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第36話 切ない再開は、魔物氾濫の前触れであるの話

改稿済

俺たちは、いくつかの店で情報を集めた後、怪しまれないよう店を後にした。

周囲を軽く見回し、俺はフードを深く被り直す。そのまま、次の店へ向かうことにした。


「ごしゅじーん。なんで、そんなに深く被っているのだー? 前は見えるのかー?」

「ああ、ちょっと事情があってな……色々と」

「ヨウイチ……」


ファノンの純粋な疑問に、俺は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。

そんな俺を、アイリスはフード越しにも顔色が分かるかのように、不安そうな表情で見つめている。


……今の俺は、一体どんな顔をしているのだろうか。


やはり、この国にいるせいなのか。

あいつの顔が、何度も脳裏をよぎる。


嫌悪、怒り、憎しみ。


様々な負の感情が胸の奥底で渦を巻き、黒い何かとなって静かに込み上げてくる。

やがて、その黒い感情に呼応するように、頭の奥でノイズが走った。


――ザザッ……。


誰かが何かを呟いている。

けれど、言葉までは聞き取れない。

いや……聞いてはいけない。

そんな確信にも似た警鐘が、頭の中で鳴り響いていた。


その時だった。

ふいに、右手へひんやりとした感触が伝わる。

冷たい――だが、不思議とどこか温かい。

その感触に、霞がかっていた意識が一気に引き戻される。

視線を落とすと、アイリスがそっと俺の右手を握っていた。


「大丈夫……?」

「あ、ああ……大丈夫だ。少し、ぼーっとしていただけだ」

「そう……無理しないで?」


心配そうに見つめるその瞳と、優しく握られた手。

その温もりが、胸の奥に引っかかっていた何かを、そっと溶かしていくような気がした。


……俺は、一体何を考えていたんだろう。


気が付けば、胸の奥で渦巻いていた黒い感情は、跡形もなく消えていた。

理由は分からない。

それでも、今は考えている場合じゃない。

俺たちは再び店を回り、情報収集を続けた。


────【3時間後】


薬草屋やアクセサリー屋など、手当たり次第に店を回ったが、有力な情報は得られなかった。

収穫のないまま店を出る。

その時、すれ違いざまに誰かと肩がぶつかった。


「きゃっ……」


「おっと」


咄嗟に謝ろうと顔を上げる。

……その瞬間、息が止まった。


聞き覚えのある声。

見覚えのある顔。


目の前に立っていたのは、美空、一樹、そして佐野だった。

思わず、名前を呼びそうになる。

だが、寸前で下唇を強く噛み締め、その言葉を無理やり喉の奥へ押し戻した。


ここで、俺の正体を明かすわけにはいかない。

下手に名乗れば、混乱を招くだけだ。


……何より、あいつの存在がある。


板野は美空を狙っている。

今、この瞬間もどこかで俺たちを見ているかもしれない。

だからこそ、一つでも判断を誤るわけにはいかなかった。

もし正体が露見すれば、板野がどんな行動に出るか分からない。

そんな危険に、美空を巻き込むわけにはいかなかった。


俺は懐から黒いマスクを取り出し、素早く顔を隠す。


「すまない」

「い、いえ……こちらこそ申し訳ございません」


この世界へ来て、まだ数か月しか経っていない。

それなのに、もう何年も離れていたような気がした。


久しぶりの再会だからだろうか。

懐かしさに胸が締め付けられる。


元気にしているだろうか。

怪我はしていないだろうか。

訓練は辛くないだろうか。


……ちゃんと笑えているだろうか。


次々と様々な思いが胸をよぎる。

その時だった。


「あの……」


