閉ざされた記憶の場2
幸矢がいうところの、ボッチふたりの時間潰しためは円形の広場の縁にて行われることになった。円周沿いに設けられたテーブルセットにて昼食をとることにしたのだ。ただし、中央の銅像の視線からは外れる位置だ。咲楽からの要望であった。
幸矢が腹を満たす行為を始めてから十五分ほど経過した。テーブルの上には海老やら貝やらの残骸が積まれていた。幸矢としてはさらに高く積上げたかったが、もはやそれも終わりかけている。三人前程度を用意したのだが、ごく短時間で消費してしまった。幸矢はいわゆる痩せの大食いであった。まぁ、身長のことを考えれば、常人の倍は食べて当然ではあろうが。
「こないなもん、よく冷えたまんまで食べれますなぁ」
咲楽はじつにうんざりといった口調であった。彼女は赤く染まった有頭ヴァナメイをジッと見つめていた。海老アレルギーはないとのことだが、どうも冷えきった海老は好みではないらしい。
「そうか? ボイル蟹とか、よく冷やした状態で食べるもんじゃん?」
「ほんでも、こん料理はアッツアツで食べるもんとちゃいますのん?」
そういって咲楽は蓋付のアルミバケツを覗きこんだ。赤茶色の汁が溜まっており、それからはむせるほどの香辛料の匂いが放たれていた。
「ここだけの秘密、俺は冷シャブのほうが好みなんだわ。猫舌なもんでね。それとこいつは食べてるうちに冷えちまうのを前提とした料理だ」
幸矢は微笑むが、咲楽は眉根を寄せて海老を睨む。手ぇつけねぇの、と幸矢は確認した。ほなら、と咲楽は最後のヴァナメイをよこした。それを幸矢は嬉々として受けとり、乱暴に殻を剥く。
幸矢は対面している人間が並ならぬ眼鏡美少女であることをなかば意識の外においやっていた。意識していないからこそ、臆せずに昼食に誘えたのだが。
海老を平らげたのち、幸矢は咲楽にいう。
「なんかすまねぇな、上品じゃねくて。しかもほとんど俺ばっか喰っちゃって。ほんと、腹減ってねぇか?」
「ウチのことよか、かわいいニャンちゃんに気ぃかけたほうがええですよ」
咲楽はテーブルの下を見やる。白い牝猫がそこで寝転がっていた。幸矢が赤く煮込まれたものを貪っている最中もおとなくしていたのだ。
「メルは煮干が好物なんでな」
すると牝猫がひと声、鳴いた。すくなくとも、機嫌のいい声音ではない。
幸矢は無視してベーコンを摘みあげた。一切れで何十、いや百グラムは超えているだろう。それほどの塊を、彼はたちまちのうちに口の中へと放りこんだ。とはいえ、充分に煮込んだそれは軽く噛んだだけで細かな繊維へとほぐれていった。そうして内に蓄えていた汁で口腔を潤していく。
「とにかく、こないにぎょうさん魚介類の煮物を買うてきて、ひとりで食べるつもりやったんですのん?」
「いや、まさか。甥っ子のために、と思ったんだが、さすがに三歳児にゃ辛すぎだと買ったあとで気づいちゃったんだわ。あと、始めにいったが、こいつはケイジャンコンボな。まず一人前の量は売ってねぇんだよ」
脂の余韻を楽しみつつ、幸矢は応じた。彼の目尻がだらしなく下がっている様を見て、咲楽はちいさく溜息を吐く。
「ケイジャンコンボ、コンボ……。えらくお好きなんですね。福生ゆうたら、まずブリトーやと思ってたってん、念のため、覚えときますわ」
「ま、そのブリトーに飽きてきた時期にケイジャンを名乗る店を開拓してみたんだわ。値段的に敷居が高そうで避けてたんだが」
ケイジャン料理はルイジアナ州の郷土料理であって、チリなどの香辛料で味付けするのが特徴的といえる。とはいえケイジャンコンボがルイジアナ州土着なのかは幸矢は疑問があった。また、テーブルにブチ撒けて食べるのが本式という流儀には拒否感があった。それでも、彼はケイジャンコンボを賞賛せざるを得なかった。考えてみれば、辛味を強調した甲殻類主体の寄せ鍋なのだ。幸矢にとって、料理とはまずくなければ存在を認めるべきなのだ。
