第39.5話私は勇者になってしまったようです……えっ? 私がW主人公役!? 作者さん、そんなの聞いてないよ!?(下)
北門へ近づくにつれて、地面を揺らす轟音が大きくなっていった。
獣の咆哮、人々の悲鳴、武器同士がぶつかり合う金属音。
そして、魔法が炸裂するたびに響き渡る爆発音。
「……酷い」
城壁の向こうから立ち上る黒煙を見上げ、私は思わず息を呑んだ。
北門は、既に突破されていた。
巨大な門扉は無残に破壊され、石造りの城壁にも幾つもの亀裂が走っている。
その隙間から、数え切れないほどの魔物達が王都の中へ雪崩れ込んでいた。
ゴブリン、オーク、リザードマン。
見たことのない獣型の魔物まで混ざっている。
その数は、百や二百なんて規模ではない。
門の向こう側を埋め尽くすほどの魔物達が、地面を揺らしながら進軍していた。
(何千体いるんだ……?)
いや……もしかすると、それ以上かもしれない。
既にクラスメイトや王国の兵士達が応戦している。
魔法を放つ者。
盾で進行を食い止める者。
負傷者を後方へ運ぶ者。
皆、必死だった。
けれど、敵の数が多すぎる。
一体倒しても、その背後から二体。
二体倒しても、さらにその後ろから何体もの魔物が押し寄せてくる。
完全に数で押し切られ始めていた。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
悲鳴が聞こえた。
視線を向けると、道端で一人の男性が尻もちをついていた。
そのすぐ目の前では、棍棒を振り上げたオークが、今にも男性へ襲い掛かろうとしている。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
「来て、レイアード!」
右手を伸ばす。
眩い光が集まり、聖剣レイアードが姿を現した。
私は地面を蹴る。
「やああああっ!」
オークが棍棒を振り下ろすより早く、その懐へ飛び込む。
横一閃。
レイアードの刀身が、オークの胴体を通り抜けた。
「グォ……!?」
オークの身体が淡い光に包まれる。
次の瞬間、その巨体は無数の光の粒子へ変わり、風に溶けるように消滅した。
「ゆ、勇者様……!?」
男性が呆然と私を見上げている。
私はレイアードを消し、男性へ手を差し出した。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「あ、あぁ……!」
男性は私の手を掴み、どうにか立ち上がる。
足が震えていた。
それでも、命に別状はなさそうだ。
「南側へ避難してください。ここは危険です」
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
男性は何度も頭を下げ、そのまま南門の方角へ走っていった。
私は、その背中を見届けてから北門へ視線を戻す。
「……やっぱり、おかしい」
門の外から押し寄せてくる魔物達。
よく見れば、ただ無秩序に暴れているわけではなかった。
先頭には小型の魔物、その後ろには大型の魔物。
さらに後方には、魔法を扱う個体が一定の間隔を空けて配置されている。
まるで軍隊だった。
魔物とは思えないほど統率が取れている。
「誰かが……指揮している?」
自然発生した魔物氾濫ではない。
これほど綺麗に隊列を組み、役割分担まで行っているのだ。
間違いなく、何者かの意志が介在している。
(レイド級の魔物が近づいているのか……?)
それとも。
それ以上の何かが――。
「御剣さんが来たぞぉぉぉ!!」
クラスメイトの一人が、こちらに気づいて大声を上げた。
すると周囲から、一斉に歓声が上がる。
「ダニィ!?」
「これで勝つる!」
「キャー! ミツルギサーン!」
「勇者様ー!」
「待ってましたぁぁぁ!」
「…………」
相変わらずの反応だ。
いや、嬉しくないわけじゃない。
頼りにされているのは、勇者として誇らしいことだと思う。
でも。
(恥ずかしいから、本当にやめてほしい……)
特に「ミツルギサーン!」と甲高い声で叫ばれると、色々と居た堪れなくなる。
だけど、やめてくれと言う勇気はなかった。
だって怖いし。
何となく熱狂している人達へ水を差すのも申し訳ない。
私は苦笑いを浮かべながら、レイアードを構えた。
「皆! 負傷者を後ろへ!」
声を張り上げる。
「前衛は横一列に並んで! 魔法隊は味方を巻き込まないよう、射線を確保してから撃って!」
「はい!」
返事が一斉に響いた。
以前の私なら、ここまで迷いなく指示を出せなかったと思う。
誰かを率いること、皆の命を預かること。
その責任が怖かったからだ。
けれど、もう後悔したくない。
誰かが傷ついてから、手を伸ばせばよかったと思うのは嫌だった。
だから、今度は迷わない。
「右側から来る! 盾部隊、抑えて!」
数体のオークが突進してくる。
盾を構えた生徒達が、その進路を塞いだ。
「うおおおおっ!」
衝突、激しい音と共に、盾部隊の足元が大きく滑る。
「魔法隊!」
「詠唱完了です!」
「撃て!」
火炎魔法が一斉に放たれ、オーク達を飲み込んだ。
その横を抜けようとしたリザードマンへ、私は一気に距離を詰める。
右足を踏み込み、聖剣を振るう。
一閃で二体。
返す刃で三体目。
リザードマン達の身体が淡い光へ包まれ、次々と消滅していく。
けれど、まだ足りない。
倒した数よりも、門から入ってくる魔物の方が多い。
「くっ……!」
このままでは、いずれ押し切られる。
一度、大きな範囲攻撃で敵の数を減らす必要がある。
私は一度レイアードを消し、背負っていた黒百錬へ手を伸ばした。
修業を共にした、百キロのボロ剣。
その柄を握った瞬間、身体の奥へ闘気が巡る。
以前は持ち上げることすらできなかった。
今では、まるで身体の一部のように馴染んでいる。
「黒桜花流――」
