第4話 討伐の旅まで残り一週間前の話
2026/6/3 改稿済
現在、改稿中です。
途中で改稿前のストーリーがごっちゃになってるところがあります。ストーリーは事態は同じです。
それでもよろしければ、見てくれると嬉しいです
最初の一週間は地獄だった。
いや、一週間どころじゃない。
毎日が地獄だった。
夜明け前に叩き起こされ、城の外周を何十周も走らされる。
足が止まれば怒鳴られる。
転べば立たされる。
吐いても終わらない。
筋肉痛が治る前に次の訓練が始まる。
そんな生活だった。
「立てぇぇぇ!!」
アルバードさんの怒号が訓練場に響く。
その声だけで空気が震えた。
「勇者候補がその程度でどうする!!」
皆が必死に食らいつく。
御剣は木剣を振り続ける。
一樹は息を切らしながら走る。
美空も歯を食いしばって訓練についていく。
佐野ですら涙目になりながら耐えていた。
当然、俺も同じだった。
何度も倒れた。何度も吐いた。
腕が上がらなくなった日もあった。
それでも訓練は終わらない。
「黒杉!」
「は、はい!」
「もう一本だ!」
「……はい!」
震える腕で木剣を握る。
握力なんてとっくに限界だった。
掌の皮は何度も破れ、その度に潰れて固くなっていく。
だが止まれなかった。
止まった瞬間、本当に置いていかれる気がしたからだ。
木剣を振り上げようとした時だった。
「……無理に力むな」
不意にアルバードさんが声を掛けてきた。
「え?」
思わず顔を上げる。
「剣を握る力が強すぎる。そんな握り方じゃ先に腕が死ぬぞ」
そう言って俺の手を取り、木剣の握り方を直してくれる。
その手つきは意外なほど丁寧だった。
「こうだ。必要以上に力を入れるな。剣は振るんじゃねぇ、体全体で流すんだ」
実際に振ってみると驚いた。
さっきまでよりも少ない力で剣が振れる。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
アルバードさんは腕を組む。
「お前は村人だ。才能もねぇ。職業補正もねぇ」
容赦のない言葉だった。
胸が少し痛む。
だが――。
「だからこそ基礎を疎かにするな」
アルバードさんは真っ直ぐ俺を見る。
「才能が無いなら積み上げろ。職業が弱いなら鍛えろ。それしかねぇ」
その言葉に俺は目を見開いた。
周りの兵士達は俺を笑う。
クラスメイトの中にも馬鹿にする奴はいる。
だが、この人だけは違った。
弱いから諦めろとは言わない。
弱いなら努力しろと言ってくれる。
「……はい!」
「よし、じゃあもう百本だ」
「え?」
「何だその顔は」
「いや、今ちょっと感動したのに!?」
「感動したなら手が止まる理由にならねぇだろうが!」
訓練場に豪快な笑い声が響いた。
やっぱり鬼教官だ。
でも――。
その笑い声は少しだけ温かく聞こえた。
俺は変わらない。
どれだけ走っても、どれだけ剣を振っても、どれだけ努力しても。
職業は村人のままだった。
それでも諦めるわけにはいかなかった。
ある日の訓練後。
皆が疲れ切って倒れ込む中、俺だけは訓練場に残っていた。
日は沈みかけている。
誰もいない。
聞こえるのは木剣が空を切る音だけだった。
ブン、ブン、ブン。
ただひたすら振る。
百回、二百回、三百回。
腕が悲鳴を上げる。
それでも振る。
「…俺は……諦っ……めねぇ!!!」
小さく呟いた。
勇者になりたいわけじゃない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ――。
皆の隣に立ちたかった。
役立たずのままで終わりたくなかった。
だから振る。
腕が動かなくなるまで、呼吸が乱れるまで、立てなくなるまで。
その日、最後に地面へ倒れ込んだ時。
空には二つの月が浮かんでいた。
そして俺は、明日も同じことを繰り返すのだろうと思った。
早く元の世界に戻りたい。
――・一ヶ月後
異世界に召喚されてから、一ヶ月が経った。
日々の訓練は厳しかったが、自分は何とか乗り越えてみせた。
身体には無数の切り傷ができ、毎日のように筋肉痛に苦しんだ。それでも歯を食いしばり、鍛錬を続けた。
周囲からは、
「何でアイツ、最弱なのにあんなに頑張ってるんだ?」
