第37話 VS月ノ城(上)の話
カリバーン!!
「月ノ城さん」
俺はその名を呼び、ゆっくりと前へ歩き出す。
一歩。また、一歩。
月ノ城さんとの距離が縮まるたび、全身へ圧し掛かる殺気がさらに重くなっていく。
足が重い。
まるで見えない巨大な何かに上から押さえ付けられているようだった。
身体は本能的に警鐘を鳴らしている。
――これ以上、近付くな。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
「お、おい……!」
危険を察した御剣が、背後から俺を呼び止める。
だが、俺は振り返らない。
月ノ城さんを救うために、ここまで来たんだ。
今さら、この程度の殺気で立ち止まれるわけがない。
「……月ノ城さん」
もう一度、その名を呼ぶ。
すると――。
「うーん……君は?」
俺の声に反応し、月ノ城さんはゆっくりと振り返った。
そして、不思議そうに首を傾げる。
その瞳は確かに俺を捉えている。
だが、まるで記憶の奥底から何かを探しているようだった。
「……」
数秒の沈黙。
やがて、何かを思い出したように僅かに目を細める。
「ああ――君か」
月ノ城さんは、どこか懐かしむように小さく笑った。
「君と会ったのは、つい最近のはずなのに……」
一度、遠い記憶を眺めるように空を見上げる。
「どうしてだろうね。もう、遠い昔の出来事のように思えるよ」
どうやら、まだ意識は残っているようだ。
しかし、振り返ったその姿は、あまりにも痛々しかった。
左半分の顔は、何かに蝕まれるように黒く侵食されている。
黒く染まった皮膚には赤黒い血管が不気味に浮かび上がり、本来は碧かった左目も、殺気と禍々しい魔力が入り混じったような紅い瞳へと変貌していた。
……侵食が進んでいる。
セヌーアさんが持ち帰った映像で見た時よりも、明らかに黒い部分が広がっていた。
急がなければ。
このまま侵食が進めば、本当に取り返しのつかないことになる。
一刻も早く、月ノ城さんを救わなければ――。
その時だった。
月ノ城さんの紅い瞳と、俺の視線が重なる。
――瞬間。
俺の頭が、斬り飛ばされた。
「……ッ!?」
俺は慌てて自分の首へ手を当てた。
……繋がっている。
傷もない、血も流れていない。
間違いなく、俺の首はそこにあった。
「はぁ……はぁ……」
背後から荒い呼吸が聞こえる。
振り返ると、御剣も俺と同じように、自分の首へ手を当てていた。
「今のは……」
御剣も見たのか。
自分の首が斬り飛ばされる、あの光景を。
……一体、今のは何だった?
幻覚か、錯覚か。
それとも――俺たちは、自分たちが殺される未来を見たのか。
月ノ城さんから放たれる、この凄まじい殺気が見せたものなのか。
それとも、あの紅い瞳に見つめられたからなのか。
今の俺には、何も分からない。
ただ――一つだけ、はっきりと分かることがあった。
少しでも油断すれば、今見た光景は現実になる。
次の瞬間には、本当に俺たちの首が斬り飛ばされている。
そう確信した時には、既に身体が動いていた。
俺はクレナを逆手に構え、重心を低く落とす。
御剣も傷だらけの剣を両手で握り締め、俺の隣へ並んだ。
合図を交わしたわけじゃない。
それでも俺たちは、ほぼ同時に戦闘態勢へ入っていた。
肌へ直接叩き付けられるような殺気。
息を吸うだけで肺を締め付けられ、身体の奥まで押し潰されそうになる。
……だが、怯んでいる場合じゃない。
俺は苦しさを悟られないよう平静を装い、月ノ城さんへ問い掛けた。
「……意識はあったんですね」
「まぁな。俺はしぶといからな。この通り、元気に活動しているさ」
月ノ城さんは、いつもと変わらない調子で笑う。
だが、その紅い瞳は俺の僅かな変化すら見逃さなかった。
「それより……君は随分と無理をしているじゃないか」
「……」
「十中八九、この空気のせいだろうけどな。それでも、耐えているだけで大したものだ。褒めてあげるさ」
……流石は月ノ城さんだ。
黒い何かに侵食されてもなお、その観察力は健在らしい。
俺が平静を装っていることなど、最初から見透かされていた。
だが――無理をしているのは、月ノ城さんも同じだった。
よく見ると、その頬には冷たい汗が伝っている。
指先も、僅かに震えていた。
寒さに耐えているのか、痛みに耐えているのか。
それとも――身体を蝕む黒い侵食へ、今も必死に抗っているのか。
理由は分からない。
だが、確かなことがある。
月ノ城さんは、決して平気なんかじゃない。
あれほど侵食されながら、苦痛を一切表情へ出さず、普段通りに振る舞っている。
もし今も意識を保つために耐え続けているのだとしたら――。
……どれだけ化け物染みた精神力をしているんだ。
その時。
月ノ城さんの表情から、笑みが消えた。
「……そうか」
何かを悟ったように、静かに目を閉じる。
「次は――君が俺の相手なのか」
「……え?」
俺が瞬きをした――その瞬間。
月ノ城さんの姿が、視界から消えた。
「――ッ!?」
気付いた時には、既に目の前にいた。
速い。
そう認識した時には、月ノ城さんの手は刀の柄へ掛かっていた。
――抜刀。
鞘から放たれた刃が、迷うことなく俺の首へ迫る。
「しまっ……!」
完全に反応が遅れた。
咄嗟に地面を蹴り、大きく後方へ跳ぶ。
だが――間に合わない。
刃は既に、俺の首へ届く寸前まで迫っていた。
そして、脳裏に先ほどの光景が蘇る。
宙を舞う視界。
首を失い、その場へ立ち尽くす自分の身体。
――さっき見た死が、現実になる。
そう思った、その時だった。
「――危ない!!」
御剣の声が、戦場に響き渡った。
────キィン!!
甲高い金属音が、辺り一帯へ響き渡った。
「……ッ!?」
気付けば、御剣が俺の目の前へ割り込んでいた。
傷だらけの剣を両手で構え、首へ迫っていた月ノ城さんの刀を受け止めている。
刀と剣が激しくぶつかり合い、無数の火花が周囲へ飛び散った。
「くっ……!!」
御剣は地面を踏み締め、月ノ城さんの一撃を必死に押し返す。
その隙に、俺は大きく後方へ退いた。
足がもつれ、そのまま地面へ尻餅をつく。
「はぁ……はぁ……」
……危なかった。
御剣が割って入らなければ、今頃、本当に首が斬り飛ばされていた。
顔を上げる。
俺の目の前では、月ノ城さんの刀と御剣の傷だらけの剣が激しくぶつかり合っていた。
一撃、二撃、三撃。
月ノ城さんの刀が、目にも留まらぬ速さで振るわれる。
だが、御剣は一歩も退かない。
刀の軌道を見切り、受け流し、時には真正面から剣をぶつける。
甲高い金属音が連続して響き、そのたびに眩い火花が舞い散った。
……月ノ城さんも十分、人外だ。
だが――御剣も、少しずつ人間をやめつつある気がする。
あの状態の月ノ城さんが放つ剣撃を、綺麗に捌いている。
最後に会った時も、御剣は十分強かった。
だが、今は明らかにそれ以上だ。
俺がいない間にも戦い続け、ここまで成長したのだろう。
その姿を見ていると――胸の奥に、小さな感情が生まれた。
……少しだけ、妬ましい。
流石は勇者。
才能も、成長速度も、強さも。
与えられたスキルも。
全てが一級品だ。
特別な力を手に入れたところで、俺は所詮、村人。
俺と御剣の間には――石ころとダイヤモンドほどの差があるのかもしれない。
だが――。
「……いや、ちょっと待て」
そこで、別の疑問が浮かんだ。
御剣が強いのは分かる。
人外染みた剣技で、月ノ城さんの攻撃を捌けるのも……まだ分かる。
でも――。
なんで、あのボロボロの剣は壊れないんだ?
月ノ城さんが握る刀は、ただの刀じゃない。
魔力と魔素すら殺し、触れたものを無力化する――あの人が使う、規格外の武器だ。
そんな刀と真正面から何度も打ち合っている。
それなのに、御剣の剣は刃こぼれこそ増えているものの、折れるどころか、罅すら入っていない。
見た目は、今にも折れそうな傷だらけの剣。
なのに――月ノ城さんの刀を受け止めている。
「……あの剣、一体何でできてるんだ?」
御剣もおかしい。
だが、よく考えたら――。
あのボロ剣も、十分おかしい。
……いや、待て。
月ノ城さんの刀は、魔力と魔素すら殺す規格外の武器だ。
そんな刀と何度も打ち合っているというのに、御剣の傷だらけの剣は未だに折れていない。
見た目こそボロボロだが……もしかして、何か特殊な力を秘めた武器なのか?
聖剣。
神剣。
あるいは――その正体を隠した、伝説級の武器。
「……【千里眼】」
御剣の剣へ意識を集中させる。
次の瞬間、視界に武器の情報が浮かび上がった。
────────────
初級武器『鉄塊』
攻撃力:Ⅰ
魔力:Ⅰ
魔力伝導率:Ⅰ
切れ味:Ⅰ
重量:100kg
────────────
「…………は?」
初級武器……だと?
聖剣ですらない。
伝説級どころか、性能は軒並み最低値。
名前も『鉄塊』。
……ただの鉄の塊じゃねぇか。
「というか……重量、百キロ?」
思わず、月ノ城さんと斬り結ぶ御剣へ視線を向ける。
────キィィン!!
