殴りあい、ゆめ1
『想起。梓弓遠つも近くも射るなれば、魂を込めたる疾き鏃にて。擲射。対象、銃弾を二。指数、十五。目標、発顕後確定。完成、待機。続行想起。千早振る神鳴りが鎗厳しくに、撃てば砕きて細れと散らす。雷鎗。指数四。目標、最脅威度。ショット。腰、胸、頭へ四、四、二。完成、待機。発顕、想起順。待機』
活導態でなければ十五秒ではとても記述しきれない量だった。これに言語化できない感覚の具象化も並行している。まったく、導術者とはえらいもんだ。
『カウント、テン』ステラは告げた。
都合、二回連続で術式を発顕すれば終わりになるはずだった。もしそれでダメだったら、その時は……流れに任せる。それでも、弾は三つある。
俺の守護天使は訊いてきた。準備はよろしいか、と。
俺はP232の引金に指をかけた。それからたっぷり一秒間を使って空気を吸い、一秒間かけて吐く。花梨の香は身体に充ちた。
「オーライ」俺はそう応え、ステラは叫んだ。「ただちにかかれ!」
ほぼ同時〈バッタ〉が駆けだす。あまりの勢いに姿が水に包みこまれていた。畜生、図体のわりに速い。チーターと互角だ。たぶん。
そして二匹が並進しているわけではない。右はただひたすら直進。で、残りは左におおきく逸れる。右フック機動だ。接敵する際は相手の左へと可及的速やかに迂回する。左ジャブとの併用はなお良。対導術者戦闘の基本だ。
彼我の距離は急速に縮まる。俺は望む瞬間までただ待つのみ。五〇メーター以内に進出させるまで。その間、真正面を眺めているだけ。
あと、十。五。そして……身体が震えた。隔たりが五〇メーターを切ったのだ。範囲内の全脅威を完全に捕捉しえる距離――ARESTTの内側だ。
間髪なく発砲。連射。これにあわさって、発顕という言葉が心の中で弾けた。
頭を蹴りつけられたような衝撃。二発の銃弾が螺旋を描いて上昇していく。すぐさま秒速一五〇〇に到達した。すべては俺の心象。次に念じる。
『目標、左の奴のドタマ、ど真ん中へ、真っ逆さまに突っこめ』
鉛直方向に降下させたのは、重力加速度をすべて利用できるベクトルだから。
ただ、俺の視線はたじろぎもせずにまっすぐ前。そして、テッ、と呟く。そして雷鎗が動きだす。目標は最脅威度存在、つまりもっとも近在する敵と指定していたから、意思の介在なしにシークエンスが進行していく。
拳銃は左手に移し、右腕は正面へ、水平に。掌を開放。人差指と中指の間に、真正面の敵影を収める。
橙のドットがそこに灯った。ついで装弾筒付翼安定徹甲弾の侵徹体が十個、掌の向こうに浮かぶ。
それは俺の心象、叩きつける破壊の具象化だ。
直後。身体の中で熱いものが弾けた。視界を青紫の光が溢れる。閃光が消えれば、真正面から迫ってきていた〈バッタ〉は停止していた。当然だ。脚から上が消えてしまえば誰でもそうなる。濃厚な水蒸気雰囲気を貫き目標を爆砕。
これぞ、レーザー出力十ギガワットの威力!。
結果に満足すると、俺は叫ぶ。「弾着、今っ!」
直後、残りの〈バッタ〉の首が変な角度に折れた。天頂から降ってきた二発の鉛玉が衝突したからだ。そうして奴はもんどりうって、地面に転がった。会心の一撃といっていいはずだ。
そうなのだ。才覚如何で9ミリ・ブローニングだって銀の銃弾になる。
この間、ほぼ三秒程度だと思う。俺は膝をついたままで、腰をあげることもなかった。
確実な手応えに満足しながら立ちあがり、俺は勝利の……。
『どういうこと! 背側、ごく至近……かかれ!』
REACTOによる気色悪い刺激。「クソッ!」
それを感じると、俺は動かされていた。左へとおおきく跳んだのだ。そして右肩のあたりに炙られる、ついで肉を裂かれた感触が続けざまに認識できた。ヤバいが、どうにもくすぐったい。
着地した時点で、俺の右腕はまっすぐに前へ伸びていた。新たな敵に注意を向ける。〈バッタ〉が一匹。俺に背中を向けて、うずくまった姿勢で静止していた。これで三匹目。こいつは炎射を浴びせ、さらに跳びかかりざまに俺の頭でも爪で抉ろうとしたのだろう。反応が遅れていれば即死していた。
うん、〈禍霊〉は奇襲にかけては上手だ。が、今は俺がバックをとっている。
左手を敵へ向け、引金を絞る。畜生! 腰だ。さすがに倒れない。次こそヘッドショットを……。
『そいつは違うんだ!』耳を押さえたくなるようなステラの叫び。
そこでステラの意図を理解できた。彼女は俺を奇襲から救い、反撃できる状況まで誂えてくれた。敵を即座に掌握してしまったのだ。そこまで準備してもらったところで、俺はすべてを台無しにした。
俺はしょせんは導術者を演じているのだ。導術を非日常の存在と認識しており、拳銃はそれよりは日常の範疇にある存在だった。そのために、武器としてまずちっぽけな拳銃を用いた。必殺のレーザーを即座に照射できるのに。いや、射撃で牽制しているあいだに、想起を構成するのが常道だろうか?
