぐつと煮え立つような魔力。
毛並みが逆立ち、筋肉が膨れ上がる。
牙はさらに鋭く伸び、爪は岩を容易く引き裂けそうなほど禍々しく変貌していく。
背中から噴き出す炎も勢いを増した。
ボウッ――!!
まるで地獄の業火を背負った魔獣。
先程までとは比べ物にならない、誰の目にも分かった。
ケロベロスは怒っている。
そして、本気になった。
その邪悪な姿を前にしても、御剣の振るう剣は止まらない。
再び閃光が走る。
「やああああああ!!!」
御剣は聖剣で攻撃する。
しかし、むき出しなった筋維が形成されるようにすぐに再生される。
これは異例、御剣の聖剣で魔獣が浄化されない。
浄化されるよりもl傷の再生速度は明らかに上回っている。
斬っても斬っても塞がる。
それどころか、ケロベロスは傷を負う度に凶暴が、増しているような気がする。
「っく・・・!こんなのどうやって倒せば・・・!」
ガギィィィン!!
爪と聖剣が激しくぶつかり合う。
甲高い金属音が領域中に響き渡った。
御剣は斬り、ケロベロスは再生する。
御剣は首を狙うが同時に、ケロベロスは牙を剥く。
飛び交う剛毛は鋭い針となって襲い掛かり、地面や壁に突き刺さる。
それでも御剣は止まらない。
飛来する剛毛を斬り払い、牙を避け、爪を受け流しながら反撃を叩き込む。
だが――。
どれだけ傷を与えても、その傷は瞬く間に塞がっていく。
傍から見れば、御剣とケロベロスの戦いは互角に見えた。
むしろ御剣が押しているようにすら見える。
しかし実際は違う。
御剣は確実に魔力と体力を消耗している。
対するケロベロスは何度傷つこうとも立ち上がる。
再生を止めない限り、この戦いに終わりはない。
そして、このままでは、いずれ御剣が押し負ける。
それは誰の目にも明らかだった。
「どうすれば・・・」
思考を加速させる。
御剣を最大限支援する方法、指を咥えて見ているだけじゃ駄目だ。
このままでは、本当に御剣が負ける。というか死ぬ。
早く何とかしな狩ればならない、どうする?
石を投げて、気を引くようにヘイトを向かせるか?
回復薬をどうやって渡せばいい?
俺は何処に立てば、地形は?相手の特徴は?
……どうやったら御剣の負担を減らせる?
ふと、気づいた。
激しい金属音と獣声が飛び交う中。
周りが"静か"すぎる。
周囲を見渡した自分は思わず奥歯を噛み締め、そのまま唇を血が出るほど噛んだ。
クラスメイト達は戦いを眺めているだけだった。
折角訓練した内容も忘れ、ただその場に立ち尽くしている。
「あんなのに参加できる訳ないだろ・・・」
「下手に近づいたら死ぬ・・・」
「邪魔になるだけだ・・・」
耳を澄ませば、飛び交うのは弱音ばかり。
誰も前へ出ようとしない、その光景に苛立ちを覚えた。
違うだろ。そうじゃないだろ。
御剣は今、一人で戦っているんだぞ。
自分達を守る為に、元の世界へ帰る為に、命を懸けて。
それなのに。
皆、安全な場所から見ているだけだった。
―――もちろん自分もだ。
『村人』
戦う力もなければ、大したスキルもない。
だから仕方ない?諦めろって……?
違う、違うだろ!!!
そんな言い訳をしている自分にも腹が立つ。
何もできない、何もできないから見ているだけ?
