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第39.5話 私は勇者になってしまったようです…えっ?私がW主人公役!?作者さんそんなの聞いてないよ!?(中中中中)

私は王国に帰ってきてから、一週間が経った。


そう、黒杉くんがいなくなってから一週間が経ったのだ。


洞窟から戻るまでは前を向こうとしていた。

けれど、王国へ帰ってきたという安心感を覚えた瞬間、押し込めていた感情が一気に溢れ出した。


黒杉くんがいなくなったという現実が、心を締めつける。

訓練をしようとしても、身体が思うように動かない。

だから私は、しばらく休暇をもらうことにした。


「はぁ……黒杉くん……」


思い出すたびに、涙が止まらなかった。

悲しみをぶつける場所なんて、どこにもない。

ただ毎晩、枕を涙で濡らしながら眠る日々が続いていた。


早く立ち直らなきゃいけない。

そんなことは分かっている。

それなのに、目を閉じるたび、彼が奈落へ落ちていく姿が脳裏に蘇る。


(あの時、もっと早く手を伸ばしていれば……無理にでも連れ戻していれば……)


そんな後悔ばかりが、何度も何度も頭の中を巡り続ける。

私は、その終わりのないループから抜け出せずにいた。

ふと、気分転換に窓際へ歩み寄り、カーテンを開ける。


眩しい朝日が部屋へ差し込んできた。

何気なく訓練場へ目を向けると、そこには木剣を振る山崎君と、黙々と剣を振り続ける晴渡さんの姿があった。

二人とも、全身汗だくになりながら、それでも一度も手を止めようとはしない。


「……すごいなぁ」


思わず、小さく呟く。

あんなことがあったのに。

二人とも、もう前を向いている。

もちろん、本当に立ち直ったわけじゃないことくらい分かる。

きっと、私と同じように苦しいはずだ。

それでも、前へ進もうとしている。


(……強いなぁ)


私は、その姿をただ眺めることしかできなかった。

胸の奥が少しだけ痛む。

二人を尊敬する気持ちと、それに比べて何もできていない自分への情けなさが入り混じる。


(私は……何をしてるんだろう)


窓ガラスに映る自分は、どこか弱々しく見えた。


(気分転換に町へ出ようかな……)


このままずっと部屋へ引きこもっていたら、皆に心配をかけてしまう。

私はパジャマを脱ぎ、普段着へ着替えた。

再び窓の外を見る。


(眩しいなぁ……)


久しぶりに浴びる陽の光は、少しだけ目に痛かった。

それでも、不思議と重かった胸の奥がほんの少しだけ軽くなる。

人は日に当たらないと気持ちが沈みやすくなるって聞いたことがあるけれど、今ならその意味が少し分かる気がした。

私は財布代わりの金貨袋を手に取り、部屋を出た。


廊下へ出ると、吹き抜けの向こうから木剣と拳がぶつかる乾いた音が聞こえてきた。


「はぁっ!」

「まだまだぁ!」


先ほど窓から見下ろしていた山崎君と晴渡さんだ。

近くで見ると、二人の様子はもっと痛々しかった。

山崎君は息を切らしながら何度も拳を振るい、晴渡さんも汗で髪を頬へ張りつかせながら、無言で木剣を振り続けている。


立ち直ったわけじゃない。

きっと二人とも、止まってしまうのが怖いのだ。


剣を振ることも。

拳を振るうことも。


黒杉くんを迎えに行くために、自分を動かし続けている。

それなのに私は、何もできずにいる。

胸の奥へ、重たいものが沈んでいった。


(私も前に進めるかな……。)


何故だか、休んでいることさえ悪いことのように思えてくる。

二人に声を掛ける勇気もなかった。

私は気づかれないように視線を逸らし、その場から逃げるように商店街へ向かった。


――――フィルネル王国・街道



訓練所の張り詰めた空気とは対照的に、町は今日も活気に満ちていた。


元気よく走り回る子ども達。

露店では商人と客が値段交渉を繰り広げ、あちこちから笑い声が聞こえてくる。

焼きたてのパンや香ばしい肉料理の匂いが風に乗って漂い、人々は思い思いに買い物を楽しんでいた。


(……賑やかだなぁ)


けれど、今の私には少し眩しすぎる。

皆が笑っているこの景色が、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。


(もう少し、静かな場所へ行こうかな……)


私は人混みを避けるように歩き続ける。

しばらくして王都の門の近くまで来ると、一軒だけ異様な雰囲気を放つ酒場が目に入った。


「うわぁ……これは露骨に怪しいなぁ……」


建物は黒を基調とした重厚な造りで、昼間だというのに妙に薄暗い。

なのに入口の看板には、大きな文字でこう書かれていた。


『怪しくない酒場』


(いや、絶対怪しいよね!?)


思わず心の中でツッコミを入れてしまう。

怪しい……怪しすぎる!

