お墓参り
ブルークゼーレとの約定通り、王宮で軟禁されていたブルークゼーレ使節団は解放された。
フロリアン王子の侵略を阻止した直後から始まっていた戦争準備も、カタリーナたちが戻ってから一気に本格化している。
侵略に加担した貴族たちの処罰も、その一環だ。
彼らは、ブルークゼーレと密接な繋がっている。
そのブルークゼーレは今や敵国であり、彼らは獅子身中の虫だ。
処罰は、開戦前にする必要があった。
王権転覆を狙う反逆罪も、外国勢力の侵略に加担する外患誘致・援助罪も極めて重い罪だ。
本人だけではなく、その家族も連座で斬首となる。
その罪に問われたのは、ハッツフェルト侯爵家、アウフレヒト辺境伯家、ゼッキンゲン侯爵家の旧不可侵貴族三家だ。
三家に連なる多くの家も加担している。
これらの家は、全て滅門となった。
本来なら、反逆者の遺体は王都の街壁に吊るされ、腐敗したら野山に打ち棄てられる。
遺体は墓地に埋葬されることはなく、墓が作られることもない。
しかし、ハッツフェルト家の者たちだけは、遺体が城壁から吊るされることはなかった。
およそ貴族とは思えない墓とはいえ、行き倒れの平民よりは立派な墓も建てられた。
カタリーナの気持ちを考えたフィーリップの配慮だった。
その墓は、王都の外れにある無縁墓地の中にあった。
人の腰ほどの小さな墓石が雑草の生える地面に置かれただけの、見窄らしい墓だ。
かつては不可侵貴族として栄華を極め、当主がこの国の宰相だった一家の墓とはとても思えない粗末さだ。
カタリーナは今、一人その墓の前で立っている。
一言も喋らず、ただじっと墓石を見詰めている。
ピントが合っているのか分からない、墓の向こう側を見詰めるような視線で、目の前にある小さな三つの墓をぼんやりと眺めている。
家族が亡くなり、その事実が目の前にある。
しかし、カタリーナは、自分が悲しいのかどうかさえ分からなかった。
心の中は、言葉にはできないほど複雑怪奇だった。
「お嬢様! いらっしゃったんですね!?」
「あなたは……」
無言のまま二時間ほど墓の前で立ち尽くしたところで、年配の女性から声を掛けられた。
その顔には、見覚えがあった。
ハッツフェルト家の使用人だった人だ。
反逆するつもりであることを知りながら、王家に通報しなかった使用人も処刑されている。
どうやら彼女は、処刑を免れたようだ。
ハッツフェルト家の使用人のうち誰が処刑されたのかを、カタリーナは知らない。
全てをフィーリップが決めてくれたからだ。
これについて、カタリーナは心から感謝している。
もし処刑対象の決定に関与していたら、もっと気持ちは重苦しいものになっていた。
「お嬢様が来て下さって良かったですよ。
色々あっても、やっぱり家族ですからねえ」
墓前に花を添えながら、使用人だった女性は、そう言って微笑む。
彼女の微笑みに、悪意は無かった。
悪意が無いからこそ、胸の内が鉛になったような苦しさを感じた。
――家族ですからねえ――
その言葉に続くのは「赦してあげるべきですよ」といったものだろう。
赦すべきだというのは、カタリーナにも分かる。
だが、幼少期から続いた虐待は、そう簡単には赦せるものではなかった。
しばらくの雑談の後、使用人だった女性は帰って行った。
彼女との会話で気分が悪くなってしまい、カタリーナもまた無縁墓地を後にした。
カタリーナの後ろでは、フィーリップも同じ時間だけ立っていた。
馬車へと戻るカタリーナを、彼は無言のままエスコートした。
二人とも無言で、景色を眺めることもなく.静かに馬車へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
「陛下からのお誘いです。
これからお酒でもどうかとのことです」
ジビラがそう言う。
気分が沈んでしまい、王宮に戻ってからも部屋でぼんやりとしていたカタリーナに、フィーリップから酒宴の誘いがあった。
「王妃殿下!
