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第5話 旅立ちと洞窟の出来事の話

2026/06/04 改稿済

改稿中なので、ストーリーは同じですが、内容が変わってますので、追いついてなところは、申し訳ございません。

一週間後――――


異世界へ召喚された俺達は、右も左も分からないまま訓練場へ放り込まれた。

夜明け前に叩き起こされ、走らされ、剣を振らされ、魔法を覚えさせられた。

倒れても終わらない、吐いても終わらない、泣いても終わらない。

アルバードさんの怒号だけが毎日のように響いていた。

正直、何度も心が折れそうになった。

それでも俺達は逃げなかった。

元の世界へ帰るために。

生き残るために。


そして――。


一ヶ月の地獄のような訓練を終えた今日。

ついに魔獣討伐の日がやってきた。

長旅が続くことを予想して、生徒達は武器や回復薬などの準備を進める。

支度を終えた俺達は、旅立つ前に国王へ挨拶することになった。


「ふむ、見違えたな」


国王は高い位置にある玉座の前で立ち上がり、顎髭を撫でながら言った。

俺達を見下ろすその姿は相変わらず威厳に満ちていた。

ただそこに立っているだけなのに、自然と場の空気を支配してしまう。

これが一国の王なのだと改めて実感させられる。


「勇者達よ! 今こそ旅立ちの日だ! 君達には期待している。同時に、幼い君達に全てを背負わせた不甲斐ない私を許してくれ」


国王は激励と謝罪の言葉を口にした。

それを聞いた御剣が一歩前へ出る。


「国王様! 必ず魔王を倒してみせましょう! この国に平和をもたらす為に、この剣に誓って!」


御剣はゆっくりと腰の剣へ手を添えた。

そして――。

静かに長剣を抜き放つ。


キィィィン――。


澄み渡るような音が広間へ響いた。

次の瞬間、刀身から眩い白光が溢れ出す。

まるで光そのものを鍛え上げたかのような輝き。

神聖な光は天井へ向かって伸び、王の間を白く照らした。

思わず息を呑む。

平たい樋には神代文字にも似た紋様が刻まれており、刀身全体から神々しい気配が滲み出ていた。

それは間違いなく聖剣だった。


一ヶ月の鍛錬の中で御剣はさらなる力を手に入れていた。

『剣の加護』は『聖剣の加護』へと進化。

そしてその加護によって生み出されたのが――


【光剣レイアード】


勇者だけに与えられる神聖なる剣。

その刃は魔を断ち、穢れを浄化する。


「期待しているぞ」


その姿を見た国王は安心したように頷き、今度はアルバードへ視線を向けた。


「アルバード、お前も一ヶ月の間、勇者達の鍛錬と面倒を見てご苦労だった。良い報告を期待しておる」


アルバードは国王の前に膝まずく。


「ッハ! 必ず成果を持ち帰ってみせましょう!」


その力強い返答に、国王も満足そうに頷いた。

こうして、俺達の初めての遠征が始まった。

王宮を後にし、巨大な城門へ向かう。

だが、城門が近付くにつれて妙な違和感を覚えた。


(何だ、この騒ぎは?)


