第十四話 S級合同任務②
《骸山坑道》入口前。
山肌を裂くように開いた巨大坑道から、黒い魔力が煙のように溢れ出していた。
重い。
ただ立っているだけで肺へ鉛でも流し込まれるような圧迫感がある。
周囲にいたB級探索者の一人が顔を青くした。
「……おい、マジかよこれ」
「魔力濃度、高すぎる……」
「入口付近でこれって、中どうなってんだ……」
避難区域の向こうでは、自衛隊車両や結界装置が並んでいる。
山一帯は完全封鎖。
周辺住民も既に避難済みだった。
空には大量の配信ドローン。
魔力通信によるリアルタイム中継。
今この瞬間も、日本中の視聴者がこの光景を見ている。
『始まるぞ!!』
『鬼塚きた!!』
『レイナ様!!』
『悠真いるじゃん!!』
『S級合同やばすぎ』
コメント欄は既に異常な速度で流れていた。
その中で悠真は坑道を見上げながら呟く。
「……想像よりヤバそうだな」
「かなり危険です」
隣でレイナが静かに答えた。
「内部魔力濃度は既にS級ダンジョン上位相当。未踏破区域も多く、内部構造も完全には把握できていません」
「つまり何が出てもおかしくない?」
「はい」
その時だった。
ゴキッ、と嫌な音が響く。
鬼塚が首を鳴らしていた。
「いいじゃねぇか」
笑っている。
完全に猛獣の顔だった。
「未知の方が面白ぇ」
その後ろでは《荒神》ギルド員たちも武器を担ぎながら笑っている。
「久々の大規模戦っすね!」
「配信の同接エグそう!」
「鬼塚さん張り切りすぎないでくださいよ!」
「無理に決まってんだろ!」
周囲の探索者たちが若干引いていた。
だが、それも仕方ない。
《荒神》。
日本でも最前線クラスの戦闘ギルド。
所属メンバーの大半が近接特化で、危険地帯への突入任務を専門としている。
戦闘スタイルは単純。
真正面から叩き潰す。
だからこそ強い。
その時、協会職員が前へ出た。
「これより《骸山坑道》S級共同討伐任務を開始します!」
周囲の空気が変わる。
「先行突入班は――」
大型スクリーンへ名前が表示された。
【白銀レイナ】
【鬼塚剛】
【天城悠真】
歓声が上がる。
「うおおおお!!」
「最強メンバーじゃねぇか!!」
「豪華すぎるだろ!!」
悠真は苦笑した。
「なんか毎回騒がれすぎじゃない?」
「もう諦めてください」
レイナが即答する。
「悠真は既にかなり有名です」
「全然慣れないんだけど……」
「黒竜討伐した時点で無理です」
その時、周囲の探索者たちの会話が聞こえてくる。
「なぁ、鬼塚さんって本当に単独でA級ダンジョン制圧したのか?」
「《狂乱樹海》の件だろ?」
「あれ国家対策チームが撤退した案件だぞ」
「鬼塚さんが単独突入して内部モンスター全部潰したらしい」
「しかも帰ってきた時、“ちょっと暴れすぎた”って笑ってたとか」
「怖ぇよ……」
さらに別の探索者が小声で続けた。
「《荒神》もヤバいぞ」
「ギルド員全員戦闘狂って聞いた」
「前に合同任務で一緒になったけど、B級モンスター相手に突撃してった」
「盾役すら前出るらしいな」
「脳筋集団じゃねぇか……」
その言葉通り、《荒神》メンバーは全員重武装だった。
大剣。
戦斧。
重槍。
鎧も厚い。
完全に前衛特化。
しかも全員身体がデカい。
一人のギルド員が笑いながら言う。
「今回どこまで行けますかね!」
「最深部まで行きたいっす!」
「配信的にも派手に行きましょう!」
悠真はレイナへ小声で聞く。
「毎回こんな感じなの?」
「はい」
「テンション高すぎない?」
「《荒神》ですので」
納得だった。
鬼塚はそんなギルド員たちを見ながら笑う。
「死ぬなよお前ら」
「鬼塚さんこそ暴れすぎないでください!」
「無理だな!」
豪快だった。
そして鬼塚が前へ出る。
その瞬間、周囲の探索者たちが無意識に道を開けた。
圧。
存在感。
純粋な暴力の塊みたいな空気。
若い探索者たちが思わず息を呑む。
「……やっぱ本物のS級って違うな」
「近くにいるだけで怖い」
「同じ人間に見えねぇ……」
