Ep.15 唯一の悲劇
次の月曜日、登校中の那岐にオスドが話しかけた。
「後ろから誰か来ておるぞ。それも殺意を持って……」
那岐は「それくらい気付いてる」と言わんばかりの目でオスドを一瞥した。そのまま那岐は歩き、学園へ着く少し手前の十字路でわざと学園と反対向きの方向へ歩いた。
「もういいでしょ」
那岐は振り返った。その瞬間、一つの影が那岐に襲い掛かった。
カキンッ!
那岐はその攻撃をナイフで受け流した。その影、暗殺者は体勢を立て直し、再び短剣を構えた。小柄な女性で、身体はかなり細い。そして、目だけを出して顔に包帯を巻いていた。
(何者……?今私の邪魔をするってことは……沙羅の仲間?少なくとも見覚えはない……)
那岐は一瞬隠し持っていた拳銃に手を触れたが、ここが住宅地であることを思い出し、再びナイフでの交戦に切り替えた。
那岐は踏み込み、一瞬で距離を縮めて斬りかかった。
(情報を引き出すために殺しはしない……)
那岐は傷を浅くするよう意識した。が、
「ぐっ……!」
傷を浅くする事に集中するあまり、その暗殺者の攻撃を右肩に受けてしまった。しかし傷を負ったのは暗殺者も同じだった。
その暗殺者は自分が腹に受けた傷を一瞥すると、家の屋根を伝って逃げていった。
「はぁ……なんだったんでしょう」
「しかし、あれはかなりの実力者じゃった。少なくともBランク上位……といったところか?」
那岐はひとまず肩の応急処置をし、再び学園に向けて歩き出した。
「零に頼んでみないと……」
那岐は今日、零にある頼みをするつもりだった。天宮 日織の件とは別で、オスドの二重の記憶について調べるためである。
那岐は少し早歩きで学園に向かった。学園の校舎が見えてきたその時、那岐は感じた。魔力の結界を。
「まさか沙羅……!」
那岐は急いで学園へ走った。
敷地内に入ると、そこは既に沙羅の領域となっていた。そこら中に生徒が倒れており、身体が泡になりつつあった。
「――そうだ、零!」
那岐は急いで走り回り、零を探した。沙羅の領域にいるからか、眠気がどんどん強くなってくる。もう少しで意識を失いそうになったその時、
「那岐!」
そこには裏門から学園を出ようとしている零がいた。那岐はふらつきながら零に歩み寄った。
「無事だったんだね?よかった……
って、うん?ちょっと那岐!?肩大丈夫!?」
那岐は笑顔で親指を立ててみせた。
「大丈夫。零こそ大丈夫?ここから出れそう?」
「うん。ちょっと眠いけど、まだ大丈夫……!」
零は少し無理しているように見えたが、那岐はそこまで気にする余裕はなかった。
(早くここを出ないと……そして元凶の沙羅を……ん?そういえば――)
「ねぇ、なんで学園長を止めようとしないの
いや別にそうしてってわけじゃないけど……零なら簡単な事じゃないの」
零は那岐のその問いに驚いた様子で、目を見開いていた。
「あたしの戦い方は特殊でね。戦うには武器が必要なの。それも特別なやつ」
那岐は自分のナイフを取り出した。
「これでも?」
「うん。ごめん……
けど、それを持ってすぐ戻ってくるよ!だから那岐は隠れて待ってて!」
そう言って零は裏門をくぐり、家に走っていった。
「流石に不正ハンターについて調べるにしても、これは調査に支障が出る……」
那岐は学園の敷地外で少し目を覚ました後、沙羅の状態を調べるため、再び敷地内へ戻った。
(中庭の方向が魔力が濃い……)
那岐は静かに中庭に向かった。
「早く!夢の中へ!」
「邪魔だ!とっと身体を渡せ!」
「早く!もう持たない!」
沙羅は人格が激しく入れ替わり、もはや制御が効かない状態となっていた。沙羅の周囲に倒れている生徒は泡になりつつあるが、同時にミサイルや爆弾、刃物が空中に現れては泡となって消える……を繰り返していた。
「流石に止めないと……!」
那岐は沙羅の前に立ち、ナイフと拳銃を構えた。
(一瞬でも意識を失えば速攻夢行き……集中)
「那岐さんも!早く夢へ!」
沙羅は泣き叫ぶように那岐に言った。しかし那岐は一言、
「お断りします」
そう言った瞬間、沙羅の断末魔のような言葉では表せない叫び声が響き、かつての優しい沙羅の気配はなくなった。
「この前ぶりだな?那岐とやら」
裏面は完全に身体を掌握したようだった。
(これはもう……殺すしか、ない?)
しかし那岐がそう考えた瞬間、まだ泡になり切っていない生徒の頭上に様々な刃物や重い物が召喚された。
「!」
那岐は【原初より】で自身の時間を加速させ、それらを何とか弾き切った。それ以降、那岐が沙羅に斬りかかろうとするたび、発砲しようとするたび、周囲の生徒の頭上に危険が迫った。
「はぁ……はぁ……」
「那岐とやら?なぜ私がこんなことをしているか分かるか?分からないだろうなぁ?
いいだろう、”学園長”として……教えてやる」
「いいか?この世界はどうせすぐ滅ぶ!”蛹の夢”も閉じる気配がないじゃないか!
S級ハンターが何回派遣され、何回攻略に失敗した?!
裂け目はどんどん増えていく!その分悲劇も増えていくだろうさ!だったら!
私がこれから生まれる”唯一の悲劇”となってやるんだよ!」
今度は、裏面は怒り狂うように叫んだ。しかし那岐はそれを聞きながら、ある考えにたどり着いていた。
(体を動かして、脳が働いて……やっと繋がった。
なぜ零が一度もスキルを使っていないのか、なぜわざわざあの刀が必要なのか、なぜ、零の魔力量がS級の中で最少なのか。
けど……だったら……私は零を――)
一方その頃、零は一人、家でうずくまっていた。白い太刀と、ローズクォーツのネックレスを手に握って。
「ママ、パパ……あたし……あたし、どうしたらいいの?」