城門の向こうから大勢の声が聞こえてくる。

そして門が開いた瞬間――。


「うおおおおおおおおおお!!」


凄まじい歓声が響き渡った。

思わず足が止まる。

城門の外には、人、人、人。

見渡す限り王国民で埋め尽くされていた。

商人らしき男達、買い物帰りの女性達、老人や子供、兵士達の家族。

ありとあらゆる人々が沿道を埋め尽くしている。


「勇者様だ!」

「頑張れー!」

「魔王なんかやっつけてくれ!」

「世界を救ってくれー!」


子供達が無邪気に手を振る。

若い女性達は黄色い声を上げている。

老人達は涙ぐみながら祈るように手を合わせていた。

中には花束を投げる者までいる。

色とりどりの花弁が空を舞い、俺達の頭上へ降り注いだ。

まるで祭りだった。


いや――。


凱旋パレードだ。

まだ何も成し遂げていないのに。

まるで英雄になったような扱いだった。


「す、すげぇ……」


思わず呟く。

これだけ多くの人間が集まる光景なんて、日本でも見たことがない。

王都の大通りは歓声で揺れていた。

建物の窓から身を乗り出している人もいる。

屋根の上から手を振る子供までいた。

それほどまでに、この国は勇者へ期待しているのだ。

そして。

御剣が軽く手を振った瞬間。


「勇者様ー!」

「御剣様ー!」

「かっこいいー!」


歓声がさらに大きくなった。

完全にアイドルだった。

隣を見ると御剣本人は苦笑している。

どうやら本人も慣れていないらしい。

それでも民衆は構わず声援を送り続ける。


希望、期待、祈り。


その全てが俺達へ向けられていた。

胸が少し重くなる。

これだけの人間が俺達を信じている。

失敗は許されない。

そう思うと自然と拳に力が入った。

俺達は多くの声援を背に受けながら、王国を後にした。


そんなクラスメイト達が倒したモンスターは、ちゃんと死んでいるかどうかを確認するために、俺が短刀を取り出して、ゴブリンやスライムの死骸の急所や核となる部分へ突き立てていく。

それだけでも経験値は少し入るから、やらない手はない。

ただ、下手に刺せば血が飛び散り、服や顔に付着する。

しかも魔物の血は腐臭が凄かった。

魔物の血が付くたびに、板野とその友達に「くっせえ!」「臭杉くん」などと馬鹿にされる。


「またやってるよ」

「経験値稼ぎ必死すぎだろ」

「そこまでしてレベル上げたいのかよ」


好き勝手言われる。

クラスメイトの安全を守るためにやっていることなのに、何故馬鹿にされなければならないのか分からなかった。

なんなら最前線で戦っている皆も血まみれだし、普通に臭う。

そのたびに近くの川まで行って洗い流すのが、俺達の日課になっていた。


川辺では皆が武器を洗い、服についた血を落としている。

そして、この世界に来てから、生き物を殺すことへの抵抗が少しずつ薄れていることに気付く。

それが当たり前になっていく感覚が、少し怖かった。

自分でも気付かないうちに、感覚が狂ってきているような気がしたのだ。

生きるためとはいえ、魔物にも命がある。

その生命を奪うことに、やはり抵抗はあった。

なんせ、命を奪うこととは無縁な国で育ってきたのだから。

休憩中、川辺で血を洗い流していると、近くからそんな話し声が聞こえてきた。


「うわ、全然落ちねぇ……」

「気持ち悪い……」

「これ本当に元は生き物なんだよね……」


女子の一人が顔をしかめる。

その言葉に、周囲が少しだけ静かになった。

俺も手についた血を川で洗い流す。

赤黒い液体が水に溶けて流れていく。

一ヶ月前なら、この光景をまともに見られなかったかもしれない。

だが今は違う。

血を見ても吐き気はしない、死骸を見ても足が竦まない、ゴブリンの首を落とした時も、スライムの核を砕いた時も、俺は普通に動いていた。

その事実に気付いてしまった。


(俺……慣れてきてるのか?)


それが少し怖かった。

自分でも気付かないうちに、感覚が変わってきている気がする。

生きるためとはいえ、魔物にも命がある。

その命を奪うことに抵抗がなくなっていくのは、本当に良いことなのだろうか。


「最初はさ……正直無理だと思ったんだよな」


クラスメイトの一人が川面を見つめながら呟く。


「あぁ、俺もだ。ゴブリン倒した時、吐きそうになったし」

「分かる……。だって普通に血が出るんだもん」

「ゲームと全然違うよね」


女子生徒の一人も顔を曇らせる。

その言葉に何人かが苦笑した。

確かにそうだ。

ゲームなら経験値が入ったで終わる。だけど現実は違う。

血の臭いも、断末魔も、手に残る感触も全部本物だった。


「でも、やらなきゃこっちが死ぬからな」


誰かがぽつりと呟く。

その言葉に反論する者はいなかった。


「俺、最初は怖かったけど……最近慣れてきたんだよな」

「それ、俺も」

「私も……」


賛同する声が続く。

だけど、その声はどこか不安そうだった。

慣れてしまうことが、本当に良いことなのか分からないからだ。

俺自身も同じだった。

魔物を倒すことに躊躇する時間が少しずつ短くなっている。

血を見ても何も感じなくなっている。

それが成長なのか、それとも何か大切な感覚を失っているだけなのか。

答えは分からない。

だけど旅を続けなければ元の世界には戻れない。


だから俺達は、襲い掛かってくる魔物を身を守るために倒し続けた。


そうして旅に出て一週間。

地道に魔物を倒した結果、レベルは10まで上がった。

そんな中、俺はあるスキルに疑問を抱いていた。


(しかし、『成長・Ⅰ』というスキルは何なんだろう? 経験値が増えているわけでもないし、レベルが上がった時にステータスが急上昇するわけでもない。本当に必要なスキルなのか?)