そうして、幸矢はバケツの中を探ってみた。やはり、具材は残っていなかった。名残惜しそうな目つきで彼は語る。
「本来は魚介が主役で、肉類はチキンナゲットらしいんだ。けど、こいつはベーコンと根菜がオススメだね。いや、ベーコンに惚れちまった。おかげで今となっちゃスーヴェニアのアルミバケツでブッフェ・パーティができらぁ」
幸矢はバケツを爪弾いた。鈍い音がした。テイクアウトならビニール袋だけでもいいのだが、さすがにそれをバッグに入れるつもりはなかった。
そういえば店内で食べたことがないな、と気づく。初めて食べたのは一昨年の七月四日、福生基地の一般開放日であった。その日の夕食としてテイクアウトしたのだ。近場の公園から独立記念日を祝う花火を眺めながら食べたものだった。ひとりではなかった。隣には、ステラがいた。
さらに幸矢は思いだす。スーヴェニアがバケツなのがおもしろい、とステラがいったので、店に寄ったのだった。珍妙なスーヴェニアを愉快そうに掲げていた少女がどこかへ去っても、幸矢は月一で集めていた。惰性すぎるな、と思った。
妙に気難しい表情の幸矢に咲楽はなげやりに訊ねる。
「そら、うまいのはわかりましたけど、なんぼなんですのん? わりと高うもんやろと思いますけど」
そこそこするよ、と幸矢は右掌を示す。立てられた指の数をたしかめると、咲楽の顔が曇った。
「……なんや、すんまへん。悪いことしてしまいましたわ」
対する幸矢。「あのゴツい海老を食わんかったの、もったいねぇと思うだろ?」
幸矢は後輩の美少女をからかうつもりはなかった。気にするな、という言葉をくだけた表現にしてみただけなのだ。むしろ、また食べたいという反応を期待した。ひとりだけでバケツを集める未来像を否定したかったかもしれない。
「ウチ、そないにがめつく見えますのん? いや、三度の飯にありつけんほど困っとぉわけとちゃいますけども」
この返答に幸矢は困惑する。冗談が通じなかっただけではなく、まったくおもしくもない卑下を返されたのだから。かえって露骨に批難してもらったほうがやりやすかった。
笑みをつくりながら幸矢は、正面の少女の身なりをあらためて観察する。着ているものは貧相には見えない。なぜに迷彩なのかの是非はともかくとして、よりにもよってスウェーデンを選択しているのだから。流通量が絶対的にすくないうえに彼女のサイズが規格外なのだ。よって趣味のものには金払いがよいのだろう。むろん、趣味に過剰投資して生活が破綻している可能があるが。
「そのタッパじゃ、人並みの量じゃおっつかねぇだろうが」
無理解を装う発言しか、幸矢には思いつかなかった。
「いやいや、そないなわけと違うて……」
どうしたもんだろ、と悩みつつ、幸矢はナプキンを揉む。単純な金の苦労ではなさそうだと予想するが、それだけに触れがたい。さりとて、このまま話題を流してしまうべきとも判断できなかった。
マヌケだわ、と幸矢は己を鼻で笑った。
大人ぶろうとして藪を突いてしまったわけだ。蛇が出てきてうろたえているわけだが、それが青大将なのか蝮なのか、はたまたキメラの尻尾なのか、観察してから対処すべきなのだ。マヌケさゆえに起こしてきたインシデントは数知れないが、善後策を講ずればアクシデントにまではたいてい至らないと、経験的に学んでいる。
さりとて、もっとも肝心な再発防止ができていないのがマヌケがマヌケである由縁だ、と幸矢は考えていた。それでも、知見の蓄積が存在していることは非常な有利である、と彼は信じていた。
幸矢はちょっとした偵察活動を、保身的な攻勢を実施することを決意した。彼が弄んでいたナプキンはボロボロになっていた。
