第10話 VS黒オロチ戦と謎の組織っていいよねの話
現在、改稿中です。
途中で改稿前のストーリーがごっちゃになってるところがあります。ストーリーは事態は同じです。
それでもよろしければ、見てくれると嬉しいです。
「SYAAAAAAAAAA!!」
オロチは黒杉を見つけると、長い舌を巻き、シュルルと音を鳴らして威嚇する。
ある一本の頭は大きく口を開き、涎を垂らしながら頭から突進してきた。
「クソッ!! 大きすぎるだろ!」
黒杉は【跳躍】を使い、大きく飛ぶ。
地面を蹴った瞬間、身体が宙へと舞い上がる。
しかし、オロチはそれを追いかけるように、さらに二本の頭が素早く追撃する。
鋭い牙を剥き出しにしながら、左右から挟み込むように迫ってきた。
「そんぐらい! 来るの分かってんだよぉ!!」
両手に持っている剣と短刀に初級呪術【呪縛】を付与する。
武器が黒い煙を纏い、不気味な呪気を滲ませた。
そのまま初級風魔法【風圧】を使って、身体を風の力で右へ軌道をずらす。
牙が鼻先を掠めるが、だが黒杉は怯まない。
そのまま右側の頭へ攻撃を仕掛けた。
そして、
呪いを纏った二つの武器を、そのまま脳天目掛けてぶっ刺す。
ザシュッ!!
刃が鱗を貫き、肉へと沈み込む。
上手く突き刺すことができた。
しかし、オロチが大きすぎるのか、攻撃は通らなかった。
まるで巨木に針を刺したような感覚。
致命傷には程遠い。
「やはり、呪いで動きを止めるのは無理そうだな・・・なら、これならどうだよッ!! 【土堅】!」
そう言って、オロチの頭の上で土魔法【土堅】を魔術執印で発動させる。
片足に泥を纏わせて固定する。
そのまま【アタック・アップ】【密迹】【加速】を発動させた。
身体中に力と赤いオーラが湧き出る。
筋肉が熱を帯びる。
全身に力が満ちていくのを感じた。
そして加速の効果で、頭に突き刺さっている剣を思いっきり踏みつける。
ドンッ!!
踏みつけられた剣はさらに深く突き刺さった。
次の瞬間、傷口から勢い良く血が噴き出す。
驚強い鮮血と共に腐臭が宙を舞い、黒杉の服へと飛び散る。
「SYAAAAAAAAA!?」
「おいおい! デカいのは図体だけか・・・うお!?」
突き刺された頭は、悲鳴らしき鳴き声を発しながら暴れまわる。
巨大な首が激しく振り回され、洞窟全体が揺れるような衝撃が走った。
固定されていない足が遠心力に耐えきれず、宙ぶらりんになる。
身体が大きく振り回される。
「しまっ――」
そう思った瞬間。
黒杉は魔法を解除し、そのまま吹き飛ばされた。
「っぐ・・・!」
「ヨウイチ・・・!」
勢い良く吹き飛ばされる。
視界がぐるりと回転する。
このまま地面に叩きつけられる――そう思った。
だが、そのまま何かに抱えられるように受け止められた。
衝撃は来ない。
代わりに柔らかな感触が身体を包み込む。
ぶつかった方向を見ると、そこには黒杉をお姫様抱っこしているアイリスの姿があった。
「あの、アイリスさん・・・?」
「ヨウイチ・・・大丈夫?」
心配そうな瞳がこちらを覗き込んでくる。
本来は逆のシチュエーションのはずなんだけどな、と思う。
黒杉の顔を見るなり、アイリスは微笑んだ。
その微笑み方は、物語に出てくる王子様のような優しい笑みで、思わずイケメンな姿を連想させる。
助けられた側だというのに、何だろうこの敗北感。
しかし、いつまで経ってもこの状態が続くのは恥ずかしい。
周囲には敵がいるというのに、自分だけがお姫様抱っこされている。
男として色々と複雑だった。
そのため、黒杉は降ろしてもらうよう頼むことにした。
「あのー、アイリスさん・・・? ちょっとこの状態だと恥ずかしいんですけど、降ろしてもらっても良いですかね」
「わかった・・・無茶しないでね?」
少し不服そうな顔をするが、物分かりが良くて助かった。
しかし、降ろされる前にオロチの攻撃がやってくる。
危ないと判断したアイリスは、黒杉を抱えたまま(勿論、お姫様抱っこ)、素早く空中へと逃げる。
もうどうにでもなれと思い、アイリスの負担にならないよう首に手を回す。
すると、彼女の顔がぱっと嬉しそうになる。
「へへへ・・・」
「ヘヘヘじゃないぞ。ほら、ちゃんと前を見て」
「うん・・・分かった・・・気合入った」
何に気合が入ったんだよ。
そんなツッコミを入れる暇もない。
依然として、オロチは八本の頭でアイリスたちを追いかける。
巨大な顎が次々と迫り、鋭い牙が空を噛み砕く。
それに負けじと、アイリスは巧みな飛行技術で攻撃を次々と避ける。
まるで風そのものになったかのような動きだった。
そして、アイリスは飛行しながら呪文を唱える。
「大いなる風の精霊シルフィードよ、審判の時。大気は一つの風となり、風は一閃の刃となれ。そして罪を裁け!・・・【風の処断刑(プロ・ヴェクトル・ヴィン・ドゥ・ポエン・クストディア)】!」
詠唱が終わった瞬間――。
オロチの頭上に膨大な風が集まり始める。
渦巻く風は次第に圧縮され、その形を変えていく。
やがて現れたのは、巨大な三日月の刃だった。
それは天から下される処刑刃のように、真っ直ぐオロチの首目掛けて落ちていく。
ズバァァァァァァァンッ!!
恐ろしい速度と共に風の刃が首を突き抜ける。
次の瞬間、一本の首が、ずるりとズレ落ちた。
大量の鮮血を撒き散らしながら、巨大な頭部が地面へと崩れ落ちる。
「(ハハ・・・敵じゃなくて良かった・・・)」
アイリスの魔法を間近で見て、黒杉は改めてそう思った。
本当に敵じゃなくて良かった。
きっと敵だったら、出会って数秒で首を吹き飛ばされていただろう。
むしろ数秒も持たないかもしれない。
「先ずは一本だな」
「ヨウイチ・・・アレ!」
アイリスの指差した先を見たとき、嫌な予感がした。
すると、首があの時の"ケルベロス"と同じように、徐々に黒く粘りついたものに覆われていく。
ドロドロとした黒い塊が傷口から溢れ出し、蠢くように集まっていく。
そして、その予感は的中する。
やがて、切り落とされた頭が再生していく。
ボコボコと音を鳴らしながら、骨が組み上がり、肉が盛り上がり、鱗が形成される。
まるで最初から何事もなかったかのように。
「クソッ! コイツも再生持ちかよ!」
せっかく落とした首が、瞬く間に元通りになる。
思わず顔が引きつった。
「どうする・・・ヨウイチ?」
どうにかしよう、何とかしようと考えていると、オロチの身体が静かに光り出し、周りの魔素がオロチの身体へと集まっていく。
本能が警鐘を鳴らしている。
少なくとも、何かをしでかすのは間違いないようだ。
「アイリス! 気を付けろ、何か来るぞ!」
「了解・・・!」
「SYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
オロチは咆哮を放つと、空中の四方八方に白い魔法陣が浮かび上がる。
一つや二つではない。
無数の魔法陣が洞窟の空を埋め尽くしていく。
その白い魔法陣は、黒杉たちを狙うかのようにゆっくりと角度を変えた。
「おいおいおい!まさか!?」
「SYAA!」
オロチがもう一声鳴いた瞬間――。
白い光の弾幕が雨のように降り注いだ。
いや、雨なんて生易しいものじゃない、光の豪雨が襲ってくる。
アイリスが何とか左右へ、上へ、下へ、避けようとする。
しかし、圧倒的な密度と量が襲い掛かってくる。
避けても避けても、次の光弾が迫ってくる。
そして、避けきれず肩に被弾した。
ドシュッ――!