そんな自分が一番嫌だったし、一番理解している。
この煮え滾る感情だけが、自分を動かす十分だった。
なら準備はできたか?『黒杉楊一』
お前は誰よりも"諦めが悪い男"だ。
ならわかるよな、実行するだけだ。
「・・・このままじゃ駄目だ」
気付けば足が動いていた。
クラスメイトをかき分け、前へ、ただ前へ、気付けば、自分は最前列に立っていた。
突然前に出てきた黒杉を、クラスメイト達が何事かという顔で見つめる。
心臓がうるさく、足も震えている。
だが、恐怖はない。
今ここで言わなければ、一生後悔する気がした。
大きく息を吸う。
今まで出した事もないほどの声を腹の底から絞り出した。
「お前ら!!ふざけんなよ!!」
金属音が響く領域中に、自分の声が響き渡る。
御剣とケロベロスの激しい攻防の音すら、一瞬だけ止まったように感じた。
そんな大声に驚いたのか、今まで下を向いていたクラスメイト達が一斉に顔を上げる。
「よ、楊一・・・?」
美空が驚いたように目を見開く。
クラスメイト達の顔には恐怖が張り付いていた。
不安、諦め、逃げたいという感情。
だからこそ、やる事は一つだった。
「お前らな!俺よりも優れた力を持っているのに、ビビってんじゃねえよ!!!」
そう、"説得だ"。
今まで大人しかった奴が急に叫び出した。
変な奴だと思われるだろうし、頭がおかしくなったと思われるかもしれない。
だけど、今はどうでもいい、変な奴だと思われてもいい。
俺は何もできない、だから"クラスメイト"の力が必要だ。
ここで黙っていたら、本当に終わってしまう。
一度逃げたら、次も逃げる。
そしてそのまま、一生戦えなくなってしまう。
そんな未来だけは嫌だった。
何よりも"無力で何もできない自分自身"に一番腹が立っていた。
「なぁ・・・見てみろよ」
黒杉は御剣を指差す。
「御剣がお前たちを守る為、元の世界に返す為に、一人で戦ってるんだ」
ガギィィィン!!
遠くで剣と爪がぶつかる音が響く。
「なぁ、お前たちは何してんだよ」
「・・・・・・」
「アイツだけ勇者の肩書と重責を背負わせたまま、ノコノコと待ってるだけなのか?」
「お、おい、楊一・・・」
「ごめん、一樹。でも言わなきゃいけないんだ」
引き止めようとする一樹を遮る。
震える足を無理やり踏ん張りながら、黒杉は叫び続けた。
「戦えない?無理?かえって足手まといになる?」
「・・・・・・」
「ほんと、お前らしょうもないな」
「なんだと!!!てめぇ!!!」
板野が怒鳴り、胸倉をつかもうとする。
だが黒杉は掴もうとする胸倉を払いのけ、負けじと怒鳴り返した。
「なんだとは俺が言いてぇよ!!」
「っ!?」
その黒杉の初めて見るであろう、怒鳴り声は板野を気圧される。
あんな感情的になっているのを今まで見たことなかったからだ。
「お前らこんな村人如きに言われっぱなしでいいのか!?俺は村人だぞ!?お前らがハズレ職って馬鹿にした村人だ!!その俺が前に出てるのに!なんで勇者や騎士や魔法使いのお前らが下を向いてるんだよ!!」
その言葉に次々と、拳を握り始める。
「御剣に全部背負わせたままでいいのかよ!?」
勇者の死、クラスメイトの死、友の死。本当にそれでいいのか?
周りの人たちの眼が徐々に変わっていくのが分かる。
「このままだとあいつ・・・死ぬぞ」
その言葉に誰も反論できなかった。
板野も、生徒達も、兵士達も、ルバートでさえも。
誰もが分かっていたからだ。
御剣が限界に近づいていることを。
手が震える、足も震える、喉も痛い、怖い。
だけど、それは全部怒りに変換させるよう身体が武者震いする。
だからこそ、言わなければならない。
「たしかに俺は村人で何もできない!」
黒杉は拳を握り締める。
「だけどな・・・!だけどな!!!できるお前たちが動かないんだよ!!!」
そう、こいつらには職業というチート機能がある。
「その職業は飾り物か!!!持ってる能力は木偶なのか!!!その武器は錆びたままでいいのか!!!!」
クラスメイト達の目が徐々に燃え滾る意志を帯びていく。
それは怒りだった。
無力な自分へ、責任を押し付けていた自分へ、言い訳ばかり並べていた自分への怒り。
