Ep.24 原初の神
「……私?師匠ならまだわかるけど。私なんかした?」
那岐はできるだけ話し合いで状況を終わらせたいと考えていた。
(せめて武器がないと……)
その時、彼岸がアマツキが投げたナイフを拾ってアマツキに襲い掛かった。スキルは使っていないようだったが、目にも止まらぬ速さのナイフ捌きだった。しかしアマツキも負けておらず、それをほぼ全て避けた。
「くっ……!」
連撃の最後、アマツキは彼岸のナイフを避けきれず、その頬にナイフが触れた。そこからは赤い血が一滴したった。彼岸はそれを見逃さなかった。牽制としてナイフを振ってアマツキを一瞬で遠ざけ、その血を舌で受け止めた。その目はピンクから赤色に変わり、瞳孔は獣のように縦長になった。
彼岸は一瞬那岐を一瞥し、何かを伝えた後、アマツキに向けて人差し指を伸ばし、拳銃のポーズをした。彼岸の身体中から、赤く光る血が噴き出し、人差し指に集まっていく。アマツキはそれを止めようと彼岸に襲い掛かるが、那岐がそれを許さなかった。アマツキが投げたもう一本のナイフを拾ってアマツキを寄せ付けなかった。
そして那岐はさっとその場から身を隠した。アマツキのその視線の先には、こちらへ指を向ける彼岸がいた。
「【冥鳴紅血之皇】」
限界まで圧縮された魔力を帯びた血はアマツキのいる方向へ爆発し、指先から放たれた赤い光は、硬い金属の壁を貫通し、隣の部屋まで届いた。隣の部屋の壁に叩きつけられたアマツキは、ふらふらと立ち上がった。
「流石にこの一撃は堪えるわね……でも――」
アマツキは笑みを浮かべて彼岸を見た。その先には力なく倒れる彼岸がいた。
「――限界みたいね」
その後、那岐はアマツキと格闘を続けたが、那岐はアマツキにほとんど攻撃を当てられないまま追い詰められた。
(このままじゃ……)
ザクッ
アマツキは短剣を那岐の腹に突き刺した。刃の先端が那岐の背からとびだしている。だらだらと血が滴る。アマツキが那岐の顔を見た。
「ふっ、強がりね?」
那岐のその表情は、とても死に瀕している状態には見えないそれだった。那岐は興奮していたのだ。
那岐は短剣を握るアマツキの手を握り、その腕を折り、短剣を抜いてアマツキを投げ飛ばした。
「やっぱり……ずっと気になってたの。私はずっと、それに何度も近づいていながら、恐怖を感じていなかった。
あぁ……死の間際というのはこうも心地良いものなんだね」
その時那岐は、壁に穴が開いて繋がった隣の部屋にある物が見えた。
「ふふふっ……そういえばここだっけ。アマツキ、これ、貰うよ」
「あんた何するつもり!?なぜそれを知って――」
アマツキが止めようとした時には既に、那岐はそれに触れていた。それは大きな棺だった。五メートル近くあるその棺は、多くの呪符らしきものや魔法陣のようなものが施され、硬く封印されているようだ。
オスドはこれを最終手段だと那岐に警告した。しかし那岐は止まらない。
(英傑ギルドの任務の前、私は暗部の本部を歩いている時にこの部屋を、この棺を見つけた。それはある史刻を封印している……
師匠が言うには、この史刻は数多くのエージェントが契約を試みたが、契約条件が厳しい上に、手に入る力もそこらの廻甦者では耐えられないモノ……けど、これ以上方法がないんだから……!)
アマツキは那岐に向けて走ったが、壊れた壁の瓦礫に阻まれてなかなか近づけない。
「やめなさい!それが何か分かっているの!?
それは日本神話における原初の神の一柱、とても個人の手には負えない存在よ!」
しかし那岐はその呪符を全て剥がし、陣を残り僅かな魔力を用いて破った。その時、魔力とは何か違う、強大な力が放たれ、地下の暗部本部全体が揺れた。
そして、那岐は見た。体中から血が流れ、まるで肉塊のような体躯が起き上がるのを。
周囲には何かが煮えたぎる音が響き、ゆっくりと身体を起こしたその史刻は、長い髪の隙間から那岐を見た。
アマツキはその重圧に耐えきれず、身体を起こす事すらままならなかった。
「そこに……いるの……!?」
アマツキは棺から湧き出る力を感じ、何かがそこにいる事を感じていた。
那岐は歪んだ笑顔を浮かべ、その史刻に叫んだ。
「私と契約しなさい!!日本の原初の一柱……冥界の女皇……黄泉津大神!!」
黄泉津大神、またの名を……伊邪那美。それはゆっくりと那岐に手を伸ばした。その目に殺意はなく、哀れみも見えず、愉悦もありはしなかった。ただ一つ、言葉を放った。
「どうか……また会わせて……」
その指が那岐の頭に触れたその時、那岐の頭にある会話が響いた。
「許してはくれぬだろうが――
もう、我は恐れぬ」
「千の魂が還る地は、お前の右目が治めるのであろう。ならば今の世で遠慮はいらぬ。そうだろう?」
那岐は感じた。契約書などは存在せず、そこに書かれたスキルも知らない。しかし、頭に浮かんだのだ。その史刻、イザナミについて、スキルについて。まるで自分の内なる存在が、自然にそれを受け入れるように。
「さあ、続きをしよう。存分に――殺り合おう」
那岐は振り返ってアマツキを見つめ、ニコリと笑った。
「【黄泉津比良坂】」