美空に声を掛けられ、俺は我に返った。


「何だ?」


……しまった。

流石に見つめ過ぎただろうか。

無意識のうちに、懐かしさへ引き寄せられていたらしい。


迂闊だった。

正体を隠すと決めたばかりだというのに、自分から怪しまれるような真似をしてしまった。

美空の視線が、真っすぐ俺へ向けられる。


「どこかで、お会いしたことありませんか……?」

「……いや。俺は、初めましてなんだが」

「すみません。私の勘違いだったみたいですね」


勘が鋭いのか、それとも鈍いのか。

幸い、正体までは気付かれていないようだった。


安堵した瞬間、背中を伝う嫌な汗に気付く。

すると、美空は少しだけ困ったように笑い、再び口を開いた。


「貴方を見ていると、何だか懐かしい気持ちになるんです。それに……大切な友人に、とても似ていて……」

「……そうか」


美空は寂しそうに目を伏せた。

本当に勘が鋭いのか、それとも偶然なのか。

俺は思わず目を逸らしそうになる。


……だが、それでは怪しまれる。

必死に感情を押し殺し、美空を真っすぐ見つめ返した。


――『大切な友人』。


その一言が、胸の奥深くへ鋭く突き刺さる。

まるで心臓を抉られたような痛みだった。

少しでも気を緩めれば、今すぐ「俺だ」と名乗ってしまいそうになる。

だから俺は、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。


「あははっ! いやー…初対面の人に何言ってるんだろー!私!」


そう言って、美空は笑って誤魔化した。


……だが、俺は知っている。


こういう時の美空は、無理をして笑う。

その笑顔の裏で、一人で抱え込み、誰にも弱さを見せようとしないことを。

そんな姿が痛々しくて、思わず視線を落としてしまう。

長い付き合いだからこそ分かることがある。


懐かしさと安堵。


そして、何も知らないまま笑う彼女を騙しているような罪悪感。

様々な思いが胸の奥から込み上げてきた。


その時だった。


「おーい! 美空ー! はよ行くぞー!」


少し離れた場所から、一樹の声が響く。


「あ、今行くよ! 急に変なこと言って、ごめんなさい! それじゃあ、失礼します!」


その時だった。


――ドォォォンッ!!


激しい爆発音が、どこからか響き渡る。

反射的に音のした方へ視線を向けると、いくつもの黒煙が空へ立ち昇っていた。

あの方角は……西門だ。


「ま、まさか……!?」


美空たちは状況を察したのか、表情を強張らせる。

その時、ファノンが慌てた様子で声を上げた。


「ごしゅじん! 魔物の反応なのだ!!」

「そうか。クレナ、武器になってくれ!」

「はいっ!」

「アイリス、ファノン。行くぞ!」


二人は力強く頷く。

感傷に浸っている暇はない。

頭の中は、一瞬で戦闘へと切り替わった。

すると、美空が慌てて俺たちを呼び止める。


「待って! 貴方たちだけじゃ危ないわ! 私たちも行く!」

「そうか、勝手にしてくれ」


俺は短く答え、そのまま続ける。


「【スピードアップ】は使えるか? 俺は先に行く」

「ま、任せて!!」


佐野は一歩前へ出ると、すぐさま【スピードアップ】を発動した。

身体がふっと軽くなる。


「行くぞ!」


地面を強く蹴った瞬間、景色が一気に後方へ流れた。


「は、速い……! 一樹、佐野! あの人について行くわよ!」

「おう!」

「分かった!」


美空たちは俺の後を追って駆け出す。

その頃には、既に数体の魔物が行く手を塞いでいた。


――ゴァァァッ!!


魔物が咆哮を上げ、一斉に飛び掛かってくる。


(全部で六体か……前衛が四体。後ろの二体は魔法を使うタイプだな)