「無駄なのにな」
「村人は一生村人だろ」
と、兵士達には白い目で見られ、クラスメイトの一部からも馬鹿にされた。
それでも、
――諦めなければ、最弱の職業でも強くなれる。
その思いだけは捨てなかった。
少しでも皆の役に立ちたい。
皆と一緒に元の世界へ帰りたい。
そのためなら努力を怠るつもりはなかった。
そして、一ヶ月間の努力の結果がこれだ。
【黒杉 陽一】
職業:村人
LV2
HP:150
MP:50
SP:50
攻撃:30
防御:30
魔力:30
精神:30
素早さ:50
器用さ:30
運:15
スキル
・石投げ
パッシブ
・成長Ⅰ
・■■の加護
「あ、上がらない……」
全体的なステータスは確かに上がっている。
だが、その伸びは雀の涙ほどだった。
なんて無慈悲な……。
相変わらず新しいスキルは増えないし、この表示されないスキルもそのままだ。
加護とは書かれている。
だが肝心の名前が表示されない。
何か強力な力でも秘めているのだろうか。
そんな淡い期待を抱いてしまう。
そうでも思わなければ、自分が何のために頑張っているのか分からなくなりそうだった。
いつか表示されることを祈るしかない。
一樹や美空のステータスはかなり伸びているらしい。
この国の兵士達の平均レベルは30前後。
平均ステータスは2000程度だそうだ。
そう考えると、自分は兵士以下ということになる。
他のクラスメイト達はレベル1の時点で平均ステータスが100近くあり、「勇者候補」と呼ばれるほどの異例の強さを誇っていた。
楽しそうに騒ぐ彼ら。
チート級の職業とステータスを持つ皆がどんどん強くなっていく。
その一方で、自分だけが結果を出せない。
思わず肩を落としてしまった。
職業の差でここまで開きがあるのか。
普段なら諦めない自分でも、さすがに心が折れそうになる。
もちろん、この一ヶ月は訓練だけをしていたわけではない。
まず、生徒達をまとめるリーダーが必要だった。
本来なら先生がやるべきなのだろうが――
「いやぁ……自分は戦闘向きじゃないからね。皆を守る立場なのに申し訳ないよ……」
先生は戦闘能力が高くなかったため、助言役に回ることになった。
そこで白羽の矢が立ったのが――
「御剣の坊ちゃん。おめぇさんが皆をまとめてくれねぇか?」
「ぼ、僕ですか?」
突然の指名に御剣は戸惑っていた。
それも当然だ。
クラス委員長として人をまとめるのは得意だろう。
だが、ここは異世界だ。
命のやり取りがある。
世界を救う勇者という肩書。
そしてリーダーになるということは、皆の命を背負うということでもある。
あまりにも重すぎる責任だった。
アルバードさんはそんな御剣の肩を軽く叩いた。
「坊ちゃんは皆に慕われている。俺がやるより、皆のことをよく知っている坊ちゃんが適任だろう」
そう言われた御剣は、一瞬だけこちらを見る。
優しく微笑み、それからアルバードさんへ向き直った。
「分かりました。皆をまとめられるよう精一杯頑張ります」
「おう。頼んだぞ」
アルバードさんは満足そうに頷いた。
すると生徒達から歓声が上がる。
「御剣なら安心だ!」
「リーダーは御剣で決まりだな!」
「ミッツルギ! ミッツルギ!」
どこからともなく御剣コールまで始まった。
御剣の顔は若干引きつっている。
正直、少し同情した。
自分だったら恥ずかしすぎて穴に入りたくなる。
そんな御剣のステータスは――
【御剣 正義】
職業:勇者
LV20
HP:5000
MP:2000
SP:2500
攻撃:4500
防御:3000
魔力:3400
精神:2910
素早さ:1500
器用さ:1700
運:50
スキル
・天命剣
・スラッシュ
・限突
・ブレイジング・ダンス
・剛力
・鉄壁
・クロス・ジャッジメント
パッシブ
・勇者の加護
・精霊の加護
・剣の加護
御剣はレベルが上がるたびに、職業補正とスキルの恩恵で爆発的に成長していた。
さすが勇者。
成長速度も覚えも早い。
正直、かなり羨ましい。
他のクラスメイトと比べても頭一つ抜けている。
俺とは比較するまでもない。
自分にも力があったらな――
そんなことを毎日のように思っていた。
いや、毎日思っている。
