第18話 脱獄決行
脱獄作戦を実行する日が決まるまで、数日を要した。
作戦を行うための条件が整うのに、時間がかかったからだ。
その間、巡回する看守たちからライルが世間話をするフリをして情報を集めた。
その結果、今日の深夜に作戦を行うための条件が整うことを確認できた。
脱獄作戦決行の時だ。
◇
深夜、地下牢のあるフロアは静寂に包まれていた。
物音一つ聞こえない。
そして、佑吾たちはサチを除いて全員眠ったふりをしていた。間違って本当に眠ってしまわないように、全員昼の間に睡眠をしっかりと取っておいている。
作戦が始まるまで、全員息を殺してその時を待っていた。
佑吾がその焦れったさに耐えていると、通路の奥の方から、コツ、コツ、と誰かが歩いてくる音が聞こえた。
(――来た!)
待ち望んでいた人物の登場に、全員が気を引き締めた。
◇
(――覚悟を決めなさい、私。これはコハルとみんなを助けるためよ。恥も何もかも、今は全部捨てるのよ)
近づいてくる足音を気にかけながら、サチはひたすら自分にそう言い聞かせた。
この前、ライルから脱獄の作戦内容を説明されて自分の役割を聞かされたサチは激昂した。その役割というのが、有り体に言って恥ずかしいものだったからだ。
普段のサチなら「そんな恥ずかしいこと死んでもやるか!」と拒絶しただろう。
しかし今は大切な家族が危機的状況に置かれており、さらに悠長に構えている時間も無かった。
そのため、サチは感情ではライルの作戦を受け入れられなくても、理性で渋々と――本当に渋々とその役割を実行する他に無かった。
だからこそ今、作戦開始の直前まで必死に自分に言い聞かせていたのだ。
恥も外聞も捨ててこの作戦をやる以外に道は無い、と。
そして遂に、足音の主がサチの牢屋の前へと通りかかった。
「ふぁーあぁ……眠い。見回り面倒くせえ……」
気怠そうな声とともに現れたのは、以前サチにちょっかいをかけてきた看守だった。
サチたちが狙っていたのは、この看守だ。
見回りをしていた他の看守から、この看守が今日の深夜の見回り担当であることは聞いていた。
だからこそ、作戦決行が今日の深夜になったのだ。
サチは短く息を整えると、座ったまま意を決して話しかけた。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「あん? 何だお前か。人肌でも恋しくなったのか?」
看守は話しかけてきたのがサチだと気づくと、ニヤニヤした笑みを浮かべながら鉄格子に近づいて、からかうようにそう言った。
そのムカつく笑みをサチはグッとこらえて、挑発し返すように流し目で見返した。
「あら? あんた、そんなにあたしと良いことがしたいの?」
「何……?」
サチの返答が予想外だったのか、看守は面食らったような表情を浮かべた。
そんな看守の様子を見て、サチは余裕たっぷりに笑みを浮かべた。
「あたしね、今退屈なのよ。だって見て? この牢の中には温かいお風呂も美味しいお菓子も何も無いのよ? 本当イヤになるわ。だから、ね」
サチはゆっくりと立ち上がると、鉄格子ごしに看守へと顔を近づけた。
看守の目が、舐めるように自分の体を見回しているのが分かる。
その不快感に耐えながら、サチは妖しく誘うように看守の腕を優しく撫でた。
「あんたに色々と融通して欲しいの。その代わり……あたしの事を好きにさせてあげるわ。どうかしら?」
小首をかしげながらそう問うと、看守がゴクリと唾を飲み込んでいるのが分かった。
看守は頭の中でサチの言葉を反芻し、その意味を理解すると、もう一度サチの全身を上から下に見つめた。
「……ふん。前にあれだけ生意気な口を叩いてた奴と同じ奴には見えねえな」
「あら、ごめんなさい、気を悪くさせちゃったかしら? 仕方が無かったのよ、あの時は仲間が見てたから。一人だけ良い思いをしようとしてるなんてバレたら面倒くさいでしょ?」
「ハハッ、自分さえ良けりゃそれで良いってか。とんだ悪女だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それで……どうするの?」
「…………ククッ、良いだろう。俺はお前みたいな生意気な女を屈服させて、ヒィヒィ言わせるのが好きなんだ」
「ふふ、それは楽しみね。それならまず、温かいシャワーと柔らかいベッドがある部屋までエスコートしてくれる?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
看守は下卑た笑みを浮かべながらいそいそと鍵束を取り出して、サチの牢の鍵を開けて鉄格子を開いた。
それを確認したサチは、看守にバレないように薄く笑った。
「……おい、何してる。開けたんだから、さっさと出てこい」
「ああ、ごめんなさい。あんたに伝え忘れたことがあって……」
「……? 何だ、早く言え」
サチは今までの艶然とした雰囲気をかなぐり捨て、今度は看守を小馬鹿にするような笑みを浮かべて叫んだ。
「誰があんたみたいなクソ野郎に、あたしの体好きにさせるかっての! バァーーカ!!」
「あぁ? てめぇ――」
「<氣・風玉>」
