第33話 やはり報告の後は奪還作戦だよなの話
改稿済
ここは第四会議室。
普段なら意見が飛び交うこの部屋も、今は重苦しい静寂だけが支配していた。
集まっているのは、ハグレや疾嘉をはじめとする第十三課の隊員たち。
誰一人として口を開こうとはせず、張り詰めた空気が室内を覆っている。
今回の報告役はアクレアではない。
実際に現場へ赴き、生還したセヌーアさんが、その任を担っていた。
議題は、ただ一つ。
――フヴェズルングのリーダー、月ノ城羽咲について。
やがて、静寂を破るように立花さんが静かに立ち上がった。
「重傷ではありますが、命に別条はありません。通常であれば完治まで八ヶ月は要する傷です。しかし、あの二人なら一ヶ月ほどで戦線復帰できるでしょう」
そこで一度言葉を区切る。
「……むしろ、あの状態で生還したこと自体が奇跡です。もっとも――"あの方"の力があれば、完治もそう遠くはありません。13課の八劔先生があの方に会うために7課と一緒に向かっています。」
「あの方?八劔さん?」
疑問に思っていると、隣にいる雷嘉が小声で話しかける。
「黒杉さんも見たことあると思いますよ。ほら……修業の時、遠くからとてつもない力を感じたでしょう?。あとは八劔先生は7課の医療班を纏めている人ですね。まだあったことないなら今度案内しますよ。」
「あぁー……」
思い出した。初日に千里眼で調べた時に干渉を拒否するように、力を無効化されたんだよな。
確か、巨大な緑色の尻尾が見えたんだよな。
そして、7課の医療班を纏めている人か、初めて聞く……。
「大妖怪さまなのだー」
ファノンがさらっと、とんでもない事を言った気がした。
「……大妖怪?」
「うんうん、我たちの界隈では"山神様"と呼んでるのだ。」
「地下の広い空間が維持できているのも、山神様の力なんです。あの人工の空も、森も全部ですよ。」
おいおい、ここの地下には神様もいるのかよ。
この基地、本当に何でもありじゃねぇか。
雷嘉さんと小声で話している間に、立花さんの報告は終わっていた。
セヌーアさんは小さく頷く。
「そうか……ありがとう、立花さん」
短く礼を告げると、会議室をゆっくりと見渡した。
その表情には、普段の余裕はない。
「……じゃあ、本題に入ろうか」
その一言で、会議室の空気がさらに張り詰めた。
立花さんは報告を終えると、静かに一礼して席へ戻った。
その所作は隙がなく、どこか軍人のような規律正しさを感じさせる。
(この世界にも、こういう礼儀作法があるんだな……)
一瞬だけ、元の世界の会社員や自衛隊のような組織を思い出す。
……いや。
今はそれよりも、気になることがあった。
"あの方"。
立花さんほどの実力者が敬意を込めてそう呼ぶ人物。
しかも、命に関わるほどの重傷を負ったシルクさんとアクレアさんを、一ヶ月で戦線復帰できると言い切った。
普通なら考えられない。
アイリスの古代魔法ほどの治癒能力でもなければ、不可能なはずだ。
それに、月ノ城さんの刀には回復を阻害する能力まである。
それでも治せる人物が、この基地にはいるというのか。
……本当に、この基地は底が知れない。
「この場に集まってくれたことに感謝する」
セヌーアさんは静かに会議室を見渡した。
「皆を集めた理由は他でもない。今回の任務で何が起きたのか――そして、何故アクレアとシルクが、ここまでの重傷を負って帰ってきたのか。その全てを話すためだ」
その言葉と同時に、会議室の空気がさらに張り詰める。
誰も口を開かない。
ただ、セヌーアさんだけが重く息を吐き、頭を掻いた。
まるで、これから口にする事実を、自分自身がまだ受け入れ切れていないようだった。
「……知っての通りだ」
苦々しく呟く。
「アクレアとシルクは、ウサさんにやられた」
一瞬、言葉が止まる。
そして、ゆっくりと続けた。
「しかも、俺たちが仲間だと分かった上で……本気で殺しにきた」
会議室が静まり返る。
俺たちは、未だにその言葉を受け入れられなかった。
あの面倒見が良く、誰よりも仲間思いだった月ノ城羽咲が。
自ら仲間へ刃を向け、命を奪おうとした。
そんな現実を、信じられるはずがない。
一体、何があったのか。
「そして、もう一つ分かったことがある」
セヌーアさんは表情を曇らせた。