私は黒百錬を構えた。
迫り来る魔物の群れへ踏み込み、そのまま身体を回転させる。
「剣技『黒朧』!」
黒百錬を振り抜いた。
鈍い轟音と共に、幾つもの斬撃が魔物達へ襲い掛かる。
一撃、二撃、三撃。
重い剣を振るっているはずなのに、動きは止まらない。
舞うように身体を回転させながら、魔物達を次々と斬り伏せていく。
斬り裂かれた傷口から、魔物の血が飛び散った。
けれど、その血は地面へ落ちることなく、暗く光る桜の花びらへと姿を変えていく。
ひらり、ひらり。
妖しく舞う花びらの中で、魔物達の身体が次々と崩れ落ちる。
レイアードの浄化能力が、黒百錬を介して働いているのだろう。
血も死体も、最後には淡い光へ変わり、跡形もなく消えていった。
「す、すげぇ……」
「御剣さん、前より強くなってないか……?」
「何だ、あの剣技……!」
周囲から驚きの声が聞こえる。
無理もない。
私自身、半年前の自分とは別人のように感じることがある。
黒桜花流・剣技『黒朧』
通常なら修得まで五か月以上掛かるらしい。
けれど、私は三か月ほどで全ての"基礎"を形にすることができた。
昔から"覚え"だけは悪くなかった。
それに、日本で剣道にを習っていた経験も少しは役立ったのだと思う。
(ミハエルさんには、まだまだだって言われたけど……)
本物の『闇桜』は、もっと静かで。
もっと美しく。
敵が斬られたことにすら気づかないほど、洗練された技らしい。
私の『闇桜』は、まだ力任せな部分が多い。
それでも。
今は、この力で十分だった。
「はぁぁぁっ!」
最後の一体を斬り伏せ、私は黒百錬を肩へ担ぐ。
周囲にいた魔物達が、一時的に消えた。
「今のうちに陣形を立て直して!」
「了解!」
兵士達が素早く動き始める。
私は呼吸を整えながら、王都側へ入り込んだ魔物がいないか周囲を見回した。
何体か、討ち漏らしてしまったらしい。
街の奥からも魔物の咆哮や戦闘音が聞こえてくる。
一度、門から離れた方がいいかもしれない。
そう考え、後方へ戻ろうとした時だった。
「晴渡さん?」
人混みの中に、見覚えのある姿を見つけた。
晴渡さん。
その隣には山崎君もいる。
二人とも、以前よりも随分と逞しくなっていた。
山崎君は拳へ光を纏い、晴渡さんは盾を構えながらこちらへ走ってくる。
「晴渡さん達、来てくれたのか!」
私は二人へ駆け寄った。
「御剣君!」
晴渡さんが安堵したように笑う。
その顔を見て、少しだけ安心した。
けれど。
二人だけではなかった。
晴渡さん達の後ろに、見知らぬ三人が立っていた。
一人は、黒い服へ身を包んだ男。
顔の半分はマスクとフードで隠されていて、表情はよく見えない。
その傍らには、銀髪の少女と、白から黒へ変わる不思議な髪色をした幼い少女がいる。
さらに。
黒服の男の手元には、短剣へ姿を変えたような少女までいた。
(何、この組み合わせ……?)
黒服の男一人に、美少女が三人。
しかも全員、かなり距離が近い。
(これが……ハーレムというものなのかな?)
物語ではよく見るけれど、現実で見ると本当に凄い光景だ。
ただし、黒服の男からは軽薄な雰囲気を感じなかった。
むしろ、何故だろう。
その立ち方、周囲を警戒する視線。
皆を守るように、少女達より半歩前へ立つ姿。
どこかで見たことがあるような気がした。
(……誰かに似てる?)
胸の奥が、僅かにざわつく。
けれど、その理由は分からなかった。
私は晴渡さんへ尋ねる。
「ところで、そちらの人は?」
「この人は、たまたま店でばったり会ったの。一緒に戦ってくれるって言うから、ここまで付き合ってもらったの」
「そうなんだ……」
改めて、黒服の男へ視線を向ける。
魔力は、それほど多く感じない。
少なくとも、銀髪の少女や白黒髪の少女と比べれば、明らかに弱い。
けれど。
何故か、油断してはいけないような気がした。
立っているだけなのに、隙がない。
それでも、一般人なら危険だ。
「大丈夫ですか? 一般人なら危ないと思うのですが」
「大丈夫だ。戦える」
短い返答だった。
ぶっきらぼうで、愛想もない。
なのに。
その声を聞いた瞬間、胸が小さく跳ねた。
(……え?)
今の声。
どこかで聞いたような――。
「御剣さん、危ない!!」
クラスメイトの叫び声が響いた。
反射的に振り返る。
そこには、私へ飛び掛かろうとする魔物の姿があった。
距離は近い。
でも、この程度なら間に合う。
私は黒百錬の柄へ手を掛けた。
その瞬間だった。
――パンッ!!
乾いた破裂音が響く。
魔物の身体が、空中で不自然に揺れた。
そして、糸が切れた人形のように地面へ落下する。
「……え?」
魔物の頭部には、小さな穴が開いていた。
私は驚いて黒服の男を振り返る。
その手には、この世界では見たことのない黒い武器が握られていた。
けれど。
私は、その形を知っている。
日本にいた頃、映画やアニメで何度も見たことがある。
「じゅ、銃……?」
本物?
どうして、この異世界に?
いや。
それよりも。
(か、格好いい……!)
黒服にマスク。
そこへ拳銃まで持っている。
正直、かなり格好いい。
中学生の頃の私なら、一週間くらい引きずるほど刺さっていたかもしれない。
今だって、少しだけ心が躍っている。
「銃!? なぜ、この世界に!?」
晴渡さんも驚き、目を見開いている。
黒服の男は、拳銃を構えたまま叫んだ。
「説明は後だ! 今は魔物を止めるぞ!!」
その声と同時に、男は迷うことなく魔物の群れへ走り出した。
銀髪の少女と、白黒髪の少女も続く。
「ファノン! 変身しなくても戦えるか?」
「ごしゅじん! 任せておけー!!」
白黒髪の少女が大きく息を吸い込む。
そして――。
「なのだぁぁぁぁ!!」
口から蒼い炎を吐き出した。
「えぇ!?」
人間の姿から、炎を吐いた!?