普通なら近づかない……なのに。

ふわりと鼻をくすぐる、食欲を誘う香りが漂ってきた。


「……っ」


思わず足が止まる。

バターの香りと、炒めたケチャップライスの甘酸っぱい匂い。

どこか懐かしくて、心まで温かくなるような香りだった。


(この匂い……どこかで嗅いだことがあるような……)


気が付けば、私は店の扉へ手を掛けていた。

カラン、と小さなベルが鳴る。


「いらっしゃいませ……おや?」

「あ、どうも」


カウンターの奥に立っていたのは、黒髪をオールバックにまとめた男性――ミハエルさんだった。


「あ、ミハエルさん。こんにちは」

「お久しぶりですね、ミツルギの"お嬢様"」

「……え?」


私は思わず目を見開いた。

初めてだった。

一目見ただけで、私が女性だと見抜いた人は。


(まさか……)


いや、偶然だろう。

そう思いながらも、私は恐る恐る尋ねる。


「な、何故……私がお嬢だと?」


ミハエルさんは、不思議そうに首を傾げた。


「……? 何を仰っているのか分かりませんが、私には最初から普通の女性にしか見えておりませんよ?」

「えぇぇ……」


そんなことを言われたのは初めてだった。

嬉しい。

でも、それ以上に複雑だった。

今まで皆に男だと思われ続けてきたのだから。


「あっ……もし私の勘違いで、ミツルギさんが男性でしたら申し訳ございません。」

「あっ、い、いえ! 合ってます! なので大丈夫です!」


慌てて答えると、ミハエルさんは安心したように小さく頷き、一礼した。


「それでは、こちらへどうぞ。」


私はカウンター席へ腰を下ろす。


「こちらが本日のランチメニューでございます。」


差し出されたメニューを受け取り、軽く目を通す。

どれも美味しそうだったが、その中でも目を引いた料理を指差した。


「じゃあ、オムライスセットでお願いします。」

「かしこまりました。」


そう言うと、ミハエルさんは静かにキッチンへ向かっていった。

相変わらず、その手際は見惚れるほど鮮やかだった。

包丁を握る手にも、フライパンを振るう動きにも一切の無駄がない。

まるで長年磨き続けてきた剣技を見るような、洗練された所作だった。


(すごいなぁ……)


料理を作っているだけなのに、その一つひとつの動作が絵になる。

この人は何をしていても優雅なんだ。

しばらくすると、湯気の立つオムライスとスープ、それに揚げたての唐揚げが私の前へ運ばれてきた。


「お待たせいたしました。」

「いただきます。」


私はオムライスを一口運ぶ。


「……美味しい」


卵はふわふわで、中のケチャップライスとの相性も抜群だった。

思わず笑みがこぼれる。


「やっぱり、ミハエルさんの料理は絶品ですね。」


これはお世辞なんかじゃない。

ここまで美味しい料理を食べたのは、生まれて初めてだった。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、店主として嬉しい限りです。」


ミハエルさんは穏やかに微笑む。


(……やっぱりイケメンだなぁ。)


思わずそんなことを考えてしまう。

すると、ミハエルさんはふと私の顔を見つめた。


「ところで、ミツルギさん。」

「はい?」

「何か悩み事でも、おありでしょうか。」

「……っ」


いきなり急所を突いてくるなぁ、この人は。

私はポーカーフェイスには自信があった。

けれど、この人の前では何も隠せない気がしてきた。


「……そんなに、顔に出てますか?」

「はい。」


ミハエルさんは即答した。


「それも、かなり重症です。」

「うっ……」


思わず言葉に詰まる。


(参ったなぁ……)


この人には、嘘は通用しない。

私は小さく息を吐き、洞窟で起きた出来事を静かに語り始めた。

大切なクラスメイトが、奈落へ落ちてしまったこと。

そして、その日から後悔だけが頭の中を巡り続けていることを――。


「ふむ……なるほど。」


話を聞き終えたミハエルさんは、小さく頷いた。


「はい……」


私は俯いたまま続ける。


「あの日から毎日、同じことばかり考えてしまうんです。」

「もっと早く手を伸ばしていれば。」

「無理にでも連れ戻していれば。」

「そんな後悔ばかりが、何度も何度も頭の中で繰り返されて……抜け出せないんです。」


ミハエルさんは黙ってコップを磨きながら目を閉じる。

その表情は、まるで遠い昔を思い返しているようだった。


「私の言葉で、どうにかなるとは思っておりません。」


ミハエルさんは静かにコップを磨きながら続けた。


「ですが、後悔というものは、誰もが抱えるものです。」


その声音には、長い年月を生きてきた者だけが持つ重みがあった。


「戦場では友の悲鳴を聞きました。昨日まで笑い合っていた仲間が、血に染まり、目の前で命を落としていく。そのような光景は、この世界では決して珍しいことではありません。」


