Ep.02 ワシはハゲてない!
「……ふぅ。これで私の仕事はおしまい。
これからは、貴女の好きな人生を歩みなさい?
貴女の名は月伊 那岐。これからはそう名乗るといいわ。
もし自分自身の事が気になるなら、天宮家に行ってみなさい。
……さて、どうやら新しいお客さんが来たみたい。これからは新しい仲間と仲良くするのよ?
さようなら。愛しい相棒……」
その少女、那岐は暗い部屋の中で目を覚ました。
「今のは……」
いつのものか分からない記憶、自分にその優しい声で語り掛けたのは誰なのかも分からない。
那岐は周囲を見渡す。部屋には小さな電球しかなく暗い。目からはほとんど何の情報も得られない。なら、鼻は?
「……血の匂い」
見ると、自分の手足が椅子に固定されている事に気付いた。手足の指の爪からは血が流れている。
(そうだった。
……あれからどれだけ経ったんだろう)
那岐は自分が拷問を受けている事を思い出した。
(気を失ってしまっていたのか。私としたことが……)
那岐は見渡して室内の気配を探る。が、
(……誰もいない。私が気を失って奴は休憩にでも行ったか?
脱出は……無理そう)
那岐は部屋に少なくとも四つの監視カメラが仕掛けられている事に気付いた。
「気を取り戻した? じゃあ続きね」
ハンカチで手を拭きながら、女が部屋に入ってきた。軍服のような恰好で、黒い布で目を隠している。しかし目は見えているようだ。
(こいつ……屋敷で私に銃を向けた女……
思い出した。あれから私はこいつらに連れてこられたのか)
那岐の意識がはっきりしてきたと同時に、那岐の身元とオスドとの関係を吐かせるための拷問が再開された。水責め、鞭打ち、爪剥ぎ……十数時間に及ぶ拷問が続いたが、那岐は一言も話さず、表情を変える事もなかった。
「あんた、一体どんな生き方を……?」
女は壁にもたれかかり、牢の中に座る那岐に問いかけた。あまりに那岐が何も吐かないため、この日の拷問は中断されたのだ。
「……こんなの、日常的に受けてたら慣れてくる」
「どんな日常よ……」
その女は呆れたようにため息をついて廊下の先へ歩いて行った。
(……アマツキ)
那岐は、その女が廊下のロックを解除する時に翳したカードの文字を読み取った。
その後、那岐の拷問は続いたが、やはり那岐が女にとって有力な情報を吐くことはなかった。
(……今日は八月十六日。あれから二週間か)
那岐がただ牢の中で座って時間を潰していると、どこからか聞き覚えのある声がした。渋くておやじギャグを面白いと勘違いして連発してそうな声だ。
「おーい、おーい」
那岐は少し嫌な予感がして振り返らなかったが、その声の主はよほど寂しかったのか自ら那岐の視界に入り込んだ。黒いスーツに身を包み、下半身はぼやけて見えない、そして頭は……二つ目の太陽かと思うくらいツルッツルで輝いている。
「久しぶりじゃな! 那岐!」
「はぁ……なんで貴方がここに? 師匠?」
そう、那岐の目の前に現れたこのツルッパゲの老人こそ那岐の師匠である伝説の暗殺者、オスドであった。
「”史刻”になってもハゲのままなんですね。アイデンティティを残してくれた神様に感謝ですね」
するとオスドは輝く頭から湯気が出ているかのようにキレた。
「じゃ! か! ら! ワシはハゲでない!
スキンヘッドなんじゃ! わざとじゃ! ふぁっしょん、じゃ!」
那岐はオスドから視線をずらして苦笑いを浮かべた。
(その主張は続けるんだ……
というか史刻になったことについては自分から触れないんだ……
史刻は、歴史に名を刻んだ存在が現代に霊体として現れたもの……
師匠は伝説の暗殺者として歴史に名を刻んだとされ、史刻となってここに現れた……ってこと? このハゲそんなすごかったっけ?)
オスドは那岐の脳内ですごく失礼な事が考えられている事を察したが、文句を叫ぶのは体力の無駄と感じて諦めた。
「まあよい……那岐、これからどうするつもりじゃ?
お主も気づいておるかもしれんが、ここは”暗部”じゃ。釈放される時なんて一生来んし、このまま死ぬまで拷問を受けるつもりか?」
「暗部って、師匠が働いてたあの暗部ですか?」
「そうじゃ。
JNC、Japan Nostol controller……通称”暗部”。地球内外問わず、日本の裂け目災害に関する犯罪を処理する”裏の組織”じゃ
まさか那岐、ここが暗部じゃと気付いていなかったのか……?」
那岐はそういえば……と今までの事を思い出し、
「そもそも気にしてませんでした。暗部かを見極めるのってどうするんです?」
「……教えたはずじゃが?」
「そういえば何か言ってたような気もしますね。忘れました」
「……」
オスドは頭を抱えて呆れた。
「例えば……お主は拷問を受けたじゃろう? どうじゃった?
その拷問が普通の人間向けのものか、廻甦者向けのものかで判断するんじゃ。廻甦者は一度死に、低確率で二度目の生を受けた者達であり、その身体能力は元より向上しておるからな。普通の拷問器具では強い痛みを与える事は不可能じゃ。
じゃから暗部では廻甦者向けの強力な拷問器具を使用しておる。那岐、お前が受けたのはどうじゃった?」
「多分普通のだと思います。そんなに痛くなかったので」
那岐は顔色を変えず、淡々と言い放った。オスドは困惑し、いそいで拷問部屋を確認しに向かった。数秒後戻ってきたオスドは頭を抱えていた。
「痛みに耐える訓練をしすぎたかもしれんな……
拷問に慣れすぎるのはよくなかったか……」
「しかし、これからどうするかは確かに課題ですね。こうやってハゲの幽霊と死ぬまで牢屋で二人暮らしは絶対嫌ですし……」
「おい誰がハゲじゃ」
するとオスドは何かを思いついたかのように顔を上げた。そして少しワクワクした表情で那岐の顔を見つめた。
那岐は若干引き気味で、
「何です……? 何か嫌な予感が……」
「ワシと契約しよう!」
月伊 那岐は廻甦者である。そして廻甦者は、史刻と契約すると身体能力がさらに向上する上、史刻を象徴する”スキル”が取得できる。
そして廻甦者が契約する史刻は基本的に、生涯を通して一体だけである。
「な?
伝説の暗殺者であり、歴史に名を刻んだJNCエージェントじゃぞ?
契約するぞ我が弟子よ!」
「嫌です」