御剣は百キロもある傷だらけの剣を、まるで木の棒でも振るうかのように軽々と振り回していた。
一撃、二撃、三撃、
月ノ城さんの目にも留まらぬ斬撃を受け流し、そのまま鋭い反撃を繰り出す。
……いや、待て。
あいつ、さっきまで一時間近く魔物と戦い続けていたよな?
その間、ずっと百キロの剣を振り回していたのか?
「御剣……お前、いつからそんな脳筋になったんだ……?」
呆れながら、再び解析結果へ視線を戻す。
攻撃力――Ⅰ。
切れ味――Ⅰ。
「……切れ味、最低じゃねぇか」
なら、さっき魔物を一刀両断していたのは何だったんだ?
武器の性能じゃない。
百キロの重量と、御剣自身の腕力。
そして、積み重ねてきた剣技だけで――無理やり斬っているのか?
「御剣が強いだけじゃねぇか……」
さらに、その隣へ表示された項目へ目を向ける。
魔力伝導率――Ⅰ。
「……低っ」
魔力をほとんど通さない。
勇者が使う武器としては、致命的と言っていい性能だ。
……いや、待て。
魔力を通さない?
それなら――外部から浴びせられた魔力も、刀身の内部まで浸透しにくいんじゃないか?
月ノ城さんの刀は、魔力と魔素を殺す。
だが、この『鉄塊』には――そもそも殺されるほどの魔力が流れていない。
だから、月ノ城さんの刀と打ち合っても影響を受けにくいのか?
「……いや、それだけじゃ説明がつかない」
魔力の影響を受けにくいとしても、百キロの鉄の塊でしかない。
月ノ城さんの斬撃を何度も真正面から受ければ、とっくに折れているはずだ。
何か、まだ見落としている。
そう思い、解析結果をさらに下へ送る。
すると――。
一番下。
他の数値から離れた場所に、一つだけ異様な項目が表示されていた。
────────────
耐久:∞
────────────
「…………」
一度、目を閉じる。
そして、もう一度見る。
耐久:∞
表示は変わらない。
「はぁ!? 耐久無限って何だよ!?」
思わず、戦闘中だということも忘れて声を上げた。
攻撃力は最低。
切れ味も最低。
魔力はほとんど通さない。
重量は百キロ。
ただし――絶対に壊れない。
────キィン!!
再び、月ノ城さんの刀と『鉄塊』が激突する。
激しい火花が飛び散り、周囲の大地へ衝撃が走った。
だが、『鉄塊』は折れない。
刃こぼれだらけで、今にも壊れそうな姿をしているというのに――罅一つ入らない。
「……これ、本当に武器なのか?」
聖剣でもなければ、神器でもない。
ただ重くて、切れなくて。
魔力も通さなくて。
何があっても、絶対に壊れない。
文字通り――ただの『鉄塊』。
「……もしかして、この武器」
攻撃性能だけを見れば、初級武器以下。
だが、魔力をほとんど通さず、物理的にも絶対に壊れない。
「防御だけなら……聖剣より厄介なんじゃないか?」
……いや。
よく考えれば、一番おかしいのは『鉄塊』じゃない。
こんなものを百キロもある状態で軽々と振り回し。
切れ味Ⅰで魔物を一刀両断し。
魔力伝導率Ⅰの剣から、『ラスト・カリバーン』なんて大技を放っている――。
「……やっぱり、御剣が強いだけじゃねぇか」
というか――。
初級武器しか使っていない勇者なんて、前代未聞じゃないか?
普通、勇者といえば聖剣だろ。
伝説の武器に選ばれ、魔王を倒す。
それが定番というものだ。
なのに、御剣が使っているのは、攻撃力Ⅰ、切れ味Ⅰ、重量百キロの初級武器。
……もしかして、新手の縛りプレイか?
それとも――御剣は、実はMなのか?
「…………」
……いや。
初級スキルしか覚えられない俺も、大概だったな。
人のことを言えない気がしてきた。
初級武器しか使わない勇者。
初級スキルしか覚えられない村人。
「……何だ、この組み合わせ」
改めて考えると――。
俺たち、意外と似た者同士なのかもしれない。
そんなことを考えていると――。
徐々に、御剣が押され始めた。
「くっ……!」
月ノ城さんの刀を受け止めた御剣の足が、僅かに後方へ滑る。
「どうした?」
月ノ城さんは容赦なく刀を振るいながら、御剣の僅かな変化を見逃さなかった。
「まだ始まったばかりだというのに、もう疲れが出ているのか?」
一撃、二撃を素早く振るうとき、
御剣は傷だらけの『鉄塊』で受け止める。
「はや……すぎる……っ!!」
辛うじて刀を受け流す。
三撃――。
「先ほどより、少しずつ動きが鈍くなっているぞ」
「いや……まだ……ッ!」
御剣は地面を強く踏み締め、押し返す。
「まだ、始まったばかりだ!!」
傷だらけの剣を大きく振るい、月ノ城さんを後方へ押し返す。
だが――。
月ノ城さんの攻撃が、さらに激しくなっている。
……違う。
月ノ城さんが速くなったんじゃない。
御剣の動きが、遅くなっている。
一見、まだ余裕があるように見える。
だが、御剣の表情をよく見ると、その額には汗が滲み、青い瞳には僅かな焦りが浮かんでいた。
先ほどまでは月ノ城さんの剣撃を綺麗に捌き、反撃まで繰り出していた。
それなのに、今は違う。
攻撃へ転じる余裕がない。
防ぐだけで、精一杯になっている。
「……まさか」
その理由に気付いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
月ノ城さんの周囲には、魔力と魔素が存在しない。
正確には――。
月ノ城さんから放たれる殺気によって、周囲の魔力と魔素が殺され続けている。
どれほど膨大な魔力を持つ勇者でも、戦い続ければ魔力は消費する。
本来なら、周囲の魔素を身体へ取り込み、失った魔力を少しずつ補える。
だが――この場所では、それができない。
「セヌーアさん達が言ってた、心象か……!」
それどころか。
死んだ魔力や魔素を無意識に身体へ取り込めば、魔力の循環そのものが乱され、身体能力まで徐々に低下していく。
「御剣!!」
俺は咄嗟に声を張り上げた。
「月ノ城さんの殺気は、周囲の魔力と魔素を殺している! 気を付けろ!!」
「殺す……!? どういうことだ!?」
御剣は月ノ城さんの刀を受け流しながら問い返す。
「言葉通りだ! あの人の殺気に触れた魔力と魔素は、機能を失う!」
「機能を……!?」
「死んだ魔力や魔素を身体へ取り込めば、魔力の循環が乱されて、能力まで弱体化するんだ!」
「そんな……!」
月ノ城さんの刀が振り下ろされる。
────ギィィン!!
御剣は『鉄塊』で受け止めるが、その身体は衝撃に耐え切れず、大きく後方へ押し戻された。
「だから、周囲の魔素を取り込むな! 今は、自分の中に残っている魔力だけを使え!」
「自分の魔力だけ……!?」
「内包している魔力を循環させる身体強化なら、まだ影響を抑えられる!」
「そんな――」
御剣は迫る刀を寸前で受け止める。
激しい火花が、二人の間で弾け飛んだ。
「無茶苦茶だよ!!」
「俺もそう思う!!ごもっともだ!!」
御剣は月ノ城さんの刀を『鉄塊』で受け止めながら、叫ぶ。
────ギィィン!!
激しい火花が飛び散り、御剣の身体が大きく後方へ押し戻された。
その言葉を聞いた月ノ城さんは――なぜか、僅かに口角を上げた。
「……ふっ」
「……?」
なぜ笑った?
その理由は分からない。
だが、状況が不利なことに変わりはない。
俺は地面へ手を付き、すぐに立ち上がる。
「【収納】」
空間へ手を伸ばし、中から一本の刀――黒煉丸を取り出した。
クレナを逆手に。
黒煉丸を順手に構える。
このまま、御剣一人に戦わせるわけにはいかない。
地面を強く蹴り、二人の戦いへ割って入る。
────キィン!!
月ノ城さんの刀を黒煉丸で受け止める。
その隙を狙い、御剣が横から『鉄塊』を振るった。
だが、月ノ城さんは僅かに身体を反らして躱し、そのまま流れるように刀を振るう。
「やっと来たか」
────ギィン!!
再び、月ノ城さんの刀と『鉄塊』が激突した。
激しい火花が飛び散る。
それでも――『鉄塊』は壊れない。
月ノ城さんは御剣の剣へ視線を向け、僅かに目を細めた。
「……ふむ」
刀を振るいながら、興味深そうに呟く。
「俺の攻撃をこれだけ受けても、壊れないのか」
────キィン!!
「見た目は刃こぼれだらけ。刀身も傷だらけ。切れ味も、お世辞にも良いとは言えない」
御剣が『鉄塊』を横薙ぎに振るう。
月ノ城さんは刀で受け流し、そのまま御剣の懐へ踏み込んだ。
「それどころか――」
────ギィィン!!
「重いな、その剣」
「……ッ!」
「百キロ……いや、それ以上か?」
月ノ城さんは御剣の剣を押し返しながら、僅かに首を傾げる。
「それほど重い剣を、なぜそこまで軽々と扱える?」
御剣は答えない。
傷だらけの『鉄塊』を振るい、再び月ノ城さんへ斬り掛かる。
その瞬間。
御剣の身体から、穢れのない純白の光が溢れ出した。
「……その光」
月ノ城さんの紅い瞳が、僅かに細められる。
「穢れのない、純粋な魔力。それに――人間とは思えないほど膨大な魔力量」
御剣の剣が白い光を纏う。
だが、魔力伝導率の低い『鉄塊』は、その魔力をほとんど受け入れない。
刀身へ浸透できなかった光が、行き場を失ったように剣の周囲を漂い、無数の白い羽となって舞い散った。
月ノ城さんは、その光景を見つめる。
「白い光。舞い散る羽。そして、その膨大な魔力……」
一瞬、何かを確信したように頷く。
「なるほど。お前が持つ、その剣は――」
月ノ城さんは『鉄塊』を見る。
刃こぼれ、無数の傷、錆び付いた刀身。
とても聖剣とは思えない、ただのボロ剣。
「…………」
月ノ城さんは、僅かに沈黙した。
────キィン!!
