Ep.16 真実へ
零は家で、太刀とネックレスを握りしめ、うずくまっていた。その目には涙が浮かんでいる。
「彼女は暗部の人間……信頼なんてできるはずない……それなのに……!
……今あたしが力を見せたって、デメリットしかないんだもん……だって……そもそも、
そもそもあたしが、那岐が探してるターゲットなんだから」
零は涙を流しながら仏壇に視線を移した。
「ママ、パパ……あたし……あたし、どうしたらいいの?」
その頃、沈みゆく穏やかな沙羅の意識は、ぼんやりと囁いていた。
「JNCのエージェント……どうして私の決断を踏みにじるのですか……?
私の覚悟を、舐めておいでで?
藁にもすがる思いで、あんな奴らにまで頼って……少しの犠牲は惜しまずに、何とか隠し通して来て……なのにどうして!」
その叫びは、既に掌握された身体からも発せられた。那岐は沙羅を見下すように吐き捨てた。
「貴女の勝手な妄想に付き合わされる人間の事、考えたの?」
那岐はなんとか沙羅を押さえつけ、
「とっとと夢の中の人達を解放して」
(既に夢の中には無視できないほどの人数がいる……それに沙羅を殺せば、解放の方法はより分からなくなる……)
すると沙羅の抵抗する力が弱まった。そしてこう呟いた。
「もういい。最後の依頼よ。やって」
沙羅のその言葉の直後、
「了」
そして一瞬で現れた影が、ナイフを沙羅に突き刺した。ローブのフードの隙間から、見覚えのある包帯と目があった。
(さっきの暗殺者!?)
その暗殺者の目は虚ろで、どこを見ているかすら把握できなかった。
すると沙羅は力ない声で那岐に語り掛けた。それは小さな断末魔のようで、言い訳のようにも聞こえた。
「本当は分かっていたのです……最初から。
犠牲なんて払わなくても、私一人が死ねば、全部解決すると。しかし、やはり死ぬのは怖かったのです。
こんな……手遅れになるまで」
沙羅は穏やかに目を瞑った。しかし那岐は叫んでそれを止めようとした。
「待て!夢の中の人達を解放して!」
「大丈夫……幸せな夢を、永遠に噛み締められるから……」
その時、中庭に零が走って来た。その手には鞘に納められたあの白い太刀があった。沙羅はその姿を見て
「ああ。姫路さん……貴女には申し訳ない事をしてしまいましたね……」
零は沙羅に駆け寄った。
「それは……どういうことですか?」
「本当にごめんなさい。貴女の家族、もといお父様が犠牲になったのは、この真実を知ってしまったから……だから私は奴らに依頼したのです……”地獄からの来訪者”に」
そう言いかけ、沙羅は完全に意識を失った。
「……死んだよ」
那岐が沙羅の死を確認すると、零は一縷の涙を流して呆然としていた。
すると那岐は、中庭の上空に人影がある事に気付いた。和服を身に纏い、長い赤混じりの金髪をした女性だった。
その女は、並々ならぬ雰囲気を纏っていた。その人影は沙羅の方に手をかざし、
「目覚めよ。我が日の光で」
その瞬間、夢にとらわれていた全ての人が現実に現れた。松田も、優菜も、その他の生徒も。
那岐はその女に尋ねた。
「何をしたの」
那岐は、その女からは敵意は感じられず、善意も感じられなかった。ただ圧倒的な力を感じた。那岐はもはや武器を構え、警戒しようとする気すら起きなかった。
「こやつと契約していた史刻、”オネイロス”とはこの地においての格が違うだけの事よ」
女はそうとだけ言って、去っていった。
「ーーーーー?」
零はある名前を口にしたが、那岐を含め周囲の誰にも聞こえていなかった。
「師匠、何か知ってます?」
那岐はオスドに、あの女について尋ねた。が、
「知らんな。ハンターにしては強すぎる。史刻によるスキルのシステム自体をひっくり返すなんて芸当……嫌でも相当上位なハンターとして名が知れているはずじゃ……
史刻だったとしても、実体化すること自体不可能に近いのに、その上であんな力を振るうなんて、絶対不可能じゃ」
那岐は一旦あの女について考えるのをやめ、沙羅の話について思い出した。
「そういえば沙羅が言ってた”奴ら”って……誰の事?」
すると那岐は沙羅を刺した暗殺者の事を思い出し、振り返ったが、既にそこにその姿はなかった。
(けどあれは……朝のあの暗殺者で間違いないはず……
あんな虚ろな目をした少女?一体……)
すると零が駆け寄ってきて、
「もしかして……暗部?」
「え?」
「だってほら、あたしが見たのは、間違いなくハゲた男の暗殺者だった。学園長先生が言ってた”奴ら”は、きっと暗部だよ」
「……分かった。調べてみる」
那岐は少し考えた末、暗部のデータを見てみる事にした。
「いいの?」
「できる範囲ならね」
「ありがとう!
……汗だくだね?うちでシャワー浴びてく?」
零はまた那岐を家に誘った。那岐は一瞬驚いた後、
「うん。お願い」
しばらくし、那岐が呼んだ暗部の処理班が到着した後、那岐と零の二人は零の家に向かった。
シャワーを浴びた後、那岐は本来の目的を達成する事にした。そう、那岐は零の家に来ようとしていたのだ。
「いてて……流石に肩にシャワー当たったのはしみた……
さてと、リビングに降りてきたら地獄……だったっけ、なら階段の近くか。【時の標】」
那岐の視界に、過去の景色が浮かび上がる。時は二一一一年十二月二十四日、姫路家襲撃事件当日である。
そして那岐は、零が言っていた地獄を見た。リビングに倒れる三人を。血に染まったクリスマスツリーを。
「これは……」
那岐は見た。姫路家を襲撃したのはハゲた男の暗殺者ではなかった。
そこにいたのは、あの虚ろな目をした少女の暗殺者だった。