蒼い炎は一直線に魔物の群れへ襲い掛かり、何体もの魔物を焼き尽くしていく。
修業中、ドラゴンとは何度か戦ったことがある。
その時の嫌な記憶が一瞬だけ蘇った。
目の前の少女が放つ蒼い炎は、それとは少し違う。
禍々しさよりも、どこか神秘的な美しさがあった。
「今だ!」
黒服の男が叫ぶ。
「全てを焼却せよ――『黒焔の禍剣スルト』!」
銀髪の少女の周囲へ、幾つもの魔法陣が現れる。
その中心から姿を現したのは、赤黒い炎を纏う巨大な大剣だった。
「ハァァァッ! 『焔獄の渦』!」
少女が大剣を振り下ろす。
赤と黒の炎が渦を巻き、魔物の群れへ襲い掛かった。
さらに、先ほどの蒼い炎が、その渦へ吸い込まれていく。
蒼、赤、黒。
三色の炎が一つとなり、巨大な炎獄へと姿を変えた。
「ファノンちゃん……!」
「今なのだ!」
二人は互いに視線を交わす。
『蒼黒焔獄融合!』
次の瞬間。
爆発的に膨れ上がった炎が、押し寄せる魔物達をまとめて飲み込んだ。
「……すごい」
思わず呟く。
強い。
私の力と比べても、決して劣っていない。
いや、下手をすれば、あの銀髪の少女の方が――。
(っていうか、私いらなくない?)
大勇者になり、半年も修業した。
それなのに、目の前では見知らぬ少女二人が魔物の群れを一瞬で焼き尽くしている。
少しだけ自信を失いそうになった。
けれど、黒服の男も負けていなかった。
懐から丸い物体を取り出し、その一部を引き抜く。
(あれって……)
男は魔物の群れへ投げた。
数秒後。
ドォォォォンッ!!
凄まじい爆発が起こった。
「手榴弾まであるの!?」
何でもありか!
銃だけでも驚いたのに、手榴弾まで持っているなんて。
この人は一体、何者なんだ。
魔物達の数が、一気に減っていく。
晴渡さんも、口を開けたまま呆然としていた。
黒服の男は、そんな私達へ振り返る。
「それより、街にいる魔物を何とかしてくれ。こっちは俺達が何とかする」
「わ、分かったわ!」
晴渡さんが頷く。
「山崎君、行こう!」
「ああ!」
二人は王都へ侵入した魔物を追い、駆け出していった。
私も一緒に戻るべきだ。
王都の中にも、まだ魔物が残っている。
勇者として、そちらを守るべきだと思う。
それなのに。
足が動かなかった。
私は、丘の方角へ向かおうとしている黒服の男の背中を見つめていた。
(……どうしてだろう)
懐かしい。
初めて会ったはずなのに。
見覚えなんてあるはずがないのに。
その背中を、ずっと前から知っているような気がした。
誰かを守るために、迷わず前へ出ていく姿。
危険だと分かっていても、一人で進もうとする姿。
まるで――。
(黒杉くん……)
胸が痛んだ。
違う……黒杉くんは、奈落へ落ちた。
生きていると信じている。
必ず迎えに行くと決めた。
けれど、目の前の男が黒杉くんであるはずがない。
身長も、身体つきも。
纏う雰囲気も、以前の黒杉くんとは違う。
それでも……どうしても、他人とは思えなかった。
気づけば、私は口を開いていた。
「僕も手伝わせてくれ!」
黒服の男が振り返る。
「足手まといにはならないようにする!」
男は私を見つめた。
マスクのせいで、表情は分からない。
けれど、その瞳が一瞬だけ揺れたような気がした。
「危険だぞ」
「何を言ってるんだい?」
私はボロ剣を肩へ担ぎ、笑ってみせる。
「危険なのは、君も同じだろ?」
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか。勝手にしてくれ」
ぶっきらぼうな答えだった。
それでも、拒絶はされなかった。
私は黒服の男の隣へ並ぶ。
「よろしく」
「ああ」
短い言葉を交わす。
その瞬間。
また、胸の奥が小さく痛んだ。
やっぱり、どこか懐かしい。
けれど、今は考えている暇はない。
門の外から、再び魔物達が押し寄せてくる。
黒服の男は紅い短剣を構えた。
私も黒百錬を両手で握り締める。
そして。
黒服の男と私は、ほぼ同時に魔物の群れへ飛び込んだ。
正面から迫ってくるのは、小型の魔物が三体。
黒服の男は先頭の一体が振り下ろした爪を、身を屈めるだけで躱した。
そのまま相手の懐へ入り込み、手にした紅い短刀を首筋へ走らせる。
一体目が倒れるよりも早く、身体を反転させた。
横から襲い掛かった二体目へ蹴りを叩き込み、体勢を崩したところへ一歩踏み込む。
紅い刃が、正確に急所を斬り裂いた。
(やっぱり、強い……!)