戦いながら、もう一度『鉄塊』を見る。
「……いや」
────ギィン!!
さらに、もう一度見る。
「…………」
そして、御剣の全身から溢れる純白の魔力へ視線を戻した。
「お前――勇者だな?」
「……そうだ!」
御剣は『鉄塊』を大きく振り下ろす。
月ノ城さんは刀で受け止めながら、珍しく困惑した表情を浮かべた。
「……なら、なぜ聖剣を使わない?」
「え?」
「いや……待て」
月ノ城さんは御剣の剣を弾き返す。
「勇者なのに、なぜそんな刃こぼれだらけの初級武器を使っている?」
「これは――」
「聖剣はどうした?」
「……」
「壊したのか?」
「違う!」
「なくしたのか?」
「違うよ!!」
「なら、なぜだ?」
「この剣が、一番使いやすいからだ!!」
────ギィィィン!!
『鉄塊』が月ノ城さんの刀へ叩き付けられる。
周囲の大地へ、凄まじい衝撃が走った。
「…………」
月ノ城さんは、しばらく無言で御剣を見つめる。
「……変わった勇者だな」
……月ノ城さんが困惑している。
あの人を困惑させるなんて、御剣も大したものだ。
いや、あの状態でも困惑するぐらい驚いているのか……
「だが……その剣技。勇者が扱うものとしては、随分と珍しいな」
「美しく、無駄がない。だが、その中に別の何かが混ざっている」
「まだ身体へ馴染んでいないな。教わってから、それほど時間は経っていないだろう?」
「……まさか」
月ノ城さんは、御剣の構えを見て僅かに目を細める。
「【架空技能】を伝授されたのか?」
「な、何を言って……」
御剣の表情に、僅かな動揺が浮かぶ。
だが、月ノ城さんは構わず刀を振るい続けた。
────キィン!!
『鉄塊』と刀が激突し、激しい火花が散る。
月ノ城さんは御剣の足運び、剣を振るう軌道、呼吸――その全てを観察するように紅い瞳を細めた。
「それに、その剣技……」
御剣が一歩踏み込み、『鉄塊』を横薙ぎに振るう。
月ノ城さんは僅かに身体を傾けて躱し、そのまま流れるように刀を振り下ろした。
────ギィン!!
「東方の国に、それとよく似た流派が存在する」
「……ッ!」
「異国の花――『桜』」
月ノ城さんは御剣の攻撃を受け流しながら、静かに言葉を続ける。
「舞い散る桜の花びらのように優美でありながら、一切の無駄がない」
御剣は刀を受け止める。
「華やかな剣舞へ目を奪われた時には、その影へ溶け込むように気配を消し――」
月ノ城さんの姿が、御剣の視界から一瞬だけ消える。
「気付いた時には、既に斬られている」
「なっ……!?」
御剣は咄嗟に振り返り、『鉄塊』を背後へ構えた。
────キィィン!!
月ノ城さんの刀が、『鉄塊』へ激突する。
「美しく、優雅で――どこか儚い」
月ノ城さんは鍔迫り合いのまま、紅い瞳で御剣を見据えた。
「見る者を魅了し、その一瞬の隙に命を刈り取る剣技」
「……」
「だが、その技を習得できる者は限られている」
月ノ城さんは刀へ力を込め、御剣を押し返す。
「ただ強いだけでは駄目だ」
「……ッ!」
「どれほど苦しくとも己を見失わず、誰かを守るために剣を振るえる――」
月ノ城さんは、御剣の青い瞳を真っすぐ見つめる。
「その美しさに見合う、強く気高い精神を持つ者でなければ扱えない」
御剣の表情が僅かに強張った。
月ノ城さんは、それを見逃さない。
「桜のように優美な剣舞」
一歩、御剣の懐へ踏み込む。
「そして、その華やかさの裏へ隠された――黒い影」
御剣の剣を弾き、月ノ城さんは静かに告げた。
「そのような剣技――いや、剣技と刀技の双方を兼ね備えた流派は、一つしか存在しない」
一瞬の静寂。
月ノ城さんの紅い瞳が、鋭く細められた。
「――『黒桜花流』だな?」
「なっ……!?」
御剣の目が、大きく見開かれる。
その僅かな動揺だけで、月ノ城さんには十分だった。
「……やはりな」
「ど、どうして……」
「だが――まだ未熟だ」
「……ッ!」
「動きそのものは美しい。足運びにも無駄はなく、剣筋も悪くない」
月ノ城さんは御剣の攻撃を刀で受け流す。
「だが、時折、本来の剣技が混ざっている」
「……!」
「身体へ染み付いた癖を、完全には消せていない。黒桜花流の動きを意識するあまり、僅かに剣が遅れる瞬間もある」
月ノ城さんは刀を振るい、御剣の『鉄塊』を大きく弾き返した。
「教わってから、それほど時間は経っていないな?」
「……」
御剣は答えない。
だが、その沈黙こそが答えだった。
「それに――本来なら、一つの流派を短期間でここまで扱えるはずがない」
月ノ城さんは何かを確信したように、小さく笑う。
「なるほど」
「……何がだ?」
「お前――あの"黒騎士"によって、黒桜花流を伝授されたな?」
「なっ……!?」
御剣の表情に、今度こそ明確な動揺が浮かんだ。
……嘘だろ。
月ノ城さんは、御剣と数回剣を交えただけだ。
「一度、剣を交えたことある。」
それだけで『鉄塊』の重量を見抜いた。
御剣が勇者であることを見抜いた。
剣の軌道や足運びだけで、御剣の使っている剣技の流派へ辿り着いた。
それだけじゃない。
本来の剣技が僅かに混ざっていることから、習得して間もないことまで見抜き――。
最後には、【架空技能】によって伝授されたことすら暴いてみせた。
魔眼を持っているわけじゃない。
【千里眼】のように、相手の情報が表示されているわけでもない。
ただ見て、刀を交えて。
僅かな癖や違和感を拾い上げ、自分の知識と経験だけで答えへ辿り着いている。
……観察眼なんて言葉では足りない。
その洞察力は、下手な魔眼すら霞んで見えるほどだった。
そして――。
一度、相手の技を理解すれば。
月ノ城さんは、即座にその対処法を組み立てる。
御剣の攻撃が、少しずつ届かなくなっていた。
美しい剣筋は読まれ。
足運びは先回りされ。
先ほどまで通用していた攻撃が、次々と受け流されていく。
……理性を失っていない。
だからこそ――タチが悪い。
「まだ技すら出していないのに……なぜ分かるッ!?」
御剣は『鉄塊』を振るいながら、驚愕の声を上げる。
月ノ城さんは、その一撃を刀で軽く受け流した。
「戦いっていうのはな――剣を交えれば、分かるものなんだよ」
────キィン!!
御剣の剣を弾き、空いた脇腹へ刀を滑り込ませる。
御剣は咄嗟に身体を捻り、紙一重で刃を躱した。
「構え。足運び。呼吸。重心。それに、剣を振るう直前の僅かな癖」
月ノ城さんは御剣の動きを先読みし、一歩先へ回り込む。
「お前は強い」
「……ッ!」
「だが、強いからこそ、自分の剣技を隠し切れていない」
月ノ城さんは刀を振るい、『鉄塊』を大きく弾き返した。
「もう少し、相手に悟られないよう動きを見直すことだな」
「……!」
「まぁ――」
紅い瞳が、不気味に細められる。
「これからあの世へ行くお前に言っても、意味はないけどな」
月ノ城さんの刀が、御剣の首へ迫る。
このままじゃまずい。
御剣は確かに強い。
だが、月ノ城さんは戦いながら、その動きを少しずつ解析している。
時間が経てば経つほど、御剣の攻撃は通用しなくなる。
……何とかして、この状況を変えなければ。
「割り込むタイミングを見極めろ……」
黒煉丸を再び構える。
月ノ城さんの意識は、御剣へ向いている。
殺気を押さえろ……。
俺は気配を押し殺し、一気に背後へ回り込んだ。
地面を蹴り、黒煉丸を振り下ろす。
「甘いな」
「……ッ!?」
月ノ城さんは振り返らない。
それどころか、俺の姿を確認することすらなく、静かに言った。
「気配を消しても――刀に殺気が宿っているぞ」
「なっ……」
「殺人鬼を相手に殺気を放つなんて――」
月ノ城さんは御剣の攻撃を刀で受け流す。
そして、そのまま懐へ潜り込んだ。
「自分の居場所を教えているようなものだ」
「ぐあっ……!?」
月ノ城さんの蹴りが、御剣の腹部へ突き刺さる。
凄まじい衝撃とともに、御剣の身体が地面から浮き上がった。
「御剣!?」
御剣は勢いよく後方へ吹き飛ばされる。
地面へ激突し、そのまま何度も跳ねながら転がっていく。
やがて――。
ドゴォォン!!
