第三話 S級認定候補
探索者協会地下訓練場。
そこには、奇妙な静寂が流れていた。
壁に突き刺さった筋力測定器。
未だに火花を散らしている。
そしてモニターには、真っ赤なエラー表示。
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筋力測定中…
ERROR
測定限界を超過しました
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「…………」
誰も喋らない。
悠真は冷や汗を流していた。
「す、すみません……」
怖すぎる。
さっきまで笑っていた鬼塚剛ですら黙っている。
九条蒼は壊れた測定器を見つめたまま固まっていた。
そして。
日本最強。
神崎玲司だけが、静かに悠真を見つめている。
「……お前は本当に人間か?」
そう聞かれた時、悠真は本気で困った。
いや、自分でも分からない。
「……たぶん?」
絞り出した答えに、鬼塚が吹き出す。
「ハッ、ハハハ!!」
豪快な笑い声が訓練場へ響いた。
「おもしれぇ坊主だな!」
「鬼塚さん、笑い事ではありません」
九条が眉を寄せる。
「協会規格の測定器ですよ、これは」
「だろうなァ!」
鬼塚は楽しそうに笑っている。
だが悠真は全然楽しくない。
「弁償とか……」
「気にしなくていい」
理事長・御堂原がため息を吐く。
「むしろこちらの想定不足だ」
その言葉に、悠真は少しだけ安心した。
いや、本当に少しだけだ。
神崎は依然として悠真を見ていた。
鋭い視線。
獣みたいな圧力。
この人だけ、何かが違う。
他のS級も十分異常だ。
だが神崎玲司だけは、“死線”を何度も潜ってきた空気がある。
悠真は無意識に背筋を伸ばしていた。
「続けるぞ」
御堂原が言う。
「次は速度測定だ」
「えぇ……」
まだやるのか。
悠真は本気で帰りたくなっていた。
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速度測定エリア。
直線五百メートル。
強化素材で作られた特殊レーン。
左右には大量の観測機器が並んでいる。
「ここを全力で走ってもらう」
九条が説明する。
「ちなみに、現在の日本記録は?」
鬼塚がニヤニヤしながら聞く。
「A級探索者で時速212kmです」
「……人間?」
悠真は素で引いた。
いやもう車じゃん。
「安心しろ坊主」
鬼塚が肩を叩く。
「お前はもっとイカれてる」
「安心できないんですけど」
その時。
白銀レイナが初めて少し笑った。
「ふふっ」
「……?」
悠真は少し驚く。
テレビや配信で見る白銀レイナは、もっと冷たいイメージだった。
だが今の笑い方は、年相応というか。
少しだけ柔らかかった。
「では開始してください」
九条の声。
悠真はスタート位置へ立つ。
深呼吸。
「全力、か……」
正直、自分でも怖い。
さっき床を踏み抜いた。
測定器も壊した。
今の自分がどこまで動けるのか分からない。
だが。
やるしかない。
「……いきます」
姿勢を低くする。
その瞬間。
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《アクティブ視聴者数増加を確認》
《身体出力補正:上昇》
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「……は?」
突然システムが表示される。
同時に。
身体がさらに軽くなった。
「え、ちょ……」
「どうした?」
九条が聞く。
「いや、なんかまた変な画面が……」
「後で説明しろ。今は測定を優先する」
「は、はい」
悠真は混乱しながら前を見る。
そして。
地面を蹴った。
――瞬間。
世界が遅くなった。
「……え?」
風景が流れる。
いや、流れすぎている。
風圧が肌を叩く。
視界がブレる。
地面が消える。
気付いた時には。
ゴォォォォン!!!!!!
悠真はレーンの端に激突していた。
「いっっっっった!?」
壁が大きくへこんでいる。
「え、ちょ、待っ」
振り返る。
全員固まっていた。
モニター。
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測定結果
時速:684km
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「…………」
沈黙。
「いやバグだろこれ!!」
悠真が叫ぶ。
「人間の速度じゃないだろ!!」
「お前が言うのかよ……」
鬼塚が呆れたように言った。
九条は頭を抱えている。
「ありえない……」
「え、そんなヤバいんですか?」
「戦闘機レベルです」
「怖っ」
自分で言って自分で引いた。
白銀レイナが静かに口を開く。
「しかも」
彼女はへこんだ壁を見る。
「今ので、たぶん無意識に加減してた」
「…………え?」
悠真は固まった。
「いやいやいや」
「身体がブレーキをかけてる。壊さないように」
レイナの観察眼は鋭かった。
「もし本気で走ってたら、たぶん訓練場ごと壊れてた」
「怖いこと言わないでください」
本当に怖い。
その時。
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《レベルアップ》
Lv.8 → Lv.9
筋力:96 → 103
敏捷:101 → 118
《制限解除率:4%》
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「うわっ!?」
突然表示されたウィンドウに、悠真は声を上げた。
「どうした?」
「いや、また変なのが……」
悠真は表示内容を説明する。
すると九条が眉を寄せた。
「成長型……?」
「そんな能力が存在するのか……?」
神崎が初めて口を開く。
「少なくとも、俺は聞いたことがない」
その一言が重かった。
日本最強が知らない。
つまり前例がない。
悠真はだんだん怖くなってきた。
自分は一体何なんだ。
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その後も測定は続いた。
耐久測定。
大型自動砲台による衝撃テスト。
「では、こちらから低出力弾を発射します」
「低出力……?」
次の瞬間。
ドゴォォン!!
