輪を描いて回る炎の剣
ブルークゼーレ王国との戦争が、いよいよ始まった。
カタリーナたちの国は、先手を打てた。
早い段階から戦支度に総力を挙げていた上に、軍が小規模なため編制にも時間が掛からなかった。
おかげで、大軍が押し寄せるより前に、敵国へと侵攻することができた。
今、カタリーナたちはマリベル要塞の前にいる。
エンゲルラントとの国境から近い場所にあるこの要塞は、ブルークゼーレにとって対エンゲルラントにおける国防の要衝だ。
大国は兵力も大きく、大軍の編制には時間が掛かる。
ブルークゼーレの軍が現れていないのは、まだ全軍の編制を終えていないからだろう。
しかし、この要塞への兵力補充は終えているようだ。
この要塞は、ここに住む民間人がいない純粋な軍事施設であり、平時は配置人員も少なく人影もまばらだ。
しかし今日は、上部に通路がある分厚い塁壁の上で、多くの兵が慌ただしく行き交っている。
「ひいいいい。
ホ、ホ、ホントにこんなとこまで来ちゃったよおおおお」
目の前にある敵軍要塞の威容にも、今にも殺し合いを始めそうな目で武器を手にする自軍の兵にも、エミーリエはビビりまくっていた。
カタリーナたちは、要塞から一キルロほど離れた場所に陣を敷いている。
そこには、エミーリエもいた。
発端は、連邦議会でカタリーナたちが留守の間、エミーリエを王の代理とする勅命をフィーリップが発したことだ。
なぜそんなことをしたのかと言うと、アシスタント同士は離れていても通信が可能だからだ。
カタリーナたちは、オンブルを連れてオーストレーム帝国に向かった。
誰かが会議に出席し、そこで得た情報を王宮にいるアシスタントに伝えれば、アシスタント同士の通信を介してカタリーナたちも把握することができる。
会議の出席者としては、エミーリエが適任だった。
彼女なら、アシスタントが霊宝の一部であることを知っているし、隷属魔法が掛かっているため裏切りも情報漏洩も不可能だ。
しかし、王宮の文官たちは、そんな事情を知らない。
平民を王の代理とするなど、通常では考えられない。
しかし、カタリーナは、それをやってのけてしまった。
カタリーナの庇護下にいる平民が、王の代理となってしまった。
カタリーナの恐ろしいほどの権勢を見せ付けているのだ。
自らの権力を誇示するために、カタリーナは敢えてこんなことをしたのだ。
王宮の使用人などはそう考え、残虐なカタリーナの権力の巨大さに絶望した。
一方、カタリーナと直接仕事をする者たちは、また別の見方をした。
聡明なカタリーナのことだ。
ただ権勢を誇示するためだけに、こんなことをするはずがない。
おそらく、これは踏み絵だ。
平民を王の代理とする王家の決定に、誰が逆らうのかを見ているのだ。
カタリーナが政治に関与するようになって以降、多くの血が流れている。
王家は、血を流した家から領地や財産を接収し、王権は盤石なものとなっている。
しかし、カタリーナはまだ、満足していない。
血を好む残虐な王妃は、更なる王権強化と、更なる血を求めている。
嘘だと思うなら、試してみるが良い。
平民を王の代理とするなんて以ての外だ、と声を上げてみるが良い。
そう遠くないうちに、その者は故人となるだろう。
王宮の重職者たちの間では、そんな話が真しやかに語られていた。
エミーリエの指示に反発する者は、彼らの中には一人もいなかった。
内心では不満もあり、素人が国政を掻き乱さないでほしいと願っていた彼らだが、実際にエミーリエが指示を出し始めると考えを改めた。
エミーリエの出す指示が、実に的確だったのだ。
無学な平民の小娘――当初は誰もがそう認識していた。
しかし、実際にエミーリエの仕事ぶりを目にすると、その卓越した指導力に誰もが舌を巻いた。
指示が的確なのも当たり前である。
エミーリエを介して実際に指示を出しているのは、カタリーナやフィーリップだ。
それだけではなかった。
戦支度で忙しい時期だったため、エミーリエが出席した会議は主に軍事に関するものだ。
そこで彼女は、意外な才能を見せた。
彼女が提唱したファランクスにおける斜線陣や鶴翼の陣などに、軍略の専門家たちは驚かされた。
「重要なのは前戦ではなく兵站」という彼女の指摘に、軍部の者は目から鱗が落ちる思いだった。
軍事に関するエミーリエの深い造詣は、カタリーナも知らなかったことだ。
当の本人は「えへへ。ネットサーフィンで知った雑学だよ?」と、カタリーナには理解できない言葉で謙遜したが、素晴らしい能力であることには間違いない。
エミーリエは、その非凡さを証明してみせた。
今まさに忠誠を試されている最中だと考える者たちは、そこでカタリーナに提案をした。
ブルークゼーレとの戦争では、軍略の鬼才エミーリエに部隊を一つ任せてはどうか、と。
『無理無理無理無理無理!!
