第19話 深まる狂気
今回の話を投稿するに当たって、17話と18話を若干修正しています。
修正内容としては、佑吾たちが牢屋に囚われた期間を一日から数日に変更しています。
佑吾たちが脱獄に成功したのと同じ頃、ガレルによって塔の最上階に幽閉されたコハルは、何をするでもなくベッドの上で膝を抱えて静かに過ごしていた。
そんなコハルの外見は、驚くほど様変わりしていた。
旅で身につけていた装備は、王の番いにふさわしくないと没収され、代わりにプリンセスラインの純白のドレスを着せられていた。
その美しいドレスは暁光絹と呼ばれる最高級の絹で作られたものだったが、コハルにとっては動きづらく煩わしいものでしかなかった。
また、服装だけでなく容姿も変わっていた。
ガレルが遣わしたメイドたちによって全身を磨かれた結果、コハルの特徴的な真っ白な髪は新雪のように真っさらに透き通り、旅で少し傷んでいた肌も陶器のように綺麗になっていた。
今のコハルは、どこかの国のお姫様と言われたら誰もが信じてしまうほど綺麗になっていた。
「……………………私のせいで、みんなが…………ごめんなさい…………」
しかし、きらびやかになった外見に対してコハルはひどく沈鬱な表情を浮かべていた。
いつも佑吾たちの前で浮かべていた弾けるような明るい笑顔は消え、その目には泣き腫らした跡があった。
ガレルから自分のせいで佑吾たちが捕まったことを知ったコハルは、あれから毎日ずっと独りで泣いていた。
大好きな家族に会えない寂しさと、そんな彼らが自分のせいで投獄されてしまった罪悪感に苛まれ続けていた。
最初の頃は、皆を助けに行くためにこの部屋を出ようと頑張っていた。
しかし、『封力の首輪』によって氣力を封じられ、ただの少女と成り果ててしまった今のコハルでは、どれだけ頑張ってもそれは叶わなかった。
今のコハルには、自分の無力さを呪いながら膝を抱えて泣き続けることしかできなかった。
そんな彼女の耳に、コンコンと控えめなノックの音が届いた。
「コハル……我だ。入るぞ」
ガレルが部屋に入ってきたが、コハルがそれに反応することは無かった。
「……体調の方はどうだ? 良くなったか?」
コハルの世話を任せているメイドたちから、彼女の様子がおかしいと報告を受けてから、ガレルは部屋をまめに訪れていた。
しかし、何度訪れてもコハルの態度は冷たいままだった。
「お腹は空いていないか? コハルが美味しそうに食べていた料理やお菓子をすぐに用意できるぞ」
「…………いらない」
コハルは興味無さそうに、冷たくそう返した。
ご飯を食べることは大好きだったはずなのに、今は全く食欲が湧かず、ご飯を食べるという動作そのものが億劫ですらあった。
「そう、か……それなら、他に何かして欲しい事は無いか? 我に出来ることであれば、何でもするぞ!」
『何でも』という言葉に、コハルの犬耳がピクリと反応した。
うつむいていた頭を、のそりと上げる。
「何でも良いなら、みんなに会いたい……みんなに会わせて……」
「っ、それは……」
コハルが望んだ物は、ガレルが知る普通の令嬢たちが好むような美しいドレスでも綺麗な宝石でもなく『大切な家族に会いたい』というとてもささやかな物だった。
しかし、その願いはコハルをここに閉じ込めておきたいガレルにとって、唯一許容できない願いだった。
「……すまないコハル。その願いだけは、叶えてやる訳にいかない。それを叶えてしまったら、お前は我の元から居なくなってしまう。それだけは出来ない」
「じゃあ、何もいらない………………嘘つき」
ガレルの返答が予想できていたのか、コハルは落ち込むような素振りを見せることなくそれだけ呟き、上げていた顔を再び膝に埋めてしまった。
「…………そうか。また様子を見に来る。ではな」
ガレルはそれだけ言い残すと、静かに部屋を出た。
「………………佑吾に、会いたいな」
ガレルが扉を閉める直前、自分ではない男の名を呼ぶコハルの寂しげな声が彼の耳に届いた。
『嘘つき』、『佑吾に会いたい』。
執務室へと戻る道中、コハルのその言葉がガレルの頭の中で繰り返し響いた。
◇
「コハル……何故、我ではなくあの男の名を愛おしげに呼ぶのだ……。我ではなく、あんな頼りなさそうな男の方が好きだとでも言うのか……!!」
執務室に戻ったガレルは、心の内で燻っていた怒りを誰に聞かせるでもなく一人ぶちまけていた。
コハルを我が物とするために、どこにも逃げられないように塔の最上階へと幽閉した。
最初はきっと困惑するだろうが、前のようにたくさん話し合って仲をより深めていけば、きっと自分の気持ちに応えてくれる。以前のように、太陽のような明るい笑顔で我の愛を受け入れてくれる。そう思っていた。
「何故なんだコハル……!! 何故、我の気持ちを分かってくれない……!!」
しかし実際はガレルの思い通りにならず、コハルは萎れていく花のように輝きを失っていった。ガレルが何度声をかけても、何の興味も示さなくなっていた。
もはや今の自分では、どうすればコハルが前のように笑ってくれるのか、皆目見当もつかなくなっていた。
もしかして、自分は何かを間違えてしまったのだろうか?