つくづく、スキルに恵まれていないことを実感する。

もちろん、普通の村人には付いていないスキルなのは分かっている。

だが、どうにも腑に落ちない部分があった。

俺は改めて自分のステータスを見直す。

体力、器用さ。


この二つだけが妙に高い。

他のステータスは平均五十前後。

なのに体力と器用さだけが、それを大きく上回っていた。


(前までは素早さの方が高かったはずなんだけどな……)


訓練前の数値を思い出す

走り込みばかりしていた頃は、確かに素早さの伸びが目立っていた。

だが今は違う、気付けば器用さの方が上になっている。


(レベルアップ補正……ではないな)


もしレベルアップが原因なら、他の能力も同じように伸びるはずだ。

だが実際には偏りがあるし、体力と器用さだけが異常に伸びている。


(訓練内容か?)


毎日のように石を投げ続けた。

狙いを付ける、投げる、拾う、また投げる。


それを何百回、何千回と繰り返した。

器用さの上昇は、その影響だと考えれば説明はつく。

だが体力の上昇はどうだろう。


走り込み、筋力訓練、魔物の解体作業、死骸運び。

思い当たる要素はいくつもある。

だが、それだけでここまで差が付くものなのか。


(いや……そもそも『成長・Ⅰ』が関係している可能性もあるか)


経験値が増えるわけでもない。

レベルアップ速度が上がるわけでもない。

だからハズレスキルだと思っていた。

だが、もし成長の対象がレベルではなく能力値そのものだったら?

訓練した内容に応じて、成長効率が上がるスキルだったとしたら?

そこまで考えたところで、俺は小さく唸った。

情報が足りない、仮説はいくつも立てられるが、確証がない。

結局のところ、今の俺にできることは一つだけだった。


(もっと試してみるしかないか)