咲楽は己の発言に苛立ちを感じているのだろう。髪を指で乱暴に梳いている。わずかの間だが、幸矢はその様に心惹かれた。咲楽の外見に好感を抱くのは、非常に端正な相貌とアンダーリムの眼鏡だけでなく、艶やかな濡鴉の髪のせいなのだ、とぼんやりと感じとった。そうして、ある思いつきが浮かんできて、ためらいなく試してみることにした。
「ところで咲楽さん。巫女にゃ興味ねぇかな?」
対する咲楽は髪を梳く指を止めた。当然だが、きょとんとしている。
「巫女、さんですか? それはまた、なんでですのん?」
「いやさ、ピッタリな髪だな、と。……地毛だけでも、垂髪を、あぁ……カツラをつけなくあって、充分に務まりそうだな、と。それと、身体はスラッとしているから装束もずいぶんと似合いそうだ」
さりげなさそうな口調であった。けしてお世辞で述べているわけではなかった。ただ、美貌については触れなかった。さすがに表情を維持できないからだ。
「ウィッグとゆうてくださいよ」なんのつもりか咲楽は幸矢の頭頂を見やる。
「あの、おさげな。あれを地毛でできる女性は今や希少なんだぜ。そんで、地毛だと、やっぱ見栄えがいい。俺は二十年の経験でそう断言できる」
ずいぶんと俗なもんだな、と幸矢は咄嗟にひねりだしたものを評した。
「ほんま、アホな理由ですわな。髪なんぞで適性があるかどうかなんて」
そういいつつも、咲楽はうなじにかかる髪を撫でている。口許には微笑が浮きでていた。かわいらしいもんだ、と幸矢は思う。俺はそれを利用するのだ。
「ほんで、ウチ、商売道具のために髪を伸ばしとぉわけとちゃいますで」
咲楽が続けて発言しようとした間際、幸矢は声を彼女に押しつける。
「金に困ってるわけじゃねぇから、急いでバイトを探す必要はねぇ、と。それはわかってる。だが、知的探究心を満たす対象が欲しいつうのはたしかだべ?」
咲楽はおずおずとうなづいた。いまさら否定できる問いかけではないからだろう。それを見て幸矢もうなづく。内心では、色恋沙汰でもこんなやりとりができればな、というふうに思っていた。
「なら、巫女はうってつけじゃん。覚えたほうがいい用語の量なら、コンビニバイトかそれ以上はあるんじゃねぇかな」
「まぁ……それで小遣いもらえるんやったらえらいことですけど。せやけど、ウチ、ただでさえようしらん土地で、離れたとこの神さんでバイトしよるのはあかんですわ」
「けど、うちの大学は特殊だぜ」幸矢は美少女の反応を楽しんでいた。
「せやけど、ここの、ミタマさん、は巫女さんの募集してへんとちゃいますのん? ま、でかい神さんやし、正月でもあらへんですやん」
幸矢は目を細めた。彼は次にくる言葉を予測し、待ちわびる。
「ほんで、神主見習の人たちがようけおるんやし、人手には困ってへんはずですわ」
濃い眉を弱々しげにして、咲楽は述べた。純粋に、好意に添えないのがもうしわけないと思っているのだろう。そのように幸矢は捉えた。また、彼女の主張は幸矢が予想したとおりだった。酷薄さに無自覚なままに主張していた。
幸矢は顔も声も愉快そうに咲楽に説く。
「なぁ、咲楽さん。前期研修医だけを頼りにしている病院は、その経営を健全と評価できるかな? ……いや、それじゃ的確じゃねぇな。臨床実習の学生に実際の医療行為をさせるような病院があるとすりゃ、どう思う?」
咲楽は唇を噛みながら、沈黙していた。幸矢の設問は直感的には否定すべきだろう。そのように理解しているのだが、比喩が意味するところを把握しかねているのか。
医療関係の知識はあるんだな、と幸矢は密かに評価する。顔の表面ではさらに愉快そうに歪んでいた。
「修行の美名のもとに、無給で未熟な労働力をこき使うなんざ、古の南部の綿花農園主と変わんねぇわな。見習にミタマ様の社頭を修業の場として提供してるんであって、労働の現場として放りこんでるわけじゃねぇんだ」