一瞬で配置を把握する。

まず潰すべきは後衛。

前衛は目くらましにすぎない。


「クレナ」

『はいっ!』


手の中の短刀が僅かに震える。

魔力が刃へと流れ込み、黒い刀身が鈍く輝いた。

最初の魔物が爪を振り下ろす。


半歩だけ身体をずらす。

爪は髪を掠めることなく空を切った。


「遅い」


首筋へ短刀を一閃。

魔物は悲鳴すら上げることなく崩れ落ちる。

二体目が横から噛み付こうと飛び掛かる。


黒姫ノ紅を逆手へ持ち替え、その勢いのまま喉元へ突き立てる。

勢いを利用して魔物を蹴り飛ばすと、その身体が後方の魔法使いへ激突した。


「今だ」


体勢を崩した魔法使いへ一気に距離を詰める。

その隣では、もう一体の魔法使いが杖をこちらへ向けていた。


「遅い」


一閃――二閃。


魔法が放たれるより早く、二体の魔物が同時に地面へ崩れ落ちた。


「残り二体」


相手の動きが鈍い。

明らかな動揺と恐怖。


それを見逃さない。


黒姫ノ紅が紅い軌跡を描く。

二体の魔物は何が起きたか理解する間もなく地面へ倒れ伏した。


「このまま突っ走るぞ!!」

「あの男の人……強い。一体、何者なの?」

「ああ。無駄な動きが一つもない。それに、急所だけを正確に狙ってる。小型の魔物なら一撃で仕留めているな……暗殺者か?」


一樹は黒杉の動きを目で追いながら、静かに分析する。


「あの銀髪の少女も、白と黒の髪をした少女も尋常じゃない強さだ。あんな連携、普通じゃないぞ。」


苦笑しながら続ける。


「それに、武器に変身する少女までいるのかよ……。異世界って、何でもありだな。」


後ろから聞こえてくる二人の会話に、思わず苦笑が漏れる。


……何者か、か。


まさか、村人だった俺が、そんな風に言われる日が来るなんてな。

少し前の俺なら、笑って信じなかっただろう。


ファノンの案内に従い、西門へと辿り着く。

そして――俺たちは、その光景に息を呑んだ。


「……ッ」


視界を埋め尽くすほどの魔物。

およそ四、五千体はいるだろうか。

地平線の彼方まで続く黒い軍勢が、大地を黒く染め上げていた。

咆哮が響き渡り、土煙が舞い上がる。

街へ押し寄せる魔物の波は、まるで終わりが見えない。


「な、何よ……これ……」


美空は顔を青ざめさせる。


「なんでだ!? 今まで数百体規模だったのに……なんで、こんな数になってるんだよ!?」


……これは異常だ。

**魔物氾濫スタンピード**なんてレベルじゃない。

自然発生で説明できる数じゃない。


門へ視線を向ける。

既に数人の勇者たちが、押し寄せる魔物を必死に食い止めていた。

よく目を凝らすと、その中には見覚えのある顔がいくつもある。


……クラスメイトだ。


そして、その最前線で剣を振るいながら、仲間へ的確に指示を飛ばす人物がいた。


……御剣。


あの頃とは違う。

仲間を率い、誰よりも前に立つ姿は、立派な勇者そのものだった。


ただ、一つだけ違うところがある。

勇者の象徴ともいえる聖剣ではなく、御剣が握っていたのは、刃こぼれだらけで幾度となく修理を重ねた一本の剣だった。


それでも、その剣を振るう姿に迷いはない。

積み重ねてきた努力だけで、ここまで辿り着いたのだと、一目で分かった。


「右側を抑えて! 後衛は前に出るな! 負傷者はすぐ下がれ!」


以前の面影は残っている。


だが、あの頃とは違う。

仲間を導く立派な勇者になっていた。

その御剣は、美空たちの姿に気付き、こちらへ駆け寄ってくる。


「美空さんたち、来てくれたのか! ……ところで、その人は?」

「この人は、たまたま店でばったり会ったの。一緒に戦ってくれるって言うから、ここまで付き合ってもらったの」


御剣の青い瞳が、じっと俺を見据える。


(……まずい)


疑われたか。

それとも――俺の正体に気付いたのか。


「大丈夫ですか? 一般人なら危ないと思うのですが」


「大丈夫だ、戦える」


……ただの心配だった。


相変わらず、優しい奴だ。

だが、一つだけ気になることがあった。

御剣が握る剣へ視線を向ける。


(あの剣……)


刀身は無数に刃こぼれし、傷だらけ。

今にも折れてしまいそうなほど酷い状態だ。


(なんで、あんなボロボロの剣を使っているんだ……?)


勇者なら、聖剣とは言わずとも、もっと良い武器を持っていてもおかしくない。

それなのに、あいつは迷うことなく、その剣を握っている。


(それに……なんで、あの剣で魔物を斬れている?)


普通なら、とっくに刃が潰れているはずだ。

まるで、剣の性能ではなく、御剣自身の腕だけで斬っているようだった。


「御剣さん危ない!!」

「……!?」


御剣の背後へ、数体の魔物が一斉に襲い掛かる。


「しまっ……!」


御剣は咄嗟に剣へ手を伸ばす。

しかし、一瞬だけ反応が遅れた。

この距離では、剣を抜く方が間に合わない。


――パンッ!!