ミハエルさんは、どこか遠くを見るように目を細める。

きっと、その瞳の先には、今はもう会えない仲間達の姿が映っているのだろう。


「ですが――。」


一度言葉を区切り、穏やかに微笑んだ。


「こうして私が生きていられるのも、仲間達のおかげです。そして、今は亡き彼らの意思があったからこそ、この町の平和は守られています。」


少しだけ私へ視線を向ける。


「人はいずれ死にます。ですが、本当の死とは、その人の意思が誰にも受け継がれなくなった時ではないでしょうか。」


その言葉は、真っ直ぐ胸へ突き刺さった。


(あぁ……)


この人も、同じなんだ。

仲間を失い、後悔して、それでも前を向いて歩いてきた。

だからこそ、この言葉には重みがある。


仲間の意思――。


そういえば、どこかで聞いたことがある。


『人は忘れられた時、本当に死ぬ』と。


だったら。

私は、ここで立ち止まっている場合じゃない。

ましてや、心だけ死んでしまうなんて、黒杉くんが望むはずがない。

胸の奥で、小さな火種が灯った。


(私は……どこかで諦めていたのかもしれない。)


脳裏に浮かぶ。

月明かりの下で、笑い合っていた黒杉くんと晴渡さん。

そして、奈落へ落ちていく黒杉くんの姿。

苦しくて、胸が締め付けられる。


だけど――。


「違う。」


私は心の中で、その光景を振り払った。

今は、過去に縛られている時じゃない。

小さな火種は、やがて炎へ変わる。

炎はさらに勢いを増し、心の奥で燃え盛っていく。


(こうして生きていられるのは、黒杉くんのおかげ。私は、まだ終わってない。もう一度、彼に会うために――。)


心の奥で、止まりかけていた鼓動が再び力強く鳴り始める。

消えかけていた瞳にも、少しずつ光が戻っていった。


(もし……黒杉くんが生きていたとして。)


心の中で、自分自身へ問いかける。

――その時、お前はどうする?


(そんなの、決まってる。)


私は迷わず答えた。


(喜ぶに決まってるじゃないか。)


たとえ――。

恋が叶わなかったとしても。

彼の隣に立つ人が私じゃなかったとしても。


(それでも、彼が幸せなら、それでいい。)


私は、その幸せを心から祝福したい。

そうだ、叶わなくたっていい。

"追い続ける"ことはできる。

私は、もう後悔したくない。

もう二度と、大切な人へ手が届かなかったなんて思いはしたくない。


もし生きているなら、必ず迎えに行く。

そして、もし最悪の結果だったとしても――その事実から逃げず、必ず私の手で家族のもとへ連れ帰る。

だから、私がやることは何一つ変わらない。


もう一度、あの洞窟へ向かう。

まずは黒杉くんの安否を、この目で確かめる。


その覚悟が決まった瞬間だった。

胸の中にあった迷いが、すっと消えていく。

そんな私の表情を見ていたのだろう。

ミハエルさんは穏やかに微笑んだ。


「何か、掴めたようですね。」

「……はい。おかげさまで。」


その笑顔を見て、ふと思い出す。

そういえば、この人は王国最強の騎士だった。


だったら――。

私は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。


「あの、ミハエルさん。」

「はい。」

「私を、あなたの弟子にしてください!」


ミハエルさんは少しだけ目を丸くした。


「私は、二度と後悔したくありません。そして……黒杉くんが命懸けで繋いでくれた未来を、絶対に無駄にしたくないんです!」


店内が静まり返る。

ミハエルさんは腕を組み、静かに目を閉じた。

しばらく考え込んだあと、小さく息を吐く。


「……仕方ありませんね。」


そう言って、柔らかく笑った。


「分かりました。」

「ですが、かなり厳しい修業になりますよ?」

「はい!」


私は迷わず頷いた。


「どんな試練でも耐えてみせます。」

「二言はありませんね?」

「ありません!」


その返事を聞いたミハエルさんは、満足そうに微笑んだ。

こうして私は、王国最強の騎士――ミハエルさんのもとで修業を積むことになった。

なお、アルバートさんへの連絡は、ミハエルさんが引き受けてくれるらしい。



――初日



アルバートさんへ事情を説明し、しばらくミハエルさんの元で修業してくることを伝えた。

すると――。


「ガハハハ!! いいじゃねぇか!! 坊ちゃん! お前ならもっと強くなれるぞ!!」


豪快な笑い声が訓練場へ響き渡る。


……いや。

私は女なんだけど。

心の中だけで、小さくツッコミを入れる。

どうやら最後まで男だと思われているらしい。

少し複雑な気持ちになったが、不思議と嫌ではなかった。

それどころか、アルバートさんらしい豪快な笑い声を聞いていると、ここ数日ずっと重かった胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


「じゃあな! 強くなって帰ってこい!!」

「はい!」


私は大きく頷き、ミハエルさんの後を追って森の奥へ歩き始めた。



――森



森へ入ってから、しばらく歩く。

木漏れ日が地面を照らし、小鳥のさえずりだけが静かに響いていた。

穏やかな時間だった。


……その時だった。


ガサガサッ!!