当たった光はアイリスの身体を容赦なく抉る。
肉が裂け、血が飛び散り、片腕が力なく垂れ下がった。
それでもアイリスは黒杉を離さない。
その状態でも、片手でなんとか黒杉を抱えていた。
「アイリス! 腕が!」
「大丈夫・・・すぐ治る」
そう言うと、骨まで見えていた肩の部位が、筋肉、皮膚、骨と、みるみるうちに高速再生していく。
肉が盛り上がり、裂けた傷口が閉じていく。
シュルル……バチンッ!
傷口から肉が盛り上がり、骨が組み上がる。
まるで、自分の肉体の時間だけを無理やり先へ進め、新しい身体を作り直しているようだった。
アイリスの【超再生EX】【自動回復EX】の効果だ。
おいおい、アイリスさんは万能すぎないか?
「魔力がある限りは再生する・・・だから大丈夫」
まるで当たり前のことを言うように答える。
いや、全然当たり前じゃない。
腕が吹き飛びかけて数秒で治る奴なんて聞いたことがない。
「頼もしすぎるなあ・・・っと、アイリス! 左から来てる! 上に飛べ!」
アイリスは静かに頷き、左から迫るオロチの頭を避けながら急上昇する。
巨大な牙がすぐ下を通り過ぎた。
激しい弾幕を避け続けている時だった。
ふと、アイリスの目が赤く光り出す。
紅い輝きが瞳の奥で揺らめく。
その瞬間だった。
今まで避けきれなかった弾幕を、まるで見えているかのように回避していく。
右へ、左へ、身体を捻り。
僅かな隙間を縫うように飛び抜ける。
先程までとは明らかに動きが違った。
そして今回は、一発も被弾することなく避けきる。
「今の、よく避けられたな」
黒杉が思わず呟く。
あの弾幕を無傷で抜けるなど、人間業とは思えなかった。
いや、人間じゃなかったな最初から……。
「余裕・・・二度は失敗しない」
アイリスはそう言って、小さく胸を張った。
だが赤い瞳は、まだ淡く輝いていた。
オロチの頭上にたどり着いた所で、アイリスに止まるよう合図する。
そのまま黒杉はアイリスから離れ、オロチへ飛び込む。
「アイリス、大丈夫だ! 後は援護を頼む!」
「了解・・・気を付けて。相手は厄介・・・」
黒杉はアイリスの言葉に頷き、【収納】から二本の大剣を取り出す。
そして、今度は大剣に魔術執印を書き、【過炎】を発動させる。
事前に油を塗っておいた大剣に、魔力を帯びた炎を纏わせた。
赤い炎が刃を舐めるように走り、空気が熱で揺らぐ。
「オラアア! 食らいやがれ!」
「KISYAAAA!」
【石投げ】【スローイング・ダガー】を発動させ、【風圧】を使って身体を捻りながら回転する。
そして、その回転力を利用して流れるように投げつける。
勢いよく投げ放たれた大剣は、曲線を描きながらオロチの方へ向かっていく。
空気を裂きながら飛ぶ炎の刃は、まるで赤い流星だった。
再び身体が回転した状態で【収納】から剣を取り出し、炎を付与する。
そのまま【加速】を発動させ、【風圧】で身体ごと吹き飛ばす。
白い魔法陣の追撃が追いつけないほどの速さで急降下する。
───加速・・・加速、加速、加速!!
加速ッ!!!
視界が流れる。
風圧が頬を叩き、景色が線になって消えていく。
放たれた大剣は、首の真ん中辺りを焼き抉るようにオロチの首へ突き刺さった。
しかし、血は噴き出さない。
大剣の灼熱によって傷口が焼き潰され、再生することなく抉られていた。
そのまま、抉られた傷口へ目掛けて、高速回転しながら【スラッシュ】で攻撃する。
「【スラッシュ】!!! スラッシュッ! スラッシュッ! スラアアアアアアッシュ!!!」
「KISYAAAA!!?」
ズバダァン!!!
斬撃が閃き、熱と衝撃が同時に炸裂する。
オロチの首はジュッと一瞬だけ音を鳴らし、そのまま勢いよく切断される。
巨大な頭部が血飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちた。
しかし、完全に焼き切れなかったのか、少しずつ再生していく。
黒く粘つく肉塊が傷口から盛り上がり、ゆっくりと首の形を取り戻していく。
このままだと、また再生してしまう。
黒杉はすかさず見上げ、アイリスに炎魔法で傷口を塞ぐよう伝える。
「アイリス!! 炎魔法で切断した首の断面を溶かすんだ!!」
アイリスはコクリと頷く。
そのまま左腕を真っすぐ伸ばし、手を広げる。
左手が赤く光り、右手の人差し指は紫に光る。
そして左手の上に呪文をなぞり、魔術執印を発動する。
「炎は雷針となりて・・・焦がせ! 燃やし尽くせ!! 【緋雷(シーン・メディアーテ・ティジス・クチーノ・ヴィ・トニィトゥラ)】」
魔術執印の発動と同時に、手のひらから緋色の雷が迸る。
轟く雷鳴と共に放たれた一撃は、一直線にオロチの首の断面へと突き進んだ。
バチバチッ!!
激しい火花を散らしながら雷が断面へ突き刺さる。
断面は黒く焦げ、腐った臭いと硫黄の臭いが辺りへ充満する。
鼻を突くような悪臭が広がった。
だが、再生は何とか止めることができた。
オロチは苦しげな悲鳴を上げる。
「よし、まず一本だ・・・っぐ!」
安堵する暇もなかった。
今の攻撃で、かなり魔力を消耗していた。
結局、転職してもステータス自体は村人のまま変わらなかった。
スキルは増えても、魔力量そのものは低いまま。
強力な技を連発できるほど余裕はない。
枯渇寸前の魔力を補おうと、【収納】から薬草を取り出して噛みちぎる。
苦い汁が口の中へ広がった。
しかし、あくまでも体力が回復するだけで、魔力はあまり回復しない。
「やっぱり、村人は不便だな・・・!」
身体が少し軽くなったところで、再び立ち上がる。
そして改めてオロチを見上げた。
――やはりデカい。
一本の首を落とした程度では、まるで致命傷になっていない。
残る首は七本で、巨大な胴体も健在だ。
魔力が少ない中で、こんな強大な敵に勝てるだろうか――そんな不安が胸をよぎる。
だが、冷静になれ。
黒杉は大きく息を吐く。
首は切れる、再生も炎で止められる。
つまり、倒せない相手ではない、問題は頭の数。
一本落とすだけでも、こちらの消耗が大きい。
同じ方法を七回繰り返せば、先に自分の魔力が尽きる。
先が見えない、どれだけ攻撃すれば倒せるのかも分からない。
そもそも相手は神話の生物だ。
人が討つような存在ではない、だが、今までの戦いで分かったこともある。
再生には魔力を使っている。
首を落とされた時も、魔法を放った時も、周囲の魔素が奴へ流れ込んでいた。
なら、無限に再生できる訳じゃない。
どこかに限界はあるはずだ。
自然と喉が渇き、握った剣にも汗が滲んでいた。
それでも、思考だけは止めない。
勝てない相手じゃない、勝ち筋は残っている。
「ヨウイチ! 危ない!!!」
「・・・・ッ!! 【金剛】ッ!!」
思考させた一瞬。
アイリスの叫び声で我に返った時だった。
横から、何かが飛び込んでくる。
それはとてつもなく大きく、避けることができなかった。
反射的に防御スキル【金剛】を発動させ、身体を硬化させる。
だが、ぶつかった瞬間、簡単に硬化した身体を割られる感覚がした。
まるで薄いガラスでを鉄球でぶち抜くかのように。
オロチの鱗だった。
そのまま脇腹に鱗が深く突き刺さる。
左半身にメキメキと嫌な音が響いた。
それは骨が砕ける音だった。
「がぁっ――!!」
ぶつかった衝撃で壁に勢いよく叩きつけられる。
今度は全身からバキバキと音が鳴った。
肺の中の空気が一気に吐き出され、そのまま地面へ真っ逆さまに落ちた。
ドォンッ!!