皆が前へ進んでいく中、自分だけが取り残されているような感覚。
孤独感、無力感。
そんな感情が胸を締め付けた、その時だった。
――待ってる。
不意に少女の声が聞こえた。
「……え?」
思わず周囲を見渡す。
だが誰もいない。
聞こえたのは確かだった。
それなのに、何故かその声を聞いた瞬間だけ気持ちが軽くなった。
何だったんだろう。
そう考えていると――
「皆の衆!」
アルバードさんの豪快な声が訓練場に響き渡った。
「一ヶ月の厳しい訓練、本当によく耐えてくれた!」
ワッハッハッと豪快に笑う。
相変わらず気持ちの良い笑い声だ。
そしてアルバードさんは懐から一枚の書類を取り出した。
教壇代わりの石台へ上がり、皆を見渡す。
先ほどまでとは違う真剣な表情だった。
「国王からの伝言だ! 遠征に出る! 一週間後、北にいる玄武王を守る〝魔従祇〟を討伐しに行く!」
アルバードさんの言葉に訓練場がざわつく。
「魔従祇……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる者も多い。
すると後ろの方でジョージが手を挙げた。
「アルバード殿! その魔従祇というのは何者ですかな?」
「あぁ、知らねぇ奴もいるか」
アルバードさんは腕を組む。
「魔従祇ってのは、魔王に仕える化け物共だ」
その一言で空気が重くなる。
「魔王が生み出した使いであり、門番でもある」
俺は以前聞いた話を思い出していた。
魔王は【聖域】と呼ばれる領域に住んでいる。
そこへ辿り着くためには、まず巨大な門を越えなければならない。
そして、その門を守っているのが魔従祇だった。
たしか、聖域の場所は北の最果てだったかな?
スノーガーデンよりも遠くにある極寒の大地にどこかにあるらしい。
「奴らは【神門の聖鍵】という鍵を持っている」
アルバードさんは続ける。
「その鍵が無ければ、魔王の住む聖域へ足を踏み入れることすらできねぇ」
つまり――。
魔王を倒したければ、まず魔従祇を倒さなければならない。
避けては通れない相手ということだ。
「な、なんだか嫌な予感しかしないでござる……」
ジョージが顔を引きつらせる。
だがアルバードさんは構わず続けた。
「フィルネル王国は今まで何度も討伐隊を送り込んでいる」
その声は先ほどまでより低かった。
「だが結果は全て失敗だ」
訓練場が静まり返る。
「被害者は一万人以上」
誰かが息を呑む。
「そのうち戦死者は三千人を超えている」
今度は誰も声を出さなかった。
この国の兵士達は訓練された精鋭ばかりだ。
そんな兵士達ですら勝てなかった。
そう考えると、自分達に本当に勝てるのだろうかという不安が胸の奥から湧き上がってくる。
「さ、三千人……」
ジョージの顔から血の気が引いていた。
「拙者、今すぐ忍者らしく隠れて生きていきたいでござる……」
「お前最初から戦う気ないだろ」
一樹が呆れたように言う。
「当然ですぞ!」
ジョージは即答した。
「忍者は隠密が仕事! 怪物退治は専門外でござる!」
その言葉に何人かが苦笑する。
だが、その笑いも長くは続かなかった。
一万人以上の被害、三千人の死者。
それが魔従祇という存在の重さを何より物語っていたからだ。
アルバードさんの報告を聞いた瞬間、周囲がざわめいた。
それも当然だった。
一万人もの兵士が敗北した相手なのだ。
たった三十人の高校生とアルバードさん率いる精鋭部隊だけで挑む。
不安にならない方がおかしい。
異世界へ来てまだ一ヶ月。
覚えることだって山ほどある。
それでも国王が命令を下したということは、それほど状況が深刻なのだろう。
魔王についての情報も少ない。
この先どうなるのか分からない。
困惑と不安が胸の中で膨らんでいく。
そんな空気を切り裂くように、御剣が前へ出た。
「皆、大丈夫だ!」
その声だけで周囲の視線が集まる。
「不安になる気持ちは分かる。でも僕たちはこの一ヶ月で、とてつもない力を手に入れたんだ!」
御剣は皆を見渡す。
その瞳には迷いがなかった。
「勝率はゼロじゃない!」
強い言葉だった。
「皆にも帰りたい場所があるだろう!家族に会いたいだろう!友達に会いたいだろう!」
訓練場が静まり返る。