乾いた発砲音が戦場に響く。

次の瞬間、魔物は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

よく見ると、その脳天には小さな風穴が空いている。


「な、なんだ!?」


御剣は驚いて振り返る。

そこには、この世界には存在しないはずの異質な武器――拳銃を構えた俺の姿があった。


「じゅ、銃!? なんで、この世界に……!?」


美空が目を見開き、思わず声を上げる。


「銃!? なぜこの世界に!?」


「説明は後だ! 今は魔物を止めるぞ!!」


俺は迷うことなく、魔物の群れへ突っ込む。


アイリスとファノンも、俺の動きに合わせるように駆け出した。


「ファノン! 変身しなくても戦えるか?」

「ごしゅじん! まかせておけー!!」


ファノンは大きく息を吸い込む。

次の瞬間――。


「なのだぁぁぁぁ!!」


蒼い業火が一直線に放たれた。

鵺や竜の姿で放つブレスには及ばない。

それでも、その威力は十分だった。

蒼炎は魔物の群れを飲み込み、次々と焼き尽くしていく。

焼け焦げた魔物は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、後続の魔物たちも炎に呑まれていった。


「今だ!」

「全てを焼却せよ――『黒焔の禍剣スルト』!!」


アイリスの周囲に、幾重もの赤い魔法陣が浮かび上がる。

その中心から現れたのは、鮮血のように紅く染まった大剣。

刀身には赤と黒の炎が絡み付き、妖しくも美しい輝きを放っていた。


「ハァァァッ!! 『焔獄のヘイム・ヴォル』!!」


アイリスが勢いよく大剣を振り下ろす。

赤黒い炎が巨大な渦となって魔物の群れへ襲い掛かった。


その瞬間だった。

ファノンが放った蒼炎が、その渦へと吸い込まれる。


赤、黒、そして蒼。


三色の炎は互いを拒むことなく溶け合い、一つの巨大な炎獄へと姿を変えた。

渦は轟音を上げながら膨れ上がり、触れた魔物を次々と飲み込んでいく。

悲鳴を上げる暇すら与えられない。

炎獄へ呑まれた魔物は、その身を灰すら残さず焼却されていく。


アイリスは驚いたように目を見開く。


「ファノンちゃん……!」

「今なのだ!!」


アイリスとファノンは互いに視線を交わし、声を重ねる。


『『蒼黒焔獄融合ラグナ・ヴォル・レギオン』』


勇者たちは、二人の圧倒的な戦いぶりに目を見開く。


「なんだ!? あの二人、むちゃくちゃ強いぞ!!」

「あれだけで前線を押し返してるのかよ!?」

「銀髪の子もすげぇけど、あの白黒髪の子は何者なんだ!?」

「ばっか! 銀髪の方がいいだろ!!ハァハァ!」

「いやいや! 白黒髪も可愛いだろ!!ハァハァ!」


……何か変なのまで混ざっているが、気にしないでおこう。

俺は懐から手榴弾を取り出し、安全ピンを引き抜く。

敵の密集地点を一瞬で見極め、【石投げEX】を発動させ、そのまま大きく振りかぶった。


「そこだ」


手榴弾は弧を描き、魔物の群れの中心へ落ちる。


次の瞬間――。


ドォォォォンッ!!