重い音と共に土煙が舞う。
壁には綺麗な人型の跡が残っていた。
「ヨウイチ! しっかりして・・・!! ヨウイチ! 【光癒】ッ!」
「ア・・・アイリスか・・・」
霞む視界の中、アイリスが駆け寄ってくる。
アイリスは慌てた様子で黒杉の上半身を起き上がらせた。
息がしづらい、呼吸するだけで全身に痛みが走る。
肺に焼けた鉄でも押し込まれているようだった。
口からは大量の血を吐き出す。
ゴボリ、と赤黒い血が地面を濡らした。
鱗で刺された脇腹には大きな穴が開いていた。
傷口から流れる血が止まらない、視界も徐々に暗くなっていく。
結局、ここで野垂れ死ぬ運命だったのか。
そう思った。
復讐も果たせず、せっかく手に入れたスキルも使いこなせず、自分自身も強くもなれず、何も成し遂げられないまま終わるのか。
その暗い微睡が闇に誘うように手招きしているかのようだ。
なら、せめてアイリスだけでも。
黒杉は重い口を開いた。
「アイ・・・リス・・・逃げろ!」
「・・・ダメッ! ヨウイチと・・・一緒に旅するって約束した!」
アイリスは現実を受け入れようとせず、ヒールを掛け続ける。
明らかに致命傷だった。
助からない傷、それでも治療をやめようとはしなかった。
震える手で何度も魔法を重ねる。
まるで、それをやめてしまえば本当に失ってしまうとでも言うように。
「いいから・・・ッ! 逃げろ!」
「嫌だ・・・ッ! 嫌だ、嫌だッ! 私が守る・・・って! 私が守るって言ったんだ!!」
静かだった声が、徐々に荒くなる。
感情を押し殺していた声が、今にも壊れそうなほど震えていた。
アイリスの目元に雫が溜まっていく。
やがて、その雫は堪えきれずに零れ落ちた。
ぽたり、と。
涙は黒杉の頬へ落ちていく。
「もう一人じゃないって・・・思ってた・・・その矢先に失うなんて・・・"もう"嫌だ!」
「アイリス・・・お前・・・」
長く閉じ込められていたアイリスは恐れていた。
自分を縛っていた鎖を断ち切り、美味しいご飯を一緒に食べて、世界を一緒に回ろうと約束した。
何もかもが初めてだった。
初めて見る景色、初めて食べる料理、初めて交わす言葉。
彼女にとって、その経験一つひとつが宝物になっていた。
その時間はわずか数週間だったが、想いは大きく膨れ上がっていた。
『失いたくない』
ようやく手に入れた居場所を、大切な人を。
「だから・・・ヨウイチが言ってたみたいに・・・私も諦めない・・・絶対に諦めないッ!!」
涙を流しながらも、アイリスは顔を上げる。
その瞳だけは折れていなかった。
「ハハッ・・・バカだなあ・・・」
「バカで良い・・・」
即答だった。
迷いも躊躇いもない。
危機的状況だというのに、お互いに笑い合う。
血だらけで、満身創痍で、それでも不思議と、その瞬間だけは穏やかだった。
しかし、現実は残念ながら無慈悲である。
オロチの頬が大きく膨れ上がり、穏やかな空気は冷たい空気へ変わる。
周囲の魔素が渦を巻くように集まり始めた。
膨大な魔力が感じられた。
嫌でも分かる。
次に来る一撃は――今までとは比べ物にならない。
「アイリス・・・ッ!」
「大丈夫・・・休んで・・・」
そう言って立ち上がると、目に溜まっていた涙を拭い、両腕を伸ばして呪文を唱える。
「古より伝わりし光神の加護よ、全てを遮断し、全てを守れ。我が願いは・・・誰かを守る為に!! 【多重魔法障壁・天光の古壁(アンティ・クロアム・ムルタ・ルクス・シェリー・ヴィ・ヴィトス・ムルム)】!」
呪文が完成した瞬間。
眩い光が周囲を包み込んだ。
ドーム状の光の壁が六重に展開される。
壁の周囲には白い魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと周回していた。
幾重にも重なった光の壁は神殿の結界を思わせるほど神々しく、圧倒的な存在感を放つ。
誰が見ても分かる。
とんでもない規模の魔法だということが。
だが、その代償も大きいのだろう。
アイリスの額には冷や汗が滲み、肩は小さく震えていた。
障壁が展開された直後、オロチの七つの頭が大きく口を開く。
「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!」
炎と光。
破壊の奔流。
それらが同時に吐き出され、光の障壁へと激突した。
ドゴォォォォォン!!
衝撃と閃光と共に洞窟全体が震える。
「ぐう・・・!!」
「アイリス・・・!」
アイリスは両腕を前へ突き出したまま耐える。
その小さな身体が押し潰されそうになる。
しかし退かない。
次の瞬間、八本の尾が障壁へ向かって叩きつけられた。
バキィッ!!
そこで障壁にヒビが入る。
そして――割れた。
光の破片が砕け散る。
一枚、また一枚。
まるで命が削られていくように障壁が壊れていく。
「っく・・・うあああ!!」
「もう良い・・・もう大丈夫だ!!」
それでもアイリスは、自分から絞り出せる魔力を全力で注ぎ込み続ける。
砕けるなら補強する、壊れるなら張り直す、ただ黒杉を守るためだけに。
しかし、オロチは容赦しない。
白い魔法陣が空中へ無数に浮かび上がる。
追い打ちをかけるように、無数の光弾が豪雨のように降り注いだ。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
そして、また一枚、障壁が砕け散る。
残り五枚、さらに四枚。
光の壁が悲鳴を上げるように軋んでいた。
「アイリス・・・!!」
「ヨウイチ・・・ッ!」
アイリスは黒杉の名前を呼ぶ。
魔法を維持したまま、顔だけを黒杉へ向けた。
その顔は苦痛で歪み、額から汗が流れている。
それでも――笑おうとしていた。
「ヨウイチ・・・安心して・・・守るから・・・」
「・・・もう・・・良いんだッ・・・逃げてくれ」
その顔は笑顔だった。
それは、自分を安心させるために向けられたものなのだろうか。
彼女は短い時間の中で芽生えた感情と想いを伝える。
「・・・大好きだよッ」
「・・・・ッ!」
それは唐突な告白だった。
こんな状況で、こんな最期みたいな場所で、アイリスは顔を少し赤く染める。
そして再び真剣な表情へと変わり、オロチを見据えて前を向いた。
繰り出される攻撃に耐え続ける。
だが――また一枚、障壁が砕ける。
残り二枚。
これを突破されれば、二人は消し炭になる。
「う・・・うああああああああああああああ!!!」
アイリスの腕に負荷がかかり始める。
光の壁を維持する度に、腕が震え、皮膚が裂ける。
それでも叫ぶ、耐える。
身を焦がそうとも。
それは、愛すべき一人の人間のために。
魔法障壁はさらに硬化する。
しかし、その願いを嘲笑うようにオロチの攻撃が降り注ぐ。
虚しくも、破られる。
残り一枚。
「(動けよ・・・俺の身体!! このクソ! 動けよ!! ここで諦めるわけには、いかねえんだよ!!)」
だが、身体は動かそうとしても動かない。
指先一つ動かすだけで激痛が走る。
倒れたまま、何もできないまま、自分の無力さだけが胸を抉る。
「(ふざけんなよ・・・! そうだ、俺はアイリスと旅をするって大口叩いたじゃねえか! アイリスが諦めていないのに、俺が諦めてどうすんだよ!!)」
動かない身体を無理やり動かそうとする。
骨が軋み、砕けた箇所が悲鳴を上げる。
全身を戦慄が走るような痛みに耐えながら、それでも少しずつ腕を動かした。
地面を掴み、爪が剥がれそうになる。
それでも止まらない。
「(自分が招いた事なのに、人に尻ぬぐいさせてんじゃねえ・・・!)」
震える腕に力を込める。
「(動けよ!)」
腕が上がる。
「(動いてくれよ!!)」
膝が震える。
「(俺の身体ァ!!!)」
そして、最後の一枚にヒビが入る。
それを見た黒杉は思う、このままだと、アイリスが・・・死ぬ。
そんな最悪のビジョンが脳裏をよぎった時には、叫んでいた。
「誰でも良いから!!! アイリスを救ってくれええぇぇぇ!!!」
そして、最後の一枚が割れる。
黒杉は目を瞑った。
ここで終わりか?炎に巻き込まれ、光に抉られ、尾で潰される。
そう思いながら、静かに目を閉じた。
だが、数秒経っても、黒杉たちは"生きていた"。
何も起こらない。
「・・・え?」
恐る恐る目を開ける。
そして、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
八本あったはずの頭と尾が無い。
切り落とされたそれらが、地面へゴロゴロと転がっていた。
つい先程まで、自分たちを死の淵へ追い込んでいた神話の怪物。
その脅威が、一瞬で失われていた。
そして――。
オロチの前に、一人の男が立っていた。
この世界に似つかわしくない"近代的な漆黒のコート"を身に纏う。
短い白髪が風になびく。
腰には一振りの刀。
その刀は、素人目に見ても業物だと分かるほど異様な雰囲気を放っていた。
顔には黒い布の眼帯。
こちらを見つめる碧い瞳は、不思議と安心感を与えた。
まるで、この場にいる誰よりも状況を理解し、誰よりも余裕を持っているかのような瞳だった。
黒杉は言葉を失う。
いつ現れたのか、何をしたのか、まるで分からない。
分かることは一つだけだった。
――この男が、オロチの首と尾を、"一瞬"で切り落とした。
男はこちらへ歩み寄る。
その足取りは驚くほど自然で、先程まで死闘が繰り広げられていたことなど感じさせない。
そして静かに口を開いた。
「ふう・・・間一髪だったな」
軽く肩を回しながら、男は微笑む。
「大丈夫か?」
「ハ、ハハハ……大丈夫に見えますかね……。?」
男は肩を竦めるように静かに笑った。
「違いないな。話は後だ・・・シルル! 今だ!」
そう言って上へ向かって合図を送る。
黒杉達も反射的に視線を上げた。
そこには、大剣を担いだ少女が勢いよく降下してきていた。
「まかせて、うーさん!! うりゃああああ!!」
シルルと呼ばれた少女は、そのままオロチの身体の中心へ向けて大剣を振り下ろす。
ただでは済まない。
見ただけでそう分かる一撃だった。
ドゴォォォォォン!!!