分からないなら検証する。

それがてっとり早い。


「なぁに、難しい顔をしているんだよ、楊一?」

考え込んでいると、一樹が話しかけてきた。

一樹は俺の隣へやって来ると、肩を組みながら笑う。


「いや、自分のスキルの事で考えてたんだ。これ、本当に必要な物なのかなって思ってさ」

「なるほどな。確かに楊一のスキルは訳が分からないものが多いよな。表示されないスキルや、成長って書いてあるのに全く成長しないスキルとか。違和感しかねぇよなぁ」


そう言って、一樹も一緒に難しい顔をして考え始める。


「だから、条件をどうやって満たせばいいのか考えているんだ」

「なるほどな。条件が分からなければ発動方法も分からないからな。言葉を発して叫ぶスキルとは違って、パッシブは常時発動みたいなもんだからな」


一樹の言葉に、俺は小さく頷いた。

確かにアクティブスキルなら試しようがある。

だがパッシブは発動条件そのものが見えない。

だからこそ厄介だった。


スキル――。


この世界において、それは技術であり、必殺技であり、生きるための力そのものだ。

魔法を使うなら詠唱が必要になる。

剣技を放つなら正しい構えと技術が必要になる。

どれほど強力なスキルであっても、条件を満たさなければ発動できない。

そして共通しているのは、必ず魔力を消費するということだった。

スキルの大半はレベルを上げることで習得できる。

だが、中には例外も存在する。


それが、【ユニークスキル】【ウェポンズスキル】【イマジナリティスキル】の三種類だ。


【ユニークスキル】は特定の職業だけが扱える特別なスキル。

例えば御剣の持つ【天命剣】。

あれは勇者だけが習得できる力らしい。


【ウェポンズスキル】は武器そのものに宿るスキルだ。

この世界には魔剣や聖剣のような特殊な武器が存在しており、その武器に宿る力を発動できるという。


そして【イマジナリティスキル】。

これは流派や独自に生み出された技術の総称だ。

簡単に言えばオリジナルスキル。

本来存在しない架空の技を現実にしたものだ。

習得するには誰かから教わるか、自分自身で想像し、膨大な努力を積み重ねなければならない。


一方で【パッシブスキル】と呼ばれるものもある。

こちらは自動的に効果を発揮する能力だ。

身体能力を向上させたり、武器の扱いを補助したりする。


例えば【剣使い】や【剣の加護】がその代表例。

剣を握ったことがなくても扱いやすくなったり、筋力や反応速度が向上したりするらしい。

もっとも、身体強化系のパッシブは常に魔力を消費する。

だから必要ない時はONとOFFの切り替えが可能だ。

中には魔力を消費しないパッシブも存在するらしいが、多分、自分のスキルはそっちの系統だと思う。


――まあ。


そんな話は村人である俺にはほとんど縁がない。

魔剣を手に入れても使いこなせる自信はないし、イマジナリティスキルを覚えようにも、貧弱な村人の身体では魔力がすぐ空になってしまう。

だからといって強くなることを諦めるつもりはなかった。

スキルが駄目なら別の方法を探す。

使えるものが少ないなら、その少ないものを磨く。

自分だけの可能性を探し続けるしかなかった。


「そうだね、それに少しでも強くなりたいからね」

「楊一は相変わらずだな」

「おうよ!見とけよ一樹!俺が強くなったら、"任せろ"よな!!」


"任せろ"