轟音とともに爆炎が巻き起こり、衝撃波が周囲の魔物を吹き飛ばした。

爆心地にいた魔物は肉片すら残さず消し飛び、周囲の魔物も爆風に巻き込まれて次々と倒れていく。


「ちょ、ちょっと待って!? 手榴弾まであるの!? 貴方、一体何者なの!?」


美空は口をぽかんと開けたまま、信じられないものを見るように俺を見つめる。

まぁ、そんな反応になるのも無理はない。

この世界に、日本のような火器は存在しない。

精々あっても、火縄銃程度の代物だろう。


「それより、街にいる魔物を何とかしてくれ。こっちは俺たちが何とかする」

「わ、分かったわ!」


美空は勢いよく頷く。


まぁ、あの光景を見た直後だ。

呆然としてしまうのも無理はない。


俺はアイリスとファノンへ視線を向ける。


「アイリス、ファノン。しばらく勇者たちと一緒に街を守ってくれ」

「わかったのだー!」

「気を付けてね」


「頼む。あいつらは俺の大切な仲間なんだ。それと――俺の名前はまだ明かすな」

「了解なのだ!」

「任せて」


二人は力強く頷き、そのまま街へ向かって駆け出していく。

その様子を見届けると、御剣が俺の隣まで歩いてきた。


「僕も手伝わせてくれ! 足手まといにはならない!」


俺は御剣を一瞥する。

その目には恐怖よりも、強い覚悟が宿っていた。


「危険だぞ」

「何を言ってるんだい?危険なのは君も同じだろ?」

「……そうか。勝手にしてくれ…」


本当に、お節介な奴だ。

……やっぱり御剣は御剣だな。

俺は思わず、マスクの下で小さく笑みをこぼした。


俺と御剣は、ほぼ同時に魔物の群れへ飛び込んだ。


正面から、小型の魔物が三体。

一体目の攻撃を身を屈めて躱し、そのまま懐へ潜り込む。

クレナの刃を横薙ぎに振るい、首元を斬り裂いた。

振り返る勢いを利用し、二体目の胸へ蹴りを叩き込む。

体勢を崩したところへ、一歩踏み込み――急所へ刃を走らせた。


「次……!」


倒れた魔物を飛び越え、さらに奥へ進む。

だが――。


「グルァァァッ!!」


倒し損ねた一体が、背後から爪を振り上げていた。


「危ない!!」


御剣が俺と魔物の間へ滑り込む。

次の瞬間、傷だらけの剣が白い軌跡を描いた。


魔物は一刀のもとに斬り伏せられ、その場へ崩れ落ちる。

刀身に付着した血は淡い光に包まれ、白い花びらへと変わって消えていった。


……やっぱり、おかしい。


あれだけ刃こぼれした剣で、どうして魔物を一刀両断できる?

剣の性能じゃない。

御剣自身の技量が、あの剣の限界を無理やり超えているのか……?


「大丈夫かい?」

「……ああ。助かった」


流石は勇者、といったところか。

いや――あの頃とは違う。

動きに無駄がない。

一歩踏み込むたびに白い花びらが舞い、傷だらけの剣とは思えないほど、その剣技は華やかだった。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。なんていうんだい?」

「今、この状況で聞くのか?」

「こういう状況だからこそ、さ」


次々と魔物が俺たちを取り囲む。

俺と御剣は自然と背中を預け合い、クレナと傷だらけの剣を、それぞれ迫り来る魔物へ向けた。


……昔なら、逆だったかもしれない。


俺が御剣の背中を守る日が来るなんてな。

俺は迫り来る魔物を睨みながら、御剣の問いに答えた。


「名乗るほどでもないさ」


……単純に、偽名が思いつかなかっただけだ。


「そうか。なら、また今度教えてもらうことにするよ」

「まぁ、いずれな」


魔物が御剣の死角から襲い掛かる。

だが、俺が声を掛けるよりも早く、御剣は身体を反転させ、傷だらけの剣で斬り伏せた。

同時に、俺も御剣の背後へ迫っていた魔物へ拳銃を向ける。


――パンッ!!


放たれた弾丸は眉間を正確に撃ち抜き、魔物はその場へ崩れ落ちた。


「……ははっ」


突然、御剣が楽しそうに笑う。


「なんだ?」

「いや……君と一緒に戦っていると、不思議な感じがするんだ」


御剣は迫り来る魔物を斬り払いながら、言葉を続ける。


「まるで、ずっと昔から一緒に戦ってきた友達みたいだ。何も言わなくても、次に何をするのか分かる」


傷だらけの剣が、俺の横をすり抜ける。

背後から迫っていた魔物が斬り伏せられた。

俺も振り返ることなく拳銃を構え、御剣の死角へ一発撃ち込む。


――互いに、言葉は必要なかった。


どちらかが前へ出れば、もう片方が背後を守る。

俺が敵の体勢を崩せば、御剣が斬る。

御剣が敵を引き付ければ、俺が急所を撃ち抜く。

初めて共闘したとは思えないほど、俺たちの動きは噛み合っていた。


「すごく息ぴったりだ」

「……奇遇だな。俺も同じことを思っていた」


まぁ、当然なのかもしれない。

俺たちは、ずっと一緒にいたんだからな。


もちろん――今の御剣は、そのことを知らないが。


魔物たちは仲間を倒されたことで興奮し、怒りに満ちた咆哮を上げる。

次の瞬間、四方を取り囲んでいた魔物が、一斉に襲い掛かってきた。


「ジャッジメント!!!」


御剣が傷だらけの剣を天へ掲げる。

刀身から眩い光が溢れ出し、空に巨大な魔法陣が展開された。


次の瞬間――。


幾筋もの光の柱が空から降り注ぎ、魔物の群れを次々と呑み込んでいく。

光に包まれた魔物は跡形もなく消え、辺りには白い花びらだけが舞い落ちた。


「……すごいな」


あれも勇者の力なのか?