ぜーったいに!! ぜーったいに無理だから!!』
エミーリエはそう叫び、全力で遠慮した。
エミーリエは拒否したものの、カタリーナに恐怖する者たちは全力でエミーリエを推した。
彼らが注視しているのは、エミーリエの心情ではない。
カタリーナの顔色だ。
両者の綱引きの結果、部隊長ではなくカタリーナの参謀という形で、エミーリエは従軍することになった。
彼女がここにいるのは、そんな経緯からだ。
「エミーリエさん。
猫さんの揺り籠するです」
ビビりまくってるエミーリエに、真っすぐな黒髪を腰まで伸ばし、前髪を直線に切り揃えた小さな女の子がおねだりする。
青褪めているエミーリエとは違い、その五歳ぐらいの女の子は緊張の様子が一切無い。
彼女は、アシスタントのオンブルだ。
オンブルも戦場に来ているが、ここにいるアシスタントは彼女だけではない。
アシスタントのまとめ役であるセルビータや、霊宝の修理が得意なフォルジュフォンも一緒だ。
「猫さんの……?
ああ。あやとりのことね。
良いわよ。やろっか?」
「俺もやるぜ!」
上着とボトムスが一繋ぎになった作業服を着た少女も、そう言ってエミーリエの許へ駆け寄る。
彼女はフォルジュフォンだ。
男性のような口調だが、赤髪の女の子で、七歳前後に見える。
フォルジュフォンの勝ち気そうな顔立ちは、大人しそうな黒髪のオンブルとは対照的だった。
メイド服姿のエミーリエが、小さな女の子たちとわいわい騒ぎながらあやとりをしている。
およそ戦場とは思えない和やかな光景に、カタリーナはほっこりする。
「敵軍からの返信をお持ちしました」
使者として要塞に遣わされた兵が、書簡を持って戻って来た。
フィーリップが要塞に送った文書は「ただちに降伏しないなら『輪を描いて回る炎の剣』を使用する」という警告文だった。
届けられたのは、それに対する敵軍の回答だ。
この世界では、開戦前に口上戦を行うのが慣わしだ。
既に声の大きな騎士が要塞の近くまで行き、口上戦を行っている。
その際も『輪を描いて回る炎の剣』の使用を警告している。
フィーリップは、その後使者を送り、もう一度警告を行った。
フィーリップは書簡に目を通すと、それをカタリーナに手渡す。
カタリーナも目を通してみる。
要約すると「そちらの霊宝が力を失ったのは知っている。やれるものならやってみろ」というものだった。
「伝令が出たようですわ」
「ようやくか」
カタリーナの言葉を聞いて、フィーリップはそう言って笑顔を見せる。
カタリーナたちの軍は、国境を越えて要塞の手前で足を止めた位置にいる。
要塞の近くで布陣しているが、要塞を包囲はしていない。
カタリーナたちが布陣する方向とは反対側の門から、襲歩で馬を駆る伝令が飛び出したのが見えた。
カタリーナたちは、これを待っていた。
『輪を描いて回る炎の剣』を使用する以上、その事実をしっかりとブルークゼーレ王家に伝えたかったのだ。
要塞を包囲しなかったのも、伝令を走らせるためだった。
「攻撃を開始する」
フィーリップはそう言うと、兵にテーブルを用意させる。
「はいです」
フィーリップの目線での合図を受けて、オンブルが言う。
なお、エミーリエたちとのあやとりは、使者が戻って来た時点でカタリーナが中断させている。
オンブルがそう言った直後、青空の下に置かれたテーブルの上に影が広がり、影から金属製の鞄が現れる。
影は、亜空間を自在に操る彼女の能力によるものだ。
便利な能力であるため、今回もオンブルが霊宝の運搬を担当している。
「へえ。
これがこの国の霊宝なんだ?