背中から岩壁へ叩き付けられ、大量の土煙が舞い上がった。
「くっ……!」
御剣へ気を取られた、その瞬間。
月ノ城さんの紅い瞳が、俺へ向けられる。
「余所見か?」
「――ッ!」
既に、月ノ城さんの刀が迫っていた。
速い、避けられない。
俺は咄嗟に黒煉丸を構え、その一撃を受け止めようとする。
だが――。
────チィン。
戦場には似つかわしくない、あまりにも軽い音が鳴った。
「……え?」
手に伝わるはずの衝撃がない。
代わりに、視界の端で何かが宙を舞っていた。
黒い刀身。
ゆっくりと回転しながら地面へ落ちる。
────カラン。
黒煉丸の刀身だった。
手元へ視線を落とす。
刀は、刃の中央から綺麗な一直線に断ち切られていた。
「……刀が」
折れた。
いや――違う。
折られたんじゃない。
斬られた。
ハグレが造った黒煉丸を。
月ノ城さんは、まるで紙でも斬るかのように――一太刀で両断した。
「ふむ」
月ノ城さんは自分の刀を眺め、それから地面へ落ちた黒煉丸の刀身へ視線を移す。
「聖剣には及ばないが……なかなか硬いな」
「……ッ」
「流石は、ハグレが造った武器だ」
月ノ城さんは僅かに目を細める。
「素材も悪くない。鍛え方も見事だ。普通の武器なら、刃が触れた瞬間に砕けていただろう」
そして、俺が握る黒煉丸の残骸へ刀を向ける。
「だが――俺の刀には、一歩及ばなかったな」
「黒煉丸が……ッ!?」
この武器は、英雄級の武器のはずだ。
そんな簡単に折れるような代物じゃない。
ましてや――あのハグレが造った刀だ。
素材も、製法も、この世界では最高峰。
それを月ノ城さんは、まるで柔らかいバターでも切るかのように、軽々と両断してみせた。
「……冗談だろ」
地面へ落ちた黒煉丸の刀身へ、一瞬だけ視線を向ける。
だが、今は落ち込んでいる場合じゃない。
折れた黒煉丸を【収納】へ戻し、すぐさま地面を蹴る。
月ノ城さんから距離を取り、御剣の傍まで後退した。
「くっ……容赦ないな」
岩壁の瓦礫を押し退け、御剣がよろめきながら立ち上がる。
「それに……強すぎないか? 君のところのリーダーは」
「ああ。強さは健在だ」
月ノ城さんから視線を逸らさず、俺は答える。
「それどころか――あの黒い侵食のせいで、以前よりさらに強くなっているらしい」
「それ……笑えないんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
御剣は苦笑しながら、一歩踏み出す。
だが、身体が僅かによろめいた。
「おい、大丈夫か?」
「ああ……まだ戦える」
俺は御剣の腕を掴み、その身体を引き起こす。
よく見ると、御剣が身に纏う黒い鎧は、月ノ城さんに蹴られた腹部だけが僅かに陥没していた。
……あの硬そうな鎧を、蹴り一発でへこませたのか。
「本当に、人間かよ……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
力の差は圧倒的。
速さも、技量も、経験も。
今の俺たちでは――何もかもが足りていない。
そして、何より厄介なのは。
月ノ城さんは、ただ強いだけじゃない。
あの人は――戦いのプロだ。
僅かに剣を交えただけで、御剣の流派を見抜いた。
一度見た動きを分析し、即座に対処する。
気配を消した俺の奇襲も、刀へ宿った僅かな殺気だけで察知した。
そのうえ――。
月ノ城さんの職業は、『殺人鬼』。
どこを斬れば、人は動けなくなるのか。
どこを貫けば、致命傷になるのか。
どう攻撃すれば、最小限の動きで相手を仕留められるのか。
おそらく、人体の構造を知り尽くしている。
俺たちが一度でも判断を誤れば――。
次の瞬間には、命を奪われている。
……勝てるのか?
一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐに振り払った。
ここで諦めるわけにはいかない。
逃げるわけにもいかない。
俺たちが退けば、月ノ城さんを止める者はいなくなる。
このままフィルネル王国へ向かわせれば――。
街にいる人たちも、戦っている勇者たちも。
美空たちも、アイリスも、ファノンも。
全員、殺されるかもしれない。
「……引けないな」
「ああ」
御剣は傷だらけの『鉄塊』を握り直す。
「僕も、最初から逃げるつもりはない」
「なら――何とかして、あの人を止めるぞ」
「もちろんだ」
俺たちは再び武器を構え、月ノ城さんを見据える。
すると――月ノ城さんは刀を抜いたまま、静かにこちらへ歩き始めた。
刀身から、黒い靄のようなものが溢れている。
遠く離れているはずなのに、見ているだけで胸の奥がざわついた。
禍々しい。
まるで、あの刀そのものが生きているようだった。
月ノ城さんは刀を肩へ担ぎ、俺たちへ問い掛ける。
「さて――」
紅い瞳が、静かに細められた。
「さぁ、主人公共。ボスの首は目の前だぞ?」
その瞬間――。
月ノ城さんの全身から、凄まじい殺気が放たれた。
「……ッ!?」
空気が震える。
先ほどまでとは比べものにならないほど濃密な殺気が、津波のように押し寄せてきた。
全身へ見えない刃を突き付けられているような感覚。
息をするだけで肺が締め付けられ、身体が本能的に後退しようとする。
隣に立つ御剣も、『鉄塊』を握り締めたまま、僅かに表情を強張らせていた。
それでも――俺たちは退かなかった。
月ノ城さんは、そんな俺たちを見つめると、不気味に口角を上げた。
「どうした?」
刀をゆっくりと肩から下ろし、その切っ先を俺たちへ向ける。
「もう終わりか?」
紅い瞳が、獲物を見定めるように細められた。
「それとも――大人しく殺される覚悟でもできたのか?」
「くっ……」
俺はクレナを構えたまま、必死に考える。
力も、速さも、技量も。
全てにおいて、月ノ城さんの方が遥かに上だ。
そのうえ、魔力と魔素すら殺す異常な殺気。
一体、どうすれば――。
「どうしたらいい……」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。
その時、月ノ城さんが握る刀から、黒い霧のようなものが溢れ出していることに気付いた。
「……それに」
俺は、その刀へ視線を向ける。
「さっきから気になっていたんですが……その武器は、一体……?」
「ああ、これか?」
月ノ城さんは刀を持ち上げ、どこか懐かしそうに刀身を眺めた。
「これは宝刀――『村雨』」
そして、刀を軽く振るう。
その瞬間、刀身から溢れていた黒い霧が周囲へ広がり、肌を刺すような殺気がさらに強まった。
「俺の殺気を喰らい、その力を刃へ変える」
月ノ城さんは、透き通った刀身へ指を滑らせる。
「俺の殺気が強ければ強いほど、能力も――刃の鋭さも増していく」
「殺気で……武器が強くなる……?」
改めて、『村雨』へ視線を向ける。
鍔元からは、黒い霧のようなものが絶え間なく溢れ出していた。
対照的に、その刃は氷のように白く透き通っている。
美しい、そう思った。
だが同時に――不気味だった。
白く透明な刀身の奥には、赤黒い何かが脈打つように流れている。
まるで、今まで斬ってきた者たちの血が、刃の中へ染み付いているかのようだった。
刀から溢れ出す殺気は、月ノ城さんのものだけとは思えない。
『村雨』そのものが意思を持ち。
今も、新たな血を求めている。
そんな錯覚すら覚えた。
「……ッ」
刀を見ているだけだというのに、背筋へ冷たいものが走る。
隣にいる御剣も同じらしい。
『鉄塊』を握る手へ力を込め、警戒するように『村雨』を見つめていた。
――宝刀『村雨』。
確か、日本にも同じ名前の刀が存在したはずだ。
いや、正確には、物語の中に登場する架空の名刀だったか。
なぜ、この異世界に同じ名前の刀が存在する?
偶然なのか。
それとも――。
「……もし、俺の知っている伝承と同じ力を持っているなら」
思わず、クレナを握る手に力が入る。
「かなり厄介だな……」
『村雨』から視線を逸らさず、黒姫ノ紅を構え直す。
すると――。
月ノ城さんの紅い瞳が、俺の手元へ向けられた。
「ほお……あまり気にしていなかったが、良い武器じゃないか」
俺の手に握られた黒姫ノ紅を興味深そうに見つめる。
「しかも、生きている武器なんて珍しいな」
「嘘だろ……これも分かるのかよ」
「ああ。“永年”の経験――ただ、それだけさ」
俺は月ノ城さんに、黒姫ノ紅のことを一切教えていない。
なのに、なぜ分かるんだ?
何かのスキルだろうか?
しかし、月ノ城さんは【千里眼】のようなスキルを持っていないはずだ。
なら――これも、あの異常な観察眼によるものなのか?
……考えても埒が明かない。
今は、月ノ城さんを止めることだけを考えろ。
俺は黒姫ノ紅を強く握り締め、隣に立つ御剣へ声を掛ける。
「御剣、行くぞ!」
「ああ!」
月ノ城さんは宝刀『村雨』を構え、不敵な笑みを浮かべた。
「来い! 主人公ども!」
その言葉を合図に、俺と御剣は同時に地面を蹴った。
俺は【加速】と【スピードアップ】を発動し、一気に月ノ城さんとの距離を詰める。
新しい制服の補助効果も加わり、身体強化系の能力は以前より大幅に向上している。
だが――真正面から斬り掛かったところで、月ノ城さんには届かない。
俺は一定の距離を残したまま、黒姫ノ紅を横薙ぎに振るった。
「黒姫ノ刃!」
黒姫ノ紅を横薙ぎに振るう。
次の瞬間――。
刃から無数の紅黒い斬撃が放たれ、月ノ城さんへ襲い掛かった。
「……ふむ」
月ノ城さんは宝刀『村雨』を構える。
迫り来る斬撃を、一太刀で全て斬り伏せるつもりだ。
だが――。
月ノ城さんが『村雨』を振るおうとした、その瞬間。
紅黒い斬撃は意思を持っているかのように軌道を変え、左右へ大きく分かれた。
「……何?」
斬撃によって隠されていた、その先。
月ノ城さんの正面には――。
「ハァァァッ!!」
既に、『鉄塊』を振り上げた御剣が迫っていた。
そのまま百キロの大剣を、月ノ城さん目掛けて勢いよく振り下ろす。
────ギィィン!!
