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第9話 束の間の休憩、転職してもある程度は縛りプレイって必要なんだよねの話

26/06/08 改稿済

あれから、アイリスを暗い部屋から連れ出して、自分の拠点となる場所に戻る。

何も変わらず草木が茂り、森を抜けると見慣れた人工物が姿を現した。

それは、自分で作ったドーム状の釜土だった。


「ヨウイチ・・・ここは?」

「ここは俺が作った拠点だ」


アイリスは一人で先に歩き出し、物珍しげに周りと釜土を見回す。

そんな様子を眺めていると、何時間も歩き続けていたせいか、再び空腹を覚えた。

ぐう、と腹の虫が鳴る。

今日はあの"封印"のこともあり、身体中に疲労がたまっていた。

薬草を食べても、火傷の跡は治らなかった。


「万能ではないんだな・・・」


薬草はあくまでも薬草でしかなかったことを確認する。

傷や骨が治っても皮膚は治らないというのも、なんともおかしな話だ。

だが今は、腕が無くならなかっただけでも喜ぶべきだった。

池の方を眺めているアイリスに近づき、肩に触れて話しかける。


「アイリス、お腹すいていないか?」

「私は平気・・・」


それもそうか。

何年も飲まず食わずで、あそこに閉じ込められていたんだ。

少なくともアイリスが人間ではないことは分かる。

しかし、人間じゃなければ何なんだろうか。

見た目は普通の少女だ。

牙があるわけでもないから、吸血鬼でもなさそうだ。


「じゃあ、ご飯は俺のだけでいっか」

「うん」


食材を用意しつつ、釜土に火を点けようとする。

だが、火打ち石がうまく点かない。

カチッ、カチッと石を打ち鳴らしても、火花は散るだけだった。

その様子を見ていたアイリスが、後ろから不思議そうに声を掛けてくる。


「何してるの?」

「ああ、火を点けようとしてるけど、うまくつかないんだ」

「魔法は・・・?」

「言っただろ? 俺は村人なんだ。魔法なんて使えないさ」

「そっか・・・なら・・・」


すると、アイリスは釜土へ向けて腕を伸ばし、人差し指で空中になにかをなぞり始める。

その指先を追うように、赤い線が浮かび上がった。


文字だ。


なぞられた文字の周囲へ、"見えない何か"が集まっていく。

空気がわずかに震えた気がした。

そしてアイリスは、ゆっくりと呟く。


「"蛍火ルティラ"」


その瞬間、薪からボッと音を立てて火が灯り、揺らめくように燃える。

暗かった釜土の中が、橙色の光でゆっくりと照らされた。

初めて見る、魔法の詠唱だった。

普段使われている【魔法詠唱】は、体内の魔力を消費して魔法を発動する。

しかし、魔法詠唱中は魔力を消耗している感じがしなかった。

その際、手に何かが集まっていた。


「今のはどうやって・・・」


黒杉は燃える薪とアイリスの指先を交互に見る。


「【魔術執印まじゅつしついん】」

「魔術執印?」


黒杉が聞き返すと、アイリスは小さく頷く。


「自然にある【魔素】を使う魔術・・・」

「魔素?」

「草や木、水とか・・・そういう自然から生まれる力」


そう言いながら、近くの草を指差す。


「私たちが使う魔法は、自分の中の魔力を使う。でも魔術執印は違う・・・周りの魔素を借りる」

「ほおー・・・」

「だから消費が少ない」


なるほど、と黒杉は頷く。

たしかに、さっきの魔法は魔力を使っている感じがしなかった。


(つまり、自分の魔力を使わなくても魔法が使えるってことか・・・?)


村人の自分は魔力が少ない。

だから魔法使いみたいに派手な魔法は使えないと思っていた。

だが、周囲の力を借りる方法があるのなら話は別だ。


「じゃあ、どうやって使うんだ?」

「指に魔力を込めて文字を書く、魔力を込めるだけなら誰でもできる」


そう言うと、アイリスは空中をなぞる。

赤い光の線が指先を追いかけるように浮かんだ。


「これを【術式】って呼ぶ」

「なるほど」

「正しい術式を組めば魔法になる」


(プログラムみたいなものか・・・?)