誰もが耳を傾けていた。
「確かにこれから先は険しい道になると思う、失敗することもあるかもしれない、苦しい思いもするかもしれない」
そこで御剣は拳を握った。
「でも僕は約束する。皆を元の世界へ帰す!」
その言葉に周囲が息を呑む。
「だから力を貸してほしい!一緒に帰ろう!」
短い演説だった。
だが十分だった。
皆の不安を吹き飛ばすには。
「そうだよな!」
「俺たちならやれる!」
「勇者様についていくぜ!」
「ミッツルギー! ミッツルギー!」
再び御剣コールが響き渡る。
御剣は苦笑していた。
だが先ほどより少しだけ自然な笑顔だった。
こうして皆の士気は大きく上がった。
一ヶ月前。
戦うことを恐れていた生徒たちはもういない。
今はただ元の世界へ帰るという一つの目標に向かって進んでいる。
やはり御剣は人をまとめることに向いている。
そう思った。
そして俺も、残り一週間を全力で頑張ろうと決意した。
その日の訓練は、一樹、美空、佐野との連携訓練だった。
今回の相手は、王国が訓練用に用意した【自動案山子】。
魔石によって動く特殊な案山子で、人間ほどではないが簡単な回避や攻撃行動を取る。
冒険者や兵士の訓練でも使われているらしく、下手な魔物よりも厄介だと聞いた。
俺たちはその案山子を相手に、実戦を想定した連携訓練を行うことになった。
俺は後方で指揮役を担当する。
戦えなくても、自分に出来ることはある。
一樹の突破力、美空の対応力、佐野の回復支援。
そして俺の指揮。
派手さはないが、安定感だけならクラスでも上位に入る組み合わせだと思う。
俺は基本的には戦闘には参加しない。
だからこそ、指揮だけでなく補給係も兼ねていた。
回復薬や予備装備の管理。
そういう細かい仕事でも、仲間の役に立てるなら十分だった。
連携そのものは問題なかった。
長年一緒にいるだけあって息が合う。
一樹が案山子へ連続攻撃を叩き込む。
一樹が両拳を構える。
鉄腕甲を打ち鳴らしながら、低く腰を落とした。
「行くぞ!」
その声と同時に地面を蹴る。
まるで弾丸だった。
一瞬で案山子との距離を詰める。
鋼鉄の拳が唸る。
俺は少し離れた位置から二人を観察していた。
戦えない、それは事実だ。
でも何も出来ないわけじゃない。
敵の動きを見て、仲間の位置を確認して。
次に何をするべきか考える。
それが今の俺の役目だった。
「一樹! 右から入って!」
「了解!」
俺の指示と同時に一樹が飛び出す。
『獅子連打』
鋼鉄の拳が連続で炸裂する。
動く訓練用の案山子が大きく体勢を崩した。
その一瞬の怯みを見逃さず、そのまま畳みかけるように指示をする。
「美空!今だ盾を構えて突っ込め!佐野はスピードアップとアタックアップのバフを!」
「任せて!」
「了解だよー!」
指示と同時に瞬時に美空が前へ出る。
佐野のバフによって、案山子に間合いを詰める。
『シールドバッシュ』
重い一撃。
案山子が仰け反る。
続けて剣を抜き放った。
『スラッシュ』
剣先が光だし、そのまま斬撃が命中する。
吹き飛んだ案山子。
だが、そこで終わらない。
俺はすぐに叫ぶ。
「一樹! 追撃!もう一度叩き込んでやれ!」
「おう!」
まるで待っていたかのように飛び出す。
『閃光脚』
一樹の足から眩い光を放つかのように強烈な蹴りが案山子がさらに宙へ舞う。
「美空! 空中!」
「了解!『光槍!』」
騎士の槍が光を放ち天空を刺すように一直線に案山子に向かって突き出される。
さらに風魔法が発動。
空中の案山子へ追撃と槍が加速し降り注いだ。
まるで最初から答えを共有しているかのように。
長年一緒に過ごしてきた幼馴染だからこそ出来る連携。
クラスメイト達が見学していても思わず感嘆の声を漏らすほどだった。
訓練が終わり、俺は二人へ近づいた。
「お疲れ。はい、タオル」
「サンキュー!ナイスアシストだったぜ」
「ありがと」
二人は汗を拭きながら受け取る。
その後、氷を入れた水も渡した。
かなり喉が渇いていたらしく、あっという間に飲み干してしまう。
一息ついたところで、美空が空を見上げた。
「一ヶ月かぁ……」
「ああ」
「早かったな」
何となくしみじみしてしまう。
