第20話 地下牢を抜けて
脱獄に成功した佑吾たちは、地下牢から一階へと通じる階段へと向かっていた。道中、看守と遭遇しかけたりもしたが、ライルの剣や佑吾の魔法で気絶させてやり過ごした。
地下牢のエリアは、かなり入り組んでいた。ライル曰く、自分たちのように脱獄しようとする囚人を迷わせる為なのだそうだ。
しかし、アフタル村の森の探索で方向感覚を鍛えられている佑吾とライルの二人は、牢に連れて来られた時にその道順をしっかりと覚えていた。鬱蒼と茂る森に比べたら、通路が分かりやすい分、道が覚えやすかった。
そうして迷うことなく進んでいくと、ようやく一階へと通じる階段を見つけた。
「サチ、階段の先に誰か居そうか?」
「ちょっと待ってて……ううん、何も聞こえない。誰も居ないと思うわ」
佑吾が、耳の良いサチに物音を確認してもらう。ここまで安全に来れたのも、サチの耳で看守の接近にいち早く気づけたからだ。
階段の先には誰も居ないとのことだったので、佑吾たちはなるべく音を立てないよう素早く階段を昇った。
階段の先は、右に曲がる一本の通路しか無かった。先頭のライルが、階段の壁に背を付けて通路を覗き込む。
「ライルさん、誰か居ますか?」
「いや、誰も居ない。だが通路の右側に部屋があるな。恐らく、看守たちの詰め所だろう」
「詰め所なら、この手錠の鍵もあるんじゃない?」
「ああ、恐らく。だが、中に看守もいるだろう」
「それなら、俺とライルさんで部屋に突入して倒しましょう。サチとエルミナは、部屋の外で待っていてくれ」
「分かったわ。お願いね」
「お父さん、気をつけて……!」
二人に見送られながら、佑吾とライルは詰め所の扉へと近づいた。
そして互いに顔を見合わせて頷くと、ライルが扉を蹴り開けた。
「ッ何事だ!?」
詰め所の中には、看守が三人いた。座っていた椅子から、全員が慌てて立ち上がる。
その内の一人は、他の看守たちと比べて立派な鎧を身につけていた。恐らく、看守たちの長——看守長だろう。
看守長たちが突然の事に戸惑っている隙に、佑吾は魔法で先制した。
「<氣・風玉>!」
「どわぁっ!?」
看守長たちの中心で風の球体が爆ぜる。
爆風に飛ばされて二人の看守は壁に激突し、そのまま気絶した。
しかし、看守長だけはとっさに防御態勢を取り、その爆風に耐えていた。
「貴様ら脱獄犯か……! 覚悟しろ!!」
「させん!!」
看守長が剣を抜き、佑吾へと斬りかかってきたが、ライルが割って入った。
剣が激しくぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いの形となる。
しかし、氣力を封じる手錠によって氣術が使えなくなっている今のライルでは腕力で勝てず、看守長に徐々に押されていった。
「ぐっ……!」
「ライルさん! 魔法で援護を……」
佑吾も右手を構えて魔法を放とうとするが、ライルと看守長の距離が近いせいでそれができない。魔氣力を使った魔法は威力が大幅に上がるため、確実にライルを巻き込んでしまうからだ。
「くそっ!」
「逃がさん! 何故手錠を付けているその男が魔法を使えるかは知らんが、簡単には撃たせん!!」
佑吾が魔法を撃てるようにライルが距離を取ろうとするが、その狙いを見抜いている看守長はすぐに距離を詰めた。
倒れている看守から剣を拾って加勢するべきか、それとも隙を伺い続けて、いつでも魔法を撃てるように備えておくべきか。
佑吾が考えあぐねている間にも、ライルは少しずつ追い込まれているようだった。
その時、佑吾の背後から軽やかな声が響いた。
「<強制睡眠>」
佑吾の後ろから紫色の魔力の塊が通り過ぎて、看守長に着弾した。
「うぉっ!? ぐっ……うぅ……」
看守長は片手で頭を押さえ、襲い来る眠気に抗いながらも体がフラフラと揺れ出した。
しかし、そんな看守長に追い打ちをかけるように、同じ魔法がもう一度着弾した。
その結果、看守長は崩れるように地面に倒れ、そのまま大いびきをかいて寝始めた。
「今の魔法……サチか?」
「正解♪」
「外で待ってろって言っ――お前それ!?」
佑吾が振り返ると、サチが得意げな顔で立っていた。
そしてその右手の人差し指には、手錠が引っかけられてクルクルと回されていた。
「その手錠……鍵が見つかったのか?」
「ええ、この部屋でね。ほら、この鍵束の右から二つ目のやつよ」
「おっとと、これか」
投げ渡された鍵束をキャッチして、言われたとおりの鍵を自分の手錠に差し込んだ。
手錠は呆気なく外れた。
「おお……!」