黒杉は元の世界の知識を思い出す。

決められた手順を組み立てて、正しい命令を入力する。

そう考えると少し分かりやすかった。


「じゃあ、村人の俺でも使えるのか?」

「うん」


アイリスは即答した。


「魔力が少なくても使える・・・それが良いところ」

「それは助かるな」


思わず本音が漏れる。

正直、自分が村人だと分かった時から諦めていた部分があった。

勇者や賢者みたいな派手な能力は使えない。

そう思っていたからだ。

だが、もし本当に使えるなら話は変わる。


「でも・・・簡単じゃない」

「ん?」


アイリスは少しだけ眉を寄せる。


「魔法が大きくなるほど術式も複雑になる。魔力も魔素もいっぱい使う」

「なるほどな・・・」


便利なだけではないらしい。


(当たり前か・・・)


なんでも使えるなら誰も苦労しない。

それでも希望はあった。

剣の才能もない、魔法の才能もない。

そんな自分でも努力次第で使える力。

それだけで十分魅力的だった。


「なら、今度教えてくれないか?」

「・・・!」


そう言うと、アイリスは少し目を見開く。

そして、嬉しそうに頷いた。


「うん!」


顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。

その返事は思った以上に力強かった。

そんなに嬉しいことなのかと思うが、感じ方は人それぞれだから、気にしないでおくことにした。


火が点いたので、黒杉は料理を始める。

先ほどと同じように木の実のお肉炒めを作る。

フライパンの上で肉がジュウッと音を立てる。

肉の香ばしい匂いと木の実の香りが胃を刺激する。

空腹だったことを思い出したかのように、腹が小さく鳴った。

匂いを嗅ぎつけたのか、いつの間にかアイリスが興味津々に見ている。

その紅い瞳は、焼ける肉に釘付けになっていた。


「アイリス・・・」

「ッハ・・・!?」


我に返ったアイリスは、少し恥ずかしそうだ。

その口元が少し輝いているのは見ないことにしよう。


「ご、ごめんなさい・・・美味しそうな匂いがしていたので・・・」

「そうか、じゃあ・・・」


そう言って、焼いた肉と木の実を大きな葉っぱに乗せて渡す。

アイリスはキョトンとした表情で葉っぱに乗せられた料理を見つめる。

しばらく固まったまま、今度はゆっくりと顔を上げた。

紅い瞳が黒杉を見つめる。


「いいの?」

「ああ、食いたいんだろ?」

「・・・!いただきます・・・!」


その声は、どこか弾んでいた。

アイリスは短刀で小さく切り、そのまま刺して口の中へ入れる。

意外とワイルドな食べ方をするアイリスに、少しおかしく思えてしまう。

だが、その瞬間。


アイリスの動きが止まった。


表情が固まる。

やはり、口に合わなかっただろうか?