すると佐野も空を見ながら呟いた。
「お父さんとお母さん、元気かなぁ」
「心配してるだろうな」
俺も同じだった。
父さんも母さんも、今頃どうしているんだろう。
突然息子が消えたのだ。
平気なはずがない、だからこそ早く帰らなければならない。
皆で昔話をしながら笑い合う。
まだ一ヶ月しか経っていない。
それなのに、随分昔のことのように感じた。
そして訓練が終わる。
皆が部屋へ戻っていく。
俺も戻ろうとした。
だが足を止める。
残り一週間。
少しでも強くなりたい。
そう思って、一人だけ居残り訓練を続けることにしたのだった。
――夜
その日は何故か眠れなかった。
目を閉じても意識が冴えてしまう。
遠征まで残り一週間、不安なのか、それとも緊張なのか、自分でもよく分からなかった。
俺は気分転換も兼ねて部屋を出る。
静まり返った王宮の廊下を歩き、そのまま庭へと足を運んだ。
夜風が頬を撫でる。
昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
庭には色とりどりの花が咲き誇り、月明かりを浴びて淡く輝いている。
風が吹くたびに花々が揺れ、甘い香りが静かに漂った。
中央には王宮を見守るように巨大な木が一本。
何百年もそこに立ち続けているかのような威厳を放っている。
葉の隙間から零れる月光が地面へ降り注ぎ、庭全体を幻想的な銀色へ染め上げていた。
俺は思わず足を止める。
そして空を見上げた。
そこには二つの月が浮かんでいた。
一つは蒼白く。
もう一つは淡い紫色を帯びている。
二つの月は寄り添うように夜空を照らし、無数の星々がその周囲で瞬いていた。
まるで誰かが描いた絵画のような光景。
日本では決して見ることのできない景色だった。
昼間は訓練や勉強に追われていたせいで気付かなかった。
けれど今なら分かる。
俺は本当に異世界へ来てしまったのだと。
「でかいな……本当にファンタジーの世界なんだな」
しばらく夜空を眺めていると、不意に草を踏む音が聞こえた。
カサッ――。
振り返る。
そこにいたのは見慣れた人物だった。
「美空?」
「楊一?」
美空だった。
どうやら風呂上がりらしい。
普段は後ろで束ねている長い髪を下ろしている。
まだ少し湿った銀色の髪は月明かりを受けて淡く輝き、夜風に揺れるたびに甘い香りがふわりと漂った。
制服姿や訓練着姿は見慣れている。
幼い頃からずっと一緒だったのだから当然だ。
だが、今の美空はどこか違って見えた。
白い肌は月光に照らされて透き通るように映り、濡れた髪から零れ落ちる雫が首筋を伝っていく。
普段は凛々しく堂々としている彼女が、今だけは少し柔らかく見えた。
それが妙に新鮮で、見慣れているはずなのに目が離せない。
その瞬間だけは、どうしても意識してしまった。
「(落ち着け……相手は幼馴染だろ……)」
慌てて平常心を取り戻そうとする。
すると美空が俺の隣へ座った。
「楊一も外の空気を吸いに来たの?」
「ああ。何となく眠れなくてさ」
「ふーん」
そう言いながら夜空を見上げる。
しばらく沈黙が続く。
だが不思議と気まずくはなかった。
昔からこういう時間は何度もあったからだ。
その時だった。
美空が突然こちらへ顔を近づけてきた。
「楊一?」
「な、何だよ?」
「顔赤くない?」
スゥー……。
近い、近すぎる。
何でそんな自然に顔を近付けてくるんだ?
おかしいだろ。
普通もう少し距離感ってものがあるだろ?
というか美空、お前、自分がどれだけ顔が整っているか理解しているのか?
月明かり補正、風呂上がり補正、髪下ろし補正、全部乗ってるんだぞ?
本当にやめてほしい。
これ以上近付かれたら俺のライフがゼロになる。そんな状態で至近距離とか心臓に悪すぎる。
「ち、違うって! さっきまで走ってたからだよ!」
「あっそ」
美空はじーっとこちらを見た後、興味なさそうに夜空へ視線を戻した。
絶対に信じてない。
俺の為にも、それ以上追及はしてこなかった。
「まぁいいや」
美空は小さく笑う。
「楊一が隠れて何かしてるのは昔の事だから、今更きにしないよーだ」
「そんなことないだろ」
「あるわよ」
即答だった。
そんなに俺ってわかりやすかったか?