黒杉の言葉は胸に刺さっていた。
いや、違う。
皆、本当は最初から分かっていたのだ。
このままじゃ駄目だと、だけど怖かった。
誰だって怖い、死にたくない、逃げたいの人間的で誰しも備わっている機能だ。
それでも、御剣という、学級委員長(勇者)は逃げなかった。
一人で前に立ち続けている。
だったら、自分達だけが逃げていていいはずがない。
「手があるなら剣を持て!!」
黒杉は叫ぶ、皆武器を構えた。
「魔力があるなら空っぽになるまで詠唱しろ!!頭がまだ使えるなら考えろ!!諦めるな!!俺は石を投げる!!!」
震える声だった。格好いい声なんかじゃない。
勇者のような力強さもない、だけど、その言葉には本気があった。
皆を立ち上がらせるのに十分だ。
「それができないなら・・・」
生徒達が武器を握る。
兵士達が剣を構える。
魔法使い達が杖を掲げる。
盾役達が前へ出る。
誰もが黒杉を見ていた。
そして黒杉は肺の中の空気を全て吐き出すように叫んだ。
「お前たちが何一つ守れない!!」
「その力を持ってるくせに戦わないなら!!お前たちは村人以下だし、一生自分を許せなくなるぞおおおおおおおおお!!!!」
その瞬間だった。
黒杉の中にあの"少女"の顔が浮かび上がり微笑んだ気がした。
カチリ――
何かがはまった、何かが変わった。
生徒達の目から恐怖だけが消える。
代わりに宿ったのは闘志だった。
「・・・上等だよ」
誰かが呟く。
「村人なんかに言われっぱなしで終われっか!」
「ああ、そうだな」
「やってやるよ!」
「御剣だけに格好つけさせるかよ」
一人、また一人と武器を握る手に力が入る。
先程まで漂っていた諦めの空気はもう無かった。
黒杉はそこでようやく息を吐いた。
張り詰めていた糸が切れる。
力が抜け、尻餅をついた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
全身が震える。
今になって怖さが押し寄せてきた。いや、武者震いということにしよう。
慣れないことをするとやっぱり駄目だ。
すると、両肩に優しい手と逞しい手が誰かが叩く。
見上げるとそこには一樹と美空、そして佐野が立っていた。
「おいおい!馬鹿野郎ってないぜ!」
「ええ、そうね。馬鹿は言い過ぎよ。でも・・・」
「おかげで、目が覚めたよ!」
そう言って、一樹はいつも通りニッと笑い、美空も優しく微笑んだ。
佐野も相変わらずだが、どこか吹っ切れたような顔をしている。
調子の良い奴らだ。
だけど、その顔にはもう恐怖だけは残っていなかった。
「ッハッハッハ!!」
豪快な笑い声が響く。
「まさかこんな坊主に喝を入れられるとはな!坊主は失礼だったな、ヨウイチ殿!まだまだ未熟だったようだ!ハッハッハ!!」
「アルバートさん・・・」
「お前さんのおかげだ。皆が立ち上がった。もちろんワシもな」
アルバートは笑う。
先程までの焦りも恐怖も吹き飛ばすように。
「ナイス鼓舞だ」
ゴシゴシと頭を撫で回される。
整えていた髪はあっという間にボサボサになった。
だけど、不思議と嫌じゃなかった。
一方、クラスメイト達は――。
「そうだよね!御剣くんだけに任せられないよね!」
「ハハッ!村人にここまで言われたら流石にな!」
「今さら逃げる方がダサいってもんだろ!」
「ッフ・・・ボスなんてこの邪気眼を解放すれば片手でひねり潰せるさ」
変なのも混じっていたが気にしない。
本当に調子の良い奴らだ。
だけど、先程まで震えていた手が剣を握っている。
下を向いていた顔が前を向いている。
怯えていた目に闘志が宿り、消えかけていた炎が再び燃え上がった。
いや、燃え上がるどころじゃない。
今にも爆発しそうなほど燃え盛っていた。
それは勇者の言葉じゃない、英雄の演説でもない。
ただの村人の一声だった。
言葉は剣みたいに斬れない、魔法みたいに敵を倒せない。
だけど、人を立ち上がらせるには十分だった。
黒杉は立ち上がる。
大きく息を吸う。
皆を見る。
もう誰も下を向いていない。
「さあ!剣を持ったか!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
ガシッ!!