黒杉の胸に不安がよぎる。


「ア、アイリス?」


恐る恐る声を掛ける。

すると――


「・・・お、美味しい!!」


パァッと花が咲くように表情が明るくなった。

アイリスは子供みたいに夢中になって食べ始める。

一口、また一口。

止まらないと言わんばかりに頬張っていく。

その様子を見て、思わず微笑ましくなる。


「ヨウイチ!これ美味しい!!これウルフの肉なのに硬くない!それどころか、肉を刺した時のこの柔らかさ・・・」


興奮したように身振り手振りを交えながら語る。

先ほどまで無表情に近かった少女とは思えない。


「ハハ、そうかそうか。お口に合ってよかった。というか、よく食べただけで何の食材か分かるな」

「うん、何となくだけど・・・身体が覚えているのかな?」


そう言って首を傾げる。

その仕草が妙に様になっていて、思わず笑ってしまった。

なんというか、愛らしく感じる。

自分の料理を食べてもらって、ここまで喜んでもらえるのは嬉しい。

胸の奥が少しだけ温かくなる。

悪い気分ではなかった。


「ん!!んーん!!」

「こらこら、そんな急いで食べるな」


アイリスはご飯を喉に詰まらせた。

慌てて胸を押さえながら苦しそうにしている。

そう言って、葉っぱで作ったカップで水をすくって渡す。

アイリスはそれを受け取ると、勢いよく飲み干した。

ごくっ、ごくっと喉を鳴らし、最後の一滴まで飲み切る。

見た目とは裏腹に、食いしん坊なアイリスであった。


「コホッ・・・コホッ・・・ありがとう、ヨウイチ」


苦しかったのか、ちょっと涙目である。

その目元を袖で拭いながら、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。

アイリスは黒杉の元の世界がどういう所なのかを聞きながら、ご飯を食べる。


「この世界ほど綺麗な空気ではないけど、平和な世界だよ」

「平和・・・」


アイリスの手が少しだけ止まる。


「ああ、魔法とかそういうのは無いけど、その代わりに生活を豊かにする科学というものが発展してるんだ」


夜になっても街は明るくてな、とか。

遠くにいる人とも簡単に話せるんだ、とか。

そんなことを思い出しながら話す。

平和という言葉を聞くと、何故か俯くが、それは一瞬だけだった。

揺れる焚き火の光が白い髪に落ちる。

そして、


「素敵ね」


と、一言だけ言う。

その声はどこか遠くを見ているようにも聞こえた。

そんな他愛のない会話をしながら、しばらくしてご飯は食べ終わった。


「ごちそうさまでした」


葉っぱの皿を両手で持ちながら、ぺこりと頭を下げる。


「ああ」

「ヨウイチの料理、おいしかった・・・」


心からそう思っているのだろう。

アイリスは少しだけ口元を緩めていた。


「また作ってやるさ」

「ほんと?」


ぱっと表情が明るくなる。

その反応があまりにも分かりやすい。

アイリスが喜ぶ姿を見ると、なんだか犬っぽく見えてきたぞ。

尻尾があったら振っているんじゃないだろうか。

言ったら怒りそうだから、言わないでおこう。

そう考えていると、アイリスが声を掛けてくる。


「ヨウイチ!」

「ん、なんだ?アイリス?」

「ヨウイチ、水辺ってどこ?」

「ああ、それならあっちにあるぞ」


そう言って、水辺の方を指差す。


「わかったわ、ありがとう」


そう言うと、アイリスはローブに手を掛けた。

次の瞬間、するりと肩からローブを落とそうとする。


「――って、おい!」


黒杉は反射的に飛び出し、慌ててアイリスを止める。


「バカバカ、ここで脱ぐな!」

「なんで?」


きょとんとした顔だった。

本気で分かっていないらしい。

この子は常識というものがないのか?

いや、元々異世界だし、普通の常識とは違うのかもしれない。

けど、とりあえず止めよう。そうしよう。

俺だって男なんだ。

というか、あと数秒遅れていたら危なかった。


色々な意味で。


「なんでって、俺は男だぞ。女性がここで脱ぐもんじゃない」

「別にヨウイチなら見られても良い」

「俺がダメなんだ!!!」


思わず全力で叫んでしまう。

むしろ何故そんなに無防備なんだ。

警戒心はどこに置いてきた。

さっきまで何百年も封印されていた少女とは思えない。


「フーン・・・」


アイリスは目を細めて、少し不満げな顔をする。

まるで納得していない。

その視線が妙に刺さる。

駄目なものは駄目です!!そんな顔をしても駄目!