以前より、威力も範囲も格段に上がっている。


だが――御剣の呼吸が僅かに乱れていた。


あれほどの大技だ。当然、消費する魔力も少なくないだろう。

俺は懐から丸薬を取り出し、御剣へ放り投げる。


「御剣。魔力が減っているなら、これを食っとけ」

「っと……これは何だい?」


御剣は片手で丸薬を受け取る。


「魔力回復の薬だ」

「薬……? これが?」


不思議そうに眺めながらも、御剣は迷うことなく丸薬を口へ放り込み、噛み砕いた。


次の瞬間――御剣の身体から、再び強い魔力が溢れ出す。


「なっ……!?」


御剣は自分の手を見つめ、驚いたように目を見開いた。


「すごいな、これ! 消費した魔力が完全に回復したぞ!?」

「驚くのは後だ。ほら、手を動かせ」

「君、意外と人使いが荒いな!?」


そう言いながらも、御剣はどこか楽しそうに笑い、再び傷だらけの剣を構えた。


「口を動かす暇があるなら、敵を倒せ」

「はいはい!」


御剣が苦笑しながら、傷だらけの剣を構える。

その直後――俺は迷うことなく、御剣へ銃口を向けた。

同時に、御剣も俺へ向けて剣を振るう。


――パンッ!!


銃声と、剣が空を斬る音が重なった。

放たれた弾丸は御剣の頬を掠め、その背後から襲い掛かろうとしていた魔物の眉間を撃ち抜く。

御剣の剣も俺の横を通り過ぎ、背後へ迫っていた魔物を斬り伏せた。

二体の魔物が、ほぼ同時に地面へ崩れ落ちる。


俺たちは互いに振り返らない。

確認する必要なんてなかった。

相手なら必ず仕留める――不思議と、そう信じられた。


「……やっぱり、息ぴったりだね」

「戦闘中だぞ。集中しろ」

「君も少しくらい認めてくれてもいいだろ?」


そんな軽口を交わしながら、俺たちは再び魔物の群れへ飛び込んだ。


────それから、一時間ほど経っただろうか。


どれだけ斬った。

どれだけ撃った。

既に数えることすらやめていた。


それでも――。


魔物の数は、一向に減る気配がない。

それどころか、先ほどよりも密度が増しているように見える。


「……御剣。何か気付かないか?」

「ああ。僕も、おかしいと思っていた」


俺たちは迫り来る魔物を倒しながら、ほぼ同時に口を開く。


「「さっきより、魔物が増えている」」


やっぱり、御剣も気付いていたか。

見間違いじゃない。

魔物は減るどころか、時間が経つほど増え続けている。

それだけじゃない。

最初に現れた魔物より、動きが速い。

攻撃も重くなっている。


明らかに――後から現れる個体ほど強くなっていた。


「これじゃ、キリがないな……」


思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

倒しても、倒しても増え続ける。

しかも、後から現れる魔物ほど強くなっている。


……さて、どうする。


そう考えていた、その時だった。


「ごしゅじーん!!」


聞き慣れた声が、頭上から響く。


「ファノン!」


空を見上げると、巨大な竜へと姿を変えたファノンが、こちらへ向かって飛んでいた。

大きな翼が力強く羽ばたく。


次の瞬間――。


ゴォォォォッ!!