剣が握られる。
「魔力は満タンか!」
「もちろん!!」
「いつでもいけるよ!!」
バチバチと魔力が集まり始める。
「守る為の盾の準備はできたか!」
「任せて!」
「いつでも守れる準備はできた!」
盾兵達が一斉に盾を構える。
そして――。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
洞窟を揺らすほどの雄叫びが響く。
その声はケロベロスの咆哮にも負けていなかった。
黒杉は短刀を握り、そして大きく手を振り上げた。
「さあ、最初の任務はケロベロスの打倒!御剣の援護!!!これを達成できたら、大金星。おいしい飯が待ってるぞ!!!」
一瞬だけ間を置く。
そして。
「皆――」
腹の底から叫んだ。
「いけえええええええええええええええええええ!!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
兵士が走る。生徒が走る。
魔法使いが詠唱を始める。
盾兵が前へ出る。
もう誰も立ち止まらない。
それは一人の勇者を守る為。
そして、全員で元の世界へ帰る為の反撃だった。
黒杉は思わず拳を握る。
「……よかった」
誰にも聞こえない声で呟く。
その瞬間だけは、
本当に泣きそうだった。
―――・一方その頃
「……っく!このままじゃ……!」
ケロベロスとの激しい攻防。
何度斬っても再生する肉体に、浄化よりも早く塞がる傷。
御剣は少しずつ、確実に追い詰められていた。
呼吸は荒く、腕は重い。
聖剣を握る指先から力が抜けそうになる。
魔力も限界に近い、一撃ごとに身体が悲鳴を上げていた。
それでも剣を振るう、振るわなければ皆が死ぬ。
だから止まれない。
だが、気づけば御剣は領域の端まで追い込まれていた。
後ろへ一歩下がえい、足元の石が転がり落ちる。
カラン――。
下を見れば底の見えない暗闇。
落ちれば終わりだった。
「グルウウウウウウウ!!」
三つの首が同時に唸る。
獲物を追い詰めた肉食獣のように。
六つの瞳が勝利を確信したように輝いた。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
そして、牙が迫る。
この状態じゃ、避けられないし、受けても防げない。
身体は鉛のように重く、魔力も残っていない。
(間に合わない――)
御剣がそう確信した瞬間だった。
「閃光脚ッ!!!」
轟音。
まるで雷が落ちたような衝撃が走る。
次の瞬間、黒い巨体が横へ吹き飛んだ。
「グォォォォォォッ!?」
ケロベロスの頭部へ凄まじいライダ〇ーキックが炸裂する。
脳天を打ち抜く一撃、巨体が大きく仰け反り、そのまま数歩後退した。
そして、御剣の前へバチバチと音を立てて一人の少年が着地する。
「山崎君!?」
そこにいたのは一樹だった。
肩で息をしながらも、口元には不敵な笑みを浮かべている。
「ったくよ……」
一樹は拳を鳴らす。
「勇者が一人で格好つけてんじゃねぇぞ。ほら、立てるか?」
「あぁ……うん?」
すると、何処から声が聞こえた。
それも一人だけじゃない。
一樹の後ろから、こちらに向かって走り出す、生徒と兵士の姿が見えた。
「み、皆!?どうして、さっきまで後ろにいたのに!?」
「あー、それはな……。"あいつ"のせいだよ」
そう言って、一樹は先頭に立っている一人の『村人』を指を指を差した。
その光景を見た瞬間、御剣の胸に驚きと"安心感"が同時にこみ上げる
「黒杉くん!?」
「あんのバカが皆を"ちょっと"煽ったせいで、皆やる気出しちまってよ。」
そう言って、ニッと笑う一樹。
「ハハハ……よい……黒杉くんらしいや」
「ん?お前、楊一とそんな関わりあったか?」
「あっ、あはは、昔ちょっとね!!」
そう言って、何かを隠そうしていたが、今はそれどころじゃない。
御剣は立ち上がり、臨戦態勢になる。
「さぁ、こっから反撃だね!」
「だな!!」
――黒杉視点
一樹はケロベロスの脳天に向けて、凄まじいキックが炸裂した。
その衝撃で大きく後退する。
――今だ。
俺はその姿を見た瞬間、一直線に走り出した。
頭の中で状況を整理する。
炎は駄目、あの再生能力を見れば分かる。
多少焼いたところで焼失する前に再生される。
氷も意味が薄い、あの巨体と魔力量なら、凍らせてもすぐに砕かれる。
水は論外だ。
この領域は周囲が奈落になっている。
下手に広範囲へ流せば味方ごと巻き込みかねない。
だったら残るのは一つ。
神経を焼き、動きを止める雷属性だ。
「皆!相手はおそらく炎が効かない!氷だと解けてしまう!だけど水魔法だと皆を流して穴に落ちてしまう可能性があるから!中級魔法・雷系統を詠唱するんだ!」
「「「「了解!!」」」」
俺の声に反応して、魔法組が一斉に杖を構える。
よし、これで少しは御剣の負担を減らせる。
生徒達が詠唱を始めると、ケロベロスはそれに気づいたのか、止めようと生徒達へ向かって突進をする。
やはりだ。あいつは本能だけで戦っている訳じゃない。
脅威を理解している。だから優先的に潰しに来た。
だが――それも"読んでいる"。
すかさず指示を飛ばす。
「美空!!」
「ここは通さない!盾部隊!聖王の盾『キングシールド』!!!」
「「「「『キングシールド』!!!」」」」
黒杉の一言の合図で、美空は言いたい事を瞬時に理解する。
盾を持っているクラスメイトと兵士達はV字陣形になる。
発動したキングシールドは巨大な模倣の盾を召喚し、魔法使い達を守るように防御態勢を取った。
ケロベロスの突進は盾へ激突する。
再び轟音。だが、崩れない。
よし、防御成功だ。
ケロベロスの体勢が僅かに浮く。
「今だ!押し返せ!!」
盾部隊が一斉に力を込める。
そのまま弾かれ、後ろへ回転するように吹き飛んだ。
だけど安堵はしない。
視線はずっとケロベロスを追い続ける。
再生は?行動パターンは?次に狙う標的は?傷の変化は?
