Ep.25 生と死の境界
「【黄泉津比良坂】」
那岐がそう言った時、那岐は”死”から遠のいた。
(これは”死の境界線”を書き換えるスキル……対象の致命傷の段階をずらす事で、大きな傷をかすり傷程度のダメージに、かすり傷を致命傷にもできる……今の私にぴったり)
「な、何を……!?」
アマツキは那岐の気配が大きく変化した事を感じた。まるでその中に死の化身がいるかのような。
アマツキが動揺しているその瞬間、那岐はアマツキの懐に滑り込み、ナイフを軽く振った。
「っ!この程度の傷……!」
しかし那岐はアマツキを指さし、再びスキルを発動した。
「【黄泉津比良坂】」
その瞬間、アマツキは倒れ込んだ。まるでその小さな傷が、致命傷であるかのように。
「……」
那岐は倒れ、もがき苦しむアマツキを見下した。アマツキはその苦しみの中で、オスドへの怒りを思い出そうとしていた。
(そう……あれは私が暗部の存在すら知らなかった時……)
アマツキ、天津 陽子は普通の人間だった。毎日仕事に行き、家に帰ってからは家族との時間を過ごす。そんな毎日が続いていた。陽子も、そんな毎日が続くと、根拠がないながらも信じていた。
しかしある夜、天津家はある暗殺者によって襲撃された。陽子はその暗殺者を見た。しかし直後に目を切られ、光を失った。それ以降、陽子は今までの穏やかな性格からは想像がつかない程の復讐心に憑りつかれた。そして陽子は、徹底的にその暗殺者について調べ上げた。
”ハゲの暗殺者”、”相当な手練れ”、分かっている情報はそれだけだったが、積極的に裏社会に入っていった事で、暗部の存在を知るのは遅くなかった。
そして陽子はある行動に出る。”自殺”だった。死んだとしても、再誕して廻甦者になれるのは、最も可能性が高い二十歳であっても、およそ二十パーセントほど。しかし陽子は、その賭けに勝ったのである。
そして陽子が廻甦者として目覚めた時、目の前にある男がいた。その男は目に光がなく、全身を黒で包んでいた。
「お前は、自力で暗部の存在にたどり着いた。そして今、”地獄からの失覚者”となった……
我々はお前を歓迎する。視力の失覚者よ、改めてそれを私に差し出し、暗部を滅す弾丸となるか?」
そして陽子はFrom Hellの”視覚”、そして暗部の”アマツキ”となった。
「私は……あの作戦、で……オスド、を……殺せた事が……何より……うれしかった……けど……お前が……!
弟子が、残って、いる……なんて……お前の……お前の、せいで……!!
お前のせいでぇぇぇぇ!!!!!!」
アマツキはそう叫んで立ち上がった。
(まだ立てるなんて……!)
那岐が再びナイフを振ろうとしたその時、
「【秩序終えし者】!!オスドはこの世に存在していなかった!!」
アマツキはそう叫んだ。那岐は急いで止めようとした。が、アマツキがその嘘を言い切る方が、早かった。しかし、
バタン……
アマツキは力なく倒れた。アマツキの魔力はとうに限界を迎えていた。今更あのような大嘘は、現実にすることができなかったのである。仰向けに倒れたアマツキは、ただただ自身を見つめる那岐を見た。
「ふっ……こんな私を、生かしておくなんて……思ってたより……情が厚いのね?」
那岐は、最後の嘘を叫ぶ直前のアマツキの叫びから、若干の悲しみを感じていた。しかしそれが那岐のとどめを刺す手を止めているわけではなかった。
その時、
「君がやらないなら、あーしがやるからね」
壁にもたれかかりながら、彼岸がふらふらと歩いて来た。那岐はゆっくりと振り返ると、
「じゃあ、頼めますか」
那岐が最後、アマツキを見た時の目は、少しの憐れみと死への興味だけだった。
(わざわざアマツキが憎むオスドの弟子がとどめを刺す必要はない。そこに彼岸がいてくれて助かった)
そして彼岸は、倒れるアマツキの心臓にナイフを突き刺した。
「さてと~……あーし達、多分暗部から狙われるかもね~」
アマツキの死体を隠す途中で、彼岸はそう言った。
「エージェントを殺したからですか?」
「そそ。一応アマツキはあーしに次ぐエージェントだからねぇ~……暗部もアマツキはそれなりに気に入ってたはず」
「アマツキがFrom Hellのメンバーであったことを報告したら……」
那岐はアマツキの事を暗部に全て報告する事を提案したが、彼岸は首を横に振った。
「無理だろうねぇ……なんせ証拠がなさすぎるんだよ~
流石暗部のエリートエージェントっていったところだね~
証拠隠滅は完璧だった……あの部屋の監視カメラ、アマツキが不利になる発言をしていた時……アマツキが部屋に入って来た時の映像がカットされてたんだぁ。
そして映っていたのは君があの封印を解除したところ、そしてあーしがアマツキを殺したところ……一応映像の削除はしてみたけど、あーしああいうの苦手だから、多分復元されちゃうんだよなぁ……」
「ぇ。
それじゃあ……」
彼岸は表情を変えずに言った。
「あーし達は多分暗部の処理対象になるだろうねぇ~」