その言葉に一樹は苦笑した。

スキルのことを真剣に考え続ける楊一の横顔を見ていると、昔のことを思い出す。

どんな状況でも諦めない、無理だと言われても食らいつく。

そんな楊一の姿は、昔から何一つ変わっていなかった。

一樹はふと空を見上げた。

そして、小学生の頃の記憶が脳裏に浮かぶ。


「(あの頃から変わらない。俺にとって楊一は、何度でも前を向かせてくれる奴だった)」


一樹はどんな状況でも諦めない心を持つようになった。

いや――正確には違う。

諦めない心を教えてくれたのが楊一だった。

昔の一樹は、小学校の頃によくいじめられていた。

理由は単純で、『目つきが悪い』ただそれだけだった。

そのせいで喧嘩を売っていると勘違いされ、毎日のように因縁を付けられた。


殴られ、物を隠され、笑われる。

最初は悔しかった。

だけど次第に抵抗する気力すらなくなっていった。

どうせ何を言っても無駄だし、どうせ誰も助けてくれない。

そんな風に思い始めていた時に、そんな一樹を助けたのが楊一だった。

ある日、偶然通り掛かった楊一は、何の迷いもなくいじめっ子達の前へ立った。


昔の黒杉は容赦がない。

目には目を、歯には歯を。


やられたら同じだけやり返す。

いや、それ以上にやり返すタイプだった。

バケツの中の腐った水をぶっかけたり。

犬の糞を投げつけたり。

子供ながらにやることが滅茶苦茶だった。


だけど――。

あの時の一樹には、子供ながらそんな楊一の背中が誰よりも格好良く見えた。

自分の為に怒ってくれる人がいる。立ち向かってくれる人がいる。

それだけで救われた。


楊一は結局ボコボコにやられた。

顔は腫れ上がり、服は泥だらけだった。

それでも最後まで相手を睨み続けていた。

その異様な執念に怯えたのか。

それ以降、一樹をいじめる奴はいなくなった。

しかし、その代償は大きかった。

今度はいじめの矛先が楊一へ向いたのだ。

それでも楊一は笑っていた。


「大丈夫だから!俺に任せろ!」


そう言って、平気な振りをしている。

だけど、一樹には分かっていた。

大丈夫なわけがない、自分を庇ったせいで傷付いているのだから。

その姿を見るのが耐えられなかった。

だから一樹は決めた。

今度は自分が守る側になるのだと。

楊一みたいに強くなろうと、その日から格闘技を始めた。

黒杉は昔よりずっと丸くなったけど、ただ何度倒れても立ち上がるところだけは、あの頃から何一つ変わっていなかった。


「一樹? どうしたんだよ、俺の顔なんか見て」

「いや、何でもねぇよ」


そう言って、一樹はニカッと笑った。

相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。

だけど、不思議と安心する。

昔からそうだった。

どんな時でも、一樹の笑顔を見ると「何とかなるかもしれない」と思えてしまう。

俺がそんなことを考えているうちに、目的地が見えてきた。

北の大地にぽっかりと口を開ける巨大な洞窟。


【嘆きの洞窟】


遠目から見ても異様な存在感を放っていた。

まるで巨大な獣が口を開いて獲物を待ち構えているようだ。

洞窟の入口からは冷たい風が吹き出し、肌を撫でていく。

自然と皆の表情も引き締まっていた。


「ここを抜ければスノーガーデンだ! 皆の衆、洞窟内では特に警戒を怠るな!」


アルバートさんの声が響く。


「この洞窟には通常よりも強力な魔物が生息している! 気を引き締めて進め!」


その一喝で、少し緩んでいた空気が一瞬で引き締まった。

先ほどまで雑談していた生徒達も口を閉ざし、それぞれ武器へ手を添える。

初めて挑む本格的なダンジョン。

誰もが緊張していた。

先頭を歩くのはアルバートさん。

その隣には勇者である御剣。

そして俺達クラスメイトが後に続く。

こうして俺達は、北の嘆きの洞窟へと足を踏み入れた。



――――――北の嘆きの洞窟


洞窟の中に入れば、すぐに暗くなる。

一人の生徒が火の精霊を呼び出し、周囲を照らした。

赤い火の光が壁を照らした瞬間。


「――ひっ」


誰かが小さく息を呑む。

俺も思わず足を止めた。

壁一面に無数の顔が浮かび上がっていたからだ。

よく見れば石で、人の頭ほどの丸い石が壁に埋め込まれているだけ。

だが、その表情が異様だった。

どの顔も苦しそうに歪み、今にも泣き出しそうな顔をしている。

あるものは口を大きく開け、あるものは目を閉じ、あるものは何かを必死に訴えるようにこちらを見つめていた。


「な、何あれ……」


女子生徒の一人が震えた声を漏らす。

火の光が揺れるたびに表情が変わって見える。

笑っているように見えた顔が、次の瞬間には泣いているように見える。

見れば見るほど嫌な気分になった。