凄まじい風圧が地上へ叩き付けられ、周囲を取り囲んでいた魔物たちが次々と宙へ吹き飛ばされた。


「うおっ……!?」


俺は咄嗟に足へ力を込め、その場で踏ん張る。

……危うく、俺たちまで吹き飛ばされるところだった。

もう少し加減できないのか、あいつは。


「ド、ドラゴン!?」


御剣は驚きながらも、即座に傷だらけの剣を構えた。


「待て、御剣。味方だ」

「味方!? ドラゴンが!?」

「安心しろ。さっき一緒にいた、白黒髪の子だ」

「白黒髪の子じゃないのだ!! ファノンなのだー!!」

「はいはい。ファノンな」

「扱いが雑なのだー!!」


ファノンの抗議を軽く受け流す。


「ちょっと待って。ドラゴンを味方にするなんて……君は一体、何者なんだ?」

「いぶくろをつかまれたのだー!」

「胃袋!? ご飯に釣られて仲間になったの!?」


御剣の鋭いツッコミが飛ぶ。

……まぁ、正確にはドラゴンじゃなくて、竜へ変身した鵺なんだけどな。

それを説明すると余計に話がややこしくなりそうなので、黙っておくことにした。


「むぅ……ご飯だけではないのだ。ご主人は、いっぱい頭を撫でてくれるのだー!」

「そこも重要なんだ……」


ファノンの言葉を聞き、御剣はようやく警戒を解いた。


「すまない。いきなり剣を向けてしまった」

「分かればいいのだー!」


御剣が傷だらけの剣を下ろしたところで、俺は話を戻す。


「それで、どうしたんだ? ファノン」

「そうだったのだ!」


ファノンは何かを思い出したように翼を大きく広げる。


「ご主人! あっちの方から、すっごく強い魔力を感じるのだ!」


ファノンが巨大な前脚を持ち上げ、丘の方角を指し示す。

その先へ目を向けた瞬間――背筋に冷たいものが走った。

遠く離れているはずなのに、空気が重い。

禍々しい魔力が黒い靄のように辺りへ充満し、こちらまで肌を刺すような圧を放っていた。


……間違いない。


魔物は、あの方角から現れている。

おそらく――あそこに、この異常な**魔物氾濫スタンピード**を引き起こしている原因がある。


「分かった。ファノン、ありがとう」

「あと、アイリスも後でそっちに向かうそうなのだ!」

「そうか。ファノンは引き続き、門を守ってくれ」

「任せるのだー!」


ファノンは大きく頷くと、翼を力強く羽ばたかせた。

巻き起こった風に思わずフードを押さえる。

そのまま巨大な竜の身体は空高く舞い上がり、門の方角へ戻っていった。


……というか、あの姿で街の上を飛んで大丈夫なのか?


魔物だけでも大混乱なのに、突然ドラゴンまで現れたら、街の人たちが余計に混乱しそうだ。

少し心配ではあるが――今は、この状況を何とかする方が先だ。


再び前へ視線を戻す。


そこには、先ほどよりも数を増した魔物の群れが、地面を揺らしながら押し寄せていた。

ファノンが吹き飛ばして作った空間も、瞬く間に魔物で埋め尽くされていく。


「……やっぱり、倒しながら進むしかないか」


俺がクレナを構え直した、その時。

隣に立つ御剣が、傷だらけの剣を両手で握り締めた。


「なら――一撃で、全部消し飛ばせばいい!!」


剣をゆっくりと頭上へ掲げる。


「放て!! 『ラスト・カリバーン』!!」


御剣が傷だらけの剣を勢いよく振り下ろす。

瞬間、刀身へ凝縮されていた膨大な魔力が、一気に解き放たれた。

眩い光の奔流が大地を抉りながら一直線に駆け抜け、進路上の魔物を次々と呑み込んでいく。

光に触れた魔物は白い粒子となって消滅し、その圧倒的な一撃は、果てしなく続いていた魔物の軍勢を真っ二つに切り開いた。

やがて光が収まる。


そこには――丘まで真っすぐ続く、一本の道ができていた。


「……マジか」


あの頃と比べて、御剣は格段に強くなっている。

いや、強くなったなんて言葉で済ませていいのか?

傷だらけの剣一本で、数え切れないほどの魔物を一撃で消し飛ばすなんて……。

もう十分、人外の領域に片足を突っ込んでいる気がする。


「はぁ……はぁ……」


しかし、さすがに今の一撃は消耗が激しかったらしい。

御剣は傷だらけの剣を地面へ突き立て、片膝をついた。


「大丈夫か?」

「ああ……少し魔力を使い過ぎただけだ」


俺は懐から丸薬を取り出し、御剣へ差し出す。


「ほら」

「ありがとう」


御剣は丸薬を受け取ると、何の迷いもなく口へ放り込み、そのまま噛み砕いた。


……こいつ、たまに脳筋なんだよな。

普通、一度しか会ったことのない怪しい男から渡された薬を、何の確認もせずに食べるか?