「ウサさんは……誰かに操られている」
会議室がざわめく。
「操っている奴さえ分かれば話は早いんだが……結局、それだけは分からなかった」
「ウサさんが……操られている?」
サンクさんが勢いよく立ち上がる。
「あの人が、誰かに操られるなんてあり得ません! それに、どうしてそう言い切れるんですか!?」
焦りの滲む声だった。
セヌーアさんは軽く手を上げる。
「まあ、落ち着け」
その一言でサンクさんは唇を噛み、渋々椅子へ腰を下ろした。
会議室が再び静まり返る。
セヌーアさんは静かに口を開いた。
「……ウサさん本人が、そう言っていた」
その一言に、全員の視線が集まる。
「本人が?」
「ああ」
セヌーアさんはゆっくり頷いた。
「操っている人物の名前までは聞き出せなかった。だが、本人曰く"呪い"らしい」
そこで一度言葉を切る。
「その人物の名前を口にした瞬間――『月ノ城羽咲は死ぬ』。そんな呪いが掛けられているそうだ」
「馬鹿な……!」
ハグレさんが思わず立ち上がる。
「そんな呪い、聞いたこともない!」
「……だが事実だ」
セヌーアさんの声は重かった。
「私は、この耳で聞いた。この目で見た。間違いない」
会議室は再び静まり返る。
誰も言葉を返せなかった。
月ノ城羽咲ほどの人物が、誰かの呪いに縛られている。
そんな現実を、誰も受け入れられなかったのだ。
しばらくの沈黙の後、立花さんが静かにハグレさんの肩へ手を置く。
「……ハグレさん」
その一言で、ハグレさんはゆっくりと深呼吸し、再び席へ腰を下ろした。
セヌーアさんは皆の様子を見渡すと、小さく頷き、話を続けた。
「そして、呪いの影響なのか……ウサさんの身体は、半分以上が黒く侵食されていた」
セヌーアさんは苦々しい表情で続ける。
「皮膚だけじゃない。腕も、顔も……まるで別の生き物に侵食されているみたいだった。あの姿は、もう人間とは呼べなかったよ」
会議室が静まり返る。
「……それでも、ウサさんは意識を保っていた。むしろ、あの状態で正気を失っていなかったこと自体が奇跡だった」
「そんな……」
誰かが小さく漏らした言葉だけが、静かな会議室に響く。
セヌーアさんはゆっくりと目を閉じる。
まるで、あの時の光景を思い返しているかのように。
しばらく沈黙が続いたあと、小さく息を吐いた。
「……すまない」
その一言には、悔しさが滲んでいた。
「ウサさんを連れて帰ることは、できなかった」
拳をぎゅっと握り締める。
「あのウサさんは異常だった。今までも何度か本気で手合わせをしたことはある。でも……あれは別物だ」
セヌーアさんは首を横に振る。
「私でも、防ぐので精一杯だった。攻める余裕なんて、一度もなかったよ」
そういえば、俺は月ノ城さんの能力を詳しく聞いたことがなかった。
あれほど強い人だ。
一体、どんな能力を持っているのだろう。
ふと気になり、俺はセヌーアさんへ尋ねる。
「そういえば俺、月ノ城さんの能力って知らないんですけど……どんな能力なんですか?」
「あぁ……」
セヌーアさんは少し意外そうな表情を浮かべる。
「そうか。クロスギには説明してなかったのか」
そう呟くと、一度会議室を見渡した。
「ウサさんの能力は……かなり特殊なんだ」
「特殊?」
「ああ」
セヌーアさんは頷く。
「まず確認だ。みんな、自分のステータスにHP・SP・MPがあることは知っているな?」
「まぁ、そこは基本ですね。体力、魔力、それと魔素を扱うための力ですよね」
「その通りだ」
セヌーアさんはゆっくり頷いた。
「だが、ウサさんだけは違う」
一瞬、会議室が静まり返る。
「ウサさんには、その三つに加えて――」
そこで言葉を切る。
「**第四のステータス【心象】**が存在する」
「…………は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
第四のステータス?。
そんなもの、今まで聞いたことがなかった。
セヌーアさんは、そんな俺の反応を見て苦笑する。
「まぁ、そうなるよな。私も初めて聞いた時は同じ反応だった」
そう言うと、一つずつ噛み砕くように説明を始めた。
「【心象】は、人によって形も性質も異なる。だが共通しているのは、その心象が強まるほど、持ち主のステータスが飛躍的に上昇するということだ」
