第二話 バズった朝と、能力測定
人生で初めて、スマホの通知を切りたいと思った。
「うるさ……」
ピコン。
ピコン。
ピコンピコンピコンピコン。
枕元で暴れ続けるスマホを、悠真は半目で掴んだ。
時刻、午前十時二十七分。
「……は?」
寝ぼけながら画面を見る。
通知件数。
『999+』
「え?」
一瞬、フリーズした。
LINE。
SNS。
配信アプリ。
ニュース通知。
全部真っ赤だった。
「……え、怖」
昨夜、ダンジョンから帰宅した後の記憶は曖昧だ。
黒竜を殴り飛ばしたあと、探索者協会に囲まれ、事情聴取を受け、帰宅したのは深夜三時近くだった。
その時点でも頭が整理できていなかったのに、起きたらスマホが爆発していた。
悠真は恐る恐る配信アプリを開く。
そして固まった。
『チャンネル登録者数 1,248,921人』
「……………………は?」
桁を二度見する。
「い、いやいやいやいや」
昨日まで0人だった。
それが一晩で百万人超え。
「なんだこれ……」
さらにおすすめ欄。
『【衝撃】謎の新人配信者、伝説級黒竜をワンパン』
『CG疑惑の黒竜討伐動画を検証してみた』
『日本7人目のS級現る!?』
『白銀レイナも現場にいた件』
「……夢?」
頬をつねる。
痛い。
「現実かよ……」
SNSを開く。
トレンド。
一位。
『#黒竜ワンパン』
二位。
『#謎の新人配信者』
三位。
『#本当に人間か』
「終わった……別の意味で人生終わった……」
ベッドへ倒れ込む。
だがスマホは止まらない。
配信アプリのDM欄を開いた瞬間、悠真は閉じた。
「無理無理無理無理」
企業。
ギルド。
ニュースメディア。
全部から連絡が来ていた。
その中でも一番上。
『日本探索者協会』
嫌な予感しかしない。
恐る恐る開く。
『本日13時、協会本部へお越しください』
「いや絶対怒られるやつじゃん……」
黒竜をワンパンした件。
どう考えても普通ではない。
下手すれば拘束される。
人体実験とか始まるかもしれない。
「逃げるか……?」
一瞬本気で考えた。
だがその時。
腹が鳴った。
「……腹減った」
冷蔵庫を開く。
水だけ。
終わっている。
その時、再び通知。
『スーパーチャット収益が振り込まれました』
悠真はタップした。
『¥2,184,991』
「……………………」
数秒停止。
「は?」
もう一度見る。
『¥2,184,991』
「えっ」
声が裏返った。
「い、いや待て待て待て待て!!」
二十一万じゃない。
二百十八万。
「はぁ!?!?」
スマホを落としかけた。
昨日まで口座残高二千円だった男には刺激が強すぎる。
「え、配信ってこんな稼げんの!?」
震える手で収益画面をスクロール。
スパチャ。広告。切り抜き収益。
意味不明な額が並んでいる。
「やば……」
人生が変わった。
本気でそう思った。
だが。
同時に怖かった。
昨日まで誰にも見向きされなかった自分が、突然世界中に見られている。
その感覚。
「……胃痛くなってきた」
スマホを伏せる。
だが、再び通知。
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《視聴者数増加を確認》
《制限解除率上昇》
3% → 4%
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「うわっ!?」
急に視界に現れた青白いウィンドウに、悠真は飛び起きた。
「また出た!?」
昨日現れた謎のシステム。
他の人には見えていないらしい。
悠真だけに表示される。
「……制限解除率?」
その瞬間。
身体が少し軽くなった。
「え」
床を踏み込む。
――バキッ。
「うわっ!?」
床板が割れた。
「えぇ……」
昨日より明らかに強くなっていた。
たった1%上がっただけなのに。
「いやこれ、100%になったらどうなるんだよ……」
想像したくなかった。
悠真はため息を吐き、顔を洗った。
とりあえず協会へ行くしかない。
逃げても絶対追われる。
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日本探索者協会本部。
巨大だった。
「うわぁ……」
高層ビル群の中央に建つ白い超高層施設。
入口には武装探索者が立っている。
一般人はまず入れない場所だ。
悠真は借りてきたような格好で立ち尽くしていた。
ユニクロの黒パーカー。
昨日よりはマシだが、それでも場違い感が凄い。