まるで本当にそこに誰かが閉じ込められているみたいだった。


「うわ……」


思わず目を逸らす。

視線を外したはずなのに、まだ見られているような気がした。

背中がぞわりとする。


「昔から言い伝えがあるらしいよ」


誰かが小さな声で呟く。


「この洞窟で死んだ人達の嘆きが石になったんだって……」

「や、やめてよ……」


別の生徒が青ざめる。もちろん迷信だろう。

だが、そう言われると余計に不気味に見えてしまう。


だからこの洞窟は――【嘆きの洞窟】

そう呼ばれているのかもしれなかった。

そんな空気を察したのか、御剣が前へ出る。


「大丈夫だよ」


穏やかな声だった。


「ただの石だから。もし本当に危険ならアルバートさんが先に教えてくれてるよ」


その言葉に皆がアルバートを見る。

アルバートは腕を組んだまま鼻を鳴らした。


「フン、ただの石だ」


その一言で少しだけ緊張が和らぐ。


「さすが御剣君!」

「勇者様ー!」

「御剣が言うなら安心だな!」


「「「ミッツルギ!ミッツルギ!」」」」


すると何故か誰かが叫び始めた。

気付けば周囲も便乗している。


「「「ミッツルギ!ミッツルギ!」」」」


完全に応援会だった。

御剣本人はというと――。


「や、やめようよ……」


困ったように苦笑している。

その目は少しずつ死んだ魚みたいになっていた。

どうやら本人は、このコールをそこまで気に入っていないらしい。

だが誰も止まらない。

そして、俺は気づいた。アルバードさんの"魔力"が膨れ上がるのが。


「お前らァァァ!!」


洞窟全体を揺らすような怒号が響いた。

全員の肩がビクッと跳ねる。

アルバートだった。


「うるさいぞ!!」


額に青筋を浮かべながら怒鳴る。


「洞窟の中で叫ぶな! 反響するだろうが!馬鹿者が!!!」


アルバートの怒鳴り声が洞窟の奥まで響いていく。


いや、正直言うと。


一番響いていたのはアルバートの声だった。


「魔物が集まってきたらどうする!!」

「「「すみません……」」」


流石に全員がシュンとなる。

御剣も何故か一緒に頭を下げていた。

怒られても仕方ない。

そうして俺達は再び歩き始める。

洞窟の奥へ。

奥へ進むほど空気は冷たくなっていった。

吐く息は白く染まり、足元からじわじわと寒気が這い上がってくる。


「寒いわね・・・」


美空は白い息を漏らしながら、小さく呟く。

身体を小刻みに震わせるのが見える。

寒さに強い美空でも、寒いって言わせるぐらいなのだから。


黒杉が鞄から何か取り出す。

取り出したのは、赤い液体が入った瓶。

瓶の中には色が抜けた赤い薬草や木の実、果実が入っていた。


「ほら、これ飲んで」

「これは?」


瓶の中身を不思議そうに見つめる。

見た目はそんな悪くない筈。


「ホット〇リンクだよ」

「モン〇ンかな?」


そう言って、しぶしぶと瓶に入った赤い飲み物を飲む。

その瞬間、身体の奥からじんわりと暖かさが広がってきた。


「なにこれ、美味しい! フルーツの甘味が効いてて、後味もスッキリしてる! しかも身体が暖かくなってきた!」


美空は驚いたように瓶を見つめる。


「それは良かった。自分で作ったんだ」

「作ったって……これ薬なの?」

「一応ね」


この世界にある【アッタカ草】という薬草を使った飲み物だ。

寒冷地では定番の薬草らしく、そのまま噛んで身体を温める者も多いという。

だが――。


「ちなみに、そのまま食べると地獄だよ」

「え?」

「いや、本当に地獄」


黒杉は遠い目をした。

初めてアッタカ草を見つけた時のことを思い出す。

寒さ対策になると聞いて、その場で一口齧った。

次の瞬間。

舌が燃えた。

いや、燃えたどころではない、全身に焦げるような感覚。

激辛とかそんな次元ではない。

喉が焼けし、鼻が焼ける。

目から涙が吹き出る、頭皮まで熱くなる。

まるで溶岩を飲み込んだような刺激だった。


『うぐぁああああああああ!!』


お城にいた時に、その時の絶叫は周囲の人を驚かせ少し大騒ぎになって、大変だったなぁ。


「そんなに?」

「この世のものとは思えない辛さだった」

「そこまで!?」

「アッタカ草っていうより、ヨウガン草だと思う」


思い出しただけで舌が痛くなる。

普通なら二度と口にしたくない。

だが、黒杉はそこで諦めなかった。

辛いなら辛くないようにすればいい。

そう考えたのだ。

薬草を刻み、果実酒に漬け込み、甘味の強い木の実を加え、さらに何度も配合を調整した。

結果として出来上がったのが、この赤い飲み物だった。


「黒杉って意外とそういうの得意なのね」

「まあ、嫌いじゃないかな」


レベルも才能もない。