俺は黙って耳を傾ける。
「そして、ウサさんの【心象】を支えている原動力は――【殺意】だ」
「殺意……」
思わず、その言葉を繰り返してしまう。
魔力でも、魔素でもない。
感情そのものが力になるというのか。
「もちろん、強力な分だけ代償もある。本来なら【殺意】が高まり過ぎると、理性を失い、血を求め、人を殺そうとする衝動に支配される」
「ひ、人殺しですか……」
背筋が冷たくなる。
その時、疾嘉さんが静かに口を開いた。
「でも、本来のうーさーは暴走しないなの」
全員の視線が疾嘉さんへ向く。
「うーさーは【悟りの極致】というスキルを持っているなの。そのおかげで【殺意衝動】は完全に抑え込まれていました。だから今まで暴走したことは一度もなかったなの」
「あぁ」
セヌーアさんも頷く。
「だが、呪いの影響なのか、その【悟りの極致】が機能しなくなっていた」
その言葉だけでも十分重かった。
だが、セヌーアさんはさらに続ける。
「それどころか……【殺意衝動】そのものが以前とは比べ物にならないほど強化されていた」
会議室に重い沈黙が流れる。
「それが、今回一番厄介だったんだ」
「……何があったんですか?」
俺は思わず息を呑みながら尋ねた。
セヌーアさんは頭を抱え、小さく息を吐いた。
「一番厄介だったのは、【殺意衝動】の力だ」
重い口調で続ける。
「……魔力と魔素が、殺意によって"殺される"んだ」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
魔力や魔素が、殺される?
消耗するでも、枯渇するでもない。
"殺される"という表現の意味が、まるで分からなかった。
俺の困惑した表情を見て、セヌーアさんは苦笑する。
「そういう顔になるよな。普通なら『魔力がなくなる』と言えば想像できる。でも、あれは違う」
一度言葉を切る。
「あの殺意に触れた魔力と魔素は"死ぬ"んだ」
会議室が静まり返る。
「周囲の魔素を吸収しようとしても、その"死んだ魔素"まで取り込んでしまう。その結果、能力が発動しないどころか、逆に弱体化する」
「……っ」
「魔力も同じだ。死んだ魔力を使えば、技の威力そのものが落ちる」
そして、セヌーアさんは苦々しい表情で締めくくった。
「例えるなら……腐った食べ物じゃない。人間の死体を無理やり食わされるようなものだ」
背筋が寒くなる。
「……え、それ詰んでないですか?」
思わず本音が漏れた。
能力が使えないだけでも厄介なのに、使えば使うほど弱くなる。
そんな能力、どうやって攻略しろっていうんだ……。
「……だが、弱点はあった」
セヌーアさんは静かに続ける。
「魔力による身体能力強化だ。身体の内側を巡る魔力までは、殺意に"殺されない"。だから、その点だけ見れば、魔力強化を主体に戦うシルクとアクレアさんの相性は悪くなかった」
そこで言葉が止まる。
悔しそうに拳を握り締める。
「……それでも勝てなかった」
会議室が静まり返る。
「ウサさんは、フヴェズルングのリーダーだった。私たち全員を、誰よりも知り尽くしていたんだ」
苦笑するように息を吐く。
「私たちは、あの人の観察眼を甘く見過ぎていた」
その一言が、妙に重く響く。
「正気を失ってなお、あの観察力だけは失われていなかった。一度攻撃を見せれば癖も間合いも見抜かれる。結果、私たちの攻撃はことごとく防がれた」
そして、短く締めくくる。
「……負けたよ」
その一言だけで十分だった。
すると、疾嘉さんが深いため息をつく。
「はぁー……うーさーは、昔から何考えてるのか分からない人なの。それに、変なところだけ記憶力がお化けなんですよ」
肩をすくめながら続ける。
「例えば基地に二千人いたとしても、全員の名前と顔を覚えてるなの。一度見た技は、その場で頭の中に記憶して、何度もシミュレーションして対策を組んでくるなの」
さらにもう一つため息。
「本当に……あの変態は厄介なの」
セヌーアさんは困ったように苦笑する。
その隣では、疾嘉さんが腕を組み、小さくぶつぶつと文句を零していた。
「はぁ……。だったら、新しい技を作ればいいなの」
さらっと、とんでもないことを言ってのける。
……いや、それを簡単に言えるのは、この人くらいだろ。
改めて考える。