『鉄塊』と『村雨』が激突し、激しい火花が飛び散った。
月ノ城さんは御剣の一撃を受け止める。
――今だ。
御剣の『鉄塊』を受け止めている今なら、簡単には動けない。
俺は黒姫ノ紅を握り締め、左右へ分かれた斬撃へ意識を集中させる。
「戻れ!!」
月ノ城さんの左右を通り過ぎようとしていた紅黒い斬撃が、再び軌道を変えた。
左右から挟み込むように、月ノ城さんへ襲い掛かる。
さらに――。
「まだだ!」
黒姫ノ紅を連続で振るい、新たな追尾斬撃を放つ。
――斬ッ斬ッ斬ッ!
放たれた紅黒い斬撃は、月ノ城さんを中心に旋回しながら、逃げ道を塞ぐように次々と配置されていく。
俺も【黒姫ノ影】を発動した。
紅黒い光とともに姿を消し、斬撃の影から影へ瞬時に移動する。
前、後ろ、右、左。
月ノ城さんを取り囲むように移動しながら、さらに黒姫ノ刃を放ち続ける。
御剣が正面。
俺と無数の追尾斬撃が、四方八方。
これなら、どこへ逃げても、必ず攻撃が届く。
「無駄だ――散れ」
月ノ城さんは、自身を取り囲む紅黒い斬撃を一瞥する。
次の瞬間――。
凄まじい殺気が、月ノ城さんを中心に放たれた。
「……ッ!?」
空気が震える。
四方八方から迫っていた紅黒い斬撃は、月ノ城さんへ届く寸前で動きを止めた。
そして、まるで霧が風に吹き散らされるように、その形を崩していく。
一つ、また、一つ。
俺が放った全ての斬撃が、何の痕跡も残さず消滅した。
「……やっぱり、駄目か」
予想はしていた。
『黒姫ノ刃』は、黒姫ノ紅へ魔力を流し込み、その力を斬撃として放つ技だ。
どれだけ数を増やそうと、複雑な軌道で襲わせようと。
魔力で生み出された攻撃である以上――月ノ城さんの殺気には通用しない。
「くっ……!」
その間にも、御剣と月ノ城さんの打ち合いは続いていた。
────ギィン!!
『鉄塊』と『村雨』が激突し、激しい火花が飛び散る。
御剣は百キロの『鉄塊』を振り上げ、月ノ城さんへ叩き付ける。
だが――。
先ほどまでの勢いはない。
月ノ城さんの攻撃を受け止めるたび、御剣の足が僅かに後方へ滑っていく。
少しずつ――確実に押され始めていた。
「くっ……! やっぱり、魔力が掻き乱される……!」
御剣の身体から溢れていた純白の光が、不規則に揺らぐ。
周囲に漂う死んだ魔力と魔素が、御剣の魔力循環を乱しているんだ。
このまま戦い続ければ、さらに動きが鈍くなる。
「御剣!」
俺は黒姫ノ紅を構え直し、声を張り上げた。
「絶対に、あの人の刃から目を離すな!」
────ギィン!!
御剣は迫る『村雨』を『鉄塊』で受け止める。
「少しでも目を離せば――次の瞬間には、本当に首が飛ぶぞ!!」
「ああ、分かっているよ!」
御剣は月ノ城さんの刀を押し返し、再び『鉄塊』を構える。
「君も気を付けるんだ!」
「ああ!」
そのやり取りを聞き、月ノ城さんは僅かに口角を上げた。
「どうした?」
宝刀『村雨』を軽く振るう。
────ギィィン!!
御剣は咄嗟に『鉄塊』で受け止める。
だが、その身体は衝撃に耐え切れず、大きく後方へ押し戻された。
月ノ城さんは逃がすつもりなどない。
一瞬で御剣との距離を詰め、さらに刀を振るう。
「さっきまでの勢いが――」
紅い瞳が、獲物を追い詰めるように細められた。
「足りないぞ」
ただ、その一言。
ほんの一瞬だけ。
月ノ城さんの意識が、"俺へ向いた"。
御剣は――見逃さなかった。
月ノ城さんが見せた、その僅かな“余裕”を。
「――ふっ!」
御剣が短く息を吐く。
次の瞬間、不規則に揺らめく、白い剣閃が走った。
「……ッ!?」
速い。
そう認識した時には――。
白い何かが、既に月ノ城さんの目の前まで迫っていた。
月ノ城さんは咄嗟に身体を反らし、その場から大きく後方へ飛び退く。
一瞬の静寂。
「……」
月ノ城さんは、自分の頬へ指を当てた。
そこには――。
一筋の傷が刻まれていた。
赤い血が、頬を伝って静かに流れ落ちる。
「……お出ましか」
月ノ城さんは指先に付着した血を眺め、不敵に笑った。
「ふぅ――……」
御剣が、ゆっくりと息を吐く。
その右手には、先ほどまで握られていた傷だらけの『鉄塊』。
そして――。
左手には、眩い白銀の剣が握られていた。
「……あれは」
見間違えるはずがない。
最後に会った時、御剣が握っていた聖剣。
聖剣――『レイアード』。
だが、以前とは何かが違う。
あの頃のレイアードは、勇者の力を誇示するように、眩く神々しい光を放っていた。
今は違う。
溢れていた光は消え。
刀身には、静かで鈍い輝きだけが宿っている。
力が失われたわけじゃない。
むしろ――。
無駄に溢れていた力が、全て刃の内側へ凝縮されている。
そんな、研ぎ澄まされた静けさを感じた。
そして、御剣の右手に握られた『鉄塊』。
先ほどまで、ただの傷だらけのボロ剣にしか見えなかった。
だが今は、聖剣『レイアード』を守る盾になろうとするかのように、その傷だらけの刀身が不思議と頼もしく見えた。
絶対に壊れない『鉄塊』。
全てを斬り裂く聖剣『レイアード』。
――二刀流。
「御剣……お前!!」
俺の声に、御剣は困ったように笑った。
「ははっ……」
右手の『鉄塊』。
左手の『レイアード』。
二本の剣を構え、月ノ城さんを真っすぐ見据える。
「やっぱり、二刀流は慣れないや」
そして――。
月ノ城さんの頬を流れる、一筋の血へ視線を向けた。
「でも――」
御剣は嬉しそうに笑う。
「届いたね」
俺と御剣は、再び視線を交わした。
言葉は必要ない。
ほぼ同時に地面を蹴り、月ノ城さんへ向かって駆け出す。
────ギィン!!────チィン!!
御剣の『鉄塊』と聖剣『レイアード』が、宝刀『村雨』と激しくぶつかり合う。
その隙に、俺は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
前を走る御剣の背中へ、迷うことなく銃口を向ける。
――パンッ!!パパンッ!!
三発。
放たれた弾丸は御剣の頬や肩を紙一重で掠め、そのまま一直線に月ノ城さんへ襲い掛かった。
────チチチィン!!
だが――。
月ノ城さんは宝刀『村雨』を僅かに振るっただけで、迫る三発の弾丸を全て斬り落とした。
「その程度か?」
「まだだ!」
俺は【収納】を発動する。
次の瞬間――。
空中に、夥しい数の短刀が出現した。
一つや二つじゃない。
視界を埋め尽くさんばかりの短刀が、俺の周囲へ幾重にも展開される。
「【万能】――【極限投擲】!!」
全ての短刀を【万能】で強化。
そして、同時に投擲する。
空を埋め尽くした短刀は陽光を反射し、無数の閃光へと姿を変えた。
眩い光の雨。
いや、それは、月ノ城さん一人を貫くために放たれた、刃の奔流だった。
「そんな小手先の術が、俺に通用すると思うか?」
月ノ城さんは迫る短刀の群れを見据え、宝刀『村雨』を構える。
「おいおい!」
俺は思わず笑みを浮かべた。
「いくらなんでも――油断し過ぎじゃないか!」
高速で右手を動かす。
【加速】。
加速した指先で、空中へ【魔術執印】の術式を描く。
「――【風圧】!!」
術式が発動した。
その瞬間、一直線に飛んでいた無数の短刀が――同時に軌道を変えた。
「……!」
上下、左右、斜め。
全ての短刀が、不規則な軌道を描きながら月ノ城さんへ襲い掛かる。
────キンッ!!
────キキンッ!!
────ギィン!!
【風圧】によって軌道を逸らされた短刀同士が、空中で激しくぶつかり合う。
弾かれ、跳ね返り、別の短刀へ衝突し。
そのたびに、刃は予測不能な方向へ軌道を変えていく。
反射―反射――反射反射反射!!
俺ですら、全ての軌道を把握することはできない。
「……」
月ノ城さんは、その場から動かない。
紅い瞳だけを動かし、空間を埋め尽くす短刀の軌道を観察している。
そして、幾度も反射した一本の短刀が、月ノ城さんの死角から襲い掛かった。
だが。
それを見逃す月ノ城さんではない。
宝刀『村雨』を振るい、短刀を斬り落とそうとする。
――その瞬間。
「生憎――」
俺は再び、空中へ術式を描いた。
「修業のせいで、俺もちょっと性格が悪くなってな!」
術式へ魔力を流し込む。
「【風圧】!!」
月ノ城さんの刃が短刀へ触れる――その寸前。
短刀は不自然なほど鋭く軌道を変えた。
「……ッ!」
宝刀『村雨』が空を斬る。
そして――。
────ザクッ!!