剣も魔法も人並み以下。

だからこそ考える。

どうすれば強くなれるのか、どうすれば生き残れるのか。

戦えないなら工夫するし、才能がないなら積み重ねる。

黒杉楊一は、そういう人間だった。


「料理っていうか、実験に近いかも」

「それ料理じゃない?」

「失敗すると爆発するかもしれないから違う」

「何作ってるのよ!」


美空は思わず吹き出した。

他のクラスメイト達も興味深そうにこちらを見ている。

だけど俺はあえて視線を無視した。


このドリンクは数に限りがある。

全員に配れるほど余裕はない。

だから本当に必要な時以外は使わないようにしていた。

そして何よりも板野達みたいに、普段から馬鹿にしてくる連中へ渡したいとも思わない。


それからも道中では次々と魔物が現れた。


だが、今まで相手にしてきたゴブリンやスライムとは明らかに違う。

大きさも、力も、殺気も。

全てが一段階上だった。

特にコウモリ型の魔物【ビッグバット】は厄介だった。

天井近くを高速で飛び回り、不規則な軌道で襲い掛かってくる。


「ちっ、当たらねぇ!」


弓を放った生徒が舌打ちする。

矢は空を切り、ビッグバットは甲高い鳴き声を上げながら頭上を旋回する。

しかも地上では、水色の鱗を纏った人型蜥蜴――【アイスリザードマン】が盾と槍を構えて立ち塞がっていた。


フシュー……。


長い舌を伸ばしながら威嚇する姿は不気味そのものだった。


「ひっ……」


思わず後ずさる生徒もいる。


「怯むな!」


御剣の声が洞窟に響いた。

生徒達はッハと我に返り再び、態勢を立て直した。


「今まで通りやれば大丈夫だ! 魔法隊は火炎魔法の詠唱を開始!」


その一声で崩れかけた隊列が立て直される。

魔法組は横一列に並び、杖を前へ突き出した。

魔法陣が浮かび上がり、赤い魔力が身体から溢れ出す。


「「「紅波に呑まれよ――過炎ディ・カペス・フラン!!」」」


轟音と共に炎の奔流が一直線に放たれる。

赤い波は魔物の群れを飲み込み、そのまま狭い洞窟内を覆うように焼き払った。


ギャアアアアア!!


悲鳴が響く。

何体もの魔物が黒焦げになり、そのまま粒子となって消滅していった。


「やったか!?」


誰かが叫ぶ。

おい誰だいった奴!!それはフラグだ!

生徒の言葉を回収するかのように、炎の向こうから再び影が現れる。


「まだいるぞ!!」


ほら、言わんこっちゃない!

焼け焦げた身体を引きずりながら進んでくるアイスリザードマン。

天井からは無傷のビッグバットが飛び出してくる。

今までなら一撃で片付いていた。

だが、この洞窟の魔物は違った。

耐久力も生命力も桁違いだった。


洞窟へ入ってから四時間。

最初は余裕のあったクラスメイト達にも疲労が見え始めていた。

肩で息をし、魔力切れ寸前だったり、足を引きずる人もいた。

奥へ進むほど魔物は増え、強くなる。

しかも休む暇がない、戦闘が終われば、すぐ次の戦闘が始まる。

まるで洞窟そのものが侵入者を拒絶しているかのようだった。


ガギィィィン!!


激しい金属音が響く。


「っ……!」


御剣がリザードマンの槍を受け止める。

だが一体ではない、左右からさらに二体。

連携するように同時に槍を突き出してくる。


「御剣君!!」


美空が叫ぶ。

御剣は身体を捻って一撃を躱し、そのまま光剣レイアードを振り抜く。

閃光と共に、リザードマンの身体が真っ二つになる。


しかし――。


ズシュッ。


最後の足掻きなのか、槍の穂先が右腕を掠めた。

鮮血が飛び散り、腕を抑えた。


「くっ……!」


御剣が顔を歪める。

今までなら避けられていた攻撃だった。

疲労が確実に蓄積している。


「斎藤さん! 御剣君の治療を!」

「わ、分かりました!」


ヒーラーの斎藤が慌てて駆け寄る。

暖かな光が御剣の腕を包み込む。

傷はゆっくり塞がっていく。


だが。


「前方! また来ます!!」


誰かの叫び声。

暗闇の奥から無数の赤い瞳が浮かび上がった。

回復が終わるより早く、次の敵が現れる。

御剣の傷は治る。

だが疲労までは消えない。

そしてそれは、御剣だけではなかった。

誰もが少しずつ限界へ近付いていた。


「おかしい……」


アルバートは眉間に皺を寄せた。

魔物が多すぎる。

ただ多いだけではない。

本来なら縄張り争いをしていてもおかしくない種類の魔物同士が、まるで何かに追い立てられるように同じ方向から現れている。

しかも、どの個体も妙に気が立っていた。


アイスリザードマン、ビッグバット、洞窟狼。

本来なら生息域も行動も違う。

だが今は関係なく押し寄せてきている。

アルバートの経験が警鐘を鳴らしていた。


(嫌な流れだ)