「痛っ!?」
普通に吹き飛んだ。
壁にめり込む。
「低出力!?」
「対A級モンスター用ですが」
「低くない!!」
だが。
悠真自身、驚いていた。
痛い。
確かに痛い。
だが。
「……あれ?」
全然動ける。
骨が折れていない。
むしろ数秒で痛みが消えていく。
「耐久値まで異常か……」
九条が呟く。
鬼塚は腕を組みながら笑っていた。
「完全に怪物だなァ」
「嬉しくないんですけど」
さらにジャンプ測定。
「軽く飛んでください」
「軽く、ですね」
悠真は恐る恐る跳んだ。
――ドン!!
「え?」
次の瞬間。
天井が近かった。
「うわぁぁぁ!?」
慌てて空中で姿勢を崩す。
そのまま訓練場中央へ落下。
ドゴォォォォン!!
地面が陥没した。
「…………」
観測スタッフが全員無言になる。
「すみません……」
悠真は土煙の中から顔を出した。
もう謝るしかない。
その後の反応速度測定では、逆に機械側が追いつかなかった。
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反応速度測定中…
ERROR
対象の速度に対応できません
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「また壊れた……」
悠真は遠い目をした。
九条も遠い目をしていた。
「協会設備が一日でここまで破損したのは初めてです」
「ほんとすみません……」
「いやもう君のせいではない気がしてきた」
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一通りの測定が終わった頃には、訓練場は半壊していた。
耐久測定機は吹き飛び。
ジャンプ測定では地面が陥没し。
速度測定エリアは壁がへこんでいる。
スタッフたちはみんな疲れ切った顔をしていた。
会議室へ戻った後も空気は重い。
悠真だけが居心地悪そうに座っている。
逃げたい。
「結論から言おう」
御堂原理事長が口を開く。
「天城悠真」
全員の視線が集まる。
「君をS級認定候補として扱う」
沈黙。
「……はい?」
「正式認定ではない。だが現時点で君の戦闘能力はS級相当と判断された」
「いやいやいや」
悠真は慌てた。
「そんな簡単に決めていいんですか!?」
「簡単ではない」
九条が真顔で言う。
「むしろ前例がなさすぎて全員困っている」
「すみません……」
「謝られても困る」
本当に困っている顔だった。
その時。
鬼塚がニヤリと笑う。
「なぁ坊主」
「はい?」
「試しに俺と軽くやるか?」
「…………」
空気が止まった。
悠真はゆっくり鬼塚を見る。
日本最強クラスの近接戦闘型S級。
身長二メートル近い。
筋肉の塊。
戦斧使い。
どう見ても怖い。
「いや無理ですって」
「なんでだよ」
「死にます」
「どっちが?」
「え?」
鬼塚は楽しそうに笑っている。
だが悠真は笑えない。
その時だった。
ピコン。
悠真のスマホが鳴る。
「……ん?」
画面を見る。
配信アプリ通知。
『あなたの切り抜き動画が1000万再生を突破しました』
「…………」
悠真はそっと画面を閉じた。
見なかったことにしたい。
だが通知は止まらない。
『チャンネル登録者数 2,003,112人』
「増えてる……」
「何がだ?」
鬼塚が聞く。
「登録者です……」
「今どれくらいだ?」
「二百万……」
数秒沈黙。
「……二日で?」
レイナが初めて驚いた顔をした。
「はい……」
「化け物か?」
「俺もそう思います」
悠真は真顔で答えた。
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その頃。
協会本部の外では。
「マジでいた!!」
「黒竜ワンパンだ!!」
「写真撮れた!?」
大量の報道陣と配信者が集結していた。
すでに日本中が、天城悠真の話題で持ち切りだった。
SNS。
ニュース。
動画サイト。
掲示板。
全部が同じ話をしている。
『本当に存在するのか?』
『日本五人目のS級』
『謎の配信者』
そして。
その映像を、一人の女が静かに見つめていた。
黒いスーツ。
長い赤髪。
鋭い目。
彼女はスマホに映る悠真を見ながら、小さく呟く。
「……面白い」
背後の男が口を開く。
「接触しますか?」
「まだいい」
女は笑った。
「もう少し育ってからの方が楽しめそう」
その胸元には、黒い紋章。
日本最大級ギルド。
《黒天》
そのエンブレムが刻まれていた。
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そしてその頃。
当の本人は。
「いやマジで帰りたいんだけど……」
S級四人に囲まれながら、本気でそう思っていた。




