第十二話 鍛冶屋ギルド
「……何でこんなに人多いんだ?」
天城悠真は目の前の通りを見ながら、半ば呆れたように呟いた。
東京中央探索者区画。通称。
探索者向けの専門店やギルド施設が集まる巨大商業エリアだ。一般人でも入ることはできるが、基本的には探索者向けの街だった。
武器、防具、魔道具、回復薬、ダンジョン素材。さらには配信機材専門店まで並んでいる。まさに“探索者社会”の中心地だった。
その中でも一際目立つ巨大建造物がある。
黒鉄色の外壁。巨大煙突。絶え間なく上がる白煙。建物全体から熱気が漂っている。
入口上部には巨大な金属看板。
【鍛冶ギルド《赫炉》】
「テーマパークみたいだな……」
「国内最大級ですから」
隣を歩く白銀レイナが静かに答える。
今日は協会制服ではなく私服だった。白ニットに黒コートというシンプルな服装なのだが、それでも異様に目立つ。というか隠しきれていない。
周囲がちらちら見ている。
『あれレイナさんじゃね?』
『マジだ』
『隣って例の新人だよな?』
『フェンリルの人?』
当然、悠真にも視線が飛んでくる。
「……最近ずっとこれなんだけど」
「有名人ですので」
「全然実感湧かねえ……」
黒竜討伐。フェンリル戦。レイナとのコラボ配信。その全てがネットで大爆発した結果、悠真は一気に有名探索者扱いされ始めていた。
登録者数は既に二百万人を突破。“七人目のS級候補”という扱いまでされている。
本人の意思とは関係なく。
「静かに探索者やる予定だったんだけどな……」
「もう無理ですね」
レイナが即答する。
「諦めてください」
「そこまで言う?」
今日ここへ来た理由は二つ。
一つは、レイナの剣のメンテナンス回収。
そしてもう一つは、悠真用の武器探しだった。
「協会から“武器を持て”って圧が凄い」
「当然です」
レイナが頷く。
「S級モンスターを素手で殴る探索者は危険です」
「言い方ひどくない?」
「事実です」
最近、協会側からかなり強めに言われていた。
『素手はやめてください』
と。
フェンリル戦の映像が広まった結果、余計に言われるようになった。
「別に困ってないんだけどな」
「周囲が困っています」
「最近そのパターン多いな」
二人は《赫炉》内部へ入る。
瞬間、熱風が押し寄せた。
ガンッ!!
ガキィン!!
激しい金属音。巨大炉の炎。舞い上がる火花。金属と魔力の匂い。
完全に別世界だった。
「うお……」
悠真が思わず周囲を見る。
内部はとにかく広い。職人たちが巨大武器を加工している。普通の鍛冶屋とは規模が違う。天井近くでは大型魔力クレーンまで動いていた。
しかも並んでいる武器も異常だ。
大剣。魔槍。魔力銃。巨大斧。
どれも普通じゃない。近づくだけで魔力が伝わってくる。
壁際には歴代S級探索者の専用武装まで展示されていた。
「うわ……これ本物?」
「本物です」
レイナが答える。
「引退した探索者が寄贈した物ですね」
悠真は展示ケースの中を見る。
巨大な黒槍。
半分溶けた大剣。
魔力結晶が埋め込まれた籠手。
どれも普通の装備ではない。
近づくだけで圧を感じる。
「こういうの見ると、S級って凄いんだな……」
「悠真が言いますか?」
「俺は一般人寄りだろ」
「どこがです」
即答だった。
「おぉ?」
その時、奥から大柄な男が歩いてきた。
筋骨隆々。作業服姿。片腕には無数の火傷痕。
見るからに職人だった。
「レイナじゃねぇか」
「お久しぶりです、赤城さん」
レイナが軽く頭を下げる。
赤城と呼ばれた男は豪快に笑った。
「剣の回収か?」
「はい。完了したと聞きました」
「仕上がってるぞ」
その後、赤城の視線が悠真へ向く。
「んで、こっちが例の坊主か」
「どうも」
「配信見たぞ」
「それ皆言うんですよ最近……」
「フェンリル殴ってたな」
「いやまあ……」
「頭おかしい戦い方してんな」
「最近本当にそれしか言われない」
赤城はニヤニヤしながら悠真を見る。
「今日は武器試しだろ?」
「一応」
「なら色々試してけ」
職人たちへ声を飛ばす。
「S級対応持ってこーい!」
「おぉ!」
周囲が急に盛り上がり始めた。
「マジで例の新人か!」
「壊されんなよー!」
「最初から不穏なんだけど!?」
数十分後。
悠真は《赫炉》内部の試験場へ立っていた。
巨大空間。特殊強化壁。耐久試験用鋼板。
探索者用訓練施設だ。
しかも周囲には職人たちが集まっている。完全に見世物だった。
「……帰りたい」
「もう遅いです」
レイナが淡々と言う。
最初に持ってこられたのは大剣だった。
A級素材製。普通なら国家級探索者用。
「うわ、重」
「それ普通持ち上がらないぞ」
職人が引いていた。
悠真はそのまま軽く振る。
――バキン。
「…………」
「…………」
刀身が折れた。
沈黙。
「……あ」
「折れたぁ!?」
職人たちが悲鳴を上げる。
「何で!?」
「知らねえよ!?」
その後も。
槍。戦斧。片手剣。魔剣。
色々試した。
だが結果は全部同じだった。
耐えられない。
悠真が本気で魔力を流した瞬間、武器側が悲鳴を上げる。
最後には試験場の職人たちが頭を抱え始めていた。
「これ完全に怪獣側だろ……」
「人間用武器が合ってねぇ……」
「探索者じゃなく災害側じゃねぇか?」
「聞こえてるぞ」
悠真がツッコむ。
だが実際、否定できない部分もあった。
黒竜戦以降、悠真自身も薄々気づいている。