速いだけではない。
敵がどこから襲ってくるのか。
次にどんな攻撃を仕掛けてくるのか。
全て分かっているかのように、最小限の動きだけで魔物を仕留めている。
けれど――。
「グルァァァッ!!」
倒し損ねた一体が、男の背後から爪を振り上げていた。
このままでは間に合わない。
「危ない!!」
考えるよりも先に、身体が動いていた。
私は黒服の男と魔物の間へ滑り込み、ボロ剣を振るう。
刀身が白い軌跡を描く。
魔物は一刀のもとに斬り伏せられ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
刃に付着した血が淡い光に包まれ、白い花びらへ姿を変えて消えていく。
「大丈夫かい?」
黒服の男が、僅かに驚いたように私を見る。
「……ああ。助かった」
「それならよかった」
私は小さく笑い、再びボロ剣を構え直した。
あれほど魔物を倒している人だ。
私が助けなくても、もしかすると何とかできていたのかもしれない。
それでも。
彼が傷つくかもしれないと思った瞬間、放っておくことができなかった。
(初めて会ったはずなのに……どうして、私はここまでこの人を気にしているんだろう)
次々と魔物が集まり、私たちを囲み始める。
私は周囲へ視線を走らせながら、隣に立つ男へ尋ねた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。なんていうんだい?」
「今、この状況で聞くのか?」
男は呆れたような声を漏らした。
「こういう状況だからこそ、さ」
そう返した瞬間、周囲の魔物が一斉に距離を詰めてくる。
私たちは自然と背中を預け合い、それぞれ武器を構えた。
(……不思議だ)
初対面の相手に背中を預けるなんて、本来なら有り得ない。
それなのに、不安はなかった。
むしろ、この人なら背後を任せても大丈夫だと、心のどこかで確信している自分がいた。
「名乗るほどでもないさ」
短く返ってきた答えに、思わず苦笑する。
「そうか。なら、また今度教えてもらうことにするよ」
「まぁ、いずれな」
その言葉が終わるより早く、一体の魔物が私の死角から飛び掛かってきた。
――パンッ!!
乾いた銃声。
振り返るまでもない。
背後で魔物が倒れる音だけが聞こえた。
(今、助けてくれた……)
同時に、黒服の男の背後にも魔物が迫っていた。
私は身体を反転させ、ボロ剣を振るう。
白い軌跡が空を走り、魔物はその場へ崩れ落ちた。
互いに礼を言うこともない。
言葉なんて必要なかった。
打ち合わせなんて、何もしていない。
それなのに、不思議なくらい動きが噛み合っていた。
私がボロ剣を振るえば、黒服の男が死角へ回り込もうとした魔物を拳銃で撃ち抜く。
彼が紅い短剣で敵の体勢を崩せば、私はその隙へ踏み込み、ボロ剣で仕留める。
互いに前へ出れば、もう一人が自然と背後へ回る。
初めて一緒に戦ったとは思えなかった。
(何なんだろう、この感覚……)
まるで。
ずっと昔から、一緒に戦ってきたような。
そんな錯覚さえ覚える。
気付けば、口元が自然と緩んでいた。
「……ははっ」
思わず笑いが零れる。
「なんだ?」
黒服の男が怪訝そうに私を見る。
私は迫り来る魔物を斬り伏せながら答えた。
「いや……君と一緒に戦っていると、不思議な感じがするんだ」
ボロ剣を振るい、横から飛び掛かった魔物を斬り裂く。
「まるで、ずっと昔から一緒に戦ってきた友達みたいだ。何も言わなくても、次に何をするのか分かる」
言い終えた瞬間、私の横を紅い閃光が走る。
黒服の男が振り返ることなく放った銃弾が、私の死角へ忍び寄っていた魔物を正確に撃ち抜いていた。
やっぱりだ。
私が危ないと思った瞬間には、もう助けてくれている。
そんな安心感があった。
「……奇遇だな。俺も同じことを思っていた」
短い返事。
それだけなのに、何故だろう。
胸の奥が少しだけ温かくなった気がした。
(本当に、不思議な人だ)
顔も知らない。
名前も知らない。
それなのに、この人と戦っていると、懐かしい気持ちになる。
そんな感覚を抱いているのは、きっと私だけじゃない。
そんな気がした。
魔物たちは仲間を倒されたことで怒り狂い、一斉に咆哮を上げた。
次の瞬間。
四方を取り囲んでいた魔物が、一斉に私たちへ襲い掛かってくる。
(数が多い……!)
正面だけじゃない。
左右、背後。
全方向から牙と爪が迫る。
(だったら――!)
私はボロ剣を強く握り締め、そのまま天へ掲げた。
「ジャッジメント!!!」
刀身から眩い光が溢れ出す。
空に巨大な魔法陣が展開され、次の瞬間、無数の光の柱が降り注いだ。
轟音とともに、魔物の群れが次々と光へ呑み込まれていく。
光に触れた魔物は悲鳴を上げる暇もなく消滅し、辺りには白い花びらだけが静かに舞い落ちた。
光が収まる。
そこには、夥しい数の魔物が倒れ伏せていた。
「……すごいな」
隣から、黒服の男が小さく呟く。
その声には驚きが混じっていた。
(少しは役に立てたかな)
私は小さく安堵する。
けれど――。
「はぁ……はぁ……」
一気に魔力を使い過ぎた。
呼吸が乱れ、身体が重い。
分かっていたことだ。
ジャッジメントは広範囲を殲滅できる反面、魔力消費が激しい。
連発できる技じゃない。
その時だった。
「御剣。魔力が減っているなら、これを食っとけ」
黒服の男が、小さな丸薬をこちらへ放り投げてきた。
「っと……これは何だい?」
片手で受け止める。
(……あれ?)