なんか、ジュラルミンケースみたいだね」
影から出て来た金属製の鞄を見て、エミーリエが呟く。
今の彼女には、表情にも余裕が見える。
子供たちと遊んで、少しは落ち着いたようだ。
実際には、これは霊宝本体ではない。
霊宝を遠隔操作するためのポータブル端末だ。
霊宝に関することは国家機密であるため、エミーリエは詳しいことを知らない。
このため、これを霊宝本体だと勘違いしている。
「実行用パスワードを入力して下さい。
声紋認証も兼ねていますので、使用権限者が入力する必要があります」
金属の鞄を開けてフィーリップが操作していると、鞄が古代語でそう言う。
随分と厳重なセキュリティだ。
カタリーナはそう思った。
霊宝が最初に要求したのは、虹彩認証だ。
次は指紋認証で、その次は血液認証、そして今度は声紋認証を兼ねたパスワードを要求している。
悪魔の使役書や厄除けの牛は、ここまで厳重ではなかった。
「レスポンディオ・サモニティオニス・グラディウス・ロタンス・フランマエ」
フィーリップがパスコードを唱える。
お茶一杯を飲めるほどの時間も経たないうちに、上空から何かが、雲を引きながら真っ逆さまに落ちて来る。
それが要塞に落ちると、目を開けていられないほどの凄まじい光が放たれた。
閃光は、十秒に満たない時間で収まった。
「……き……きのこ雲……嘘でしょ……」
目を大きく見開いて酷く驚愕し、エミーリエは、ぽつりとそう呟く。
激しい光が収まり、目を開けたときに現れたのは、きのこような形の雲だった。
きのこの根は、要塞があった場所に下ろされていた。
「よっしゃ! 大成功だぜ!」
「……なんで、そんなに喜んでるですか?」
飛び上がって喜ぶフォルジュフォンに、ジビラが尋ねる。
「そりゃあ、弾頭部分以外は、俺が作った設備で作ったもんだからな!
自分の子供の仕事が上手くいったら、そりゃ嬉しいぜ!」
フォルジュフォンはそう答える。
『輪を描いて回る炎の剣』の最大の弱点は、残弾数に限りがあることだった。
フォルジュフォンは、その問題を解決してくれた。
推進装置や誘導装置など、ミサイルに必要な部品の生産設備を作ってしまったのだ。
「えっ!?
もしかして、ミサイルの製造設備も作れるの!?」
いまだ驚愕が冷めやらないエミーリエが、フォルジュフォンに尋ねる。
「そんなに難しくはねえよ。
ミサイルなら、本機も積んでるからな。
その補充も俺の担当だから、作り方なら大体分かるさ。
本機のとはサイズが違うが、構造に大きな違いはねえからな」
フォルジュフォンは、エミーリエに得意気な顔を見せる。
「弾頭? でしたっけ?
よく分かりませんけど、その部分は誰が作ったんですか?」
「通常、反物質ミサイルの発射施設には、反物質生成装置も設置されています。
弾頭を構成要素の一つである反物質は、一般的な物質と接触すると対消滅反応により大爆発を起こします。
ですから、完全真空容器に入れ、反重力装置により空中静止させることで保管します。
この保管には、大きな危険が伴います。
何かの間違いで、反物質が容器に触れてしまったり、真空容器に空気が混入してしまったりしたら大惨事です。
安全のため、反物質は発射直前に生成するのが一般的です」
ジビラの疑問に、セルビータは淡々と答える。
この二人も、戦場には似つかわしくないメイド服姿だ。
それでもジビラは帯剣しているが、セルビータは帯剣さえしていない。
「しっかし、さすがスター・ブレイカーだな。
陛下の端末操作を横で見てただけど、威力の設定は最小だったぜ?