茂みが大きく揺れる。


「ギャギャッ!!」


一匹のゴブリンが飛び出してきた。

私は反射的に腰へ手を伸ばす。


「ミ、ミハエルさん!」

「なんでしょうか?」

「ゴ、ゴブリンが!」


私だけが慌てているというのに、ミハエルさんは散歩でもしているかのように歩き続けている。


「あぁ……なるほどですね。」


その声には焦りなど一切ない。

そして、軽く人差し指を向けた。

それだけだった。


ズルッ……


次の瞬間、ゴブリンの頭だけが地面へ転がった。


「…………え?」


胴体だけが二歩ほど歩き、そのまま崩れ落ちる。

切断面は鏡のように美しかった。


(ひえっ……)


私は思わず息を呑む。

腰には剣があった……あった、はずだ。


(いつ抜いたの!?)


いや、それ以前に。


(抜く動作すら見えなかったんだけど!?)


私は勇者だ。

一応、この国でも最強クラスと言われている。


……その私が。

何が起きたのか、一切理解できなかった。


「行きましょう。」

「は、はい……」


私は小走りで後を追う。

心の中では一つだけ固く誓っていた。


(この人だけは絶対に怒らせちゃ駄目だ……。)


怖い。

色んな意味で怖い。



――訓練場



それから一時間ほど歩き続けた。

森を抜けた先には、不自然なほど開けた広場が広がっていた。

草木はほとんど生えていない。

風が静かに吹き抜けるだけの、本当に何もない土地だった。


……いや。


一つだけ。

広場の中央へ一本のロングソードが突き刺さっていた。

近寄って見る。

刃は欠け、赤黒く錆び付き、今にも折れてしまいそうなほど傷だらけだった。


(うわぁ……。)


正直。

武器というより鉄くずにしか見えない。

これで何かを斬れるとは、とても思えなかった。

私は心の中で勝手に名前を付ける。


(よし。今日から君は"ボロ剣"だ。)


「ミハエルさん、ここは?」

「ミツルギのお嬢様の修業場になります。」


また、お嬢様。


……悪くない響きだ。


「お、お嬢様はまだ慣れないので……御剣で大丈夫です。」

「かしこまりました。」


ミハエルさんは優雅に一礼する。


「では、ミツルギさん。」


やっぱり、この人は何をやっても様になるなぁ。

そう思っていると。


パチンッ。


指を鳴らした。

その瞬間、何もなかった空間へ、一体の案山子が音もなく現れる。


「おぉー!」


思わず拍手してしまう。

便利!その魔法ちょっと欲しい!

ミハエルさんは広場の中央へ歩き、地面へ刺さっていたボロ剣を握る。


ズッ……


剣を引き抜く音だけが、やけに重々しく響いた。


(……気のせい?)


見た目はボロボロなのに。

何故か妙な威圧感がある。

ミハエルさんはそのまま案山子の前へ立った。


「ミツルギさん。」

「はい。」

「最初の修業は、この剣で案山子を"綺麗に"斬ることです。」

「……え?」


思わず聞き返す。


「これで?」

「はい。」

「これでです。」


私は改めてボロ剣を見る。

いやいやいや、無理でしょ。

刃こぼれだらけ、錆びだらけ、今にも折れそう。

案山子を斬る前に、この剣が折れる未来しか見えない。

そんな私をよそに、ミハエルさんは静かに剣を構えた。


「まずは、お手本をお見せしましょう。」


そう言うと。

今度はちゃんと"私にも見えるくらいの速さ"で剣を振る。


サッ……


ただ、それだけだった。

速くもない、力強くもない。

本当に軽く振っただけ。


(……あれ?)


案山子は立ったままだ。

斬れていない。

そう思った。

ミハエルさんは何事もなかったように近付き。

案山子を人差し指で軽く突いた。


コトッ。


上半分が、音もなく滑り落ちる。

切断面は鏡のようになめらかだった。


「ひえぇ……。」


思わず情けない声が漏れる。


(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?あれで斬れるの!?どうやったの!?というか私にできる未来が一ミリも見えないんだけど!?)


頭の中で全力でツッコミを入れていると。

ミハエルさんは穏やかに微笑み、ボロ剣をこちらへ差し出した。


「では、ミツルギさん。」

「はい?」

「どうぞ。」

「…………。」


そう言って、ミハエルさんは何でもないことのように剣を差し出した。

私は恐る恐る柄を握る。

見た目はボロボロ。

錆び付いていて、刃こぼれも酷い。


(……本当にこれで修業するの?)


半信半疑のまま持ち上げようとした、その瞬間だった。

ズドンッ!!!!


「お、おもっ!?」


凄まじい重量が両腕へ襲い掛かる。

剣は一ミリも持ち上がらず、逆に私の身体が地面へ引きずり込まれた。


「ふんぬぅぅぅぅぅぅ!!」


腕が震え、足が沈む。

腰が悲鳴を上げる。

というか……


(何これぇぇぇぇぇ!?)