鬼塚本人は全く気にしていない様子だった。
肩へ巨大戦斧を担ぎながら歩く。
「おい坊主」
「はい?」
「今日は好きに暴れていいぞ」
「それ毎回言ってません?」
「強ぇ奴が遠慮するとつまらん」
「戦闘狂すぎるだろ……」
レイナが静かに溜息を吐く。
「鬼塚さんは昔からこうです」
「止めないの?」
「止まりませんので」
悠真は苦笑した。
そして一行は坑道入口へ向かう。
近づくほど空気が変わる。
冷たい。
重い。
魔力そのものが霧みたいに漂っていた。
普通の探索者なら立っているだけで魔力酔いを起こしかねない。
『空気やば』
『画面越しでも怖い』
『魔力濃度エグい』
『これほんとに日本?』
コメント欄も騒然としている。
坑道前へ到着した瞬間、国家対策チーム隊長が前へ出た。
「白銀さん、鬼塚さん、天城さん。ここから先はお願いします」
その口調には緊張があった。
S級を前にしているからではない。
この先にいる存在が危険すぎるからだ。
悠真は周囲を見回す。
自衛隊車両。
結界装置。
医療班。
支援探索者。
避難区域。
完全に戦争前みたいな光景だった。
「ここまでやるのか……」
「S級案件ですので」
レイナが静かに答える。
「最悪の場合、この山一帯が消えます」
「怖ぇな……」
その瞬間だった。
坑道内部から低い咆哮が響く。
――グォォォォォ……。
地面が震えた。
「来るぞ!」
「反応接近!」
「入口付近に複数!」
次の瞬間。
坑道奥から巨大な影が飛び出した。
全長四メートル超。
黒灰色の外骨格。
赤く光る複眼。
巨大な鎌腕。
B級モンスター《デスサイズ・マンティス》。
「うおっ!?」
「いきなりB級!?」
しかも一体ではない。
二体。
三体。
さらに後方から無数の足音が響く。
だが――。
「前出るぞ!!」
最初に動いたのは《荒神》ギルド員たちだった。
重装鎧の男が大盾を構え突撃する。
真正面から《デスサイズ・マンティス》の鎌を受け止めた。
轟音。
普通の探索者なら両断されている。
しかし男は踏み止まった。
「押し返せぇぇ!!」
横から別のギルド員が巨大槌を振り抜く。
衝撃。
《デスサイズ・マンティス》が吹き飛ぶ。
さらに後衛役の女探索者が魔弾を連射。
着弾した魔力弾が外骨格を砕いていく。
『荒神強ぇ!!』
『ギルド員でもレベル高くない?』
『普通にA級クラスだろこれ』
だが、それでもモンスターの数が多い。
後方からさらに《ブラッドファング》の群れが押し寄せる。
「数が多い!」
「左側来るぞ!」
「押し込まれる!」
その瞬間。
「邪魔だ」
鬼塚が前へ出た。
一歩。
踏み込んだ瞬間。
地面が爆ぜた。
凄まじい加速。
巨体とは思えない速度。
「おらァ!!」
戦斧が振り下ろされる。
轟音。
空気が割れた。
直撃した《デスサイズ・マンティス》が消し飛ぶ。
肉片すら残らない。
さらに横薙ぎ。
二体目粉砕。
三体目を蹴り飛ばし、そのまま坑道壁へ叩き込む。
圧倒的だった。
『強すぎるwwww』
『火力どうなってんだ』
『これが鬼塚』
悠真も前へ出る。
「レイナ、右頼む」
「はい」
次の瞬間、悠真は群れ中央へ突っ込んだ。
拳。
一撃。
《ブラッドファング》の頭部が消し飛ぶ。
蹴り。
二体まとめて壁へ叩き込む。
さらに後方から飛び掛かった個体を掴み、地面へ叩き落とした。
轟音。
地面が陥没する。
『悠真やばすぎ』
『武器なしでこれ!?』
『黒竜討伐したの納得』
一方、レイナは静かだった。
《白夜》を抜く。
銀閃。
次の瞬間。
周囲のモンスターが一斉に崩れ落ちた。
斬撃。
速すぎて見えない。
数秒遅れてモンスターたちの身体が切断されていく。
『レイナ様!!』
『剣速見えねぇ』
『美しすぎる』
周囲の探索者たちは完全に呆然としていた。
「……レベル違いすぎるだろ」
「同じ探索者なのかあれ……」
「S級怖ぇ……」
そして悠真は、坑道奥を見つめる。
まだいる。
今の連中とは比較にならない何かが。
奥から流れてくる魔力が、明らかに異質だった。