冒険者として何百もの依頼をこなしてきた。

大規模討伐も経験している。

だからこそ分かる。

これは自然な増加ではない、何かが起きている。


「一度引くぞ」


アルバートは即断した。

経験上、嫌な予感は大体当たる。

そしてベテランは知っている。

戦場で引くべき時に引けない奴から死ぬのだと。


「大丈夫です!」


その声にアルバートは振り返る。

御剣だった。

額には汗が浮かび、肩で息をしている。

それでも、その瞳だけは全く折れていなかった。


「まだ皆戦えます!」


周囲の生徒達も顔を上げる。

御剣の言葉には不思議な力があった。

ただ声を張っているだけじゃない。

誰よりも前で戦い、誰よりも傷付き。

それでも立ち続けている。

だから皆がついていく、勇者なのだから。


「皆!」


御剣は光剣を構える。

白銀の刀身が眩く輝いた。


「あと少しです!僕達なら乗り越えられる!ここで止まるわけにはいかない!」


その声に生徒達の目に再び光が宿る。

そして奥義。


「輝くよう綾なせ――断裁の光!」


光が収束する。

刀身が腕から全身へと、御剣自身が光そのものになったかのようだった。

なびく金髪が見える、透き通るような横顔。

神々しい光。

見惚れてしまうほど綺麗だった。


「『クロス・ジャッジメント』!!」


十字の光が放たれ、洞窟を埋め尽くしていた魔物達が、まるで光の波に呑み込まれるように消えていく。

闇から光へ、粒子となった魔物達は雪のように舞い上がり、そのまま静かに消滅していった。

その光景は綺麗だった。

綺麗すぎた。

さっきまで血と悲鳴が飛び交っていた戦場とは思えないほどに。

もし誰かが「勇者とは何か」と聞いてきたなら。

俺は今の光景を見せるだろう。

そう思えるほど、御剣の一撃は英雄そのものだった。

束の間、御剣がふらつく。

その姿を見た瞬間、だれよりも早く足を動かした。


「御剣!」


条件反射と思考が同時に起こる


奥義の反動だろう。

御剣はその場に膝をついていた。

顔色も悪い、倒れそうになる身体を抱える。

俺は急いで魔力回復薬を取り出し飲ませようとした。


「大丈夫か?これを飲め」

「……っ!黒杉くん……ありがとう……」


そう言って、御剣が驚いた顔で自分の目を何故か真っすぐ見つめる。

整った睫毛、白い肌。空を連想させる青い瞳に、汗に濡れた金髪。

妙に良い匂いまでした。

いや待て、こいつ男だよな?なんでこんなに綺麗なんだ?)

一瞬だけ思考が止まる。

数秒見つめあっていると、何だか恥ずかしく互い視線を逸らす。


「黒杉くん」


名前を呼ばれて振り返ると顔が近い。

イケメンってこんな破壊力あるのか。

ずるいだろ。


「……っお、おう!?自分にはこれくらいしか出来ないからさ」

「そんなことないよ」


御剣は優しく微笑む。

その笑顔がまた反則だった。

「黒杉くんのサポートは本当に助かってるし、その場の指示が的確ですごいと思うよ」


そう言って、さらっと褒めちぎる。

眩しい。

光属性はお前自身だろ。

そう言いたくなるレベルで眩しい。

色々言いたくなる気持ちを抑えて、治療を続けた。


かくして、御剣のおかげで何とか山場を越えることができた。

しかし、この調子で戦い続ければ流石の御剣も危険だ。

アルバートの判断で、一行はその場で休憩を取ることになった。

洞窟の冷たい岩肌に背を預ける者。


その場に寝転ぶ人もいれば。黙って水を飲む者。

皆、目に見えて疲弊していた。

四時間以上も休みなく戦い続けていたのだ。


無理もない。


やがて休憩を終え、一行は再び立ち上がる。

御剣が切り開いた道を無駄にはできない。

誰もがそう思っていた。


今思えば。


この時感じていた違和感を、もっと真剣に受け止めるべきだったのかもしれない。

洞窟の奥から吹いてくる冷たい風も。

妙に静かになった魔物達も、そして胸の奥に引っ掛かる、言葉にできない不安も。


その時の俺は、まだ知らなかった。

これが最後の平穏になることを。


気に入っていただけたら…ブクマしてくれると……うれしいなぁ……

励みなるので……

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