軌道を変えた短刀が、月ノ城さんの脇腹へ突き刺さった。
「……」
月ノ城さんは、自分の脇腹へ視線を落とす。
その傷から、一筋の血が流れ落ちた。
……届いた。
さっきまでは、攻撃を当てることすらできなかった。
だが、本当に少しずつ。
俺たちの攻撃が、月ノ城さんへ届き始めている。
この戦法は、紅嘉さんとの修業で編み出したものだ。
あの人は、とにかく速い。
一度動き始めれば、目で追うことすら難しく、普通に短刀を投げたところで掠りもしなかった。
だから――考えた。
相手を狙うんじゃない。
空間そのものを、刃で埋め尽くせばいい。
無数の短刀をばら撒き、【風圧】で軌道を変える。
逃げれば、その先へ。
避ければ、さらに進行方向へ。
相手がどれだけ速く動こうと、逃げ道そのものを潰し続ける。
それが――高速で動き回る紅嘉さんを捕まえるために、俺が編み出した戦い方だった。
その間にも、御剣は刃の奔流の中を、真っすぐ走り続けていた。
前から、後ろから、左右から。
不規則に跳ね返る短刀が、何度も御剣へ襲い掛かる。
それでも、御剣は足を止めない。
俺の方を見ることすらない。
ただ、月ノ城さんだけを見据え、真っすぐ駆け抜けていく。
一本の短刀が、御剣の首へ迫った。
「【風圧】!!」
術式を発動する。
短刀は御剣へ触れる寸前で軌道を変え、その頬を紙一重で通り過ぎた。
次は、背後。
「【風圧】!」
右側。
「【風圧】!!」
左側。
「【風圧】!!」
俺は御剣へ迫る短刀だけを、【風圧】で次々と逸らしていく。
御剣は、一度も振り返らない。
俺が必ず軌道を変えると――。
そう信じている。
なんせ――。
俺たちは、“息ぴったり”だからな。
「行け――御剣!!」
「ああ!!」
無数の閃光が飛び交う中。
御剣は右手に傷だらけの『鉄塊』。
左手に聖剣『レイアード』を構え――。
一直線に、月ノ城さんへ迫った。
月ノ城さんの意識が、正面から迫る御剣へ向けられる。
――今だ。
俺は月ノ城さんの背後へ視線を向けた。
無数の短刀が地面へ突き刺さる中。
そこには――。
いつの間にか、一本の紅黒い短刀が紛れ込んでいた。
黒姫ノ紅。
大量の短刀を投げた本当の目的。
月ノ城さんへ攻撃を当てるためだけじゃない。
最初から――。
月ノ城さんの背後へ、俺の移動地点を作るためだった。
「――【黒姫ノ影】!」
瞬間、俺の身体が、紅黒い光に包まれる。
視界が切り替わった。
次の瞬間――。
俺は地面へ突き刺さった黒姫ノ紅の傍。
月ノ城さんの背後へ瞬間移動していた。
「……ッ!?」
月ノ城さんの紅い瞳が、僅かに見開かれる。
俺は地面へ突き刺さった黒姫ノ紅を引き抜き、その勢いのまま月ノ城さんへ斬り掛かる。
正面――御剣。
背後――俺。
「「ハァァァァッ!!」」
俺たちの声が重なる。
御剣は、百キロの『鉄塊』を。
俺は、紅い刃を持つ黒姫ノ紅を。
月ノ城さんを前後から挟み込むように――。
ほぼ同時に振るった。
「強いな……」
月ノ城さんは、そう呟き――静かに笑った。
御剣が振り下ろした『鉄塊』を刀で受け止める。
────ギィィン!!
凄まじい衝撃が周囲へ広がり、大地へ亀裂が走った。
その隙を狙い、俺は月ノ城さんの死角へ回り込む。
「もらった!!」
黒姫ノ紅を振るう。
だが――。
「甘い」
月ノ城さんは御剣の攻撃を刀で受け止めたまま、空いている左手で俺の腕を掴んだ。
「なっ――!?」
次の瞬間。
視界が反転した。
「ぐあっ!?」
身体が宙を舞い、地面へ勢いよく叩き付けられる。
────ドゴォン!!
衝撃で肺の空気が一気に押し出された。
だが――。
「くっ……もう少し……!」
すぐに地面へ手を付き、立ち上がる。
届いていないわけじゃない。
さっきよりも、確実に近付いている。
あと少しで――。
俺たちの攻撃は、月ノ城さんへ届く。
「まだ……!」
御剣は『鉄塊』と聖剣『レイアード』を握り締め、再び月ノ城さんへ斬り掛かる。
「まだだ!!」
俺も地面を強く蹴った。
「「諦めねぇ!!(諦めない!!)」」
俺たちの声が、ほぼ同時に重なった。
御剣の剣と、月ノ城さんの刀が激しく交差する。
────ギィン!!
弾き飛ばされた俺も、再び二人の戦いへ加わった。
周囲では、【風圧】によって軌道を変え続ける無数の短刀が、眩い閃光となって飛び交っている。
短刀同士がぶつかり、弾かれ、反射する。
予測できない軌道を描きながら、何度も月ノ城さんへ襲い掛かる。
逃げ道を塞ぐように飛び交う無数の刃。
そこはまるで――。
月ノ城さんを閉じ込める、“ナイフで造られた檻”だった。
────キンッ! キィン! チィン!!
剣と刀が激しくぶつかり合う。
御剣が聖剣『レイアード』を振るえば、月ノ城さんは刀で受け流す。
続けて『鉄塊』を振り下ろせば、激しい火花を散らしながら、その重い一撃を真正面から受け止める。
その隙を狙い――。
「ハァッ!!」
俺は黒姫ノ紅を振るう。
だが、
月ノ城さんは僅かに身体を傾けた。
たった、それだけ。
紅い刃は白い髪を僅かに掠め、そのまま空を斬る。
同時に、死角から無数の短刀が襲い掛かった。
────キンッ! キィン!!
月ノ城さんは振り返ることなく刀を振るう。
一振りで三本。
返す刃で、さらに五本。
斬り落とせない短刀は、最小限の動きだけで躱していく。
俺、御剣。
そして――。
四方八方から不規則に襲い掛かる、無数の短刀。
絶え間なく押し寄せる攻撃。
それでも、月ノ城さんは、一歩も退かなかった。
紅く染まった瞳が、ぎらりと光る。
俺たち二人の動きを、飛び交う短刀の軌道を。
足運びを、呼吸を、重心を、攻撃へ移る直前の、僅かな癖さえも――。
全てを"捉え"観察している。
どれだけ攻撃を重ねても、隙が生まれない。
黒い侵食に身体を蝕まれてもなお。
月ノ城さんの繊細な戦い方は、何一つ失われていなかった。
いや、以前よりも、さらに研ぎ澄まされている。
「……強い」
今まで出会った、どの敵よりも強い。
その全てが――俺たちを遥かに上回っている。
それでも、そんな月ノ城さんは――。
何者かに敗れた。
これほど圧倒的な力を持つ月ノ城さんを打ち破り。
身体を黒く侵食し。
今も、こうして苦しめている存在がいる。
「……一体」
俺は黒姫ノ紅を強く握り締める。
「月ノ城さんを倒した奴は――どれだけ強いんだよ……」
戦い続ける中――。
背筋を這うような寒気が、いつまでも消えなかった。
月ノ城さんの刀が振るわれるたび。
紅い瞳が俺たちの動きを捉えるたび。
頭の中に、何度も同じ光景が浮かび上がる。
――首を斬り飛ばされる。
一歩間違えれば。
ほんの僅かでも判断が遅れれば。
次に地面へ転がるのは、俺たちの首かもしれない。
それでも――。
俺は黒姫ノ紅を振るい続けた。
「くっ……!」
このままじゃ、勝てない。
今のままじゃ――届かない。
もっと速く。
もっと強く。
もっと重い一撃を。
月ノ城さんの技量を、圧倒的な強さを、その全てを超えなければ――。
俺たちの攻撃は、永遠に届かない。
……だが。
どうすればいい?
俺は勇者じゃない。
英雄でもない、特別な職業を持っているわけでもない。
ただの――村人だ。
今になって考えれば。
俺は、とんでもなく無謀なことをしている。
勝算なんて、ほとんどない。
いや――。
最初から、零に近かった。
月ノ城さんの強さは知っていた。
あの人が、どれほど規格外なのかも。
一度だけとはいえ、戦う姿を目の前で見た。
その時から分かっていたはずだ。
今の俺が戦ったところで、勝てる相手じゃない。
普通なら、逃げる。
勝てないと分かっている相手へ、自分から立ち向かう奴なんていない。
ましてや、相手は、殺人鬼。
一歩間違えれば、死ぬ。
そんなもの――。
自殺行為と、何も変わらない。
それでも……俺は、ここまで来た。
誰かに命令されたからじゃない。
勝てると思ったからでもない。
ただ――。
俺には、勝てるかどうかよりも。
月ノ城さんを――救いたい。
それだけだった。
なら、俺は、その気持ちに従う。
勝てない相手だとしても。
勝算が、限りなく零に近かったとしても。
「それでも――!」
今、俺が戦わなければならない。
今、俺が強くならなければならない。
「……まだだ」
黒姫ノ紅を強く握り締める。
自分の中にある可能性を探せ。
考えろ、模索しろ。
今の俺に――何ができる?