一瞬だけ、違和感を覚えた。
(今、この人……私の名前を)
私は、まだ名乗っていない。
美空さんたちが呼んでいたから、それで覚えたのかもしれない。
それだけのこと。
……そう思うのに、胸の奥へ小さな引っ掛かりが残った。
けれど、今は考えている暇なんてない。
「魔力回復の薬だ」
「薬……? これが?」
見たこともない丸薬だった。
普通なら警戒するべきなんだろう。
正体も知らない相手から渡された薬なんだから。
それでも――。
(……この人なら)
何故か疑う気持ちは湧かなかった。
私は迷うことなく、その丸薬を口へ放り込む。
噛み砕いた瞬間。
「……っ!?」
身体の奥から、一気に魔力が溢れ出した。
空っぽになっていたはずの魔力が、瞬く間に満たされていく。
「すごいな、これ! 消費した魔力が完全に回復したぞ!?」
思わず声が漏れる。
こんな薬、見たことも聞いたこともない。
「驚くのは後だ。ほら、手を動かせ」
「君、意外と人使いが荒いな!?」
思わず笑ってしまう。
さっきまで初対面だったはずなのに、不思議と気を遣わなくていい相手のように感じる。
「口を動かす暇があるなら、敵を倒せ」
「はいはい!」
私は笑みを浮かべながらボロ剣を構え直す。
その瞬間だった。
黒服の男が、突然私へ拳銃を向けた。
「え――」
避ける暇もない。
――パンッ!!
銃声が響く。
弾丸は私の頬を掠め、そのまま背後へ飛んでいった。
同時に、私は反射的にボロ剣を振るう。
白い軌跡が黒服の男の横を通り抜け、その背後へ迫っていた魔物を斬り伏せた。
二体の魔物が、ほぼ同時に地面へ崩れ落ちる。
私たちは互いに振り返らない。
確認する必要なんてなかった。
(……信じてる)
この人は、絶対に外さない。
私も、この人の邪魔はしない。
そんな確信だけがあった。
「……やっぱり、息ぴったりだね」
思わず笑みが零れる。
「戦闘中だぞ。集中しろ」
「君も少しくらい認めてくれてもいいだろ?」
ぶっきらぼうな返事なのに、どこか優しい。
そのやり取りが、何故だか心地よかった。
私はボロ剣を握り直し、黒服の男と並んで再び魔物の群れへ飛び込んだ。
────それから、一時間ほど経っただろうか。
何体倒したのか、もう分からない。
ボロ剣を振るうたびに魔物は倒れていく。
それでも――。
「……減らない」
思わず呟きが漏れた。
目の前の魔物を斬り伏せても、すぐに新しい魔物が現れる。
まるで終わりが見えない。
「……何か気付かないか?」
黒服の男が魔物を撃ち抜きながら尋ねてくる。
「ああ。僕も、おかしいと思っていた」
私は一体の魔物を斬り伏せ、そのまま距離を取る。
「「さっきより、魔物が増えている」」
互いの言葉が重なった。
やっぱり、私の勘違いじゃなかった。
最初より明らかに数が増えている。
(強くなってる……?)
しかも後から現れた魔物ほど、動きが鋭い。
最初とは比べ物にならない。
「これじゃ、キリがないな……」
黒服の男が苦々しく呟く。
私も同感だった。
このまま戦い続けても、いつか体力も魔力も尽きる。
何より――原因を断たなければ意味がない。
そう考えた、その時だった。
「ごしゅじーん!!」
聞き覚えのある声が頭上から響く。
思わず空を見上げる。
巨大な竜が翼を広げ、こちらへ向かって一直線に飛んできていた。
「ファノン!」
黒服の男が名前を呼ぶ。
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!
凄まじい風圧が地面へ叩きつけられ、周囲の魔物がまとめて吹き飛ばされる。
「っ……!」
私は思わずボロ剣を地面へ突き立て、風に耐えた。
(すごい……)
これだけの風圧。
もし敵だったら、それだけで戦うどころじゃない。
「ド、ドラゴン!?」
反射的にボロ剣を構える。
「待て、御剣。味方だ」
「味方!? ドラゴンが!?」
「安心しろ。さっき一緒にいた、白黒髪の子だ」
「白黒髪の子じゃないのだ!! ファノンなのだー!!」
思わず口元が緩む。
こんな状況なのに、どこか気の抜けるやり取りだった。
「ちょっと待って。ドラゴンを味方にするなんて……君は一体、何者なんだ?」
思わず本音が漏れる。
銃、手榴弾、武器へ変身する少女。
そしてドラゴンまで仲間。
普通じゃない。
この人だけ、常識そのものが違う。
「いぶくろをつかまれたのだー!」
「胃袋!? ご飯に釣られて仲間になったの!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
……いや、本当にどういう関係なんだ。
「むぅ……ご飯だけではないのだ。ご主人は、いっぱい頭を撫でてくれるのだー!」
そう言って嬉しそうに笑うファノンを見ていると、本当に敵ではないらしい。
私はボロ剣を下ろした。
「すまない。いきなり剣を向けてしまった」
「分かればいいのだー!」
ファノンは満足そうに胸を張る。
すると、黒服の男が話を戻した。
「それで、どうしたんだ? ファノン」
「あっ!」
ファノンは思い出したように大きく翼を広げる。
「ご主人! あっちの方から、すっごく強い魔力を感じるのだ!」
巨大な前脚が、丘の向こうを指し示した。
私はその方向へ視線を向ける。
その瞬間だった。
(……っ!?)