今日は、目いっぱいお洒落しましょう!」
ジビラが元気良くそう言って用意したドレスは、どれも派手で露出が多いものばかりだった。
首飾りやティアラなども、式典用の豪華なものだった。
「うわっ! 今日は、いつも以上に豪華で綺麗だね!」
エミーリエもまた、いつも以上に大げさな笑顔で言う。
特に相談事が無いとき、カタリーナが着替えをしていても、エミーリエは近付いて来ない。
お菓子をつまみつつ王宮内の図書館から借りてきた恋愛小説を読んでいたりで、侍女とは思えないほど自由気ままに過ごしている。
しかし、今日の彼女は、読んでいた恋愛小説をテーブルに置くと、カタリーナの近くまで来て陽気に話し掛けた。
ジビラもそれに加わり、着替えをしながらの会話は華やかなものになった。
カタリーナは思った。
今日、二人があまり話し掛けて来なかったのは、気持ちを整理したい自分を考えてくれたからだろう。
話す機会があるとき、こうしてお気楽な話題で和ませてくれるのも、自分を元気付けようとしてくれているのだろう。
何気ない二人の気遣いに心が温かくなった。
「今日は一段と綺麗だ。
やはり君は、華やかなドレスとアクセサリーがよく似合う」
酒席が用意された部屋に入ると、先に来ていたフィーリップが笑顔で出迎える。
彼のそんな一言で、沈んでいた気分が一気に軽くなる。
本当に不思議な人だ。
彼がいてくれて良かった。
そんなことを考えながら、カタリーナは笑う。
「今回の戦争では、私も出陣しようと思う」
乾杯をしてからフィーリップが言う。
いつも通り、酒席の最初は業務連絡だ。
「わたくしが出陣して、フィルは王宮で防衛の指揮を執られた方が効率的に思いますわ」
国家指導者が二人揃って前戦に赴くのは、危険が大きい。
どちらも討ち取られたら、国が滅んでしまう。
攻め込まれたときに防衛を指揮する者も、王宮に置く必要がある。
そう考え、カタリーナは反論する。
「そもそもの問題は、霊宝の力が残り少ないことを理由に霊宝継承式典を開かなかったことだ。
この国の霊宝が力を失いつつあることを、それで旧不可侵貴族家にも知られてしまった。
ブルークゼーレが臆することなく侵略を試みたのも、旧不可侵貴族からその情報を得ていたからだ。
旧不可侵貴族たちの認識を、変えなくてはならない。
変えることができなければ、今回の戦争を凌げたとしても、いずれその情報が彼らから他国へと流れ、また侵略を受ける危険がある。
国力は変わっていないのに、今やこの国には三つの霊宝があるからな。
他国から狙われる危険も増している。
彼らの認識を変える場としては、この戦争が最適だ」
この国が持つ霊宝は、今や『輪を描いて回る炎の剣』だけではない。
悪魔の使役書という強力な霊宝も持っている。
それでも、フィーリップは、『輪を描いて回る炎の剣』の健在を示す必要があると言う。
一等国となったものの、この国の国力は三等国の中でも最低水準だ。
そんな国が悪魔の使役書という強力、かつ持ち出しも容易な霊宝を持っていたら、奪取を考える国も多い。
だから、『輪を描いて回る炎の剣』の健在を示す必要がある。
貧弱なこの国がこれまで生き延びることができたのは、持ち出して奪取することが困難で、悪魔の使役書以上に強力な霊宝のおかげだ。
フィーリップは、そう言っている。
「それなら、フィルが出陣しなくても良いのではありませんの?
この国の霊宝は、大陸の端でも王宮にいながら攻撃できるって仰っていましたわよね?」
「霊宝の健在を示すパフォーマンスだ。
現場に私がいた方が良い」
確かにそうだ、とカタリーナは思った。
ある日突然、軍隊が消滅しても、なぜそうなったのか分かる人は少ない。
パフォーマンスとして考えるなら、フィーリップが現場に赴き、霊宝の使用を宣言した方が良い。
「理由は他にもある。
この前、君は言っていただろう?