黒杉は必死に自分へ言い聞かせる。

冷静になれ、クールになるんだ。

相手は常識を知らないだけだ。


そうだ、これは教育だ。

決して邪なことを考えているわけではない。

断じてない……たぶん。


「とにかく、水浴びするなら向こうだ。岩陰もあるし、そっちでやれ」

「わかった」


ようやく納得したのか、アイリスは素直に頷く。

黒杉はほっと胸を撫で下ろした。

そして、アイリスが水辺へ向かっていく背中を見送りながら思う。


――危なかった、本当に危なかった。


魔物との戦いより別の意味で心臓に悪い。

その後、ちゃんと場所を指定して、水辺へ向かわせた。


「はぁ、ちょっと疲れたな・・・」


俺だって、思春期なんだ。

変に惑わせないでほしい。

それに、今はそういうことをしている場合じゃない。

やらなければならないことが沢山ある。


黒杉は自分を抑えるために、精神面を削られ、一人悶える。

頭では理解している。

相手は常識を知らないだけだ。

それでも男として意識してしまうのは仕方がない。

だからこそ、自分を落ち着かせるのに必死だった。


「落ち着け・・・落ち着け俺・・・」


小さく呟きながら額を押さえる。

魔物との戦いとは別の意味で疲れた気がした。


しばらくして、一時間後・・・。


聞こえてくる足音に顔を上げる。

アイリスはローブを羽織って帰ってくる。

髪の毛が濡れている。

毛先から落ちた雫が洞窟の上にある月光石を反射して煌めいた。

なんというか、とても妖艶な姿だった。

どうやら、水浴びをしてきたらしい。


「お帰り、アイリス。冷たくなかったか?」

「ただいま。大丈夫・・・それに、水はとても綺麗だった」


アイリスは満足そうに頷く。

先ほどまでの不満げな顔は無く、むしろスッキリしてきました、という顔だった。

その様子を見て、黒杉も少しだけ安心する。

時間は分からないが、身体が気だるく、眠気が襲って来る。

今日一日だけでも色々なことがあり過ぎた。


裏切り、奈落への落下、アイリスとの出会い。

そして、あの封印。

緊張の糸が切れたのか、大きなあくびが漏れる。

黒杉はあくびをして、アイリスに寝ることを伝える。


「そうか、じゃあ寝るぞ」

「うん」


アイリスは素直に頷く。

互いに少し離れた位置に腰を下ろし、そのまま横になる。

パチパチと薪が爆ぜる音だけが静かに響いていた。

頭上では木々の隙間から星空が覗いている。

こんな状況なのに、不思議と心は落ち着いていた。

隣にはアイリスがいる。

たったそれだけで、先ほどまで感じていた孤独が少しだけ薄れている気がした。


二人は互いに少し離れた位置で寝始める。


薪が爆ぜる音を聞きながら、黒杉はゆっくりと意識を手放した。


―――――――


その日の深夜。


何かが近づいてくる気配を感じる。

黒杉はゆっくりと起き上がり、気配を感じる方へ顔を向ける。

そこにはアイリスがいた。


「アイリス、どうしたんだ?」

「ヨウイチ・・・」


アイリスは言いづらそうだった。

いつもの無表情ではない。

何かを迷うように視線を揺らしている。


「なんだ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれ」

「ごめんなさい・・・怖い夢を見て、寝られなくて・・・」

「・・・そうか」


アイリスはぽつりと言った。

その声はどこか弱々しい。


「だから、少しだけで良いから、一緒に寝てほしい・・・」

「アイリス、いいか。俺は男だぞ? 何をしでかすか分からないんだ。もう少し自分の身には気を付けた方が・・・」

「ヨウイチなら別に良い。それにヨウイチは絶対にそんなことしない」


全て話す前に、アイリスが大丈夫だと言う。

何故か自信満々に言う。

それとも何か根拠があって言ったことなのだろうか?

いやまあ、手出しはしないけどさ。

むしろ、その信頼が重い。

俺はアイリスが立っている逆方向へ身体を向けて寝る。


「勝手にしてくれ・・・」


少し投げやりにそう言う。


「ありがとう、ヨウイチ・・・」


その声は、どこか安心したようだった。

そう言って、アイリスは黒杉のすぐ後ろに同じ向きで横になる。

衣擦れの音が聞こえる。


そして、そのまま抱きしめるようにして手を握る。

小さな身体の体温が背中にじんわりと伝わる。

華奢な手は驚くほど冷たかった。

その冷たさに、思わず眉をひそめる。


きっと長い間ずっと閉じ込められていて、寂しかったのだろう。

何百年もの孤独、誰とも話せず、誰にも触れられず、ただ一人で。

そう考えると、胸の奥が少し痛んだ。

握られた手に力が入る。

その手は少し震えていた。

まるで、離してしまえば消えてしまうかのように。


「ヨウイチ? もう寝た?」

「・・・」

「あのね、私ね、嬉しかったの」


アイリスは寝ていると思って話し始める。

静かな夜だった。

焚き火はすでに消え、聞こえるのは風の音と、草木の揺れる音だけ。

その中で、アイリスの声だけがぽつりぽつりと響く。


「多分だけど、私は何百年も閉じ込められてたと思うの」


何百年・・・。

それは普通の人間なら気が遠くなるような数字だった。

一人であの場所にいたのか?


それもずっと?


普通の人なら発狂して、そのまま舌を噛み切ってもおかしくない状況だ。


「何も覚えていないけど、きっと遠い昔から閉じ込められていた気がする・・・自我を取り戻した時には、鎖につながれていて、動けない状態だった。そして、何年も何年も経った。きっと誰も来ないだろうって、きっと誰も助けに来てくれないだろうって思っていた。だけど、それが正しいことだと思っていた」