背筋が凍る。
離れているのに、肌を刺すような殺気が、ここまで届いていた。
今まで感じていた魔物の気配とはまるで違う。
深く、禍々しい。
生き物として、本能が警鐘を鳴らしている。
(あの先に……何かいる)
そんな確信だけが、胸の奥に生まれていた。
黒服の男は、丘の向こうをじっと見据えた。
その横顔は、さっきまでとは明らかに違っていた。
魔物を相手にしていた時の冷静さとは別の――張り詰めた空気を纏っている。
「……分かった。ファノン、ありがとう」
静かな声だった。
けれど、その一言には迷いがなかった。
「あと、アイリスも後でそっちに向かうそうなのだ!」
「そうか。ファノンは引き続き、門を守ってくれ」
「任せるのだー!」
ファノンは大きく頷くと、翼を力強く羽ばたかせた。
巻き起こった突風が私の髪を揺らし、巨大な身体は再び空高く舞い上がっていく。
私はその姿を見送りながら、丘の向こうへ視線を戻した。
(あの先に、この魔物の原因が……)
そう考えるだけで、胸の鼓動が速くなる。
あの魔力は危険だ。
勇者としての勘が、全力で警告している。
「……行く」
黒服の男は短く呟いた。
一切の迷いなく、丘へ向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
私は思わず彼を呼び止めた。
男は足を止め、静かに振り返る。
「君も行くつもりなのか?」
その声は落ち着いていた。
まるで私を試しているようにも聞こえる。
「当然だよ」
私はボロ剣を握り直した。
「この国を襲っている魔物と関係があるなら、勇者として放っておけない」
それだけじゃない。
(……この人を、一人で行かせたくない)
その想いが、胸の中でどんどん大きくなっていく。
どうしてなのか、自分でも分からない。
初めて会ったばかりの人だ。
それなのに――。
(このまま一人で行かせたら……)
胸がざわつく、嫌な予感しかしない。
まるで、この人がそのまま帰ってこなくなるような。
そんな未来が、一瞬だけ頭を過った。
黒服の男は、しばらく私を見つめていた。
その視線には、どこか困ったような色が混じっている。
やがて、小さく息を吐いた。
「……そうか。勝手にしてくれ」
また、ぶっきらぼうな返事。
だけど、不思議とその言葉が嬉しかった。
拒絶はされなかった。
「ありがとう」
自然と笑みが零れる。
黒服の男は何も答えず、再び丘へ向かって歩き出した。
私はその少し後ろへ並ぶように走り出す。
二人で駆ける中、周囲の景色が少しずつ変わっていく。
草木が揺れなくなった。
鳥の鳴き声も聞こえない。
風さえも止まってしまったかのような静寂。
その静けさとは対照的に、肌へ纏わりつく魔力だけが濃くなっていく。
一歩、また一歩。
丘へ近付くたびに、空気は重く、息苦しくなっていった。
(近い……)
あの魔力の正体が。
すぐそこまで迫っていた。
丘を登るにつれ、空気はさらに重くなっていく。
一歩踏み出すたび、全身へ何かが圧し掛かるようだった。
息苦しい、心臓が嫌な音を立てて脈打つ。
勇者として数え切れないほど戦ってきた。
強敵とも何度も相対した。
それでも――。
(こんな殺気……初めてだ)
身体が震える。恐怖じゃない。
本能が、危険だと叫んでいる。
黒服の男は一度も立ち止まらない。
迷うことなく前だけを見据え、静かに歩き続けていた。
(この人は……)
この殺気を感じてもなお、足を止めない。
いや、まるで最初から、ここに何がいるのか知っているようだった。
やがて、私たちは丘の頂上へ辿り着く。
その先には――一人の男が立っていた。
白い髪、黒いコート。
こちらへ背を向けたまま、ただ静かに立っている。
けれど、その姿を見た瞬間だった。
「……っ!」
息が詰まる。
今まで感じていた殺気が、一気に何倍にも膨れ上がった。
肌が痛い。
呼吸をするだけで肺が悲鳴を上げる。
身体が一歩も前へ出ようとしない。
(な、何なんだ……あの人は……)
立っているだけ……それだけなのに。
まるで、一人の人間を前にしているとは思えない。
黒い魔力が身体の周囲で揺らめき、空間そのものを歪めているように見える。
その時だった。
「……月ノ城さん」
隣にいた黒服の男が、小さくその名を口にした。
私は思わず彼を見る。
その声には驚きも恐怖もなかった。
どこか悲しそうで――。
懐かしむような響きだった。
「知っているのか?」
思わず問い掛ける。
「あの人は……俺が所属している組織のリーダーだ」
「なに……?」
私は目を見開いた。
組織の……リーダー?
あれほどの怪物じみた気配を放つ人物が、この人の知り合いだというのか。
「だが、どうしてあんな姿になってしまったのかは、俺にも分からない」
黒服の男は静かに紅い短剣を握り締める。
その横顔には、苦しそうな色が浮かんでいた。
「その原因を突き止め、解決するために――俺はここへ派遣された」
(派遣……?)
組織、リーダー、派遣。
頭の中へ疑問ばかりが浮かんでくる。
(この人は、一体何者なんだ……?)
聞きたいことは山ほどあった。
それでも、今は聞くべきじゃない。
目の前の男から、一瞬たりとも目を離してはいけない。
そんな予感だけが、胸の奥で強く鳴り響いていた。
黒服の男が一歩前へ出る。
「でも――俺は、あの人を倒すために来たんじゃない」
その言葉に、私は思わず男の横顔を見る。
「もう誰も失わないために――」
紅い短剣が静かに構えられる。
「俺はあんたを救うことを、執行する」
救う――?
あれほど禍々しい魔力を纏った相手を?
疑問が浮かぶ暇もなかった。
ゆっくりとこちらへ振り返った男――月ノ城さんと呼ばれた人物が、静かに刀を抜いたからだ。
私達は死闘を繰り広げていた。
化け物のような殺意へ必死に抗いながら、一瞬たりとも気を抜けない戦いが続く。
剣を振るうたびに身体は悲鳴を上げ、それでも誰一人として退こうとはしなかった。
しかし――。
月ノ城さんの一撃が、黒服の男性を捉えた。
「っ!」
鮮血が宙を舞い、彼はその場へ倒れ込む。
「しまっ……!」
私は咄嗟に駆け出そうとした。
けれど、間に合わない。
月ノ城さんは静かに歩み寄り、倒れた彼へ刀を振り上げた。
(駄目だ……!)
このままじゃ間に合わない。
まただ、また私は守れない。
奈落へ落ちていった、あの日と同じように。
嫌だ!
もう、あんな後悔はしたくない。
お願いだから……。
誰でもいい。
助けて、お願いだから――!