「帰りたい……」
「天城悠真さんですね」
「ひゃいっ!?」
急に声をかけられ、変な声が出た。
受付の女性が笑顔を浮かべる。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「は、はい……」
周囲の視線が痛い。
ざわざわ聞こえる。
「あいつ……」
「黒竜の……?」
「マジで普通の兄ちゃんじゃん」
やめてほしい。
胃が痛い。
エレベーターで最上階へ。
案内された会議室は異様な空気だった。
長机。
スーツ姿の協会幹部。
そして。
四人。
圧倒的存在感を放つ男女。
「……え」
一瞬で分かった。
S級だ。
空気が違う。
存在感がおかしい。
特に奥に座る銀髪の女性。
白銀レイナ。
昨日会った、日本最強クラスの配信者。
彼女が静かに悠真を見ていた。
「座ってください」
「あ、はい」
悠真は縮こまりながら座った。
沈黙。
怖い。
そして中央の老人が口を開く。
「改めて。私は日本探索者協会理事長、御堂原だ」
「は、はい……」
「単刀直入に聞こう」
空気が張り詰める。
「君は、どうやって黒竜を倒した?」
「…………」
悠真は黙った。
どうやってと言われても。
「殴った……?」
沈黙。
数秒後。
誰かが吹き出した。
鬼塚剛だった。
巨大な男。
筋肉の塊みたいなS級探索者。
「ハッハッハ!!」
豪快に笑う。
「面白ぇな坊主!」
「鬼塚さん」
「いやだってよォ!」
鬼塚はニヤニヤしながら悠真を見る。
「伝説級を殴った、だぁ?」
「……はい」
「普通は死ぬぞ?」
「ですよね……」
悠真もそう思う。
だが実際死ななかった。
すると別の男が口を開いた。
眼鏡をかけた細身の男。
九条蒼。
日本最高の魔法系探索者でS級。
「映像は解析済みです」
部屋のモニターに昨日の配信映像が映る。
黒竜。
そして悠真。
拳。
爆散。
改めて見ても意味が分からない。
「CGではありません」
九条が淡々と言う。
「映像加工もなし。身体強化系スキル反応も検出されていない」
「つまり?」
理事長が聞く。
「不明です」
九条が真顔で答えた。
「分からない」
沈黙。
その時。
白銀レイナが初めて口を開いた。
「昨日、私は現場にいた」
静かな声。
だが全員が耳を傾ける。
「間違いなく彼は素手だった」
レイナの視線が悠真へ向く。
「……あなた、自分の力をどこまで理解してるの?」
「いや全然……」
本音だった。
「なんか昨日から急に身体能力がおかしくて……」
全員の視線が集まる。
言うべきか迷った。
だが隠し通せる気がしない。
「あと……変な画面が見えるというか」
「画面?」
「レベルとか、制限解除率とか……」
その瞬間。
空気が変わった。
九条が身を乗り出す。
「システム系能力か?」
「システム……?」
「極めて希少な特殊能力だ」
悠真は困惑した。
そんな凄そうな話だったのか。
理事長が腕を組む。
「……まずは測定だな」
「測定?」
「君の力を確認する」
嫌な予感しかしない。
---
協会地下訓練場。
そこは巨大な実験施設だった。
「うわ……」
分厚い鋼鉄の壁。
大型計測器。
強化ガラス。
完全に研究所。
「ではまず筋力測定を」
「えぇ……」
悠真は巨大な測定器の前に立たされた。
九条が説明する。
「軽くでいい」
「軽く……」
「壊すなよ」
鬼塚が笑う。
「いやそんな壊れませんって」
悠真は恐る恐る拳を握った。
そして。
軽く殴る。
――瞬間。
ドゴォォォォォン!!!!!!
爆音。
衝撃波。
測定器が吹き飛んだ。
「…………」
沈黙。
煙が晴れる。
計測器は壁に突き刺さっていた。
火花を散らしている。
「……あ」
悠真の顔が引きつった。
「す、すみません……?」
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筋力測定中…
ERROR
測定限界を超過しました
━━━━━━━━━━━━
モニターに赤文字が表示される。
誰も喋らない。
鬼塚が引きつった笑みを浮かべた。
「……おいおい」
九条が呟く。
「ありえない……」
そして。
ずっと黙っていた最後の男が立ち上がった。
黒いコート。
鋭い眼光。
日本最古参S級。
神崎玲司。
彼が悠真を見つめる。
数秒。
そして静かに言った。
「天城悠真」
空気が重くなる。
「お前は本当に人間か?」
悠真は数秒考えた。
そして。
「……たぶん?」
鬼塚が吹き出した。
レイナが初めて少しだけ笑った。