それでこれだからな。
スゲえぜ」
「私もびっくりです!
こんな間近で、スター・ブレイカーの爆発見たの初めてです!」
フォルジュフォンとオンブルは、お喋りを始める。
一瞬で多くの命が失われたというのに、二人とも楽しげに笑っている。
幼く見えても、やはり霊宝だ。
神話の時代の世界大戦も経験した、人間とは比べ物にならない永い時間を生きた者たちだ。
カタリーナはそう思った。
「スター・ブレイカー……
随分と物騒な名前ね……」
「スター・ブレイカーは、反物質弾道ミサイルの旧世界での通称です
大型のものは、本当にこの星そのものを壊しかねないので、その通称が定着しました」
エミーリエの独り言に、セルビータが解説を付け加える。
「王妃殿下。
もう安全です。
兵たちの保護を解除しても問題ありません」
セルビータが言う。
カタリーナたちがいる場所は、爆心地から約一キルロという至近距離だった。
霊宝の端末は、薄紫色で半透明の防御シールドを半球状に展開し、関係者を守っていた。
しかし、そこに入れるのは二十人程度だ。
だからカタリーナは、兵たちを守るために魔法で土壁を築いた。
高さが十メルトほど、厚さが三メルトの巨大な土壁を自陣のすぐ手前に築き、魔法でそれを強化し、その土壁で兵をすっぽり覆い隠して保護した。
保護の必要はなくなったので、カタリーナはまた魔法を使う。
土壁は崩れ、壁を作り上げるときにできた凹みへと土が戻っていく。
土壁によって遮られていた要塞が、兵たちの前にも姿を現す。
「おおお!!
炎が回っているぞ!!」
「伝説の通りだ!!
あれこそ、我が国の王の力だ!!」
「エンゲルラント王国万歳!! フィーリップ陛下万歳!!」
要塞の様子を目にして、兵たちが歓声を上げる。
要塞は、見る影もなかった。
塁壁が僅かに残っているだけで、ほぼ更地になり、中心部には大きな穴が空いていた。
粉々になった建築資材からは、火の手が上がっている。
そして、炎の竜巻が天高く立ち昇っていた。
「うわ!! すっごい!!
炎の竜巻!?
雲まで届いている!!
あんなの、初めて見たわ!!」
「地表付近を急激に熱したことで生じた上昇気流が、竜巻となって火災の炎を巻き込んだものです。
火災旋風と言われるもので、大規模な火災の際にはしばしば発生します」
兵たちと一緒になって驚くエミーリエに、セルビータが解説する。
「なるほどね。
だから『輪を描いて回る炎の剣』なのね」
カタリーナは、納得した顔で独り言を呟く。
対消滅時に強力な放射線が発生するため、霊宝が展開するシールド内にいない限り、爆発時の様子を目にすることはできない。
兵たちが見られるのは、爆発が収まってからだ。
つまり、火災旋風こそが、この国の霊宝が使用されたとき最初に目にする異常現象ということになる。
『輪を描いて回る炎の剣』の名は、それが由来だろう。
カタリーナはそう考えた。
「ね、ねえ。
放射能とか、大丈夫なの?
ここ、爆発したところからめっちゃ近いよ?」
エミーリエは、顔を青褪めさせてセルビータに尋ねる。
霊宝の端末が展開していた防御シールドが解除されたことで、不安になってしまったようだ。
「ご安心下さい。
反物質弾は、爆発時に強いガンマ線を放射しますが、放射性物質を撒き散らすものではありません。
クリーンな兵器です」
回答を聞いて、エミーリエはほっとした顔を見せる。
「進軍しよう。
馬車に戻ろうか」
フィーリップがそう言う。
カタリーナやエミーリエなどのスカート姿の女性陣と、アシスタントの子供たちは、フィーリップとともに馬車へと向かった。