振り下ろされた大剣が大地を割る。
衝撃が洞窟全体を揺らし、凄まじい轟音と共に地面へ深々とめり込んだ。
土煙が吹き荒れ、砕けた岩石が周囲へ飛び散る。
それでも、オロチは完全には両断されていなかった。
だが、確実に効いている。
ただ一つ分かるのは、あの攻撃でオロチの"再生速度"が破壊に追いついていないということだった。
「あちゃー、うーさん! すみません! 思ってた以上に硬くて斬れませんでした!」
「大丈夫。良くやってくれたよ」
男は優しい目をして少女の頭を撫でる。
すると少女は、「ウヒャアアアア!!」と奇声を上げながら大喜びした。
その様子は、まるで大型犬が褒められて尻尾を振っているようだった。
しかし、その間にもオロチは再生を続けている。
砕けた肉が蠢き、徐々に失った形を取り戻していく。
「あ、あの・・・」
黒杉が恐る恐る声を掛ける。
すると男は振り返りもせず、再生するオロチを眺めながら答えた。
「取りあえず、終わらせるから待っててくれ」
その口調はあまりにも軽い。
まるで厄介な雑用でも片付けるかのようだった。
「・・・ったく、これだから再生持ちはめんどくさい」
そう言って男は刀を抜き、オロチへ向ける。
少女も男の動きに合わせるように大剣を構えた。
「だから、殺しがいがあるんだけどな」
そう言って、男の優しそうな表情が一変する。
凶悪な笑みだった。
獲物を見つけた獣のような笑み。
しかし、その笑い顔は不思議と安心と安全を約束する合図のようにも見えた。
「SYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
斬り落とされた七本の頭が復元する。
黒い肉塊が蠢き、骨が組み上がり、鱗が形成される。
相変わらず、とてつもない速度で再生する化け物だ。
黒杉とアイリスは、その様子を眺める。
しかし、それ以上に存在感を放っていたのは白髪の男と眼帯の少女だった。
あの二人を見ていると、何故か背筋が凍る。
単に血を流し過ぎただけかもしれない、本当にそうだろうか。
それとは別の悪寒を感じる。
まるで死神に見られているようだった。
敵対だけはしてはいけない、本能がずっと危険信号を鳴らしていた。
幸いにも、その鎌をこちらへ突きつけられていないだけマシだった。
「よし、シルル。行くぞ」
「あいあいさ!!」
合図と同時に、男と少女はその場から一瞬で消えた。
ドンッ――。
空気が爆ぜるような音だけが遅れて響く。
次の瞬間には、二人の身体が宙を舞っていた。
「速い・・・ッ!?」
「目で追うだけで精いっぱい・・・」
黒杉には瞬間移動にしか見えなかった。
アイリスは何とか目で追えているようだが、それでも二人は空へ跳んだだけだ。
ただ跳んだ。
本当に、それだけだった。
たったそれだけの動きで、自分たちとの間に天と地ほどの差があると分かる。
いや・・・分からされた。
圧倒的な力量差。
才能、経験、技術、その全てが別次元だった。
黒杉は自分の弱さを噛み締め、拳を強く握りしめた。
「さあ、次は再起不能にしてやるさ」
男は空中で刀を構える。
左側の二本の頭が涎を垂らし、興奮したかのように大きく口を開いて噛みつこうとする。
しかし、その頭は男の目の前――わずか三十センチほどの位置でピタリと止まった。
蛇の頭はゆっくりと上を向き、やがて白目になる。
男は"何もしていない"ように見えた。
黒杉たちは、静止したオロチを初めて見て動揺する。
「な、何があったんだ・・・あの化け物が動かない?」
「よ、ヨウイチ・・・あれ見て・・・ズレてる・・・」
二つの蛇の頭が徐々にズレていく。
そのズレは次第に大きくなり、不自然なほど開いていく。
そして――首が落ちた。
ズルリ、と重い音を立てながら、巨大な頭部が宙を滑り落ちる。
そう、彼は"刀を抜いていた"。
いつの間にか抜いていたのだ。
その抜刀の速さは、アイリスの目すら捉えることができなかった。
オロチが、自らの死に気付かないほどに。
いや、"斬られたという事実すら理解できない"ほどに。
男は既に刀を鞘へ戻していた。
まるで最初から何もしていなかったかのように。
落ちたオロチの首を見る。
すると、その血は赤い煙・・・いや、赤い"霧"となっていた。
首の断面から噴き出るはずの血が、霧となって分散していく。
シュゥゥゥ――。
赤い霧は風に溶けるように薄れていく。
その状態のオロチは再生しない。
肉も、骨も、鱗も、何一つ再生する気配を見せず、ただただ蒸発している。
この世界に存在する"ルールをガン無視"するかのように斬り捨てられていた。
「うっそーん・・・」
超再生によって苦戦したオロチが、いとも簡単に倒される。
まさに"規格外"そのものだった。
オロチの身体の反対側から、ドサァッと大きな音が聞こえた。
その音に釣られて視線を向ける。
すると、少女が荒々しく暴れ回っているように見えた。
だが、その実。
オロチを恐ろしい精度で解体していた。
「うりゃりゃりゃりゃ!!!」
先刻まで大剣だった武器が、チェインソーのような姿へ変形していた。
チェインソーの刃はマグマのように赫く、その周囲の空気は熱で揺らいでいる。
近付くだけで火傷しそうな灼熱。
さらに凶悪な駆動音を響かせながら高速回転していた。
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!
耳障りな金属音が洞窟中へ響き渡る。
「SYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
瀕死のオロチは、もがくように尻尾で猛攻を加える。
巨大な尾が次々と地面を抉り、岩盤を砕く。
「うわわわ!? 大人しくしてないと駄目ですよー!」
しかし少女は慌てる様子もなく避けていく、その姿は猫のように軽やかだった。
そのまま一直線に襲い掛かってきた尻尾を躱し、切り落とす。
さらに断面を焼き上げ、再生を食い止めた。
しかし次の瞬間、左右から炎のブレスが襲う。
灼熱の奔流が少女を飲み込んだ。
「大丈夫か!?」
黒杉が思わず声を上げる。
その瞬間だった。
炎の中から天へ向かって光の柱が立ち上る。
轟々と燃え盛る炎を突き抜けるように。
そして、炎を片手で吹き飛ばすように現れたのは、頭には猫のような鉄耳、お尻には細い尻尾を生やした少女だった。
全身はシルバーカラーが目立つ装甲に覆われている。
その姿はまるで鋼鉄の戦士だった。
そして顔には、バッタを思わせる大きな黄色い眼。
複眼がギラリと光を放つ。
あれは完全に・・・〇面ライダーだった。
足を肩幅より少し広めに開き、左腕を斜めに突き出し、右腕は脇を締めるように曲げ、そして左胸へ拳を添える。
ビシッ!!