少しでも異常があれば即座に対応する。
これから起こりうることを"何百通りのパターン"をシュミレートし、思考を加速させる。
上を向けば、暗雲がバチバチと音を立てているのが見えた。
順調だ。雷系統の詠唱は予定通り進んでいる。
その時だった。
魔法隊の一人が俺へ声を掛ける。
「黒杉さん!」
振り向くと、手を振る生徒が腕で大きく丸を作るように合図を送った。
「え、詠唱が完了いたしましたぁ!!」
「攻撃部隊!さがれええええええ!!!!!」
攻撃をしていた部隊は頷く。
魔法に巻き込まれないよう、一気に撤退した。
よし、全員退避完了。
タイミングも完璧だ。
「よし、撃てえええええええええ!!!」
黒杉はケロベロスに向けて勢いよく腕を振り下ろす。
魔法隊は同時に発動した。
「「「「「荒くれろ暗雲の秘めし雷を降らせ!――"暴雷の嵐"!!!」」」」」
その瞬間。
ケロベロスの頭上に黒い雲が渦巻いた。
次の瞬間、幾筋もの雷が束となって降り注ぐ。
まるで嵐そのものが襲う。
雷撃は次々とケロベロスへ叩き込まれ、その巨体を容赦なく焼いていく。
凄まじい閃光、耳を裂く轟音。
黒煙が立ち上り、ケロベロスの全身は黒焦げになっていた。
「やったか!?」
誰かが叫ぶ。
だが、黒杉は違った。
目を逸らさない。
一瞬たりとも、再生能力を持つ相手だ。
そんな簡単に終わる訳がない。
黒煙の向こう。
崩れ落ちた巨体を見続ける。
見逃さなかった"赤く光る"なにかを
「……見つけた」
黒杉の瞳が鋭く細まる。
黒焦げになった肉の奥に焼け爛れた再生組織の隙間から、赤黒く脈打つ核が露出していた。
今まで見えなかった。
だが雷によって再生機能が一時的に麻痺している。
だから見えた、だから分かった。
(そこか……!)
弱っているせいか、一時的に再生が止まっている。
今しかない、この瞬間を逃せば、また再生が始まる。
黒杉は確信した。
「核だ!!!」
そして叫ぶ。
「御剣!今だ!君の最大火力であの核をぶっ壊してやれ!」
「わかった!!」
御剣は大きく頷く。
黒杉が見つけた勝機、皆が命懸けで作った好機。
ならば――勇者として応えなければならない。
御剣は聖剣を強く握り締める。
刹那。
聖剣が今までとは比べ物にならないほどの光を放った。
まるで太陽の欠片を握っているかのようだった。
溢れ出した光は剣だけではない。
御剣の身体そのものを包み込み、黄金の粒子となって舞い上がる。
長い金髪が再び光の奔流になって揺れる。
さぁ、出番だ!御剣!
その姿はまさしく――勇者だった。
そして御剣はスキルを発動する。
「天から授かりし剣よ――」
聖剣へ膨大な魔力が流れ込む。
「我が身を犠牲にして逆境を跳ね除けよ!!」
全身の光が剣へ集束する。
「『天命剣――リミテッド・ソード』!!!!!!」
轟ッ――!!