「ぐぅっ!?」
そう考えたところで、ガレルの頭にビキリと痛みが走った。
あまりの痛みに片手で頭を押さえて、よろける体を近くにあった机に手をついて支えた。
頭が割れそうになるほどの痛みに耐えていると、頭の中で聞いたことのある女の声が響いた。
『一体、何を悩んでおられるのですか? 貴方様の愛の成就を阻む障害があるのなら、そんなものは貴方様の力で消し去ってしまえばよろしいではないですか』
「障害……? 障害とは何だ……?」
頭の中の女の声に、ガレルはうわ言のようにそう尋ねた。
その目は、どこか虚ろだった。
『決まっております。貴方様が愛するコハル様の心を縛っている人物です』
「コハルの心を縛って…………あの、佑吾とかいう人間のことか……?」
『ええ、ええ、そうです。その男がいるせいで、貴方様とコハル様の愛が成就なさらないのです』
「あの男の……せいで…………」
女の言うことを反芻する。
何故か、この女の声に従わないといけないような気がした。
『ですので、その男を貴方様の力で消してしまいましょう。そうすれば二人を邪魔する物はもう何もありません。愛する方と、存分に愛を深めあいましょう』
「あの男を消せば…………コハルと、愛を、深めあえる…………あの男さえ消してしまえば…………!」
ガレルの頭痛は、もう治まっていた。
その代わり、虚ろな目で中空を見つめて、ボソボソと女に言われたことを繰り返していた。
ガレルの目に、もう彼の意思はどこにも無い。
あるのは、女の声で植え付けられた狂気だけだった。
◇
そんなガレルの様子を、キュリーは遠く離れた場所から遠隔視の魔法で観察していた。
ガレルの頭の中に響いた女の声は、キュリーのものだった。
「ふぅ……危うく洗脳が解けるところでしたわ」
洗脳魔法は繊細な魔法だ。
些細な事をきっかけにして、洗脳が解けてしまう危険がある。
今回で言えば、ガレルが自分の行動に疑問を持ったのが危なかった。
その疑問を深掘りして、自身の思考と行動が不可解なことに思い至ってしまったら、洗脳が解けていたかもしれない。
だから、キュリーは通信魔法をガレルへと飛ばし、洗脳が解けないよう思考を誘導したのだった。
「せっかく素晴らしい愛が芽生えそうなんですもの。台無しになっては勿体ないですわ」
自分の蒔いた種が、素晴らしい愛を芽吹く。
キュリーにとって、これほど嬉しい瞬間は無かった。
「それに、この国に愛の素晴らしさを広めるための準備には、もう少しだけ時間がかかりますもの。北と東の準備がまだ終わってませんから。それまでの間、獣王様がどのような愛を紡いでいくのか、鑑賞するとしましょう」
キュリーは、遠隔視の魔法の向こう側に映るガレルをそっと撫でるような仕草をした。
「ああ……早くこの方の愛が芽吹き、花開くところを見てみたいですわ。ふふっ……ふふふふふふ…………」
誰も居ない空間に、キュリーの笑い声が静かに反響した。