無駄にキレのある動きだった。
少女は堂々と決めポーズを取った。
「変身!! キャットうーにゃん!! 呼んだな、銀貨二枚だ!!」
台詞を言った後、ピースサインをする。
ビシッと決まったポーズだった。
ダサい名前と意味不明な台詞はともかく、決めポーズだけは格好良いと思ってしまう。
黒杉は何故か敗北感を感じていた。
というか、どこかで見たことのあるポーズだなと思ったが、突っ込まないようにした。
今はそんな場合ではない。
そのまま腰から一本の筒を取り出し、ボタンを押す。
カチリ、と小さな音が鳴る。
次の瞬間、筒の先端から淡いピンク色の光線が細長く伸びた。
ブゥン――。
空気を震わせる独特な駆動音。
それは、この世界に似つかわしくない――"レーザーソード"だった。
「さあ! 貴様の悪行三昧はここで断ち切る!! くらえ! うーにゃんソード!!」
黒杉はツッコミたい気持ちを抑える。
――吐血しながら。ゴフッ。
平静を保つため、静かに薬草を飲んだ。
冷静になれ、まず突っ込むべきところが多すぎる。
少女はレーザーソードを構える。
そして襲い来る頭を、残像を残しながら避けていく。
「SYAAAAAAAAAAAA!!」
巨大な顎が迫る。
だが当たらない、右へ、左へ、僅かな動きだけでスマートに躱していく。
まるで相手の攻撃が最初から分かっているかのようだった。
そして、そのまま一本、また一本と何事もないように頭を斬り落としていく。
ズバァッ!!
赤い閃光が走る度に首が宙を舞い血が飛び散る。
「うひゃあ・・・臭いです・・・」
本人は嫌そうな反応をしている。
しかし、やっている事はあまりにも凶悪だった。
そう言って光線で断面を焦がし、再生を防ぐ。
ジュウゥゥゥ――。
黒い肉塊は再生する暇すら与えられず焼き潰されていく。
頭は残り二本、そして戦闘開始から僅か十分。
黒杉とアイリスが命懸けで挑んだ神話の怪物は。
既に死にかけていた。
「SYAAAAAAAAA!!」
「お、元気なやつは嫌いじゃないぜ。だけど、お別れだ」
そう言って再び抜刀の構えになる。
先ほどよりも腰を低くし、目を閉じて集中する。
周囲の空気が張り詰める、それまで余裕そうだった男から、別の何かが滲み出ていた。
それは自分自身にも芽生えた"黒い何か"に似たようなもの。
「熾炎流抜刀術・壱ノ型『百々時雨』」
キィン――……チィン。
男が刀を抜き、納める。
その瞬間だった。
一回の抜刀が、幾百もの剣閃を放ちながらオロチを刻む。
その凄まじい斬撃音が響くだけで、洞窟が揺れる。
巨大な身体が一瞬で切り刻まれ、音速で断ち切られていく身体の端々から、赤く光る玉がのぞいた。
あまりにも速い、何をしたのか分からない。
それでも、凄いということだけは分かった。
その攻撃に、思わず黒杉は見惚れてしまった。
「シルル、やれ!!」
「あい、わかった!!」
少女は勢いよく飛び出す。
チェインソー型の大剣を振り上げ、そのまま赤く光る玉を次々と砕いた。
バキンッ!!バキバキバキッ!!
赤い玉が砕け散ると、オロチは動かなくなった。
再生もしない、暴れもしない。
神話の怪物は、まるで糸の切れた人形のように沈黙した。
「うーさん! 終わりました!」
「よくやったな」
少女はスーツの状態を解除し、元の姿へ戻る。
男に近づき、ハイタッチをするかのように手を構える。
それに応えるように、男もハイタッチを返した。
パシンッ。
軽い音が洞窟に響く。
先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど気軽なやり取りだった。
苦戦したオロチを一瞬で絶命させたあの二人は、一体何者なのだろうか。
そう考えていると、男はこちらへ近づいてくる。
「大丈夫か?」
男は手を差し出す。
黒杉は一瞬だけその手を見る。
先ほど握られた刀、圧倒的な力でこの戦いを終わらせた力、ただただ圧巻だった。
そして、その手を掴んだ。
男は倒れていた黒杉を軽々と引っ張り上げ、そのまま立ち上がらせた。
「あぁ、大じょ・・・グフゥ!」
無理して平然を装おうとしたが、失敗した黒杉は盛大に吐血する。
それに驚いたアイリスは、慌てて薬草を食べさせてきた。
「あ、ありがとう」
「うぇええええええん・・・よかったよぉお・・・」
張り詰めていた糸が切れたように、アイリスは顔をくしゃくしゃにして抱き着いてくる。
先程まであれほど強がっていたというのに、今は年相応の少女のようだった。
身体中に痛みが走り、鼻水までべっとりと付けられる。
正直かなり酷い状態だ。
苦笑いしたいところだったが、色々と心配させたことを反省しつつ、黒杉は優しく頭を撫でた。
「・・・ごめんな」
小さく呟く、アイリスは首を横に振るだけだった。
そして黒杉は改めて二人へお礼をする。
「ありがとうございます」
「気にするな」
男は静かに笑う。
まるで当然のことをしただけだと言わんばかりの態度だった。
しかし、それとは正反対に、明るく騒がしい少女は男の周りをぐるぐると回っていた。
「うーさん! うーさん! 見ました!? 今の見ました!?」
「見てた見てた」
「ちゃんと格好良かったですか!?」
「あぁ、今日も完璧だったぞ」
「ウヒャアアアアア!!」
シルルと呼ばれる少女は飛び跳ねるように喜んでいた。
そんなやり取りをしながら騒いでいる。
つい先程まで神話の怪物を解体していたとは思えない。
そして黒杉は尋ねる。
「ところで、貴方たちは一体・・・?」
謎の男はしばらく目を閉じる。
洞窟の中に僅かな静寂が落ちた。
やがて男はゆっくりと目を開き、静かに口を開いた。
「俺は月ノ城 羽咲。『フヴェズルング』という組織のリーダーをやっている」
黒杉たちの命を救ったその男は、月ノ城 羽咲と名乗った。
日本人?もしかして、この人も転移者なのか?