淡々と語る声に感情は少ない。

けれど、それが逆に重かった。

あまりにも長い時間を過ごし過ぎて、悲しいという感情すら薄れてしまったかのようだった。


「だけど、私は・・・わがまま・・・だから祈ったの・・・一度だけでもいい、誰かに会いたい、孤独のまま死にたくないって」


アイリスは淡々と語る。

彼女はただ生きたかっただけ。

誰かに会いたかっただけ。

しかし、それは許されることはなかった。

一人、暗闇の中で、過去の記憶が抜け落ちるほどの時を過ごし、死ぬこともできずに、ずっとただ待ち続けた。

残酷で、実に哀れだ・・・。

次第に声は震え、黒杉の手を少し強く握る。

その小さな震えが、今まで積み重なった孤独を物語っているようだった。


「だから、ヨウイチが来た時、嬉しかったの。まだ見捨てられてなかったって」


見捨てられていなかったか・・・。

その言葉が胸に刺さる。

目を閉じると、あの出来事を思い出す。

不気味に笑う"板野"の姿を。

そして、何の躊躇いもなく、自分の胸に剣を突き刺したこと。

あの時のことをフラッシュバックするように、映像が流れる。

信じていた、仲間だと思っていた。

なのに、あいつは俺を切り捨てた。

今の俺はアイツに復讐するために生きている。

胸の奥には今も黒い感情が渦巻いている。

忘れることなんてできない。


でも・・・。


アイリスの言葉を聞いていると、不思議と黒い部分が少し収まった気がする。

見捨てられたと思っていたのは、自分だけじゃなかった。

そして今、自分のことを必要としてくれる人がいる。

それだけで、少しだけ心が軽くなった。


「だから、ヨウイチが私を守ってくれるように、ヨウイチは私が守る。裏切らないよ」


その言葉には迷いがなかった。

ただ真っ直ぐだった。

そう言って話が止まり、しばらくすると寝息が聞こえる。


安心したのだろうか?握っていた手の力は少し弱くなった。

黒杉は小さく冷たい手を優しく握り返す。

離さないように、安心させるように、そのまま目を閉じる。

久しぶりに、少しだけ穏やかな気持ちのまま。


黒杉も静かに眠りへ落ちていった。


―――――【それから2週間後】


俺たちはご飯を食べ、この拠点から旅立とうとしていた。


「アイリス、行くぞ」

「うん・・・!」


この二週間の間に分かったことがある。

村人の低ステータスでも、魔物が倒せることだ。

あくまでも下級魔物限定になるが、喉元を的確に掻き斬れば、魔物は息ができずに死ぬ。

そこらへんは、人間と変わらないようだ。

そして、微妙に器用さが高い理由も分かった。

それは、魔物の急所を的確に狙うことで上がったのだった。

今思えば、王国を出てから生き残りのゴブリンがいないか確認するために、確実に殺すため、喉元に短刀を突き刺していた。

その時から素早さと器用さが上がっていった。

最初は偶然だと思っていた。

だが、何度も繰り返しているうちに確信へ変わる。

本来は職業や経験などに基づいて、レベルが上がった時にステータスへ反映されるものが、それを無視している。

なぜ上がったのか。

理由は一つしかないだろう。


「成長・Ⅰ」


黒杉は小さく呟く。

何度見ても、そのスキルだけは異質だった。

Ⅰってことは、その次の段階があるのか?

もしⅡ、Ⅲと続くのなら、一体どこまで成長できるんだ?

考えても答えは出ない。


だが、少なくとも普通の村人には無い力であることだけは分かる。

そして、本来は覚えられないはずのスキルも増えた。


パッシブ【自動回復・Ⅰ】


これには理由がある。

器用さが上がるまでに、魔物の攻撃を受け、殺し、そして薬草を食べる。

それを何度も何度も繰り返していた。

傷だらけになりながらも生き延びる。

そんな生活を続けていたある日だった。

かすり傷を受けた時に、いつの間にか回復していた。

最初は薬草の効果が残っているのかと思った。


だが違った。

なんかおかしいな、と思ってステータスを見ていたら分かった。

そこには新しいスキルが増えていた。

レベルが上がらなくても、スキルを覚えられなくても、繰り返し行うことでスキルを覚えられることが分かった。


つまり――。

戦い、生き残り、積み重ねた経験そのものが力になる。


それが【成長・Ⅰ】の能力だった。


─────────


【黒杉 陽一】

職業 村人

LV18


HP1000

MP478

SP200


攻撃 107

防御 346

魔力 333

精神 500

素早さ 100

器用さ 679

運   15


スキル

・石投げ


パッシブ

・成長・Ⅰ

・転職の加護【堕】

・自動回復・Ⅰ


「な、なんだと・・・!?」


思わず声が漏れた。

自分のステータスがありえないぐらい上がっていた。

器用さに至っては、もう少しで700になりそうだった。

何度も数字を見直す。

見間違いじゃない、本当に上がっている!