どう考えても重すぎる。

ロングソードって、こんな重さだったっけ!?

いや、絶対違う!


「え、えぇぇぇ!? 本当に剣なんですか、これ!?」


私は半泣きになりながら叫ぶ。

ミハエルさんは穏やかな笑みを浮かべた。


「はい。」

「この剣は『黒百錬くろびゃくれん』と言います。」


……黒百錬。


名前だけは、とても格好いい。


「アルバートさんは『鉄塊』と呼んでいますが。」

「なんで名前だけ無駄にカッコいいんですかぁぁぁぁ!!」


思わず全力でツッコむ。

どう見てもボロ剣なのに。


「ちなみに――」


ミハエルさんはさらりと言った。

「見た目は普通のロングソードですが、重量は百キロあります。」


「……………………100キロぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「あと、なんでか分からないですが、この剣は絶対に壊れません。」


ミハエルさんは、まるで「今日は晴れですね」とでも言うような軽い口調で告げた。


「うっそでしょおおおお!? こんなボロ剣なのにぃぃぃぃぃ!?」


思わず全力で叫ぶ。


どう見ても今にも折れそうだ。

刃は欠け、錆びつき、見るからに寿命を迎えている。

それなのに――壊れない?

もう見た目と性能が一致していない。


「もう名前を付けたんですか。きっと剣も喜んでくれますよ。」

「そんなユーモアセンスたっぷりなこと言ってないで助けてえええええ!!!」


そう言うと、ミハエルさんは私の悲鳴など聞こえていないかのように、ひょいっと片手で黒百錬を持ち上げた。


「えっ……。」


さっきまで私が両手で必死に支えていた剣が、まるで木の枝でも持ち上げるかのように軽々と宙へ浮く。


(この人、人間だよね……?)


思わずそんな疑問が頭をよぎる。

私はその場へへたり込み、大きく息を吐いた。


「はぁ……はぁ……。」


危なかった。

あと少し力が抜けていたら、指ごと潰されていたかもしれない。

背筋を冷たい汗が流れる。


「魔力を使っても構いませんよ。」

「あ、いいんですか!?」


思わず顔を輝かせる。

助かった!

これなら少しは何とか――。


「魔力伝導率は一ですが。」

「低っ!!!」


期待した私が馬鹿だった。

魔力伝導率が一。

つまり、魔力を流そうとしても、ほとんど剣へ伝わらない。

身体強化に頼るしかないということだ。


(いやいやいや……無理でしょ。)


心の中で全力でツッコミを入れる。

ミハエルさんは、いつもの柔らかな笑みを浮かべたまま答えた。


「ええ。まずは百回。」

「……え?」

「この案山子を百回斬ってください。」

「き、切れなかったら?」

「斬れるまで終わりません。」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」


私の悲鳴だけが、静かな森へ虚しく響き渡り、修行が本格的に始まった。



三日目。ようやくボロ剣を持ち上げられるようになった。


「ぐおぉおおお……」


血管がぶちぎれそうだ。

一週間経つ頃にはようやく振れるようになってきたので、素振りを始めるようになった。

日本にいた頃、剣道をやっていた時のことを思い出す。


「はぁ!!……スゥ……ハァ!!!」


二週間が経つ頃には、ようやく案山子へ剣を届かせられるようになった。

だけど、刃こぼれが酷くて、傷しかつかない。

しかし、相変わらず重い……。


「どう……やって……斬れば」

「『繋ぎ』を見るのです」

「繋ぎ?」

「今は分からないかもしれませんが、振っていれば分かると思いますよ。」


私は振り続けた。

一ヶ月が経つ頃には、『繋ぎ』の意味が少しだけ分かってきた気がした。

それでも、私の斬撃はまだ荒い。


『繋ぎ』


それは剣を振るう時に、斬れる場所へ自然と導いてくれる“線”のようなもの……だと思う。

料理をする時も、切り方によって味や繊維、食感が変わってくる。

それと似たようなものだと思う。

私はどこを斬れば、より綺麗に、繊細に切れるのかを模索した。

ボロ剣は……まだちょっと重いかも……。

……もしかして、私、人間やめ始めてる?



2ヶ月目には、ボロ剣が手に馴染んできた。

むしろ、聖剣より使いやすいような……気のせいだよね……。

久しぶりに聖剣を持ったけど、握ってる感覚すらなかった……。


「うん、自分が怖い……。」


いや、筋力は確実にあがってるけど、ムキムキになってないのがまた。

私の身体、どうなってるんだ?なんか仄かにあったかいし……。

ミハエルさん曰く。


闘気オーラと魔力が馴染み始めていますね。」

「闘気?」

「えぇ、あまりなじみないと思いますが、戦闘職がある程度の境地に踏み込むと纏えるようになるんですよ。」


ミハエルさんは詳しく説明する。


「身体強化は魔力だけで行うものではありません。」


私は首を傾げた。


「どういうことですか?」


ミハエルさんは黒百錬を軽く持ち上げながら続ける。


「人は皆、二つの力で戦っています。一つは魔法や技へ変換する『魔力』。そしてもう一つが、肉体を支える『気力』です。そして、その気力を鍛え抜いた先で、より高次の力へ昇華したものを『闘気』と呼びます。」