でも、明らかにそんな感じの見た目じゃなかった。
この男は一体何者なのか、謎の組織『フヴェズルング』とは何なのか、何の目的でここへ来たのか。
未だに悪寒は止まらず、黒杉は少し警戒する。
その横から、少女が割り込むように出てきた。
改めて容姿を見る。
左目には眼帯、肌は色白で、黒い猫耳帽子を被っており、耳がピクピクと動いていた。
男と同じ白い髪だが、こちらは綺麗に整えられている。
首には赤いマフラー。
どういう原理なのか、ユラユラと風になびくように浮かんでいた。
服装は男と同じ黒コートだけど前を部分は開いていて、中身はワイシャツと短パン姿だった。
「初めまして! 私はシルクと言います!」
シルクは無邪気な笑顔で挨拶すると、黒杉の手を握り、大きく振った。
ぶんぶんと遠慮なく振られる手。あまりにも人懐っこい。
シルルと呼ばれたのは多分、愛称だろう。
そのおかげか、先ほどまで感じていた悪寒は消えていた。
自分が何故あれほど警戒していたのか、不思議に思えてしまうほどだった。
いや、正確には違う。
月ノ城に対する警戒心は消えていない、ただ、この少女からは危険な気配をまるで感じなかった。
そのままシルクは月ノ城へ振り向き、言った。
「とりあえず生きてて良かったですね! ねっ、うーさん!」
「そうだな」
二人はフヴェズルングという同じ組織で活動しているらしい。
聞いたことのない組織だ。
何故、普通の人が立ち寄らない場所にいるのかが気になった。
「月ノ城さんたちは、何故こんな谷底にいるんですか?」
「ふむ・・・」
月ノ城は顎に手を当て、考える素振りを見せる。
その時だった。
一瞬だけ、月ノ城がアイリスの方を見た。
アイリスは見られたことに驚いたのか、黒杉の後ろへ隠れてしまう。
何か気になる事でもあるのだろうか?月ノ城はそのまま、俺たちを上から下まで観察するように眺めた。
まるで品定めでもするかのように。
「まあ、少なくとも敵ではなさそうだな・・・本来なら、見られた時点で斬り捨てるのだが・・・」
「き、斬り捨て・・・!?」
「ハハ、冗談だよ。まあ、記憶は消させるつもりだけどね」
月ノ城は笑う。
だが、その冗談は全く笑えなかった。
むしろ、どこまでが冗談なのか分からない。
彼は軽口を叩いているだけなのだろう。
しかし、その言葉には妙な現実味があった。
彼が言うと、本当に実行できてしまいそうで怖い。
「・・・・・・」
黒杉は思わず言葉を失う。
月ノ城はそんな反応を見て小さく笑った。
そして咳払いを一つすると、静かに話し始める。
「俺達は膨大な魔力を観測したんだ。その発生源となったこの場所を調べに来てみたら・・・古代魔法並みの魔力を感知したり、シルルに激しい戦闘音が聞こえると言われてな。向かってみたら、お前たちがいたんだ」
どうやら、アイリスの魔法のお陰で自分たちの場所を感知できたらしい。
というか、本当に古代魔法を使えたのか・・・。
次は月ノ城が静かに質問してくる。
「・・・ところで君たちこそ、なぜこんな場所にいるんだ? この道通りならスノーガーデンへ向かうと予想したんだが、それなら嘆きの洞窟を真っすぐ進めば良いはずだ。何があったんだ?」
「実は・・・・・・」
相手が話してくれた以上は、自分たちもきちんと説明する。
別世界から来たということ、その仲間に裏切られたということ。
そして、アイリスのことを・・・。
彼らなら信用しても良いと思えた。
助けてくれたということもある。
警戒はしているが、それ以上に月ノ城の真っ直ぐ見つめる瞳には、どこか安心させてくれるものがあった。
「うーさん・・・どうしましょうか?」
「ふむ、なるほどなぁ・・・・・・まさか、膨大な魔力はこの子が?」
シルクという少女は心配そうな顔で月ノ城を見ながら、その袖を引っ張る。
月ノ城はぶつぶつと独り言を言いながら、しばらく考え込んだ。
アイリスへ視線を向け、そして黒杉へ視線を戻す。
何かを確認するように、見定めるように。
やがて月ノ城は小さく息を吐いた。
そして、しょうがないという顔で黒杉の目の前に立ち、話し始める。
「なら、俺の組織に来るか?」
「へ・・・?」
急な提案に驚く。
本当について行っても良いものだろうか。
ましてや、初対面の相手だ。
黒杉を見て察したのか、月ノ城は近づいて話す。
「黒杉だっけ? あのフィルネル王国から来たんだろ?」
「あぁ、そうだけど」
一瞬だけ迷う素振りを見せるが、月ノ城ははっきりと言う。
「なら、お前はもう死人扱いになっているだろうな」
「そ、そんな! 何故なんだ・・・・・・!」
「あの国は・・・そういう国だからだよ」
フィルネル王国の事を話すと、何故か彼の目が鋭くなった。
だが、それは一瞬の事だった。
すぐに先程と同じような真っすぐな瞳へ戻る。
どうやら、これ以上王国の話はしない方が良いようだ。
「じゃあ・・・これから、どうすれば・・・」
正直、信じられなかった。
だが、あの状況から考えれば、俺が死んだ扱いになっていてもおかしくない。
なんせ胸に剣を刺され、そのままアイツに引きずられて奈落の底へ落とされたんだ。
死人扱いされてもおかしくない。
下手をすれば、王国に何をされるか分からない。
自分は最弱の村人。自分は弱い。
きっと大丈夫だろうと、オロチとの戦いで自分の力を過信してしまった。
その結果、アイリスを危険な目に遭わせてしまった。
あのまま王国へ戻り、復讐を実行すれば、きっと返り討ちにされる。
また殺されるのは目に見えている。
それに、自分がいる事によって、一樹と美空に危険が及ぶ可能性もある。
拳を握り締める。
だが、その拳には何の力も入っていない気がした。
どうしたら良いのか分からないまま、俯いて考えていると、月ノ城が肩に触れて言う。
「だから、その為のフヴェズルングなんだ」
その声は静かだった。
だが、不思議と胸の奥まで響いた。
「俺達はいわば、この世にいない存在。生きる『亡霊』みたいな存在だ」
「・・・どういうこと?」
月ノ城はそこら辺にある瓦礫を椅子代わりにして座る。
その状態で手を組み、そこに顎を乗せ、目を細めながら周りを見渡す。
まるで過去を思い返すように、そのまま、ゆっくりと口を開き語り始める。
「・・・・・・過去に魔物によって村が壊滅し、死亡した扱いになっている者。ある時は人の手によって村を壊滅させられた者。戦死扱いになった者。無実なのに処刑されるはずだった者。そして、友に裏切られた者・・・俺達はそういう集まりだ」
「・・・」
先程まで騒いでいたシルクも、いつの間にか静かに大人しく月ノ城の話を聞いていた。
猫耳帽子はぺたりとへこむように前へ折れ曲がっている。
普段の元気な様子はそこにはなかった。
フヴェズルングは、この世の招かざる来客。
存在しない者としての扱いを受けた者達が集まる『生者たちの霊園』。
そして、月ノ城もその一人だった。
「もう一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「あんた達は、一体何を目的に活動しているんだ?」
死亡した扱いをされた人達が集まっている組織なのは分かった。
しかし、肝心の目的が分からない。
何が目的で、何故そのような組織を立ち上げたのか。
何をしている者達なのかが分からない。
月ノ城は、やっぱりその質問かと言わんばかりに軽くため息をつく。
そして僅かに空を見上げた。
「俺達は・・・四大魔獣の討伐を阻止し、魔獣王を解放するのが目的だ」
「っな・・・!?」
その言葉に、黒杉の思考が止まる。
そんな事をすれば、世界は滅びるはずじゃ?
それなら国王の言っていることと矛盾していることになる。
魔獣討伐へ向かっている一樹や美空、佐野、クラスメイト達はどうなる?