「やめろぉぉぉ!!」
気付けば、私は叫んでいた。
叶うはずのない願いを。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「じゃあ、新人――さらばだ」
月ノ城さんが刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
ピタリ、と動きが止まる。
「……え?」
何が起きたのか分からない。
月ノ城さんの手から刀が零れ落ちる。
視線を向けると、その右腕から鮮血が噴き出していた。
(え……なんで?)
あまりにも突然だった。
理解が追いつかない。
というより、今日という日は理解できないことばかり起きている。
数秒後。
再び、月ノ城さんの身体が揺れた。
今度は太腿から血が噴き出す。
「……ッ」
月ノ城さんは眉一つ動かさず、ゆっくりと遠くを見つめた。
その視線を追う。
遥か彼方、十キロ以上は離れているであろう山の上で、一瞬だけ何かが光った気がした。
その直後。
月ノ城さんの脇腹から、再び鮮血が舞う。
(え……?)
私は目を見開いた。
(まさか……あそこから攻撃してるの!?)
信じられなかった。
あれほど離れた場所から、腕、脚、脇腹を寸分違わず撃ち抜いている。
仲間は、この場にいる三人だけじゃない。
こんな人達が集まっている組織なんて、一体何なんだろう。
人外しかいないじゃないか。
「ヨウイチ……!」
少女の悲痛な声が響く。
ヨウイチ……?
どこかで聞いたことのある名前。
私は振り返った。
そこには、先ほど共に戦っていた銀髪の少女――アイリスさんがいた。
アイリスさんは慌てて足のポーチから丸薬を取り出し、自分の口へ含む。
そして、そのまま倒れている黒服の男性へ近づく。
その拍子に、男性のマスクとフードが外れる。
私は、その顔を見た。
「…………え」
心臓が止まった。
見間違えるはずがない。
何度も教室で見てきた顔。
奈落へ落ちていった、あの日から何度も夢に見た顔。
アイリスさんが呼んでいた名前。
ヨウイチという名前
全部が、一つに繋がる。
私が、ずっと想い続けてきた人。
黒杉楊一。
その本人が、そこにいた。
「黒杉……くん……」
目頭が熱くなる。
生きてた。
本当に、生きてたんだ。
涙が溢れそうになる。
――その瞬間。
アイリスさんが、そのまま黒杉くんへ口付けした。
「「…………」」
あまりの急な光景に、私と月ノ城さんは固まる。
(ちょ、ちょっと待って!?えっ!?い、今!?)
私の頭は一瞬で真っ白になった。
いや、分かる。
きっと丸薬を飲ませるためなんだろう。
そういう理由なんだろう。
分かってる……分かってるけど――!
(私にはまだ早いよぉぉぉ!!)
思わず顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまう。
「あわわわ……」
「ふむ……」
隣では、つい先ほどまで殺し合っていた月ノ城さんまで、興味津々といった様子で二人を見つめている。
本当に何なの、この状況……!?
心臓がうるさいし、耳まで熱い。
でも、黒杉くんが生きていた。
今は、その事実だけで十分だった。
たとえ私の想いが届かなくても、隣に立つ人が私じゃなくても。
生きていてくれるなら、それでいい。
本当に……良かった。
また、泣きそうになる。
でも、私は必死に堪えた。
まだ戦いは終わっていない。
その時だった。
「どう……? うまかった?」
アイリスさんが、にこっと笑って尋ねる。
「それ、今の現状で聞くことなのか?」
黒杉くんが呆れたように返す。
(うん……私の前でイチャつかないでぇぇぇ……。)
心の中だけで、私はそっと叫んだ。
くそぉ……私も黒杉くんに……いやいやいや!!
(……無理無理無理!!)
想像しただけで恥ずかしくなってしまい、私は頭をぶんぶん振る。
……駄目だ……やっぱり私にはハードルが高すぎる。
(今は諦めよう。)
私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
そして、改めて黒杉くんの方へ向き直った。
今、一番聞かなければならないことを聞くために。
「黒杉くん……!」
思わず声が漏れた。
「黒杉くんじゃないか!?」
「あー……ばれちゃったかぁ……」
「『ばれちゃったか』じゃないよ!!」
どれだけ心配したと思ってるんだ。
どれだけ探したと思ってるんだ。
どれだけ自分を責めたと思ってるんだ。
そんな言葉が喉まで込み上げてきた。
怒りたい!文句だって言いたい!