近くに魔物がいたので、急所を突いて倒すと――


~~~~~~~


素早さ 100

器用さ 691


~~~~~~~


上がってる・・・。

ちゃんと上がってる。

魔物が絶命した直後。

視界の端で数字が変化した。


その瞬間を、この目ではっきりと確認した。

今まで何かできないか、ずっと考えていた。


村人、最低職、戦う力もなければ、特別な才能もない。

この世界で生き残る方法を、必死に探していた。


そして、俺は強くなれる方法を一つ見つけた。

成長スキルの真の力であった。

他のステータスもなぜ上がったのかは分からないが、条件を満たしたからステータスが上がったのだろう。

急所を狙い続けた結果、器用さが上がる。

回避や移動を繰り返した結果、素早さが上がる。

だとしたら、このスキルは、自分の行動そのものを成長へ変える力なのかもしれない。

胸の鼓動が少しだけ速くなる。


希望だった。

勇者にはなれない、賢者にもなれない。

それでも、自分だけの方法で強くなれる。

そう思えた。


そして、もう一つ気になる点があった。


「転職の・・・加護?」


黒杉の視線がパッシブ欄へ向く。

そこには、今まで何の加護か分からなかったものが、

【転職の加護】と書かれていた。

今まではただの謎のパッシブだった。

名前すら表示されていなかったはずだ。

いつの間に隠れていた情報が表示されるようになったのか。

その理由については、ある程度予想がついていた。

黒杉は静かに腕へ目を落とす。

そこには、今も残る火傷の跡があった。

あの時、"封印"に触れた瞬間に刻まれた痕。


黒杉は火傷の跡を見る。


見えるようになったのは、あの時に起きた紅い電撃。

あれに当てられてから、少し身体が変な感じがした。

それよりも、この【堕】とは何だろうか?

文字を見る限り、嫌な予感しかしない。


黒杉は軌光石から出てくるホログラム映像に触れる。


職業の辺りを触ると、画面が静かに切り替わった。

すると、新たな項目が現れる。

そこには――


剣士、魔法使い、騎士。


見覚えのある職業名が並んでいた。


「まさか・・・」


黒杉の喉が小さく鳴る。

半信半疑のまま、剣士の文字へ指を伸ばした。

すると、新たな文字が現れる。


『剣士に転職しますか?』


その文字を見た瞬間、思わず笑みが零れた。

いや、笑わずにはいられなかった。


迷わず、表示された『はい』を選択する。


次の瞬間、ステータスの職業欄が変化した。


【村人】から【剣士】へ。


「ハハ・・・」


声が漏れる。


「ハハハハハ!!!」

「よ、ヨウイチ?」


突然笑い出した黒杉に、アイリスが戸惑った声を上げる。

だが、そんなことはどうでもよかった。

声が出てしまうほど、笑ってしまった。

今までずっと考えていた。

どうやって強くなるのか、生き残るのか。

そして、"復讐"を果たすにはどうしたらいいのか?

その答えが、目の前に転がっていた。

他にも、魔法使い、剣士、騎士など、初級職と呼ばれるものに次々と転職する。

転職するたびに職業欄が変わり、元に戻すこともできた。

何度試しても結果は同じだった。

夢じゃない、本当に転職できている。

その後、転職の加護で何ができるのかをアイリスと一緒に模索しながら、軌光石を使って試した。

そして、しばらく試行錯誤して分かったことがあった。



1、ユニーク職に転職する事はできない。

それは、その人の理想を具現化したものであり、その人の今までの人生の歩み、その人の生まれついた職業である。


2、条件を満たせば上位クラスまで転職は可能。

ただし、元々の職業は英雄職まで転職可能。


クラスには【初級職】【中級職】【上位職】【最上位職】【極致職】【英雄職】と、6段階に分けられている。


村人はもちろん初級職である。

しかも、元々の職業が村人だから英雄職に転職できないという罠。

さらに追い打ちをかけるように、この【堕】と書かれているせいなのか、初級スキルしか覚えられない為、結局の所、上級職の条件を満たす事ができず、下級職にしか転職出来なかった。


3、転職した職業スキルは引き継ぐ事ができる。

これは、一度転職した職業は村人の状態でも扱えるという事。

これはありがたい。

毎回転職しながら戦うのはめんどくさいから、統一化されるのは嬉しい所だ。

試し斬りを兼ねて、繰り返し転職した結果――


【黒杉 陽一】

職業 村人

LV20

HP1090

MP478

SP200


攻撃 117

防御 346

魔力 333

精神 500

素早さ 150

器用さ 800

運  15


スキル

・「石投げ」、「十文字切り」、「スラッシュ」、「収納」、「錬成」、「跳躍」、「鍛冶」、「鑑定」、「解析」、「改竄」、「釣り」、「料理」、「木こり」、「盗む」、「「スローイング・ダガー」」、「連打撃」、「乱舞」、「ヒール」、「サキュア」、「ショット」、「ピンポイント」、「アタック・アップ」、「ガード・アップ」、「 密迹」、「金剛」、「加速」、「一刀両断」、「残影」、「魔力感知」


