第十三話 S級合同任務①
協会本部・中央会議室。
朝から異様な熱気に包まれていた。
探索者。協会職員。報道関係者。配信運営班。スポンサー企業スタッフ。
普段なら静かな会議フロアには大量の人が集まっている。
その理由は単純だった。
会議室正面の大型スクリーン。そこへ赤文字で表示されている内容。
【S級共同討伐任務】
その文字だけで空気が重い。
「……毎回思うけど、この赤文字怖いな」
天城悠真は席へ座りながら呟いた。
隣では白銀レイナが端末で資料を確認している。
「協会側も緊急性を強調したいので」
「いや十分伝わってるって……」
周囲の探索者たちも明らかに落ち着いていなかった。
「マジでS級複数来るのか……」
「配信どうなるんだよ」
「同接やばそう」
「現地観戦枠あるって本当?」
ざわざわしている。
無理もない。
日本に存在するS級探索者は六人だけ。そのうち複数が同じ任務へ参加することなど、数年に一度あるかないかだった。
しかも今回は配信あり。
探索者界隈では完全に“大型イベント”扱いされている。
悠真は会議室を見回した。
前方には国家対策チーム。後方にはA級探索者たち。さらに壁際には大型配信機材まで並んでいる。
ドローンカメラ。魔力通信装置。完全に戦場配信仕様だった。
「本当に中継するんだな……」
「はい」
レイナが頷く。
「今回は国際配信も入ります」
「国際?」
「海外視聴者向け同時翻訳です」
「スケールでかくなってきたな……」
実際、S級探索者の戦闘は世界的コンテンツだった。
特に日本はS級探索者の質が高い。そのため海外人気も高く、レイナなどは既に世界規模で有名人になっている。
しかも最近では悠真の名前まで海外掲示板で出回り始めていた。
『黒竜を殴り倒した新人』
『日本の七人目候補』
『レイナと並んでた男』
本人の知らないところで勝手に広まっている。
「何か最近、海外コメント増えてるんだよな……」
「切り抜き動画がかなり拡散されていますので」
「怖ぇよネット社会……」
その時だった。
会議室の空気が変わる。
重い足音。
扉が開く。
入ってきたのは、巨大な男だった。
二メートル近い体格。黒コート。鋭い眼光。顔には無数の傷。
周囲の探索者たちが息を呑む。
「鬼塚さんだ……」
「《鬼砕》……」
「本物初めて見た……」
圧が違う。
立っているだけで空気が重い。
S級探索者――鬼塚剛。
ギルド《荒神》のリーダーであり、日本最前線級の近接戦闘特化探索者だった。
鬼塚が歩くだけで、周囲の探索者たちが無意識に道を開ける。
それほどまでに存在感が異常だった。
若い探索者の一人が小声で呟く。
「……あの人、昔単独でA級ダンジョン崩壊させたんだよな」
「崩壊じゃなくて更地だ」
「え?」
「内部モンスター全部潰してダンジョン機能停止寸前まで行ったらしい」
「マジかよ……」
さらに別の探索者も会話へ混ざる。
「北海道の暴走案件も鬼塚さんだろ?」
「《魔鎧巨兵》討伐の時な」
「国家対策チーム壊滅しかけたやつ」
「鬼塚さん一人で前線押し返したって聞いた」
「化け物じゃねぇか……」
悠真はその会話を聞きながら鬼塚を見る。
確かに強い。
立っているだけで分かる。
近接戦闘特化。
純粋な暴力の塊みたいな男だった。
鬼塚は会議室へ入るなり周囲を一瞥する。そして悠真を見る。
「よう、坊主」
「どうも」
「また面白い案件呼ばれてんな」
「俺もそう思います」
鬼塚は豪快に笑った。
「ははは!」
笑い声だけで周囲がビクッとなる。
その後ろから《荒神》のギルド員たちも入ってくる。
全員重武装だった。
大剣。斧。重装甲。
完全に前衛特化集団だ。
「うわ、圧すげぇ……」
「全員筋肉じゃねぇか」
「怖……」
若い探索者たちが引いている。
だが《荒神》メンバーは普通に笑っていた。
「今日は派手に暴れられそうっすね!」
「配信映えするぞこれ!」
「サムネどうする!?」
「鬼塚さん絶対最前線行くっすよね!」
「当たり前だろ!」
思ったより軽い。
体育会系だった。
鬼塚は悠真の肩を軽く叩く。
――ズシン。
「っ……!」
床が鳴る。
周囲が一斉に振り返った。
「悪い悪い」
鬼塚が笑う。
「加減ミスった」
「それでミスなの怖いんですよ」
「普通なら肩外れます」
レイナが真顔で補足する。
「怖いこと言うな」
鬼塚はそのまま椅子へ座る。
ギシッ、と椅子が嫌な音を立てた。
「で、今回は何出るんだ?」
「《骸山坑道》内部でS級反応確認です」
レイナが答える。
「未踏破区域中心部ですね」
「なるほどなぁ」
鬼塚は少し笑った。
完全に戦闘前の顔だった。
「久々に当たりっぽいな」