……でも、それ以上に嬉しかった。
黒杉くんは【収納】から丸薬を取り出すと、こちらへ放ってくる。
私は反射的に受け取り、そのまま迷わず口へ放り込んだ。
身体の奥から魔力が湧き上がり、疲労が少しずつ消えていく。
……本当に便利な薬だ。
「あー……まぁ、内緒で頼む」
「何故だ?」
思わず聞き返した。
せっかく生きていたのに、どうして皆の前へ戻ろうとしないんだろう。
何か事情があるのは分かる。
でも、それでも納得はできなかった。
「変に伝えれば、皆を危険な目に遭わせてしまうからだ」
「なっ!? それはどういう事だ?」
「それを話したら、お前は皆に言うだろ?」
「うっ……」
図星だった。
もちろん伝える。
クラスメイトを危険へ巻き込みたくないからこそ、皆で対策を考える。
委員長である私なら、間違いなくそうする。
「すまないな。だけど誰にも言わないでくれ。……言えば、きっと後悔する」
「……」
後悔……ずるいなぁ。
黒杉くん、そういうところ本当にずるい……。
その一言が胸へ突き刺さる。
私はもう十分、その言葉の重さを知っていた。
黒杉くんを守れなかった、あの日。
あの後悔だけは、一生忘れることはない。
だからこそ、彼がそこまで言うなら。
今は信じようと思った。
「……分かった」
私は小さく息を吐く。
「でも、いつか必ず戻ってきてくれ」
黒杉くんは少しだけ笑った。
「ああ。約束する」
その言葉を聞いた瞬間、不思議と安心した。
根拠なんて何もない。
それでも、この人は約束を破らない。
そんな気がした。
「もういいか?」
静かな声が戦場へ響く。
「俺は結構、短気なんだ」
月ノ城だった。
私達の会話が終わるまで待っていてくれたらしい。
あの姿になっても、まだ理性は残っている。
それだけが唯一の救いだった。
次の瞬間、私達は再び地面を蹴った。
剣と刀が何度も激突し、耳をつんざく金属音が森へ響き渡る。
火花が散り、衝撃波が大地を揺らす。
黒杉くんは信じられない速度で月ノ城へ斬り込み、アイリスさんと息を合わせて攻め続ける。
私は援護に回りながら、その戦いを目の当たりにしていた。
やがて、黒杉くんの黒い短刀が月ノ城の胸元を切り裂く。
その瞬間、月ノ城は苦しそうに身体を震わせた。
黒い霧が溢れ出し、そのまま姿を消してしまう。
結果として、私達は月ノ城を取り逃がした。
それでも、生き延びることはできた。
私は安堵すると同時に、目の前に立つ黒杉くんを見つめる。
……強い。
あまりにも強すぎる。
あの日まで、普通の高校生だったはずの黒杉くん。
職業は"村人"。
それなのに、初級ではあり得ない数のスキルを使いこなし、月ノ城と互角以上に渡り合っていた。
この短い間に、一体何があったんだろう。
私はゆっくりと口を開いた。
「黒杉くん……君は一体……その力は、一体何なんだ?」
私は思わず尋ねていた。
目の前にいる彼は、私の知っている黒杉楊一ではなかった。
村人だったはずの彼が、月ノ城さんと互角以上に渡り合い、初級技能者では到底扱えないような技を次々と繰り出していた。
この短い間に、一体何があったんだろう。
そんな私の問いに、黒杉くんは少しだけ困ったように笑う。
「それより、町に戻れよ。皆が心配してるだろ」
「……」
どうやら、話してくれるつもりはないらしい。
……そうだよね。
私には、その理由を聞く資格なんてないのかもしれない。
もっと早く話しかけていれば。
もっと彼のことを知ろうとしていれば。
そんな後悔が胸をよぎる。
「だが……」
言いかけて、私は口を閉じた。
これ以上聞けば、きっと黒杉くんを困らせてしまう。
それに、遠くから戦いを見ていたから分かる。
彼は私達を守るために、自分から危険へ飛び込んでいた。
きっと、私には想像もできない事情があるんだ。
だったら、今は信じよう。
「……分かった」
私は小さく頷く。
「どうせ君は、止めても行くんだろう?」
黒杉くんは苦笑しながら肩をすくめた。
「よく分かってるじゃないか、委員長」
「茶化さないでくれ」
思わず苦笑する。
だけど、その笑顔を見て安心した。
あぁ……。
やっぱり黒杉くんだ。
あの日と変わらない、優しい笑顔だった。
ふと、誰かの視線を感じる。
視線の先には、アイリスさんがじっと私を見つめていた。
「……?」
どうしたんだろう。
私が首を傾げると、黒杉くんが口を開く。
「じゃあ、誰にも――」
「分かってるよ」
私は彼の言葉を遮った。
「言わなければいいんだろ?」
「悪いな」
そう言って、黒杉くんは右手を差し出す。
私はその手を見つめる。
少し傷だらけになっていたけれど、昔と変わらない温かそうな手だった。
私はそっと握り返す。
「また会おう」
「ああ」
短い約束。
だけど、その一言だけで十分だった。
私はその手を離す。
すると、アイリスさんが静かに私の傍へ歩いてきた。
「うん? どうしたんだい?」
彼女は私の耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「ヨウイチは渡さないよ」
「……え?」
「……貴方はライバルだから」
思わず目を丸くする。
私の気持ち……気付かれてたんだ。
顔が一気に熱くなる。
そんな私を見て、アイリスさんは少しだけ微笑んだ。
「女の子なんでしょ?」
「……え?えっ!?」
「だったら、もう少し自分を隠さなくてもいいと思う」
アイリスさんは、私の短い髪へ視線を向けた。
「髪を伸ばしたり、少し化粧をしてみたり。きっと、今より魅力的になるよ」
「でも――」
「自分を隠しすぎないで」
そう言い残すと、彼女は黒杉くんの隣へ戻っていった。
去り際、私を見てクスッと笑ったアイリスさんはすごく……可愛かった。
「……はは」
私は思わず苦笑する。
完全に恋敵として認識されてしまったらしい。
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ――。
「負けられないな」
自然とそんな言葉が零れる。
私は町へ向かって歩き始めた。
道中、一人で考える。
「化粧……か」
今まで一度も興味なんてなかった……なんて言わない。
父に言われるまま男として育ち、女の子らしいことなんて何一つしてこなかった。
(でも……)
異世界へ来たんだ。
少しくらい、自分を変えてみてもいいよね。
「それに……」
次に会う時は。
勇者としてだけじゃない。
一人の"女の子"として。
少しでも黒杉くんに振り向いてもらえるように。
「よし!」
私は両手で頬を軽く叩いた。
「"私"、頑張るぞ!!」
そう叫ぶと、町までの道を全力で駆け出した。
走ることも、勇者の修業だ!!
――これは、一人の少女が、好きな人の隣へ立つために。
そして、大切な人を守るために世界を救う物語。
それから、しばらく経った頃。
町では「最近、とても可愛い謎の美少女が現れる」という噂が少しずつ広まっていく。
もちろん、その正体が勇者・御剣正義であることを知る者は、まだ誰もいなかった。
次回!第一章 最終回!! 作者死す!!