今までやってきた事を覆すような衝撃的な内容だった。
黒杉は一気に冷や汗をかく、焦りが込み上げ、月ノ城へ問い詰めるように聞く。
「待て待て!? そんなことすれば滅びるじゃないのか!?」
「逆だ」
月ノ城は即答した。
その表情に迷いはない。
「放置すれば滅びるし、解放しなければ滅びる」
「ッハ? ッハア・・・? 結局どっちも駄目じゃんか!?」
黒杉の声が思わず大きくなる。
だが月ノ城は慌てる様子もない。
「まあ、落ち着け。ちゃんと話す」
そう言って体勢を変え、今度は足を組んだ。
変わらず涼しい表情のまま話し始める。
「さて、黒杉は国王に、この世界で今起きていること――魔王のことや四大魔獣のことを、なんて説明されたか覚えているか?」
「たしか・・・魔王が魔物を放って世界で暴れ回っている。魔王は力を使って魔獣王を使役している・・・とは聞いたけど・・・」
そう言うと、月ノ城は肩を落とした。
「やっぱりか」
そして、小さく呟く。
「逆だよ・・・全部、奴の嘘だ」
「う、嘘?」
「ああ。四大魔獣はこの世界を守る、いわば守護神みたいなものだ」
月ノ城は立ち上がる。
そこら辺に落ちていた折れた剣を拾うと、その切っ先で地面に線を描き始めた。
「いいか? 元々、四大魔獣ってのは、この世界の均衡を保つために存在している」
地面に描かれた線が広がっていく。
「だがな、この世界を創造したクソッたれ十二神が、今の世界がつまらないという理由で、世界を壊して再構築すると言ってやがる」
その声音には、隠し切れない怒気が滲んでいた。
「それも、四大魔獣を殺す事で世界の秩序と理を崩し、その結果、クズ十二神どもが降臨し、世界を壊すことになる」
「じゃ、じゃあ・・・俺たちがやっていることって・・・!?」
月ノ城は静かに頷く。
「ただ世界を壊す為の手助けだ」
「そ、そんな・・・」
「ああ。だから魔王が、この世界の四大魔獣を殺さないように守っている」
そう言って、地面へ突き立てた剣を軽く叩く。
「だけど、その事がきっかけで、四大魔獣を使役していると勘違いしている奴が多い」
話の規模が大きくなる一方で、黒杉の思考は追いつかない。
頭の中で情報が絡まり合い、今にもパンクしそうだった。
そして同時に、自分たちは世界を壊すために召喚されたのだと思うと、身体が震え上がる。
アイリスはそんな黒杉の手をそっと握った。
「アイリス・・・」
「大丈夫・・・知らないのは罪じゃない・・・ヨウイチのこと、責めないよ?」
その温もりだけが、現実へ繋ぎ止めてくれる。
「ああ、甘い雰囲気を出すのはいいが・・・続き、いいか?」
「あ、ああ・・・すまん」
なんとも気まずい空気になってしまった。
月ノ城は軽く咳払いをする。
そして再び話し始めた。
「しかし、守ったら守ったで厄介なんだ」
「厄介とは?」
「四大魔獣は、魔王に操られているわけでもなく、バカ十二神によって操られている」
月ノ城の眉がわずかに歪む。
「そのせいで膨大な魔力と魔素の毒を発し、魔物が活発になり、狂暴化している」
黒杉は黙って耳を傾ける。
「その為、四大魔獣の正気を取り戻し、解放させる旅をしている」
「なるほど・・・」
「その事情を知った上で活動しているのが、俺たち『フヴェズルング』という組織だ」
そこで月ノ城は言葉を切り、一瞬だけ沈黙が落ちる。
その沈黙が妙に重かった。
そして、月ノ城は言う。
「そして、最終目的はこの世界の十二人の神を殺す」
その言葉は静かだった。
だが、オロチの咆哮よりも、どんな剣撃よりも、黒杉の胸を強く揺さぶった。
───神を殺す。
月ノ城はそう言った。
日本なら罰当たりでしかない、その行為。
しかし、この世界ではしなければならないらしい。
だが、本当にしても良い事なのだろうか。
不確定な情報の中で、黒杉は頭を悩ませる。
「話は以上だ」
「なるほどな……。」
「信じてくれるか?」
「うーん……。」
正直、急展開過ぎて受け入れられないという感じだった。
国王との話が対照的過ぎる。
何が何だか分からなくなってしまう。
どちらを信じたらいいのか。
答えは出ない。
「ヨウイチ・・・」
「ん? どうした?」
服をくいっと引っ張られる。
振り向くと、アイリスがこちらを見上げていた。
「ヨウイチ・・・この人達は大丈夫だと思う」
アイリスはそう言った。
信用しても良い、と。
その顔に迷いはない、紅い瞳が真っ直ぐ黒杉を見つめていた。
「どうしてだ?」
「分からない・・・でも、この人たちなら信じても良いと思う」
黒杉はしばらく考える。
「(アイリスの直感だろうか? もし、選択を間違った時は・・・)」
不安が頭をよぎる。
だが、再びアイリスと目が合った。
あの時、自分を守ってくれた。
奈落の底で、絶望しかけた自分の傍にいてくれた。
あの背中、笑顔。
それを思い出した瞬間、黒杉の中にもう一つの感情が芽生える。
月ノ城と同じぐらいに。
いや、それ以上に強くなりたい。
今度は、自分がアイリスを守る為に。
フヴェズルングに入れば強くなれるだろうか。
その答えは分からない。
だが、もし強くなれなかったとしても。
何かあった時は、どんな手を使ってでもアイリスと一緒に逃げ出す。
それだけは決めていた。
やがて考えがまとまり、黒杉は静かに覚悟を決めた。
そして、アイリスの「大丈夫」という言葉を信じる。
「分かった。俺はアイリスを信じるよ」
「・・・! ヨウイチ・・・ありがとう!」
嬉しそうに顔を綻ばせるアイリス。
その笑顔を見て、黒杉も少しだけ肩の力が抜けた。
「そうか。来てくれるという事でいいのか?」
月ノ城の問いかけに、黒杉達は揃って頷く。
その返事を聞いた月ノ城は、どこか安心したようだった。
先程まで鋭かった目つきが、ほんの少しだけ優しくなる。
まるで歓迎するように。
「わあい! うーさん! 新しい仲間ですね!!」
「そうだな」
「じゃあ、今回はお祝いしないとですね!」
シルクは子供のようにはしゃいだ。
月ノ城はそんなシルルの頭をぽんぽんと撫でる。
すると「ウヒャアアア!!」と叫びながら飛び跳ねて喜んだ。
それは何かの癖なのだろうか。
黒杉は少し呆れながらも、二人の様子を眺めていた。
(そういや、この子、自分より大きい大剣を振り回してたな……)
シルクは見た目に反して、あの戦いを見た後では相当の実力者だと分かる。
名前や〇イダースーツなど、色々とツッコミたい所はあるが……。
黒杉の視線に気付いたのか、シルクがこちらへ近付いてきた。
「な、なんだ?」
「ヨーくん! よろしくね! うーさんは見た目はアレだけど、とても優しい人だから大丈夫だよ!」
「アレとはなんだ、アレとは?」
「ヘヘへ……」
シルクは誤魔化すように月ノ城から目を逸らした。
そのまま黒杉の前まで来ると、にぱっと笑って手を差し出す。
「握手!」
「お、おう。よろしくな」
黒杉も手を差し出し、その手を握り返した。
「なっかまー♪ なっかまー♪」
シルクは満面の笑みを浮かべる。
本当に嬉しそうだった。
そのまま月ノ城の周りをスキップしながら、不思議な踊りを始める。
どっかの民族みたいにぴょんぴょんと跳ねる。
何の踊りなのかは全く分からない。
だが、その奇妙な動きが妙に面白くて、黒杉は思わず吹き出しそうになった。
「すまんな。シルルは久しぶりに仲間が増えて嬉しいんだ」
「そ、そうなんだ」
月ノ城も慣れた様子で苦笑している。
「ところで……黒杉」
「な、なんだ?」
月ノ城は黒杉の腰に下げられたポーチを指差した。
中には薬草と水が入っている。
「あの薬草はどこで手に入れたんだ?」
「ああ、これはだな……」
月ノ城は興味深そうに薬草を見つめていた。
どうやら、この人は洞察力も優れているらしい。
黒杉は頷くと、薬草が生えている場所まで案内するのだった。
───【1時間後】
「ほお・・・すごいな」
月ノ城は感心したように周囲を見渡す。
すると、懐から機械を取り出し、何かを計測し始めた。
黒杉達は先ほどから気になっていた。
月ノ城たちが使う道具は、どれも自分たちの元いた世界に近い物ばかりだった。
「それはなんだ?」
「ああ、これか? 魔素度を測るものだ」
【魔素度】
魔素の濃度を計る物だということは分かる。
だが、黒杉には魔素と魔力の違いがいまいち分からなかった。
「思うんだけど、魔素と魔力の違いってなんだ?」
「そういや、別世界から来たんだっけか」
「この世界に来てから、結構知らないことが多くてな。教えてくれないか?」
そう言うと、月ノ城は胸ポケットからメモ用紙らしき物を取り出し、説明を始めた。