まぁ、一度効果を知っているとはいえ……少しくらい警戒してもいいと思う。


「すまない、助かった。魔力も完全に戻ったよ」

「……そうか」

「どうしたんだい?」

「いや、何でもない」


今さら言っても仕方ないか。

俺は丘へ続く道へ視線を向ける。


「これなら、このまま真っすぐ進めそうだ」

「そっか。役に立てて良かった」


俺と御剣は、光によって切り開かれた道を駆け抜ける。

道中、生き残った魔物が何度も襲い掛かってきた。

だが、足を止めるつもりはない。

正面から飛び掛かってきた魔物をクレナで斬り伏せ、御剣は側面から迫る魔物を傷だらけの剣で薙ぎ払う。

互いに言葉を交わす必要すらなかった。

俺が前を切り開き、御剣が死角を補う。

そのまま、丘へ向かって突き進んでいく。


だが――。


丘へ近付くにつれ、周囲の空気が変わり始めた。

一歩進むたびに、肌へ纏わり付くような禍々しい魔力が濃くなっていく。


空気が重い。


呼吸をするだけで、肺の奥まで黒く染められていくような錯覚に陥る。


「……この先だ」


丘を登り切る。

そして、その先に――。


「……いた」


一人の男が、俺たちに背を向けて立っていた。


「……ッ!? な、何なんだ、この殺気は……!?」


御剣が足を止め、反射的に傷だらけの剣を構える。

肌を刺すような殺気。

ただ立っているだけだというのに、全身へ鋭い針を突き立てられているような圧が伝わってくる。


……姿は、俺の知っているあの人とは大きくかけ離れていた。

身体の半分は黒い何かに侵食され、周囲には禍々しい魔力が揺らめいている。


それでも――。


見間違えるはずがない。

あの白い髪も、あの立ち姿も。

何度も俺を鍛え、導いてくれた人だから。


「……月ノ城さん」

「知っているのか?」


俺の呟きを聞き、御剣が問い掛けてくる。


「あの人は……俺が所属している組織のリーダーだ」


「なに!?」


御剣は驚き、月ノ城さんと俺を交互に見た。


「だが、どうしてあんな姿になってしまったのかは、俺にも分からない」


黒い何かに侵食された月ノ城さんを見据え、クレナを強く握り締める。


「その原因を突き止め、解決するために――俺はここへ派遣された」

「組織……? リーダー……? それに、派遣?」


御剣は目を瞬かせる。


「ちょっと待ってくれ。君は一体、何者なんだ?」

「……それは後で話す」

「また後なのかい!?」


御剣は困惑した様子で頭を掻いた。

銃に、手榴弾。

武器へ変身する少女に、竜へ姿を変える鵺。

そのうえ、今度は謎の組織と、そのリーダー。


……まぁ、混乱するのも無理はない。


だが、御剣は小さく息を吐くと、すぐに表情を引き締めた。


「……まぁ、いいや。詳しい事情は後で聞くよ……!」


傷だらけの剣を握り直し、月ノ城さんへ切っ先を向ける。


「今は――目の前の敵を何とかする方が先だ」


……切り替えが早いな。

いや、考えるのを諦めただけか?


「つまり――あの人を倒せば、魔物の進行も止まるんだな?」

「……おそらくな」


俺たちは、強大な敵を前にして武器を構える。

御剣は傷だらけの剣を両手で握り締め、静かに月ノ城さんを見据えた。


「僕は……もう、二度と後悔したくない」


その声には、強い決意が込められていた。


「二度と仲間を失わないために――二度と、クラスメイトを失わせないために」


御剣は一歩前へ踏み出し、傷だらけの剣を月ノ城さんへ向ける。


「僕はここで――この魔物氾濫スタンピードの元凶を倒す!」

「……ああ、そうだな」


御剣の覚悟は分かる。

もう二度と、大切な誰かを失いたくない。

その気持ちは――俺も同じだ。


だからこそ。

俺は御剣の隣へ並び、一歩前へ踏み出した。

クレナを握る手に力を込め、その切っ先を月ノ城さんへ向ける。


「でも――俺は、あの人を倒すために来たんじゃない」


月ノ城さんを覆う黒い侵食を真っすぐ見据える。


「もう誰も失わないために――」


一度、強く息を吸う。


「俺はあんたを救うことを、執行する」


傷だらけの剣を構える勇者――御剣。

紅い刃を構える執行者――黒杉。


目的は違う。


それでも、守りたいものは同じだった。


俺たちは互いの決意を胸に、変わり果てた月ノ城さんへ立ち向かった。

キャー!ミツルギサーン!

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