いつものように<剛体>を発動させると、全身に氣力が漲って自身の肉体が強くなることが感じられた。
佑吾は看守長との戦いで疲労して膝をついていたライルと、ちゃんと部屋の外で待っていたエルミナの手錠も同じように外した。
二人とも手錠がずっと煩わしかったのか、外れた瞬間安心したように笑みを浮かべた。
「それにしてもサチ、いつの間にこの部屋に入ったんだ?」
「ライルとあの偉そうな鎧が戦い始めた所からよ。扉の隙間から部屋の様子を伺ってたら、壁にかかってる鍵束を見つけてね、もしかしたらと思って試してみたら、予想通り手錠を外せたって訳」
「ありがとう、助かったよ」
「ああ、サチのお陰だな。お前さんがいなかったらやばかった」
佑吾とライルの感謝に、サチは「ふふん」とドヤ顔を浮かべた。
それを微笑ましく思っていると、エルミナがくいくいと佑吾の服の裾を引っ張った。
「お父さん、あっちの扉にも何かあるかな?」
「ん? ああ、確かにもう一つ部屋があるな。一応、中を確認してみるか」
エルミナが指差したのは、入り口とは別の扉だった。
鍵がかかっていたが、サチから渡された鍵束の鍵を片っ端から試していくと、当たりがあったようでカチャリと鍵の開く音がした。
扉の先は、どうやら倉庫として使っているようだった。壁端の棚や箱に、乱雑に備品が並べられている。
そして中央のテーブルには、見覚えのある物が並べられていた。
「これは!」
「あたしたちの装備じゃない!! でかしたわエルミナ!!」
「えへへ……♪」
「よし、兵士たちが来る前にさっさと装備するぞ。俺と佑吾は外で着替えるから、二人はここで着替えてくれ」
各々装備を手にすると、急いで身につけた。
深夜な事もあってか、幸いにも兵士たちが詰め所に来ることはなく、佑吾たちは無事に着替えることが出来た。
「これでコハルを助けに行ける……!」
「ああ。そのためには、コハルが今どこに居るのか知らねばならん」
「それなら、そこら辺を歩いている奴に片っ端から聞いて回ればいいわ。魔法が使えるようになったんだし、抵抗しても力ずくで聞き出してやるわ」
「サ、サチお姉ちゃん、あんまりひどい事しちゃダメだよ……」
エルミナがそうたしなめたが、佑吾は経験から「そのお願いが叶う事は無いだろうな」と確信していた。
そして、実際その通りになった。
「ひぃぃああっ!? い、言います言いますぅ!! だから、これ以上魔法撃たないでぇ!!」
「あっそ。なら、さっさと言いなさい。<氷針>」
サチは無様に倒れている兵士に氷の魔法を唱えると、ワンドから氷柱が射出された。
氷柱が顔をかすめた兵士は、また「ヒィッ!?」と悲鳴を漏らした。
この哀れな兵士は、佑吾たちがちょうど詰め所を出ようとした所でバッタリと遭遇した兵士たちの一人だった。
当然兵士たちは佑吾たちを捕らえようと向かってきたが、魔法が使えるようになったサチによって呆気なく返り討ちにされてしまった。
今までの鬱憤を晴らすかのように暴れ回るサチはさながら悪魔のようであり、味方であるはずの佑吾たちですら少し怖かった。
そして、この兵士は不幸にも倒れている兵士たちの中で唯一意識があったため、今サチの尋問を受けているのだ。
正直今のサチは、佑吾から見て完全に悪役のような振る舞いをしているのだが、それを口に出す事はなかった。口に出したら、目の前の哀れな兵士と同じ目に遭うからだ。
「で? コハルはどこにいるのよ」
「あ、あの白い犬人の事なら、王宮の中にある塔のさ、最上階にいるらしい……」
「らしい? 確かじゃないの?」
「ひぇっ、つ、杖をこっちに向けないでくれ! ど、同僚からそう聞いただけなんだ。塔におられる白い犬人は、獣王様のつ、番いになられる方で、誰にも見せないように獣王様が部屋で大切にされてるって……。こ、これでもういいだろ、早く解放してくれ!」
「そ、教えてくれてありがと。<強制睡眠>」
「へっ? ぐぅ……」
欲しい情報を得たサチは、魔法で兵士を眠らせた。
しかし、サチはというと不快げな表情を浮かべていた。
「部屋に隠してるって、それってただの監禁じゃない……! あんのクソ王め……!」
「コハルお姉ちゃん、大丈夫かな……」
エルミナが心配そうにうつむく。
サチの言うとおりコハルがもし本当に監禁されているのだとしたら、事態は自分たちが思っている以上に深刻なのかもしれない。
「コハルの元に急ごう。この建物を出て、この兵士が言っていた塔を探すんだ」
佑吾の言葉に、皆静かに頷いた。
コハルの無事を願いながら、佑吾たちはその場を後にした。