転移の魔道具の制作に成功したと」
これまでカタリーナは、転移魔法の効果を持つ魔道具を作れなかった。
どんな材質で魔法陣を描いても、流し込まれる膨大な魔力に耐えきれず、魔法陣が破損してしまうからだ。
必要な魔力が大きすぎるため、転移魔法などの時空間魔法は魔道具化できない。
それが、カタリーナの前世での常識だった。
しかし、冥王の兜は亜空間に物を収納することが可能であり、オンブルは空間魔法と同等の効果を持つ影を自在に扱っている。
発動を止めるために壊してしまったが、フロリアン王子が逃げようとしたときに使った伝令神の羽靴もまた、転移魔法と同じ効果を持つ霊宝だ。
時空間魔法は、魔道具化できないはずだ。
一体どうやってそれを実現しているのだろうか。
疑問に思ったカタリーナは、アシスタントたちに尋ねた。
『時空間操作の回路に耐えられる素材なんて、旧世界にだってねえよ。
だから、空中に回路を描くんだ。
オンブルや冥王の兜は、時空間操作のための回路を内蔵してるわけじゃねえ。
電磁的な回路を空中に描く機器を内蔵してんだ』
霊宝の修理が得意で、霊宝の構造に詳しいフォルジュフォンは、そう答えた。
カタリーナにとってそれは、コペルニクス的な発想の大転換だった。
これによって、転移魔法を魔道具に込めることに成功した。
「隙は、適度に作っておくのが良い。
一切隙の無い計画だと、敵は何としても隙を探し出そうとするからな。
そうなると、予想外のところを突かれて対処に苦慮することになる。
だが、あらかじめ隙を見せておけば、敵は必ずそこを突く。
狙いが分かっているなら、対処も容易だ。
そこに罠を仕掛けることもできる。
転移魔法の魔道具なら、罠としては十分だろう?」
フィーリップはそう言って笑う。
やはり、戦略家としては、フィーリップは自分より数段上だ。
頼りになる男性だ。
彼の笑顔を見て、カタリーナはそう思った。
「今日、お墓参りに行ってみて……」
そこまで言って、カタリーナは慌てて言葉を止める。
仕事の話が終わり、他愛のない会話になった。
そこで、酒が進み過ぎて、つい口を滑らせてしまった。
胸の内に収めきれなかった苦しい思いが、うっかり口からあふれてしまった。
これまでの話題は、気分が晴れる陽気なものばかりだった。
こんな辛気くさい話をしたら、楽しい雰囲気は台無しだ。
飲み過ぎてしまったことを、カタリーナは後悔する。
「……話してほしい。
きっと気持ちが楽になる」
そう言ってフィーリップは、優しげな目で微笑む。
「でも……憂鬱な気持ちにさせてしまいますわ」
「確かに、明るい気分にはならないだろうな。
だが、君の気持ちも少しは晴れるだろう。
それこそ、私にとって重要なことだ」
「……フィルの負担には、なりたくありませんの」
「負担になどなるものか。
何と言っても、私自身が君の話を聞きたいのだからな。
君が何を考え、どんなことで悩み、どんな気持ちでいるのかを知りたいのだ。
君の全てを、私は理解したい」
カタリーナの手を取ったフィーリップは、そう言って手の甲に唇を落とす。
カタリーナの心臓が跳ねる。
間近で笑顔を見せる彼の瞳には、濃厚な色気が漂っていた。
彼の唇が手に触れたことで、彼の優しさと色気を鮮やかに感じ取ってしまった。
熱に中てられたようにぼうっとしてしまったカタリーナは、つい彼の優しさに寄り掛かってしまう。
ぽつぽつと少しずつ、鬱屈した気持ちを吐き出し始める。
墓の前では、言葉にすることさえできなかった。
しかし、今は少し気持ちの整理もでき、自分の心を吐き出すことができた。
戦争ばかりだった前世では数え切れないほど肉親の死を悲しむ人を見てきた。
誰もが、正気を失うほど悲しんでいた。
カタリーナ自身も、前世で両親を亡くしている。
大変な苦しみだった。