月ノ城さんは、フヴェズルングのリーダーだった。
だからこそ、誰よりも仲間を知っている。
その異常な記憶力で、一人ひとりの能力や戦い方、癖までも頭に叩き込んでいる。
一度見た技は、ほとんど通用しない。
まさに、味方だった頃の知識が、そのまま最大の武器になっている。
……確かに、厄介だ。
だけど。
知っているだけだ。
未来のことまでは知らない。
俺たちは、この三ヶ月で新しい技を覚えた。
月ノ城さんが知らない力を、手に入れた。
だったら――。
俺は静かに立ち上がる。
「なら、今度は俺が行きます」
その一言で、会議室中の視線が一斉に俺へ集まった。
セヌーアさんが険しい表情を浮かべる。
「無茶を言うな。お前一人では――」
「一人じゃありません」
俺は迷いなく言い切った。
そう言うと、アイリスが静かに立ち上がった。
何も言わない。
ただ、それだけで十分だった。
俺が行くと言えば、アイリスは迷わず隣に立ってくれる。
その瞳が、そう語っていた。
クレナとファノンも遅れて立ち上がり、真っ直ぐ俺を見つめる。
まるで、「ご主人様なら分かっているでしょう?」とでも言いたげだった。
そうだ、俺は、一人じゃない。
この三ヶ月、俺たちは地獄みたいな修業を乗り越え、以前とは比べ物にならないほど強くなった。
だから――。
「それに、俺たちはフヴェズルングに入ったばかりです。ウサさんが姿を消したのも、ちょうどその頃でした」
会議室を見渡しながら続ける。
「つまり、俺たちの戦い方や新しい技は、まだほとんど知られていないはずです」
セヌーアさんは難しい表情を浮かべる。
「しかし……」
その言葉を遮るように、一人の声が響いた。
「大丈夫なの」
助け船を出したのは、疾嘉さんだった。
「今のクソスギさんは、三ヶ月前とは比べ物にならないくらい強くなってるなの」
「おい待て」
思わずツッコミが飛び出す。
「今、聞き捨てならないあだ名が聞こえた気がするぞ」
疾嘉さんは、にこりと微笑む。
「気のせいなの」
「絶対気のせいじゃないだろ!」
……前言撤回だ。
やっぱり、この人は性悪腹黒女である。
心の中で全力で抗議する。
だが、ここで言い返したら後が怖い。
俺は大人しく口を閉じることにした。
すると疾嘉さんは、珍しく真剣な表情になり、セヌーアさんへ向き直る。
「この私が保証するなの」
その一言には、不思議と重みがあった。
会議室が静まり返る。
セヌーアさんは腕を組み、しばらく黙って考え込む。
誰も口を開かない。
時計の針だけが静かに時を刻んでいく。
やがて、長い沈黙の末にセヌーアさんがゆっくりと顔を上げた。
「……分かった」
俺を見る。
「疾嘉さんがそこまで言うなら、信じてみよう」
「ありがとうございます!」
胸を撫で下ろした、その時だった。
「待ってください!」
会議室に、もう一人の声が響く。
全員の視線が一斉にその人物へ向く。
立ち上がっていたのは――サンクさんだった。
「なら、俺も行かせてください!」
静まり返っていた会議室に、サンクさんの声が響く。
「俺もフヴェズルングへ入ったばかりです! ウサさんは俺たちのことをまだほとんど知らないはずです!」
握り締めた拳が、小さく震えていた。
「確かに直接戦う力はありません。でも、援護ならできます! だから……お願いします! 俺も連れて行ってください!」
その必死な表情は、今まで見せていた穏やかな笑顔とはまるで違っていた。
(……何かある)
そう思わせるほどの強い覚悟が、その瞳には宿っていた。
セヌーアさんは腕を組み、しばらくサンクさんを見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……分かった、分かった」
観念したように肩をすくめる。
そして、俺へ視線を向けた。
「クロスギ。お前はどう思う?」
「俺は大丈夫です」
迷いなく答える。
「サンクさん、よろしくお願いします」
その言葉を聞いたサンクさんは、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「はい! よろしくお願いします!」
こうして――
俺、アイリス、クレナ、ファノン、そしてサンクさん。
月ノ城羽咲奪還班が結成された。
奪還せよ!




