Ep.11 ローズクォーツ
那岐の告白に、零は目を見開き、そして安心感を感じているような表情になった。同時にその顔からは達成感のようなものも感じる。
「ありがとう、話してくれて。
……やっぱり、君は嫌えないなぁ」
零は笑顔でそう言ってみせた。しかしその奥にある暗い心を、那岐には隠しきれていなかった。
「あたしね、人を殺すためにハンターをしてるの。そう、あのハゲの暗殺者だよ」
那岐はオスドの事を話すか迷っていた。
(黒い服にハゲ……間違いなく師匠だ……もう死んでるって言えば、零は解放されるの?
というか、なぜ師匠は零たちを……)
那岐は零に気付かれないように視線をオスドに向けた。その目は疑いの目であった。オスドはまた何かを思い出しているようだ。
「……たしかに、零の家族を襲ったというおぼろげな記憶はある。日付も合っている。じゃが……
じゃが、おかしいのじゃ。三年前のクリスマスイブの夜、ワシは別の仕事をしていたはずなのじゃよ」
「?」
那岐は立ち上がり、零に少し待っているよう伝え、オスドと共に零と距離をとった。
「それで、どういうことですか?師匠」
「それが、ワシもよくわからんのじゃ。同じ時間に二つの記憶が混在しておる……」
ため息を吐いた那岐は、
「勘違いじゃないですか?それか一日の内に二つの仕事をやったとか」
「いや、それはないな。あの時やっていたはずの任務は厄介でな。怪我をしてしまっていたんじゃ。じゃから一日の内にもう一つの任務をこなすなんて、無理だったんじゃ」
(……記憶を書き換えるスキル?でも誰が……一旦零のところに戻るか……)
その後数日、那岐と零は挨拶はするがあまり喋らず、気まずい関係になっていた。
(流石に零との関係は修復した方がいいかもしれない……天宮家に近づくための現状唯一の手段だし。まあ、零本人にその気がなければ、別の方法を考えるしか……)
登校しながら那岐はそんなことを考えていると、ふと道端の草むらに目が留まった。
「……」
「……あ」
草むらに頭を突っ込んでみた那岐は、そこに猫の親子がいることに気付いた。そして近くにはお皿と猫用の餌、そして水が置かれていた。
トントントン
ビクッ!
突然肩を叩かれ驚いた那岐は振り返った。するとそこには、少し顔を赤らめた零がいた。
「バレちゃった……」
すると零は口を那岐の耳元へ近づけ、囁いた。
「しー……この事は秘密、ね?
じゃないと生徒指導に怒られちゃう」
那岐は突然の出来事に困惑した。そしてすぐに正気を取り戻すと、
「……この前はごめん。改めて質問に答えるよ、協力する」
すると零は微笑み、
「ありがとっ」
そう言って、那岐の手を引っ張って教室へ走っていった。
その日の放課後、那岐はいつも同じように不正ハンターの調査をしていた。
「わざとこの件の調査を止めて天宮家の件を優先させてもいいけど……流石に少しは進めないと」
(今のところ、不正ハンターの痕跡は見当たらない。学園長から現在活動しているハンターの生徒の名簿をもらったから、その生徒を一人一人観察してはいる……けど進展はなし……
史刻と契約していない廻甦者は、身体能力が史刻と契約した廻甦者に比べて低いから見たら分かりやすいはずなんだけど……)
そう考えながら那岐がトイレの前を通り過ぎた時、突然水を掛けられた。水が飛んできた方向を見ると、そこにはコップを持った女子生徒がこちらを睨んでいた。見るからに、トイレの水をかけてきたのだろう。
「なに?」
那岐はその女子生徒を睨み返した。
「あやつ……前も零ちゃんと歩いていた時に那岐を睨んでおった」
オスドはその女子生徒に見覚えがあった。するとその女子生徒は那岐に威嚇するように口を開いた。
「零は日本で最も”最強”に近い存在。あんたみたいな得体の知れない奴は、彼女に近づく資格なんてないの」
「……そう」
那岐はその女子生徒の言葉を気にすることなく立ち去ろうとしたが、
「那岐!」
零が走って来た。零は迷うことなく自分のハンカチを那岐にかぶせ、滴る水滴をできるかぎり拭いた。
「……フン」
那岐は冷静だったが、零は慌てていた。
「大丈夫?うーん……ここのシャワー室は予約しないと使えないんだよね……
あたしの家に来て!すぐ近くだから!」
そう言って、零は那岐を引っ張っていった。去り際に零は水をかけた女子生徒を一瞥した。その時女子生徒も零を見ており、二人は目があった。しかし零は気にすることなく那岐を家に連れ帰った。
「……結局、私には何もしてくれないのね」
一人トイレに残された女子生徒は、涙をこぼしながら怒りの表情を露わにした。
零の家は綺麗に整頓されていて、まるで一軒家に少女が一人で住んでいるとは思えないほどだった。那岐がシャワーから上がると、零は仏壇に手を合わせていた。
「お父さんとお母さん?」
那岐は静かに尋ねた。
「うん。毎日挨拶してるんだ。
……これ、ローズクォーツのネックレス、ママとパパから貰った最後の誕生日プレゼントなんだ。あの地獄を見た日、パパが握ってた最期のプレゼント……」
そう言って零は自身の首のネックレスを持って那岐にみせた。それは零と初めて会ってから、ずっと身に着けていたものだった。
那岐は零の両親の遺影を見て、あることに気づいた。
「お母さん、似てないね」
「ちょっ、那岐!」
オスドは空気を読まない那岐に叱ろうとした。しかしその遺影に写る零の母親は、零と似ても似つかなかった。桃色の髪、桃色の瞳をしたその女性は、まるで零の母親ではないように見えた。
「ママは、ほんとのママじゃないから。あたしが生まれて間もない頃、本当のママは死んじゃったらしくて、それからしばらくパパ一人に育ててもらってたの。けど、八年前くらいかな。パパが新しいママを連れてきた。
……ママはね?あたしのことを愛してくれてた。自分の娘じゃないってわかってても。だから嬉しかったんだ〜」
零は今にも涙をこぼしそうな笑顔で振り返った。
しかしオスドは、零が握るローズクォーツのネックレスを見て、何かを確信した様子だった。しかしこれ以上この話を続ける事は零にとって負担が大きくなると考えた那岐は、零を少し一人にすることにした。
(その間に……)
那岐は零から見えない場所まで移動した後、
(【時の標】)
那岐は零の家の過去を覗いた。そこには零の父親らしき人物が考え事をしながらうろうろしていた。なにやら落ち着かないようだった。
(零のお父さん?ってことは、例の事件よりは前……)
零の父親のつぶやきに耳を澄ませると、
「あの夢を止めるにはどうすれば……
■■は……無理だな、どうせ耳も貸してくれない。■■■■■は、奴の前に俺が殺されるな。
なら……俺一人ででも――」
その時、
「もう大丈夫、ごめんね」
零が話しかけてきた。その目にもう涙はない。
「……大丈夫」