「なるほどぉ」

「ええ。闘気は魔力と違って、筋繊維一本一本へ気力を巡らせ、生み出す力です。筋力、持久力、瞬発力など、肉体そのものを底上げするエネルギーです。なので魔力は消費しません。代わりに、体力が必要になってくるんです。」


そして、ミハエルさんは私が斬った案山子の断面へ軽く触れながら言った。


「そして、ミツルギさんはその境地に入っているんですよ。」


すると、ミハエルさんは私へ振り返った。


「では、ミツルギさんのちょっとした……未来を見せてあげましょう。」

「未来?」

「えぇ、あなたの"理想"になるかもしれない姿です」


そう言って、ミハエルさんは静かに目を閉じた。

不思議と先ほどまで、風で揺れていた木々はいつの間にか静かになっていた。

今日の空は曇っている。

周りが暗く感じた。


不思議だった。

曇り空のはずなのに。

ミハエルさんだけが、そこに立っているように見えた。


やがて、ミハエルさんは静かに目を開き、私を見つめた。

澄み切ったその瞳は、どこまでも遠くを見ているようだった。


その瞬間。


ドンッ!!!


「うっ・・・!?」


魔力じゃない。

なのに息が詰まる。

肌が粟立つ。

足が勝手に震える。


(これが……闘気?)


「ミハエルさん……これは?」

「魔力と闘気は、本来相容れない力なのです。」


ミハエルさんは静かに答えた。


「ですから、この二つを直接融合させて身体を強化することはできません。根本的に性質が異なりますから。」


私は黙って耳を傾ける。


「だからこそ、魔力を闘気で"包み込む"のです。」


そう言って、自分の手を軽く握る。


「例えるなら、水を袋へ入れるようなものです。魔力という力を、闘気という器へ収める。そして、闘気で包み込んだ魔力を、筋繊維一本一本へ巡らせる。」


私は思わず息を呑んだ。


「それによって、二つの力は互いを阻害することなく、一つの力として振るうことができます。」


ミハエルさんは穏やかに微笑む。


「私はこの技術を――【闘魔一心法】と呼んでいます。」


その名前だけで、何故だろう。

胸の奥が少し熱くなった。


「闘気と魔力という二面性。」


ミハエルさんは真っ直ぐ私を見つめる。


「……ミツルギさん。貴方には、とても似合う力なのではないでしょうか。」


その笑みは優しかった。

他の人が聞けば、私の中途半端さを指摘する皮肉にも聞こえたかもしれない。

だけど私は違った。

その言葉には、私という人間を認めてくれたような、不思議な温かさがあった。

そしてミハエルさんは、先ほどまで使っていたボロ剣を手に取った。


「見ていてください。貴方が今後使う……“救うための力”です」


ミハエルさんは構えた。

そこには一切の無駄がなかった。

力みも、気負いもない。

ただ剣と共に立っている。

まるで、夜桜を静かに照らす月のようだった。

私は、その姿に見入っていた。


「黒桜花流――変義序章『軌跡残し』」



スッ……


剣を振った。


……はずだった。


私には"振った瞬間"が見えない。

気付けば景色だけが、一瞬だけ横へ滑っていた。


そして、剣先が地面へコツンと触れた。

その瞬間、足元から一本の剣線が走る。

真っ直ぐに。

どこまでも、地平の果てまで続くように。


不意に、辺りが明るくなった。

空だった。


厚く空を覆っていた雲が、

一筋の線を描くように真っ二つに裂け、

その向こうから青空が姿を現していた。


「すごい……」


ただただ圧倒されていた。

剣を振るうことは、とても怖いことだと分かっている。日本にいた頃、剣道をしていた時だって、竹刀を振るうことが怖かった。

人を傷つけるかもしれない、危険な行為だからだ。

でも、ミハエルさんの剣は違う。

あれは"強い剣"じゃない。"美しい剣"だった。

私もあぁなりたい。あぁいう力が欲しい……。


私もいつか。

誰かを救うために。

あんな風に剣を振るえる人になりたい。


「助言は与え過ぎましたかね。ここからは、もう大丈夫ですよね?」

「はい!」


三ヶ月目。


私はようやく、ミハエルさんから案山子の修行終了を告げられた。

毎日のように振り続けた黒百錬。

最初は「こんなボロ剣、本当に使うの?」なんて思っていたのに、今ではすっかり愛着が湧いてしまっている。


手に馴染み、重さにも慣れた。

気づけば、聖剣よりも長い時間を共に過ごした相棒だった。


そして──。


新たな修行が始まる。

次に教わるのは、ミハエルさんが使っていた剣術。


『黒桜花流』


黒桜花流は、四つの基礎技と四つの変義から成り立っているらしい。

私が今回学ぶのは、この四つ基礎技だ。


・黒桜花流・剣技『黒朧』

・黒桜花流・秘儀『闇桜』

・黒桜花流・奥義『涅花』

・黒桜花流・秘奥義『白桜鬼』


(……名前だけで強そう。)