「――何言って、ごべばぁ!?!?」
看守が怒りながら牢の中に踏み入ろうとした瞬間、背後から飛んできた風の魔法が背中に直撃した。
凄まじい風量に押されて、看守は牢の壁に激突した。そのままズルズルと倒れていき、地面に横たわり、気を失った。
サチは気絶した看守に近づくと、側に落ちていた鍵束を拾った。
「エルミナ、もう起きても大丈夫よ」
サチがそう声をかけると、ベッドで寝たふりをしていたエルミナがゆっくりと体を起こした。
「……サチお姉ちゃん、大人の女性みたいですごく格好良かった……!!」
「ふふっ、ありがとう。でも、しーっよ。静かにしないと、こいつが起きるかもしれないから」
「あ、ごめんなさい」
サチが口の前で人差し指を立てると、意味を理解したエルミナは両手を口に当てて、静かにしていますとジェスチャーした。
それを微笑ましく思いながら、サチはエルミナと一緒に看守が開けてくれた鉄格子をくぐって、牢の外に出た。
そして、向かいの牢屋へと歩いて行き、奪った鍵束で佑吾とライルの牢の鍵を開けた。
「作戦が上手く行って良かった……」
「本当よ、まったく……あの看守が欲望に正直なバカじゃなかったら、失敗してたわね」
佑吾の労いの言葉に、サチが嘆息混じりに答えた。
「作戦を立てておいて何だが、これほど予想以上に上手く行くとはな……」
佑吾と一緒に牢を出ながら、ライルが呆れ混じりに呟いた。
当初の作戦では、サチが色仕掛けで看守の注意を引き、鉄格子に十分近づいたところで、佑吾が魔氣力で魔法を発動させて看守を倒し、鍵を奪うというものだった。
ライルが予想外だったのは、看守がサチの誘惑に必要以上にハマってしまい、鉄格子に近づくどころかその鍵まで開けてしまったことだった。
お陰で、看守の体をまさぐって鍵を探すという手間が省けた。
「ああクソ。この束の中に手錠の鍵は無いわね」
サチが鍵束の鍵を片っ端から手錠に突っ込んでいたが、手錠は開かなかった。
念のため、佑吾たちも同じようにやってみたがダメだった。
「まずは手錠の鍵を見つけないと、か」
「そうね。その次にあたしたちの装備も回収したいわね。今のこの格好じゃ、コハルを見つけても兵士との戦闘で負けてしまうわ」
佑吾たちが今身につけているのは、囚人用の粗末な服のみだ。
これでは剣や魔法どころか、シンプルな打撃ですら防げないだろう。
「サチ、その鍵束を貸してくれ。あの看守を閉じ込めておく」
「んっ」
サチが鍵束を放り投げると、ライルはそれを危なげなくキャッチして、看守が倒れているサチとエルミナがいた牢へと向かった。
ライルは看守から剣を奪い、牢の鍵を閉めた。
魔法で吹っ飛ばされた挙げ句、武器を奪われ、牢に閉じ込められる看守を不憫に思わなくもないが、今は緊急事態ということで許して欲しいと、佑吾はそっと目をそらした。
「ライルさん。これからの目標としては、この手錠の鍵と俺たちの装備を回収することで、その二つが完了次第、コハルを助けに行こうと思います。それで大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。ここから先は兵士に見つからないように慎重に進むぞ。俺が先頭に立つから、ついて来てくれ。それと佑吾、看守から奪った剣は俺が使っても良いか?」
「はい。俺は魔氣力で魔法が使えるので、剣はライルさんが使ってください」
「すまんな、助かる。それじゃ行くぞ」
ライルを先頭に、佑吾たちは地下牢の通路を進み始めた。
幸い、通路には等間隔で小さな明かりがあるので、進むのに支障は無い。
しばらく歩いたところで、佑吾はふと気になったことをサチに聞いてみた。
「そう言えばサチ、さっきの演技すごかったよ。本物の役者みたいだった」
「大袈裟ね。ただ、それっぽい人を真似しただけよ」
「へぇー、どんな人を真似したんだ?」
「…………酒場とか食堂で男の人と一緒にいた女の人とかよ」
「あぁ、なるほど」
酒場や食堂では、男にナンパされている女性だったり、男の相手をする商売の女性などがたまにいる。
そういう人たちは、確かにさっきのサチみたいに会話で男を手玉に取っているような雰囲気が合った。
「……そろそろおしゃべりはやめましょ。兵士に気づかれるかもしれないわ」
「っと、そうだな。ごめん」
そう言って、佑吾はまた前を向いて進み始めた。
実はこの時、佑吾は気づかなかったがサチは嘘をついていた。
その嘘の内容は――
(……本当は参考にしたのは、よく読んでた恋愛小説の登場人物だなんて言えるわけないじゃない……!)
――という、他人からすれば少ししょうもないものだった。
しかもその小説というのが、エルミナのような少女には見せられない、少々刺激的な内容が含まれる物だったのだ。
自分がそんな本を読んでいるなんて知られたくない。
そんな気恥ずかしさから、サチは嘘をついたのだった。
「サチ、どうかしたのか?」
「何でもないわ。気にしないで」
今はこんな下らないことを考えている場合ではない。
兵士たちに見つからないよう移動することに集中すべきだ。
サチは頭の中を切り替えて、周囲を警戒するようにみんなの後に続いた。