放たれた一撃は斬撃というより光そのものだった。
一直線に伸びる黄金の奔流。
大気を裂き、地面を抉り。
領域そのものを切り裂くように突き進む。
ケルベロスの核へ直撃した。
眩い白光が視界を埋め尽くす。
誰もが目を閉じた。
やがて光が晴れる。
そこには、核を貫かれたケルベロスの姿があった。
「やった……!」
誰かが呟く。
俺もそう思った。
核は確かに破壊されたように見えた。
勝った、そう確信した。
だが――。
「アオォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」
領域を震わせる咆哮。
その瞬間、全員の顔色が変わった。
「な、なんだと……」
破壊されたはずの核。
その周囲から黒い肉が蠢く。
ボコボコと不気味な音を立てながら、新たな組織が形成されていく。
再生、それも先程までとは比べ物にならない速度だった。
「そんな……」
御剣の顔から血の気が引く。
俺も異変に気づいた。
違う、ただ再生しているんじゃない。
毛がさらに逆立っている。
筋肉が膨張している。
背中の炎も明らかに大きくなっている。
そして――。
(こいつ成長している……!?)
思わず奥歯を噛み締めた。
先程より強い、間違いない。
(だが、首が二つしか再生されていない。もしかして、核は全部で"三つ"あるのか……!?)
なら、予想が外れていなければ、残り二つを破壊しなければならない。
それにあの凶暴具合、核を破壊された事で暴走したのか。
あるいは追い詰められた事で本来の力を解放したのか。
理由は分からない。
だが一つだけ分かる。
「まずい……」
ケルベロスは傷を回復しただけじゃない。
先程よりも明らかに能力が向上している。
「序盤で第三形態は聞いてないぞ!?」
しかし、御剣は先ほどの攻撃で力を使い切って動けないようだ。
膝をつき、荒い呼吸を繰り返している。
そんなケロベロスは動けない事を悟ったのか、御剣へ狙いを定めた。
そう、魔獣にとって脅威となる存在は排除しなければならない。
生存本能の塊は、御剣目掛けて一直線に走り出す。
そして、それに誰よりも早く気付いた黒杉は……。
気付けば、走っていた。
考えるより先に、身体が動いていた。
「っく……ここまでか……」
御剣は聖剣を支えに立とうとするが、足に力が入らない。
魔力も体力も限界だった。
「アオォォォォォォォォォォォン!!」
ケロベロスは恐ろしい形相で迫る。
二つになった首、4つの瞳は、御剣に向けて剥き出しの牙で遅い狩る。
あのままだと絶対に間に合わない。
誰が見ても分かった。
御剣は無防備のまま攻撃を受ける。
その先に待っているものは――。
御剣の死、
黒杉の脳裏に浮かんだのは、それだけだった。
そして、全員で元の世界へ帰るという希望が潰える未来。
そんな未来だけは嫌だった。
絶対に認められない。
『死なせるな』頭の中で何度も警鐘が鳴る。
間に合わないかもしれない。
恐怖の感情が足も足に纏わりつく。
それでも、諦めたら終わりだ。
その感情が足に爆発させ、推進力にさせる。
止まったら終わりだ。
今まで何度もそうだった。
何もできなくても、格好悪くても、泥臭くても。
最後まで足掻くしかない。
なら黒杉楊一がやることは一つ。
至ってシンプルだ。
強い意志を持って、絶対に諦めない事だ!!!
「うぉおおおおおおお!!!」
「黒杉くん!?」
黒杉は勢いよく御剣を突き飛ばし、そのままケロベロスの突進を肩代わりして吹き飛ばされた。
「グボォアアアアアアアアアッ!!?」
衝撃。
次の瞬間、全身に激痛が走った。
痛い、痛い、痛い、痛い――――!!