思わず胸が高鳴る。


「ミハエルさんが使っていた『変義』は教えてもらえないんですか?」

「あれは私だけの技です。残念ですが、ミツルギさんには教えられません。」

「えぇー……あれ、すごく格好良かったのに……」


私が肩を落とすと、ミハエルさんは少しだけ笑った。


「ですが、安心してください。」

「?」

「残りの四つは、誰かから教わるものではありません。」

「え?」

「自らの人生で生み出す技です。」


私は思わず息を呑む。


「黒桜花流の最後の四つは、自分が歩んできた道、そのものが形になります。」

「だからこそ、人によって名前も、技も、全て違うのです。」


なんでも、ミハエルさん曰く。

黒桜花流には、四つの基礎技と、修得者自身が生み出す四つの変義がある。

四つの変義には、それぞれ人生の段階を示す名が与えられている。

『序章』『幕間』『終章』『真章』。

ただし、その技の名と内容は、修得者によってまったく異なるらしい。


そして、最初の四つの技に必要なのは……


「体力です。」

「えっ」

「闘気ありきの技なので、体力です。体力なんです。」

「え、あ……」


嫌な予感しかしない。


そして――。


その予感は、一切裏切られなかった。

初日は百キロの走り込み。

二日目は百キロのボロ剣を担いだまま登山。

三日目は滝に打たれながらのボロ剣で素振り一万回。


「倒れたら終わりです。」

「いや、終わるの私なんですけどぉぉぉぉ!!」


火山から突き落とされ。

猛吹雪の山を薄着で走らされ。

森では魔物に追い掛け回され。


「走ってください。」

「後ろにオーガいますけどぉぉぉぉ!!」


気が付けば、毎日が生きるか死ぬかだった。

……そう。


ここからが、本当の地獄だったのである。


――修業開始から六ヶ月後


私は、ミハエルさんとの過酷な修行を終えていた。


(きつかった……)


一日百キロの走り込み。

百キロのボロ剣に、さらに百キロの重りを追加して挑んだ登山。


火山の斜面へ放り投げられ。

シャツ一枚で猛吹雪の雪山での生存訓練。


魔物との実戦。

そして、容赦なく飛んでくるミハエルさんの剣。

思い返してみても、よく生きていたと思う。


それでも――。


その修行は、確実に私を変えていた。

ある日、訓練を終えて息を整えていると、腰に付けていた軌光石が突然淡く輝き始める。


「……あれ?」


今まで見たことのない光だった。

すると、目の前へ半透明の文字が浮かび上がる。


――『大勇者』へ転職しますか?


「……………………え?」


数秒間、思考が止まる。


「んんんんんんんんん?????」


いやいやいやいや!

大勇者って何!?

勇者って上位職あったの!?

というか、そんな話誰からも聞いてないんだけど!?


私は何度も画面を見返した。

間違いじゃない。

本当に書いてある。

恐る恐る、【はい】へ指を伸ばす。


「……押すよ?」


ポチッ。


その瞬間――

眩い光が全身を包み込んだ。


「う、うおおおおおおおっ!!?」


身体の奥から熱が込み上げる。

筋肉、骨、血液、魔力。

全てが生まれ変わるような感覚だった。

数秒後、光は静かに消えていく。


「……終わった?」


恐る恐る自分の身体を見る。

見た目は何一つ変わっていない。


でも、身体の奥底から溢れ続ける力だけは、明らかに以前とは別物だった。


(な、なんだったんだ今の……)