その時、スクリーンが点灯する。
《骸山坑道》内部映像。
崩壊した坑道。巨大な爪痕。破壊された探索者装備。
そして最深部。
黒い巨大影が映る。
会議室が静まり返った。
映像越しでも分かる。
異常な圧。
「うわ……」
若い探索者が思わず声を漏らす。
悠真も少し目を細めた。
鬼塚が少し笑った。
「…確かに強そうだな」
その目は完全に戦闘狂のものだった。
レイナも静かに《白夜》へ触れる。
「内部魔力濃度は既にS級ダンジョン寸前です」
レイナが説明する。
「このまま放置した場合、ダンジョン暴走の可能性があります」
ダンジョン暴走。
内部モンスターが地上へ溢れ出す災害現象だ。
特にS級モンスターが絡む場合、都市壊滅レベルになる。
スクリーン表示が切り替わる。
【脅威度ランク】
D〜B級:軍・ギルド対応
A級:国家対策チーム
S級:国家+S級探索者複数必須
S+級:伝説級。放置で都市崩壊
会議室が静まり返る。
「S+ってやっぱ黒竜クラス?」
「はい」
レイナが頷く。
「以前悠真が討伐した黒竜はS+級指定です」
「改めて聞くとやばいな……」
「かなりやばいです」
鬼塚が笑った。
「お前、初戦闘で基準壊してるから感覚バグってんだよ」
「否定できねえ……」
その後、協会側から説明が続く。
「今回の任務では、S級探索者二名による先行制圧を行います」
スクリーンへ名前が表示される。
【白銀レイナ】
【鬼塚剛】
会議室がざわつく。
「うわ、本当に二人出るのか」
「豪華すぎるだろ」
「現地崩れない?」
さらに、一拍遅れてもう一つ名前が表示された。
【天城悠真】
「おぉ……」
「やっぱ入るよな」
「実質S級だし」
周囲の視線が集まる。
悠真は普通に嫌そうな顔をした。
「毎回思うけど注目されすぎじゃない?」
「もう無理です」
レイナが即答する。
協会職員が続ける。
「なお今回の任務は、リアルタイム配信を行います」
その瞬間、《荒神》メンバーたちが盛り上がった。
「きたぁ!」
「合同配信!」
「視聴者数ヤバそう!」
「海外同接出るぞこれ!」
「スポンサーめっちゃ付くだろ!」
悠真は苦笑する。
「戦闘前なのに祭りみたいだな」
「探索者界隈は基本こうです」
レイナが淡々と言う。
「強者同士の戦闘は人気がありますので」
「格闘イベントみたいなもんか」
「かなり近いです」
しかもS級合同任務ともなれば別格だった。
国内だけでなく海外企業までスポンサーへ入る。
装備メーカー。
魔道具企業。
エナジードリンク会社。
配信サイト。
実際、会議室後方のモニターには既にスポンサー名が大量表示されていた。
「うわ、企業ロゴすげぇ……」
「今回かなり大型案件ですので」
「これ失敗できなくない?」
「はい」
レイナは普通に頷いた。
「日本中が見ています」
「プレッシャー重っ」
その後、協会からの説明が終わり、一行は現地へ向かうことになった。
大型輸送車両。
軍用装甲車。
協会専用車。
かなり大規模な移動だった。
数時間後。
一行は《骸山坑道》周辺へ到着する。
そこで悠真は思わず目を見開いた。
「うわ……」
山一帯が完全封鎖されていた。
自衛隊車両。
結界装置。
魔力砲台。
避難区域テント。
周囲では一般人の避難誘導まで行われている。
完全に災害現場だった。
「ここまでやるのか……」
「S級案件ですので」
レイナが静かに言う。
「最悪の場合、この周辺一帯が消えます」
「怖ぇよ……」
しかも現地には大量の探索者まで集まっていた。
A級。
B級。
支援ギルド。
医療班。
皆、S級合同任務を見るために集結している。
そして――。
「来たぞ!!」
誰かが叫んだ。
一斉に視線が集まる。
「白銀レイナだ!」
「鬼塚さんもいる!」
「うおおおお!!」
「マジでS級合同じゃねぇか!!」
歓声が上がる。
まるでヒーローの登場だった。
配信ドローンも一斉に飛び始める。
コメント欄は既に爆発していた。
『きたああああ!!』
『鬼塚!!』
『レイナ様!!!』
『悠真いるじゃねぇか!』
『現代最強メンバーだろこれ』
悠真はその光景を見ながら苦笑する。
「本当にイベントみたいだな……」
「実際そうですよ」
レイナが淡々と答える。
「S級合同任務は滅多にありませんので」
だがその瞬間だった。
山奥。
《骸山坑道》入口方向から、異常な魔力が噴き上がった。
空気が震える。
周囲の探索者たちの顔色が変わる。
「っ……!」
「今の魔力……!」
「ヤバいぞ……」
鬼塚だけが笑っていた。
「……いいじゃねぇか」
その目は完全に獣だった。
悠真も静かにダンジョン入口を見る。
黒い瘴気のような魔力が、坑道の奥から溢れ出していた。