頭を悩ませていると。
「楊一って嘘つく時に癖あるし」
「っは!?癖!?」
思わず声が裏返る。
「うん」
「どんな?」
「教えるわけないじゃん」
「何でだよ!?」
「絶対直そうとするでしょ!楊一は我慢とか無茶を良くするし!」
「返す言葉もないや」
図星だった。
俺は思わず黙り込む。
すると美空は勝ち誇ったように笑った。
補正のせいもあり、ちょっと笑うだけでも色々良くない。
「ぐっ……ここまで知られては手も足もだせん……。」
「それに何年幼馴染やってると思ってるの?それに癖は一つや二つは直しても意味ないからね。すぐ気づくんだから。」
そう言いながら、美空は俺の頭に手を乗せた。
そのまま撫でる。
その顔は普段の凛々しさと違って優しい笑顔で話す。
思わずの事で、硬直してしまう。
「お、おい」
「ん?」
「普通逆じゃないか?」
「何が?」
「いや……何でもない」
男として少し複雑だった。
だが美空は気にしていないらしい。
むしろ優しい笑顔を浮かべていた。
その表情を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。
そして不意に美空が呟いた。
「私、絶対に楊一を守るから」
「え?」
思わず聞き返した。
だが美空は真剣だった。
「絶対に」
その言葉に嘘はない。
「急にどうしたんだよ」
「別に」
そう言いながらも、美空は視線を逸らす。
だが、その手は少し震えていた。
本人は隠しているつもりなのだろう。
だけど長い付き合いだし、俺には分かる。
その震える手を見ながら、異世界へ来る前の出来事を思い出していた。
美空が見たという夢。
誰かを失う夢。
あの時はただの悪夢だと思っていた。
けれど今は違う、この世界には魔物がいて、魔王がいて、人が簡単に死ぬ。
昨日まで隣にいた人間が、明日も生きている保証なんてどこにもない。
だからこそ――あの夢が現実になるかもしれない。
美空はそう考えているのではないだろうか。
根拠があるわけじゃない。
ただ、長年一緒にいたから分かる。
美空は意味もなく弱音を吐く人間じゃない。
意味もなく誰かを守るなんて言う人間でもない。
怖いのだ。失うことが。
手を伸ばしても届かなくなることが。
だから彼女は何度も口にする。
「守る」と。
言葉にしてしまえば、少しでも未来を変えられると信じるように。
まるで、自分自身に言い聞かせるみたいに。
だらこそ、俺は言う。
「ありがとうな」
素直にそう言った。
「何よ急に」
「いや……嬉しかったから」
美空は少しだけ目を丸くする。
そして照れ隠しのように顔を逸らした。
なんだ?そんなに意外だったか?
「変な奴」
「俺もそう思うよ」
「・・・っぷ、何それぇ!!」
そう言うと、美空は吹き出した。
二人で少し笑う。
しばらく沈黙が続いた。
だが今度の沈黙は心地良かった。
風が吹き、葉が揺れる。
静かな夜だった。
そして美空が立ち上がる。
「あーあ、なんだか眠くなってきちゃった。そろそろ戻るね」
「ああ」
「楊一も風邪引かないようにね」
そう言って歩き出す。
だが途中で振り返った。
「だから、ちゃんと見てるからね」
月明かりの下で微笑む。
その笑顔はどこか寂しそうだった。
俺は何も言えなかった。
ただ頷くことしか出来なかった。
美空はそのまま去っていく。
俺は一人残された。
「……静かだな」
夜風が気持ち良かった。
しばらく空を見上げる。
その時だった。
何となく視線を感じる。
振り返る。
だが誰もいない。
気のせいか。
そう思い、そのまま部屋へ戻ることにした。
ベッドへ横になる。
今日は妙に疲れていた。
そして珍しく、あの夢を見ることなく深い眠りへ落ちていった。
――そして一週間後。
ついに魔従祇討伐の日を迎える。
俺たちは北にある【嘆きの洞窟】へ向かうことになるのだった。
現在、改稿版を投稿しています。
そちらの方もストーリーは同じですが、話の内容や追加台詞など変わったり増えたりしていますので、主に、黒杉くんの殺され方など・・・是非読んでいただければと思っています。
※いずれ統合しますけど・・・。
改稿版URL
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1443099/
あと、気に入っていただけたら・・・ブクマしてくれると・・・うれしいなぁ(チラチラ
皆様の一回のブクマで励みになりますので、今後とも応援していただけると嬉しいです。
あわよくば、評k(ごめんなさい、調子乗りました。