身体の感覚が一瞬で消し飛ぶ。
何が起きたのか理解できない。
呼吸ができないし、肺の空気が全部押し出される。
視界が真っ白になる。
地面と空が何度も入れ替わり、叩き付けられる度に骨が軋む。
その痛みで意識が飛びかけた。
だが、黒杉は唇を血が出るほど噛み締める。
「ッ――――!!」
口の中に鉄の味が広がる。
ケロベロスの突進を直撃した右半身からは、嫌な音が聞こえた。
ボキッ、ミシッ、グシャッ。
何本折れたのか分からない。
腕か肋骨なのかもわからない、というか考えたくもない。
右腕には力が入らない、右足も感覚が曖昧だった。
それでも、そんな事はどうでも良かった。
御剣への直撃は防げたし、希望だけを繋げることができた。
そう考えると笑いがこみ上げてくる。
なら十分だ。
そのまま黒杉の身体は大きく吹き飛ばされる。
「「楊一!!?」」
いつの間にか飛び出していた黒杉に驚き、御剣、一樹、美空は駆け寄る。
「黒杉くん!何故君が!」
「そりゃぁ……自分ができることをしただけだよ」
黒杉はよろめきながら立ち上がる。
立ち上がった瞬間、全身が悲鳴を上げた。
右半身が燃えるように痛い。
呼吸するだけで胸が軋む。
視界も揺れている。
それでも倒れない、倒れる訳にはいかなかった。
黒杉は御剣の目を真っ直ぐ見て言う。
「御剣。あんたは回復に専念してくれ。もう一度、君の"本当"の一撃をお見舞いしてやるんだ。その間、君を全力で守ってもらうように指示する。そして、その間は俺が引き付ける」
「そんな!でも君が……!」
「それ無理だ!楊一!無茶しすぎだ!」
「大丈夫だから!速く皆に伝えてくれ!」
美空は止めようとした。
だが、言葉が出なかった。
黒杉の顔を見たからだ。
あの顔を知っている。
昔からずっと知っていし、普段は大人し上に、争いも嫌う。
自分から前に出るような人間じゃない。
だけど、一度こうなると絶対に折れない。
何を言っても聞かないし、何を言われても止まらない。
昔からそうだからこそ、止めたい。
本当は止めたい。
でも、今の黒杉は誰にも止められない、
御剣は目を閉じ、考え込む。
そして、ゆっくりと目を開けた。
「全く……君は昔から……」
「なんか言ったか?」
御剣は小さく苦笑した。
黒杉の決意の固さを見てしまった。
皆を説得できても、この『村人』には説得では変わらない。
なら、今やるべき事は一つだった。
信じる事。そして、生きて帰らせる事。
「なんでもない。でも無茶だけは絶対にしちゃ駄目だ」
御剣は真っ直ぐ黒杉を見る。
「危なそうになったら撤退してくれ」
「あぁ!」
「楊一……!」
美空が声を震わせる。
だが黒杉はいつもの調子で笑う。
「美空、御剣を援護してくれ」
「……」
「美空の防御系の技は信用できるからさ」
その言葉に、美空は俯いた。
(ずるい、こういう時だけ……)
こういう時だけ人を信じるような事を言う。
だから余計に止められなくなる。
しばらく沈黙した後、美空は小さく息を吐いた。
そして、諦めたように笑う。
「分かったわ」
その声は少し震えていた。
「死んだら、一生恨むからね」
「しぶといのは俺の特権なの知ってるだろ?」
そう言って黒杉はフッと笑う。
一樹は頭を掻きながら苦笑した。
「ほんと馬鹿だなお前は」
だが、その目は笑っていない。
心配している。
それでも止めない。
いや、止められない。
それを誰よりも知っているから。
そうして二人は御剣の護衛へ向かった。
走り出した御剣を見つけると、三首の魔獣は追い掛けようとする。
だが、その瞬間だった。
黒杉は短刀を石投げスキルで目へ向けて投げる。
器用さが上がったおかげか。
放たれた短刀は一直線に飛び――。
ズブリッ。
見事に片目へ突き刺さった。
「グルゥアアアアアアアアアアッ!!」
魔獣は苦痛を訴えるように咆哮を上げる。
巨体が大きく仰け反った。
よし、当たった。
黒杉は確信する。
御剣を追う動きが止まった。
六つの瞳のうち、残った視線がゆっくりとこちらへ向く。
殺意。
先程まで勇者へ向けられていた敵意が、今度は自分へと向けられる。
まるで獲物を定めた肉食獣のように。
その瞬間、黒杉は思わず口角を上げた。
「よし」
狙い通りだった。
御剣から注意を逸らす。
今必要なのは時間。
たとえ数秒でもいい。
勇者が立て直す時間さえ稼げれば、それで十分だ。
そして、化け物は完全に黒杉だけを見ていた。
「よぉ!鬼ごっこは好きか?」
あと、気に入っていただけたら・・・ブクマしてくれると・・・うれしいなぁ