俺には、御剣のような圧倒的な才能はない。
月ノ城さんのような、長い戦いで積み重ねてきた経験もない。
一つ一つのスキルだって――。
どれも、初級。
誰でも覚えられるような。
ありふれた、弱いスキルばかりだ。
だけど、そんな俺にも――。
誰にも負けないものがある。
俺の武器は、『質』じゃない。『技量』でもない。
俺の武器は――『量』と『成長』だ。
一つで届かないなら。
二つ。
二つで足りないなら。
三つ。
それでも届かないなら――。
俺が持つ、全ての力を重ねろ。
弱い力しか持っていないなら。
その弱い力を――今、この瞬間に成長させろ。
「……思い出せ」
初心へ戻るんだ。
俺は――何のために修業してきた?
ただ、強い技を覚えるためか?
違う、新しい力を手に入れるためでもない。
自分が持つ力を理解し。
正しく扱い、本来の力を――最大限に引き出すためだ。
焦るな。
冷静になれ。
月ノ城さんを、よく見ろ。
雷嘉さんに教えてもらったじゃないか。
呼吸、視線、足運び、武器を振るう軌道。
僅かな重心の変化。
全てを見ろ。
基本中の――基本だ。
月ノ城さんは、俺たちを殺そうとしている。
だが、本当に、最初から全力なのか?
違うな。
あの人は、戦いながら俺たちを観察している。
俺たちが、どこまで戦えるのか。
どこまで成長するのか。
まるで――試すように。
楽しむように。
時折、攻撃を僅かに緩めている。
なら――その一瞬を見逃すな。
身体の中に残っている魔力を集めろ。
周囲の魔素は使えない。
月ノ城さんの殺気によって、全て殺されている。
自分の中にある魔力だけを使え。
少ないなら、一滴も残さず、かき集めろ。
一気に流すな。
悟られる。
少しずつ、ゆっくりと、月ノ城さんに気付かれないように――。
力を溜めろ。
焦るな。
まだだ……まだ――。
「うおおおおおおッ!!」
隣で、御剣が叫ぶ。
右手の『鉄塊』を大きく振り上げ――。
全身の力を込め、月ノ城さんへ叩き付けた。
────ギィィィン!!
百キロの鉄塊と、白く透き通った刀が激突する。
凄まじい衝撃が周囲へ広がり。
二人の足元から、大地へ無数の亀裂が走った。
月ノ城さんは、その一撃を刀で受け止める。
だが――。
その瞬間、見えた。
ほんの僅か。
御剣の重い一撃を受け流すため。
月ノ城さんの右腕から――。
僅かに、力が抜けた。
「――今だ」
考えるより先に、身体が動いた。
地面を蹴る。
黒姫ノ紅を握り締め。
月ノ城さんの懐へ、一気に踏み込む。
「……!」
紅い瞳が、俺を捉えた。
遅い。
既に――俺は目の前にいる。
「届きやがれぇぇぇぇッ!!」
黒姫ノ紅を振るう。
だが、まだ――遅い。
この速さじゃ。
月ノ城さんには、届かない。
もっと……もっと速く!
今の限界を超えろ。
身体が壊れても構わない。
今、この一瞬だけでいい。
その瞬間、俺の剣撃が――。
爆発するように加速した。
───スキルが極限へ到達しました。
以下の能力が付与されます。
『加速・EX』
・加速領域が『高速』から『光速』へ変化。
その瞬間――。
世界が、止まった。
いや違う。
止まったんじゃない。
俺が――。
周囲の全てを、置き去りにした。
黒姫ノ紅を振るう。
遅れて。
────ドォン!!
空気が爆発した。
刃は音を置き去りにし。
紅い光だけを残して、月ノ城さんへ迫る。
「……ッ!?」
初めて、月ノ城さんの紅い瞳が、大きく見開かれた。
これまで、俺の攻撃は、全て躱されていた。
僅かに首を傾け。
半歩、身体をずらし、最小限の動きだけで――。
まるで、最初から攻撃が来る場所を知っていたかのように。
だが、今は違う。
────ギィィィン!!
黒姫ノ紅と、月ノ城さんの刀が激突する。
激しい火花が周囲へ弾け飛び。
遅れて、凄まじい衝撃波が大地を駆け抜けた。
月ノ城さんは――。
俺の攻撃を、躱さなかった。
いや。
違う。
躱さなかったんじゃない。
躱す余裕がなくなった。
初めて――。
俺の攻撃を、刀で防いだ。
「……届いたぞ!!月ノ城さん!」
「……あぁ、そうみたいだな」
ほんの僅か。
まだ、刃は月ノ城さんの身体へ届いていない。
それでも、今まで、一度も捉えられなかった月ノ城さんへ。
俺の攻撃が――届き始めている。
「……まだだ」
黒姫ノ紅を握る手へ、さらに力を込める。
速くなった。
確かに、今の俺は、以前とは比べものにならないほど速い。
だが、速いだけだ。
刃を受け止めた月ノ城さんは、一歩も動いていない。
俺の攻撃は届いた。
それでも、威力が足りない、
俺のステータスは低い。
月ノ城さんとは、何倍――。
いや、何十倍もの差がある。
速さだけで、その差を埋めることはできない。
「足りない……」
もっと。
「まだ、足りない!!」
一つの力だけじゃ届かない。
『加速・EX』だけでは。
月ノ城さんを――救えない。
俺が持つ全てのスキルを重ねろ。
弱くてもいい、初級でも構わない。
ありったけの力を――。
月ノ城さんへぶつけろ!!
それが、特別な才能を持たない。
勇者でも……英雄でもない……。
ただの村人である――。
俺に許された、唯一の戦い方だ!!
「【スピードアップ】!!」
身体の奥に残っていた魔力を、一気に解き放つ。
淡い光が俺の身体を包み――。
そのまま、隣で戦う御剣へ流れ込んだ。
「……ッ!?」
御剣の身体が、一気に加速する。
「身体が……軽い!」
御剣は『鉄塊』と聖剣『レイアード』を構え、地面を蹴った。
「これなら――!!」
姿が消える。
次の瞬間。
────ギィィィン!!
月ノ城さんの左右から、ほぼ同時に火花が弾けた。
御剣の剣撃が加速する。
音を置き去りにし、白い光の軌跡だけを残して。
その攻撃は俺と同じ、光速の領域へ近付いていく。
だが、
「まだだ!!」
速さだけじゃ足りない。
もっと――重く!!
「『密迹』!!」
全身の力を、一点へ集中させる。
「『アタックアップ』!!」
さらに。
攻撃力を引き上げる。
俺は地面を強く踏み込み――。
全身の力を乗せて、黒姫ノ紅を振り下ろした。
────ドゴォォォン!!
月ノ城さんは刀を構え、その一撃を受け止める。
瞬間、月ノ城さんが立っていた大地が――。
耐え切れず、蜘蛛の巣状に砕け散った。
───スキルが極限へ到達しました。
『密迹・EX』
・能力が大幅に向上。
───スキルが極限へ到達しました。
『スピードアップ・EX』
・能力が大幅に向上。
・味方への付与範囲が拡大。
───スキルが極限へ到達しました。
『アタックアップ・EX』
・能力が大幅に向上。
・味方への付与範囲が拡大。
力が溢れる。
速さだけじゃ足りない。
もっと強く。
もっと重く。
己の成長を――“加速”させろ!!
「俺の成長は――まだ終わってねぇ!!」
月ノ城さんの刀が迫る。
俺は『金剛』と『ガードアップ』を同時に発動し、その一撃を黒姫ノ紅で受け止めた。
────ギィィン!!
───スキルが極限へ到達しました。
『金剛・EX』
・能力が大幅に向上。
───スキルが極限へ到達しました。
『ガードアップ・EX』
・能力が大幅に向上。
・味方への付与範囲が拡大。
その瞬間。
頭の中へ、今までとは違う通知が響いた。
───対象となる全てのスキルが、極限へ到達しました。
対象スキルを統合。
『加速・EX』『密迹・EX』『金剛・EX』
新たなスキル――。
『仁王』を習得しました。
続いて。
『スピードアップ・EX』『アタックアップ・EX』『ガードアップ・EX』
新たなスキル――。
『大元帥』を習得しました。
「……ッ!?」
その瞬間。
身体の奥底から、今までにない力が溢れ出した。
俺だけじゃない。
『大元帥』の力が御剣へ流れ込み、その身体をさらに強化していく。
「すごい……力が溢れてくる!」
さっきまで俺たちを押し潰していた殺気が。
身体から溢れ出す“闘志”によって――押し返される。
月ノ城さんの眉間に、僅かに皺が寄った。
そして、先ほどまで浮かんでいた余裕の笑みが――。
初めて、消えた。
「僕も――負けていられないな……!」
隣から、凄まじい魔力が溢れ出す。
「ぐっ……! 僕の身体……耐えてくれよ!」
御剣は『鉄塊』と聖剣『レイアード』を強く握り締めた。
「――『オーバー・クロック』!!」
瞬間。
御剣の身体から、爆発するように純白の魔力が噴き上がった。
「なっ……!?」
速い。
さっきまでとは、比べものにならない。
だが――。
御剣の表情は苦痛に歪んでいた。
『オーバー・クロック』。
身体の限界を強制的に超え、能力を飛躍的に向上させる技。
その代償として――。
使用者の身体へ、凄まじい負荷を与える。
「ハァァァァッ!!」
御剣は一気に月ノ城さんとの距離を詰め、二本の剣を薙ぎ払った。
────ドゴォォォン!!