「【魔力】は体内から生成される人工的なエネルギーのことだ。人によって魔力量は変わるが・・・まあ、魔改造すれば増やす方法はある」
「ふむふむ・・・」
さらっと不穏な単語が聞こえた気がした。
だが、深く考えないことにした。
「魔素とは違って、魔力は基本的に体内へ内包されている。知っての通り、俺たちが使うスキルや魔法は、その魔力を消費して外へ吐き出すことで発動する」
月ノ城は指を一本立てる。
「特に影響が大きいのが身体能力強化系だな。あれは魔力量によって持続力も質も変わる」
「なるほどな・・・」
黒杉が頷くと、月ノ城は今度は魔素について話し始めた。
「草や木、水なんかの自然の中で生成されるエネルギー。それが【魔素】だ」
周囲の景色へ視線を向ける。
「生成された自然エネルギーは絶えず湧き続ける。だから内包しきれなかった魔素は外へ溢れ出すんだ」
そう言って谷底の奥を指差した。
「特にこういう奥深い場所は魔素が消費されることが少ない。だから魔素濃度も高くなる」
そこで一度言葉を切る。
「・・・だが、濃すぎる魔素は毒にもなる」
「毒?」
「ああ。植物は魔素に耐えきれず育たなくなるんだ」
月ノ城は少し不思議そうに周囲を見回した。
「だから、何故この場所に薬草が育っているのかが不思議なんだよ」
説明を聞きながら歩き続ける。
やがて見慣れた景色が見えてきた。
岩場の隙間、積み上げた石、そして自分が作った竈土。
黒杉は、いつもの拠点へと辿り着いた。
「すごい濃度だな・・・しかし、なぜここまでの濃度に草木は耐えられるんだ?」
「うーさん、うーさん! 見てください! あそこに水があります!」
シルクは興奮したように月ノ城の裾を引っ張り、そのまま連れていく。
連れていかれた場所は湖だった。
透き通る水面は静かに揺れ、淡い光を反射している。
月ノ城はしゃがみ込み、手ですくった水を口に含んだ。
確認するようにゆっくりと味わう。
そして何かに気付いたように目を細め、シルクへ向かって言った。
「よくやった。シルル、ありがとうな」
そう言ってシルクの頭を撫でる。
すると、「ウヒャアアア!!」と叫びながら喜んだ。
やはり、あれは何かの癖らしい。
「何か分かったか?」
「あぁ、多分、この水辺のおかげで草木は育ったんだろう」
「ほうほう」
「これは霊水だ。非常に濃度の高い水のことだ。この水に浸かるだけで、致命傷でもすぐに治るだろうな」
月ノ城は湖へ視線を向ける。
「そんな霊水で育ったこの薬草は、『霊月草』って言う」
「詳しいんですね」
「ああ。昔、色々あってな……まあ、それよりも、本来はとても希少な草なんだ」
そう言って周囲に広がる薬草畑を見渡す。
「まさかここでお目にかかれるとは・・・しかも、こんなにも大量にあるとは予想外だ」
その霊月草のおかげで、自動回復効果が付いたことは黙っておいた。
そして、胸の傷が治ったのは、この霊水のおかげだったのだと気付く。
「さて、今回は良い収穫だ」
月ノ城は立ち上がりながら言う。
「そろそろ基地に戻るか」
「出口は分かるのか?」
「ああ、こっちだ。ついてこい」
そう言って月ノ城は歩き出す。
黒杉達はその後を追い、洞窟の外へ向かうことになった。
――――――――後日談
「そういや、月ノ城さん達のステータスってどんな感じなのさ?」
「気になるのか?」
「そりゃ、オロチをミンチにしたんだし、気になるに決まってるじゃん」
「ふむ、そうか・・・いいぞ。見てみろ」
見たことのない機械を取り出し、月ノ城はステータスを見せる。
【月ノ城 羽咲】
職業 殺人鬼
LV210
HP400000
MP200000
SP200000
攻撃 251400
防御 115000
魔力 97000
精神 100000
素早さ 100000
器用さ 96000
運 15
スキル
熾炎流抜刀術・壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、零式
秘剣『夢幻浄永』
秘儀『刻楼』
熾炎流抜刀術・最終奥義『無十』
パッシブ
・殺人衝動・EX
・修羅
・覇気
・剛神
・武神
・悟りの極致
「な、なんじゃこりゃ!?」
思わず二度見した。
いや、二度見どころじゃない。
何回見ても意味が分からない。
「あぁ、ちょっと色々あってな」
「ちょっとあってなじゃないよ!? 職業が殺人鬼って何さ!?」
「ハハ、その話はまた今度するよ。ただ、今はもうそんなことしてないさ」
規格外とは思っていた。
だが、二百十レベルってどういうことだよ……。
俺の十倍以上あるじゃないか……。
ステータスも桁違いだ、オロチを一方的に斬り刻んでいたのも納得である。
そして、自分が今まで悪寒を感じていた理由も、なんとなく理解した。
きっと、いや、絶対に『殺人鬼』という職業のせいだ。
他にもアイリスに似た感覚を覚えたことはあったが、『覇気』というパッシブも気になる。
というか、殺人衝動って何だ、EXって何だ、悟りの極致って何だ。
ツッコミどころが多すぎる。
一方、当の本人は平然とした顔で立っていた。
まるで何もおかしくないと言わんばかりに。
一方、シルルのステータスはというと――。
【シルク・ネーラ】
職業 ヒーロー
LV161
HP340000
MP100000
SP100000
攻撃 100000
防御 100000
魔力 100000
精神 100000
素早さ 100000
器用さ 100000
運 70
スキル
武装変身「キャット・うーにゃん」
大剣使い
必殺パンチ!
必殺キック!
パッシブ
武装神姫
猫魔神
悪は滅ぶべし
この子もやっぱり、ステータスがバグってる・・・・・・。
攻撃も防御も魔力も、全部十万。
もはや何を見ても驚かないと思っていた。
だが、そもそもスキルの名前がおかしい。
武装神姫はまだ分かる。
猫魔神も、まあ分かる。
だけど、キャット・うーにゃんって何だよ!?
必殺パンチ!必殺キック!そのまんまじゃねぇか!!
他にも色々ツッコミたいが、多すぎて追いつけない黒杉であった。
「なんですか、この子のステータスは!? てか、ヒーローって何だ? 職業なのか?」
「それはユニーク職業だ」
「ユニーク職業?」
「ユニーク職業っていうのは、一定の条件を満たすか、生まれながらに持つ珍しい職業ですねぇ!」
シルクがちゃっかり説明する。
そういえば、アイリスと一緒に転職の加護を調べた時も、ユニーク職業は転職できないとか書いてあったな・・・。
「そう! 僕の理想の職業です!」
シルクは胸を張る。
そして次の瞬間、「ウッヒャアアアア!」謎の雄叫びを上げながら、その場でくるくると回り始めた。
「・・・・・・」
やっぱり変な子だ。
そう思いながら、黒杉は暴走するシルクを眺めるのだった。
「てか、ヒーローと勇者とは何が違うんだ・・・」
「何言ってるんですか! 全然違いますよ!!」
そう言って、シルクは猫耳帽子をピクピクと激しく揺らしながら反応する。
「勇者には使命があるんですが、ヒーローには無いんです! ただし、そこに悪があれば飛び込んで成敗するんですよ! フンス!」
胸を張り、得意げに鼻を鳴らすシルク。
「仮〇ライダーみたいだな・・・」
黒杉がぽつりと呟く。
「〇面ライダーとは?」
シルクは首を傾げた。
「そうだなぁ、シルクさん・・・みたいな職業かな?」
「ウヒャアアアアア! 私以外にもヒーローがいるんですね!」
シルクの目が輝く。
「おう、いっぱいいるぞ」
嘘は言っていない。
実際、何十年も受け継がれている伝統的なヒーローだからな。
変身する奴もいるし、バイクに乗る奴もいる。
色々ツッコミたいことはあるけど、聞かないでおこう。
下手に説明したら、また話が長くなりそうだ。
「うーさん! 私、いつか会ってみたいです!」
「無理だと思うぞ」
「えええええええ!?」
そんな他愛のない会話をしながら、一行は歩く。
黒杉たちは夕陽に照らされながら、今後のことを考えつつ基地へ向かうのだった。
また、来週の火曜日に会いましょう・・・。
現在、改稿版を投稿しています。
そちらの方もストーリーは同じですが、話の内容や追加台詞など変わったり増えたりしていますので、主に、黒杉くんの殺され方など・・・是非読んでいただければと思っています。
※いずれ統合しますけど・・・。
改稿版URL
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1443099/
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あわよくば、評k(ごめんなさい、調子乗りました。