初級魔法・炎、水、火、雷、土、風、闇、光

初級呪術「呪」「恨」「影」


パッシブ

・成長・Ⅱ

・転職の加護【堕】

・自動回復・Ⅰ

千手せんじゅ



スキルのオンパレードになってしまった。

今まで石投げしかなかったのが、こんなにも増えると、かえってめんどくさくなってしまった。

だが、贅沢な悩みだった。

選択肢があるということは、それだけ強くなれる可能性があるということだからだ。

パッシブにも変化が起きた。

軌光石で調べると、こう書かれていた。


成長・Ⅱ


様々な職種を経験したことによって、以下の効果を与える。


・更なる急成長ができるようになった。


千手せんじゅ


様々な職種を経験したことによって、以下の効果を与える。


・あらゆる武器を使いこなすことができるようになる。

・武器の威力上昇

・魔法の威力上昇

・物の威力上昇

・素手の威力上昇


「まさか・・・」


思わず息を呑んだ。

視線が自然と一行目に吸い寄せられる。


――『あらゆる武器を使いこなすことができるようになる。』


その文字を何度も見返した。

見間違いじゃない。

確かにそう書かれている。

あらゆる武器を使えることに、俺は興奮した。

今まで投げるか、まともに使ったことのない武器でしか攻撃方法がなかったので、縛りプレイから解放された感覚がすごかった。


剣も、槍も、斧も、弓も自在にってことぉ!?


使えなかった武器が使えるようになる。

そんな想像をしただけで胸が高鳴った。

村人だから弱い。

才能がないから戦えない。

そんな言葉を、無理やりひっくり返された気分だった。

思わず口元が緩む。

これなら、もっと強くなれるかもしれない。


そんな上機嫌な顔をしている黒杉を見て、アイリスは頬をつつく。

柔らかい感触に我に返り、不思議そうにアイリスの方を見ると――


「ヨウイチ、良かったね」


そう言って、アイリスも自分のことのように嬉しそうにしていた。

その表情には打算も何もない、本当に心から喜んでいるのだと分かる。


「ああ、これでまともに戦える」


黒杉は小さく頷く。

今までは生き残るために必死だった。

石を投げ、短刀で急所を狙い、泥臭く戦い続けてきた。

だが今は違う!ようやく戦うための力を手に入れたのだ!