今日、墓の前に立ち、また家族の死に直面した。
しかし、思ったほど悲しくも苦しくもなかった。
それどころか、ほっとしてしまった。
自分を脅かす者が、もうこの世にいないことに。
身内の死に、悲しまずに安堵した。
それによる罪悪感は、巻き付いて締め上げる蛇のようだった。
父親は実の父だし、妹は半分血が繋がっている。
継母とは血の繋がりは無いが、それでも一つ屋根の下で暮らした家族だ。
自分がもう少し上手くやれたら、もっと良い関係を築けたのではないだろうか。
妹は、自分が望むものを全て与えられていた。
そんな彼女と仲良くなれなかったのは、自分の嫉妬も原因の一つではないのか。
マルガレーテを育てるのは大きな喜びだが、誰もが自分と同じ訳ではない。
他人の子を育てることに、苦痛を感じる者だっているはずだ。
ハッツフェルト家の継母も、きっと苦痛を感じる者だっただろう。
果たして自分は、彼女のそんな苦労に寄り添っていたのだろうか。
血の繋がらない家族をまとめるのは、大変なことだ。
父親のそんな苦労を軽くするために、自分は何をしたのだろうか。
何もしていない。
ただ一方的に、愛情を求めただけだ。
彼らに何を望んでいたのかを、考えてもみた。
ただ謝ってほしかった。
それだけだった。
それに気付いてしまったことで、また苦しめられた。
謝られたからといって、全てを水に流すなんて到底無理だ。
では、なぜ謝ってほしいと思うのか。
被害者という名の絶対的強者になり、優越感に浸りたかったのではないか。
彼らと上手くやれなかったのは、自分のそんな醜さのせいではないだろうか。
そんな醜悪な人間では、信頼関係など築けるはずもないのだから。
彼らがフロリアン王子に加担してしまったのは、カタリーナの武力を知らなかったからだ。
悪魔の軍勢でさえ容易く屠れると知っていたなら、彼らは今も生きていただろう。
それでは、自らの武力を彼らに教えなかった自分こそが、彼らを殺した張本人ではないだろうか。
自分がもっと清廉な人間で、彼らともっと家族らしい関係だったなら、教えることもできたのではないだろうか。
いや、良好な関係ではなくても教えるべきだったのかもしれない。
家族なのだから……。
前世の記憶を取り戻してから、彼らとの面会には一切応じていない。
だが、こんなに早く死ぬのなら、面会に応じても良かったのではないだろうか。
彼らと会っていれば、自分の武力について教える機会もあったはずだ。
彼らはもう、この世にはいない。
今さら何を考え、何をしようと、もう後の祭りだ。
家族としての関係を築くことは、もう永遠にできない。
そんな無力感も、胸を締め付けてくる。
何度も言葉を詰まらせながら、カタリーナはそんなことを話した。
カタリーナの手を握り、まとまりのない彼女の話を、フィーリップは静かに聞いた。
カタリーナを肯定はしても、自分の考えを差し挟んだりすることはなかった。
ただ寄り添うだけの、そんな彼の態度にもまた、カタリーナは助けられる思いだった。
今はただ、ヘドロのような心の澱みを吐き出したいだけだ。
議論をして、深く考える余裕は無かった。
「これ、美味しいぞ」
カタリーナが話を終えると、フィーリップは自ら取り分けた料理をカタリーナに差し出す。
彼のいたずらな笑顔は、とても優しげだった。
「話してくれてありがとう。
これからも、何でも遠慮せずに話してほしい。
君が何を話そうと、何をしようと、私はずっと君の味方だ」
フィーリップはそう言うと、繋いでいた手を放し、カタリーナの肩へと回す。
そんなことをされたら、もちろん恥ずかしいし、鼓動も高鳴る。
だが、それだけではなかった。
彼の手の温もりから、苦しいときも隣で支えてくれる人がいるという安心感も、カタリーナはしっかりと感じた。