自分の出力は普通じゃない。
レイナや鬼塚のようなS級探索者ですら驚くレベルなのだ。
「おかしいだろ……」
赤城が頭を抱えていた。
「S級用でも保たねぇぞ」
「そんなことある?」
「普通ねぇよ!」
レイナが少し考える。
「悠真は戦闘時の魔力出力変動が大きすぎるんです」
「つまり?」
「武器側の想定限界を超えています」
「欠陥ユーザー扱い!?」
しかも問題はそれだけじゃない。
悠真は武器戦闘自体に慣れていない。
剣を持っても結局殴った方が早い。槍を持っても投げた方が強い。
「駄目だこりゃ……」
赤城が苦笑する。
「お前、素手前提の身体してるわ」
「そんな生き物みたいに言う?」
結局、二時間以上試した結果。
悠真は諦めた。
「……素手でいいか」
「良くないです」
レイナが即答する。
「でも壊れるし」
「……否定できません」
その時だった。
赤城が奥から細長い黒ケースを持って戻ってくる。
「ほらよ、レイナ」
「ありがとうございます」
レイナがケースを受け取る。
そして静かに開いた。
中に収められていたのは、一振りの白銀の剣だった。
細身で、美しい刀身。
だが近づくだけで分かる。
異常な魔力。
試験場の空気が変わった。
職人たちまで動きを止める。
「……それが」
「《白夜》です」
レイナが静かに剣を持ち上げる。
握った瞬間、空気が張り詰めた。
剣とレイナの魔力が完全に噛み合っている。
「似合うな」
悠真が素直に言う。
レイナは少しだけ目を瞬かせた。
「ありがとうございます」
そのまま軽く剣を振る。
――ヒュン。
一瞬だった。
だが遠くの試験用鋼板が、音もなく斜めに滑り落ちる。
「うわ……」
「相変わらず切れるなぁ」
赤城が笑う。
《白夜》。
S級専用武装。
レイナが探索者になった頃から使い続けている愛剣だ。
何度も修復と強化を重ねてきた完全専用装備。
「長く使ってるのか?」
「ずっとです」
レイナが静かに剣を見る。
「一番馴染みますので」
その声は少しだけ柔らかかった。
その直後、レイナの協会端末が震える。
画面を見る。
そして小さく息を吐いた。
「来ました」
「何が?」
「共同討伐任務の正式通知です」
悠真が少し眉をひそめる。
レイナは静かに端末画面を見せた。
【A級ダンジョン《骸山坑道》】
【S級モンスター反応確認】
【S級共同討伐任務発令】
悠真はレイナの端末画面を覗き込みながら眉をひそめた。
「……共同討伐任務?」
画面には協会の緊急通知が表示されている。
しかも通知欄には、赤文字で“最優先案件”と表示されていた。
「これ、そんなヤバいのか?」
悠真が聞くと、レイナは静かに頷いた。
「かなり危険です」
「A級ダンジョンなんだろ?」
「本来ならそうです」
レイナは端末を操作しながら説明を続ける。
「ですが、ダンジョンは魔力環境によって内部難易度が変動します」
画面に《骸山坑道》の立体マップが映る。
地下深くまで続く巨大坑道。
内部には赤い反応が大量に点滅していた。
「通常、A級ダンジョンは国家対策チームが担当します。ですが今回は内部魔力濃度が異常値へ到達しました」
「異常値?」
「S級ダンジョン寸前です」
「うわ」
悠真が素直に引く。
レイナは説明を続ける。
「ダンジョン内部は常に魔力で満たされています。そしてモンスターはその魔力によって一定期間後に復活します」
「前聞いたやつか」
「はい。通常は同じモンスターが再出現します。ですが、魔力濃度が急上昇した場合――」
画面が切り替わる。
【特殊変異個体発生率上昇】
「イレギュラー個体が出現します」
そこには過去映像が表示されていた。
巨大な異形。
通常種とは明らかに違う姿。
「これ全部?」
「特殊変異個体です」
「気持ち悪っ……」
「しかも強いです」
レイナが淡々と言う。
「通常種と比較になりません」
さらに画面が変わる。
【S級モンスター確認】
悠真が少し目を細めた。
「つまり今回は、そのイレギュラーがS級まで行ったってことか?」
「その可能性が高いです」
「……なるほど」
ようやく話の重さが見えてきた。
レイナは端末を閉じながら続ける。
「しかも未踏破区域が多いダンジョンです」
「未踏破って危ないんだっけ」
「情報がありませんので」
ダンジョン攻略で最も重要なのは情報。
出現モンスター。
地形。
罠。
魔力環境。
その全てが未知だと、生存率は一気に下がる。
悠真は端末画面へもう一度目を向けた。
【S級共同討伐任務】
その文字が妙に重い。
「ちなみに共同討伐って、どれくらい珍しいんだ?」
「かなりです」
レイナは即答した。
「日本のS級探索者は現在六人。基本的に単独戦力なので、複数同時出撃は滅多にありません」
「なるほどな……」
「つまり今回は、それだけ危険ということです」
静かな声だった。
だが逆にその方が危機感が伝わる。
悠真は少し考え込み――。
「……ちなみに俺も参加?」
「当然です」
「だよなぁ……」
レイナはその反応を見て、少しだけ口元を緩めた。
「安心してください」
「何が?」
「私もいますので」
「それ、普通なら安心する台詞なんだけどな……」
悠真は苦笑する。
だが実際、レイナがいる安心感は大きかった。
日本最強クラスのS級。
しかも今では、かなり話しやすい相手になっている。
「まあ、レイナいるなら何とかなるか」
「はい」
レイナは静かに頷いた。