月ノ城さんは刀で受け止める。
だが――。
「……ッ!」
凄まじい衝撃に耐え切れず、その身体が後方へ吹き飛んだ。
木へ激突する。
次々と木々をへし折り――。
およそ二百メートル先で、ようやく止まった。
「……やったのか?」
流石の月ノ城さんでも。
今の一撃を受けて、無傷では済まないはずだ。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
だが――。
「……いない?」
そこに。
月ノ城さんの姿はなかった。
その瞬間、背筋を、凍り付くような寒気が走った。
――後ろ。
俺は咄嗟に振り返る。
「……ッ!?」
そこには。
刀を鞘へ収め。
抜刀術の構えを取る――。
月ノ城さんが立っていた。
「流石に――」
月ノ城さんは静かに腰を落とす。
「ここまで強くなるとは、思わなかった」
刀の柄へ手を掛ける。
「だが――」
紅い瞳が、俺を捉えた。
「詰めが甘かったな」
――抜刀。
「熾炎流抜刀術――弐ノ型」
刀が、鞘から放たれる。
「――『皐月』」
瞬間。
一つだった斬撃が――。
五つへ分かれた。
いや、違う。
五回斬ったんじゃない。
五つの斬撃が――。
全く同時に襲い掛かってきた。
「なっ――!?」
防御が――。
間に合わない。
────ズバァァァッ!!
身体へ、五つの衝撃が走った。
「ぐあああああッ!!」
全身から血が噴き出す。
身体は大きく吹き飛ばされ、何度も地面を転がった。
「ぐっ……!」
痛い。
身体が――動かない。
だが。
首だけは、咄嗟に両腕で守った。
「……危なかった」
もし、一瞬でも反応が遅れていたら。
今頃――。
俺の首は、本当に地面へ転がっていた。
「やめろぉぉぉ!!」
遠くから、御剣の叫び声が聞こえる。
「彼から離れろ!!」
立たないと。
早く――。
立ち上がらないと。
だが、指一本、動かせない。
身体から流れ出した血が、ゆっくりと地面を赤く染めていく。
「くそ……」
このままじゃ――。
「じゃあな――新人」
月ノ城さんは刀を振り上げる。
だが。
一瞬だけ、何かを考えるように目を細めた。
「……いや」
紅い瞳が、静かに俺を見下ろす。
「執行者――さらばだ」
もう――駄目だ。
身体は動かない。
避けることも。
防ぐこともできない。
月ノ城さんが、刀を振り下ろそうとした――。
その瞬間。
────カラン。
何かが地面へ落ちる音がした。
「……?」
いつまで経っても、刃は振り下ろされない。
俺は恐る恐る目を開けた。
そこには――刀を地面へ落とした月ノ城さんが立っていた。
「……何だ?」
月ノ城さんは、自分の右腕へ視線を向ける。
その腕から、鮮血が、静かに流れ落ちていた。
……何が起きた?
月ノ城さんが、自分から刀を落とすはずがない。
誰かが――攻撃した?
その時、耳に装着していた通信機から、聞き覚えのある声が響いた。
『黒杉さん! すみません!! 援護に遅れました!!』
「……サンク?」
サンクの声だった。
「おまっ……! 今まで何してたんだよ!?」
俺は思わず叫びそうになり、慌てて声を抑える。
『すみません! ちょっと準備に時間が掛かりまして!』
「遅すぎるだろ……! こっちは今、殺されかけてたんだぞ!」
月ノ城さんに聞かれないよう、小声で通信機へ話し掛ける。
「それより……今、どこにいる?」
『右を見てください!』
「右……?」
言われた通り、視線だけを右へ向ける。
その時、通信機の奥から――。
────パァン!!
乾いた発砲音が聞こえた。
次の瞬間。
────バシュッ!!
「……ッ!」
月ノ城さんの太腿から、鮮血が弾け飛んだ。
何かが命中した。
……銃弾だ。
だが、右を見ても――。
誰もいない。
「……どこだ?」
『あっ、今こっちを見ましたね』
「いや……見たけど、誰もいないぞ」
『もう少し遠くです!』
「遠く……?」
目を凝らす。
だが、人影らしきものは、どこにも見当たらない。
「お前……いい加減にしろ」
俺は小声で問い掛けた。
「一体、どこにいるんだ……?」
『山です』
「…………」
一瞬。
何を言われたのか、理解できなかった。
「……山?」
『はい!』
俺は、ゆっくりと遠くへ視線を向ける。
丘の遥か向こう。
霞んで見える――。
巨大な山。
「……まさか」
俺は目を細めた。
「あそこから撃ったのか……?」
俺は言われた通り、遠くの山へ視線を向ける。
だが――。
「……嘘だろ」
山までは、明らかに十キロ以上、もしかしたらそれ以上離れていた。
人影なんて見えるはずもない。
まさか――。
あそこから、月ノ城さんを狙撃したのか!?
『すみません! 本当に! あそこまで離れないと、月ノ城さんに殺気を察知されてしまうんです!』
その時。
再び、銃弾が月ノ城さんの身体を撃ち抜いた。
発砲音は――聞こえなかった。
山が霞むほど離れているんだ。
当然、ここまで届くはずがない。
「……ッ!」
月ノ城さんの表情が、僅かに歪む。
「小癪な……!!」
紅い瞳が、遠く離れた山を睨み付けた。
「やべ……!」
『ご、ごめんなさい! 次の弾を装填するまで三秒掛かります! 何とかしてください!!』
「無茶言うなよ!!」
御剣は満身創痍で、まともに動けない。
俺も全身を斬られ、立ち上がることすらできなかった。
――三秒。
普段なら、一瞬にも等しい時間。
だが、今の月ノ城さんなら――。
俺たちを仕留めるには、十分過ぎる時間だった。
月ノ城さんは地面へ落とした村雨を拾わない。
代わりに、懐から一本のナイフを取り出した。
「今度こそ――終わりだ」
月ノ城さんが、ナイフを振り上げる。
……万事休すか。
避けられない。
防げない。
そして――。
ナイフが振り下ろされた。
────キィィン!!
甲高い金属音が響き渡る。
「……?」
だが、いつまで経っても、刃は俺へ届かなかった。
ゆっくりと顔を上げる。
そこには――。
銀色の髪を靡かせ。
紅黒い大剣で、月ノ城さんのナイフを受け止める少女の姿があった。
「ヨウイチ……!」
「……アイリス」
その声を聞いた瞬間。
張り詰めていた力が、僅かに抜けた。
……良かった。
無事だったんだな。
「……どいて」
「……?」
静かな声だった。
怒鳴っているわけでもない。
殺気を放っているわけでもない。
それなのに――。
月ノ城さんの紅い瞳が、僅かに見開かれた。
────ボォォォッ!!
次の瞬間。
アイリスの周囲から、凄まじい灼熱が噴き上がった。
赤と黒
二色の炎が大地を焼き、周囲の空気を大きく歪ませる。
その熱量に、月ノ城さんは咄嗟にナイフを引き、大きく後方へ距離を取った。
アイリスは追わない。
すぐに俺の方へ振り返り、その場へ膝をついた。
「ヨウイチ……」
紅い瞳が、俺の傷を見つめる。
「すごい……怪我……」
「……まぁ、少しやられただけだ」
「少しじゃない……」
アイリスは震える手を、俺の傷へ近付けた。
「待って……今、治すから……」
「でも、回復無効化されて……」
「シャラップ」
「はい……」
すると、アイリスは足のポーチから丸薬を取り出して、何故か自分の口に含んだ。
そのまま、口を含んだまま俺のマスクを取って、顔に近づき、そのまま。
口と口を重ねた。
そのまま舌を入れ、濃厚に濃密に絡め合う。
ちょっと、アイリスさん人前ですよ?
というかさりげなく舌を入れないでくれませんかね!?
「あわわわ……」
「ふむ……」
『熱いですねぇ』
おい!馬鹿勇者!なに顔を赤くして、目を逸らしているんだ!乙女かよ!てか止めろ!!
てか、月ノ城さんも観察するのやめてくれませんか?
サンク!!テメェ!!通信機でわざと聞こえるように言ったな!?
そんな濃厚時間が、過ぎ去っていく。長いようで短い。
その瞬間、身体に蝕む何かが温かい炎で満たされるかのように、浄化されていく気がした。
ふと身体の傷をみると、徐々に治っていく。
確かに回復を無効化された筈なのに、どういうことだ?
そして、お互いの顔は離れる。
アイリスは舌を出し妖艶な顔をして満足げに言ってくる。
「どう・・・?うまかった?」
「それ、今の現状で聞くことなのか?」
そう言うと、頬を膨らませる。
「いや、美味かったよ! でも、今ここで聞くことじゃないと思うぞ!?」
そう答えた、その時。
先ほどまで動かなかった身体に、少しずつ力が戻ってくる。
「……動く」
同時に、月ノ城さんは地面へ落ちていた村雨を拾い上げ、一気にこちらへ斬り掛かってきた。
「……!」
アイリスは瞬時に大剣を片手で構え、その斬撃を受け止める。
────ギィィン!!
激しい火花が飛び散る。
アイリスは片手で村雨を押し返しながら、俺へ視線だけを向けた。
「じゃあ……後で聞く」
その直後――。
────パンッ!!
発砲音が響く。
月ノ城さんの肩へ銃弾が命中し、その身体が僅かに揺らいだ。
その隙に、俺はゆっくりと立ち上がる。
片手には、銃口から白い煙を立ち昇らせる拳銃。
そして、もう片方の腕でアイリスを抱き寄せた。
「……覚えてたらな」
すると、アイリスは俺の顔へ近付き――。
今度は、頬へ軽く口付けた。
……可愛い奴め。
月ノ城さんは何も言わない。
ただ無表情のまま村雨を構え、紅い瞳で俺たちを見据えていた。
俺もアイリスから腕を離し、拳銃と黒姫ノ紅を構える。
そして――。
月ノ城さんへ向け、静かに告げた。
「第二ラウンドだ」
あの……ブクマほしいっす……