私は慌てて軌光石へ手をかざす。


「【能力開示】」


【御剣 正義】

職業 大勇者

LV124

HP250000

MP200000

SP200000


攻撃 160000

防御 150000

魔力 150000

精神 130000

素早さ 150000

器用さ 100000

運  50


スキル

・光剣『レイアード』

・天命剣『リミテッド・ソード』

・スラッシュ・オーバ

・限界突破『オーバー・リミテッド・クロック』

・ブレイジング・ミリオンズダンス

・剛力

・鉄壁

・クロス・ジャッジメント

・グランドクロス

・百閃漣真


黒桜花流・剣技『黒朧』

黒桜花流・秘儀『闇桜』

黒桜花流・奥義『涅花』

黒桜花流・秘奥義『白桜鬼』

パッシブ

・大勇者の加護

・精霊の加護

・聖剣の加護


私は自分のステータスを見つめる。

まさか、たった半年でここまで強くなるなんて。

正直、自分でも若干引き気味だった。


しかも、大勇者へ転職したことで、ほとんどのスキルが上位互換へと進化している。


『一閃漣真』は『百閃漣真』へ。

『オーバー・クロック』は『オーバー・リミテッド・クロック』へ。


……それでも。


まだミハエルさんには勝てる気がしない。

あの人だけは、本当に底が見えなかった。


「……あれ?」


私はスキル一覧を見返す。


「レイアードだけ変わってない?」


他のスキルは全部変わっているのに、聖剣だけは以前と同じ名前のままだ。


「試しに出してみようかな……」


私は手を前へ伸ばす。


「来て、レイアード。」


眩い光が集まり、聖剣が姿を現す。


――その瞬間。


「…………え?」


以前とは比べ物にならないほど豪華な装飾。

金色と白銀が織り交ざった刀身。

宝石まで埋め込まれている。

全体的に神々しく――

そして、とにかく派手だった。


「いやいやいやいや!! 派手すぎるうううううううう!!!」


王様なら似合う。

英雄なら似合う。

でも私には無理!!

こんなの持って町を歩いたら恥ずかしすぎる!!

そう思った瞬間だった。


シュン……


「あれ?」


聖剣が勝手に元の落ち着いた姿へ戻った。


「……戻った?」


偶然?いや……


「もしかして……」


私は恐る恐る尋ねる。


「君、私の考えてること分かるの?」


ピカッ。


聖剣が一度だけ嬉しそうに光った。


「…………え。」


妙な予感がする。

まさかと思い、試しに命じてみる。


「伸びろ!! レイアード!!」


ブォン!!


刀身が一気に伸び始める。


「ちょちょちょちょちょちょ!! 待って待って待って!! 戻ってぇぇぇぇ!!!」


シュン。


今度は素直に元へ戻る。


「………………え、この剣、生きてる???」


私は恐る恐る剣先を見つめた。


「もしかして……自我ある?」


パァァァァァ……


まるで返事をするように、聖剣は嬉しそうに輝きを増した。


「うわっ、眩しっ!」


まさか……

大勇者になったら、聖剣まで言葉の代わりに光で意思表示を始めるなんて……。

本当に何でもありだな、この世界……。

その様子を見ていたミハエルさんが、小さく微笑みながらこちらへ歩いてきた。


「どうやら、上位職へ転職したようですね。」


ミハエルさんは、私の変化を一目見ただけで見抜いたように微笑む。


「お疲れ様でした。私が教えられることは、もうありません。」


その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。

思い返せば、毎日が地獄だった。

百キロの黒百錬。

終わりの見えない素振り。

魔物との実戦に、闘気の修得。

何度も心が折れそうになった。

それでも、最後まで諦めなかった。


「ここまで、本当によくついてきてくれました。」


そう言ってミハエルさんは、部屋の奥へ歩いていく。

しばらくすると、一式の黒い鎧を抱えて戻ってきた。


「もしよろしければ、私のお古ですが使ってください。」


そこには、所々に深い傷跡が刻まれた黒い鎧があった。

長年戦場を駆け抜けてきた証。

それでも不思議と威圧感よりも、静かな風格を感じさせる鎧だった。


「これは……いいんですか? すごく大切にされていたみたいですけど……」


ミハエルさんは、鎧へそっと手を添える。


「ええ。」


その横顔は、どこか懐かしい過去を思い出しているようだった。


「長い間、私と共に戦ってくれた相棒です。」


一拍置き、静かに続ける。


「ですが、もう私が着ることはありません。これからは、ミツルギさんが受け継いでください。」


その言葉に、私は自然と背筋を伸ばした。


「……はい。」


私は鎧を受け取り、ゆっくりと身に纏う。

見た目ほど重くはない。

身体へ吸い付くように馴染み、不思議なくらい動きやすかった。

男として育てられ、女として生きる今の私。

黒杉くんへの想いさえ、最後まで素直になれなかった私。

いつも何かを決め切れず、中途半端だった私。


けれど今は、そのどれも無理に捨てなくていいのだと思えた。

相反するいくつもの面を抱えている私だからこそ、この鎧を纏えるのかもしれない。


「ありがとうございます。」


私は深く頭を下げる。


「大切に使わせていただきます。」

「ええ。」


ミハエルさんも静かに頷いた。


「これにて――」


ドォォォォォンッ!!


突如、外から凄まじい爆発音が響いた。

窓ガラスが小さく震える。

爆発は、どうやらこの近くで起きたらしい。


勢いよく扉が開く。

飛び込んできたのは、息を切らしたアルバートさんだった。


「大変だ!! 魔物がものすごい数で攻めてきてるぞ!!!」


私は思わずミハエルさんを見る。


ミハエルさんは静かに頷き、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「さぁ、ミツルギさん。」

「もう、後悔はしたくないのでしょう?」


その一言だけで十分だった。


「――はい!!」


私は勢いよく駆け出す。

もう二度と、大切な人を失う後悔はしない。

この力は、人を斬るためじゃない。

守るために手に入れた力だ。


私は門へ向かって、全力で走り出した。

黒桜花流!!

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