「これじゃ莫迦じゃんか、俺はっ!」
己へと呪詛を吐きながら敵へと寄りつく。
『クソ忌々しい! 兄様、正面へ注意! 標的ひとつ、接近中!』
まずは近くの目標だろ、ステラ。俺は右手を伸ばす。もっとも手近な部位に、ようは腰のあたりに右の掌を押しつけた。
『想起。陽炎に……撃掌。指数十。即発』
想起を完成させた直後、吼える。「テッ!」
気がぬける軽い音とともに〈バッタ〉の身体は腰から上下に分割。俺は赤く熱い液体でびっしょり濡れた。右掌にはヒリつくような熱っぽさが残った。
が、なにかスッキリした感じがなかった。だがすぐに気づいた。あと一歩でも踏みこめば、俺の右手は敵の首根っこを触れたのだ。よって確実に始末することができた。またもヘマをやらかした。
なんともやるせない気持ちで〈禍霊〉の上半身を見つめていた。そいつは破断したところから体液をぶちまけながら、たいそう見苦しく暴れていた。
気が滅入る眺めだ。また、哀れむような、しかし憤りをこらえているステラの顔が、ありありと心に浮かぶ。現実では絶対に見たくない表情だ。
「ブラディだ」ふと、ぼんやりとした声がこぼれでた。
『これはヤバいぞ、ヤックン!』
俺の不出来な生徒ぶりにステラがとうとうキレたらしい。
『標的、前から突進してくる! 迎撃、迎撃!』
うっせぇ。バケモンはすべて無力化したじゃんか。まだトドメを刺してねぇのは、この、半分だけの奴だけじゃね? そんなに煽ってくんなよ。
だいぶやさぐれた気分で、俺は視線を地面から水平へとあげた。
咄嗟に絶叫していた。悲鳴だ!
顔が砕けた〈バッタ〉が駆けてくる。彼我の距離三〇メーター弱。
幸い、発作的に対処していた。左手は拳銃を撃った。外していた。威嚇にもならん。残弾はひとつ。
「莫迦野郎!」震えているが、右腕を構える。
敵は一直線に向かってくる。導術で対処するのは容易い。だが。雷鎗か。炎射か。いや、この距離なら撃掌も……。畜生、落ちつけ、俺。
十メーターまで縮まった。残り時間は? 胃が痒い。あと五メーター。そこで〈バッタ〉は跳ねた。
畜生、翔歩! いや、ここは意味ねぇ。ただ跳ねただけ!
あ、この局面でも、俺は冷静だわ。で、だ。俺には空中の的を撃つ技量がない。だから後退しよう。
が、身体が追随しない。足がもつれ、仰向けに転がる。次の瞬間には〈禍霊〉が着地していた。よりもよって俺の左膝を踏んづけて。
……身体はバネのように跳ねたのだろう。なにか叫んだはずだろう。舌を危うく噛むところだったのだろう。答えがでない。ほんのわずかだが、またもブラックアウトを経験したからだ。
なんにしろ、今はすごく目眩がして、涙を流していた。鼻水もだ。また全身が硬直し、震えてもいた。ひどく汗ばんでもいる。幸いなことに失禁はしていなかった。
そんな状態で、俺はけたたましく笑っていた。左脚すべてがくすぐられているようなものだからだ。なんというか、形は失ってしまって、ゾワゾワとしか返答しない存在となったようにすら思えてくる。
『気をしっかりもて。まだあなたは生きている』
ステラの静かな呼びかけ。生きていることがどれだけの意味があるのかわからなかったが、とりあえず、俺はコクリとうなづいた。ずいぶんと不気味な画だろう。バケモノ相手に、ひきつった笑顔で命乞いをしているように見えるからだ。
すぐそばで〈バッタ〉がかがんでいる。そいつが右腕を突きつけ、転がった人間を見つめている。
表情はつかめない。鼻から下、口許がなくなっていたからだ。具体的には頬肉から顎にかけてが剥がれていたのだ。
ふと、昨日食べたクソ分厚い生姜焼きを思いだす。肉質が悪かったのか、強引に噛るしかなかった。その際に睨んでいた肉の断面が、ひどく拡大された画で見せつけられている。さらに思えば肉汁だけはたっぷりだった。似たような液体を今度は滝行のように浴びている。
いやはや、なんとも……生姜焼きは好きなんだがな。
とにかく俺は見つめられている。汚らしい真っ赤な目玉で。