「まともに戦えなくても、私が守るよ?」


アイリスは首を傾げながらそう言う。

まるで当たり前のことのように。

男としてのプライドがあるし、普通は逆じゃないか?――と思う。

だが、それをアイリスに言えばややこしくなりそうなので、言わないでおこう。

きっと本人は本気で言っている。

だからこそ余計に困る。

そう、なぜアイリスがそんなことを言うのか、それは三日前の出来事だった。


最大戦力であり、同時に問題児でもあるのが――アイリスだった。

魔法が使えると分かれば、当然アイリスも戦えることになる。

戦いのサポートをしてもらうために、どんな魔法が使えるのか聞いてみた。

アイリスは快く了承してくれたので、軌光石を使い、一緒にステータスを見ることにした。

その時の俺は、まだ知らなかった。

アイリスの能力が、常識という言葉を軽々と踏み潰す存在だということを。


【アイリス(仮)】


職業 ■■■■■

LV50


HP20000

MP50000

SP10000


攻撃 20000

防御 14000

魔力 78000

精神 80000

素早さ 30000

器用さ 20000

運   15


スキル


最上級魔法・火、水、風、土、雷、光、闇

上級魔法・火、水、風、土、雷、光、闇

中級魔法・火、水、風、土、雷、光、闇

初級魔法・火、水、風、土、雷、光、闇

古代魔法・創成

起源魔法・創成


パッシブ


・■■■■

・覇気

・超再生EX

・自動回復EX

・自動魔力回復EX

・■■


初めて見た時、目を疑った。

思わず何度も表示を見直したが、見間違いではない。

所々、文字が消えて見えなくなったりしていたけど、そのステータスは破格だった。

いや、破格なんて言葉では足りない。

攻撃、防御、魔力、精神、どれを見ても桁が違う。

今まで見てきた魔物ですら霞んで見えるほどだった。

スキルを見ても、【古代魔法】【起源魔法】やら、何か凄そうなものがズラズラと並んでいた。


正直、名前を見ただけでは何一つ分からない。

だが、ヤバそうだということだけは理解できた。

使えるかどうかを聞くと、本人は使えると答える。

だけど、消耗が激しいから、あまり使わないと言う。


「あの、アイリス・・・」


思わず声が引きつる。

すると――


「だ、大丈夫・・・ヨウイチは私が守るから・・・!」


アイリスは胸の前で小さく拳を握りながら言った。

どこか誇らしげで、自信満々だった。

そう、意気揚々と言うアイリス。


しかし、見たことのないスキルばかりだ。

このステータスを見るだけで、只者ではないということが分かる。

いや、只者ではないどころではない。


王国が総出で相手をするような存在なのではないか。

そんな考えすら頭をよぎる。

自分はとんでもないものを呼び起こしたのかもしれない。

そう思いながら、隣で得意げに胸を張るアイリスを見る。

本人はまるで気付いていない、どれほど規格外なのかということに。


だけど、それは今更だ。

どんなやつであれ、アイリスはアイリスだ。

一緒に旅をする、頼もしい仲間であることに変わりはなかった。


そして、出口を目指して二週間。

素のステータスは相変わらずだが、その分はスキルで補うようにしている。

安定して戦えるようになった俺は、自分のレベル上げも兼ねて、一人で魔物を倒していた。

アイリスは不意打ちをされないよう、背中を守ってくれている。

洞窟を彷徨っていると、遠くに光が見えてくる。

暗闇に慣れた目には、それがやけに眩しく映った。


「ヨウイチ・・・」


アイリスが小さく呟く。


「ああ、分かってる」


ようやく出口が見えた。

普通なら喜ぶ場面なのだろう。

だが、俺たちの表情に安堵はなかった。

どうやら、簡単には出させてくれないようだ。

あの時戦ったケルベロス以上のプレッシャーと魔力が襲って来る。

肌がひりつく、まるで見えない刃を首元に突き付けられているような感覚だった。

空気そのものが重くなったような感覚だった。

自然と呼吸が浅くなる。

それでも足は止めない。


俺たちはそれに臆することなく突き進む。

光へ近づくたびに、その気配は濃くなっていく。

やがて、あの時と同じ円状の領域へと辿り着いた。

そこだけぽっかりと空間が開けている。


見覚えのある光景だった。


そして――


そこにいたのは・・・。


「SYURURURURU・・・」


蛇のような頭が八本。

硬い鱗で覆われた八本の尾。

身体は一つに繋がっていた。

背中には草木が生え、本体はケルベロスの三倍はある。

黒く巨大な鱗は、一枚一枚が凶悪に尖っていた。

かすり傷ですら致命傷になりかねない。

目は危険信号を知らせるような爬虫類の赤い眼。

ギロリと、八つの瞳が一斉に黒杉たちを睨みつける。

その瞬間、空気が震えた。


「SYAAAAAAAAAAAA!!!」


耳をつんざく咆哮が洞窟全体が揺れた気がした。

それは日本に伝わる伝説の生き物――【八岐大蛇】を彷彿とさせる化け物だった。

蛇の化け物は、ここを通すわけにはいかないと言わんばかりに立ち塞がる。

赤い瞳は、自分たちの餌が来たと言わんばかりに見つめていた。

まるで獲物を前にした捕食者そのものだ。

ここの洞窟の魔物は、本当に腹ペコな奴が多いらしい。


「そりゃあねえぜ・・・出口前だというのによ。というかデカすぎないか!?」


思わず本音が漏れる。

せっかく出口が見えたというのに、その前にこんな化け物が待ち構えているとは。

理不尽にも程があった。


「ヨウイチ・・・大丈夫。生きて・・・ここから出よう!」


そう言って、アイリスは黒杉の手を強く握る。

小さな手だった。

けれど、不思議と力強い。

黒杉は「まったく」と呆れたように笑いながら握り返す。

その温もりが伝わり、不思議と心が安らいだ。

先ほどまで感じていた重圧が、少しだけ薄れた気がした。

一人だったなら、きっと怖かった。

今は違う、隣にはアイリスがいる。


黒杉は剣と短刀を構える。

ギリ、と柄を握る手に力が入った。

迫り来る威圧感を正面から睨み返しながら、ゆっくりと息を吐く。


二週間――。

生き残るため、強くなるために、必死に足掻いた。

もう、あの時の無力な村人じゃない。


「だけど、俺は諦めるつもりないからな・・・」


そう呟く。

そして、八岐大蛇へ向けて剣先を突きつけた。


「だから――潔く死ね!!」



良かったねアイリス……。

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