「そら理解できますけども、だからとゆうて、わざわざ巫女さんを雇う理由は?」
「将来の神道の基幹を担う人材の育成のため、だわな。現場の雑務を知っとく必要はある。だが、神務の基盤的知識を習得する余裕を犠牲にすべきじゃねぇ。つまりだ。OJTは勉強のためにやらせてるんであって、労働力として期待すんのはよろしくねぇってこった」
得意そうに咲楽に説明してはいたが、それは理想にすぎないと幸矢は知っていた。
専攻科の時期の兄は毎週末、他所の神社の奉仕に出ていたことを記憶していた。また、SPTCの講義は午後のみである理由も把握していた。なぜなら午前中は寄宿先の神社で奉仕しているからだ。もっとも、SPTCはすべての学生に各種基金から奨学金、食費を支給(貸与ではない)しているのだが、その代償として神社への寄宿と奉仕を義務づけている。そのため、単純な無給労働とはいえないが。
「つまり、技術職員として巫女さんのバイトを雇っておる?」
「ま、そういう理解でいいわな」
幸矢としてはもうひとつ理由を説いてみたかった。が、あまりにも卑俗なのでやめることにした。その理由とは、労働関連にも関心があった兄がこっそり幸矢に教えてくれたものだ。
公言するなとの注意のうえで、幸音はかように語った。学生の労働に依存しすぎてると、労働基準監督署から睨まれるおそれがある。そして、不当な雇用契約であると判断され、学業面での援助のみならず現金給与を命じられては、さすがに神社の財務が耐えられない。むろん風評による損失ははかりしれない。
「えらくおもろい見解ですわな。神主さんもいろいろ世知辛いもんやわぁ」
素直に感心したように咲楽は腕を組んだ。幸矢は朗らかに応じる。
「神職は自営業者の才覚も必要だわな。知ってっか? 神職の大多数が有する肩書は宮司だ。つまり宗教法人の代表役員。国教つっても、神社神道の実態なんざ、そんなもんだ」
今日、日本の全域にはおよそ八万八千社の神社が存在している。それに対し、現役の神職は三万人に満たなかった。そういうことである。なお、寺院の数はというと、八万足らず。一方で、僧籍にある人間は四十万人だ。
「つうわけで巫女には興味が湧いてきたかな?」
「いやぁ、神道ゆうか神道界隈の事情はおもろそうと思いますねんけども……」
咲楽はおおげさに肩をすくめてみせた。ただ口許では苦笑している。
「そもそも、ウチ、宗旨の問題で巫女さんはあかんですねん」
「あっ……。お寺の娘とかだったりすんの?」
幸矢は真面目に訊ねていた。神道に否定的な仏教団体の存在がいくつか脳裏に浮かんでいる。が、そのあたりは詳しいわけではないので、口には出さなかった。彼とて信仰は繊細な問題であることはわきまえている(つもりだ)。
ちゃいます、ちゃいます、と咲楽は両手を振った。その仕草は滑稽なほどに忙しいものだったが、幸矢は冷めた表情で見ていた。部外者にはあまり知られたくない団体なのだろうか、と考えていた。
「まぁ、べつに靖国廃絶とか主張したりせぇへんですさかい、安心したってください」
にこやかに語る咲楽に幸矢はちいさくうなずいた。これ以上、深く詮索しなくてもよかろうと判断したのだ。とりあえず穏当な信条であろうからだ。主張の過激さを測るベンチマークとして靖国は様々な局面で有用であった。
「念のため確認すんだが、月々の御布施が要求されてるとかねぇだろうな? それで困ってんなら、学生部生活相談室が窓口だかんな。そのへんに詳しい法学部の教員もいるにゃいるがオススメしない。痴漢訴訟どころじゃなくなるぞ」
咲楽はひきつった笑みで応じた。幸矢にはそれで充分だった。ただの先輩ごときに明かすような質の問題ではないだろうから。
「だとしても、信仰に関係なく金を稼ぎてぇなら、すごくいい方法がある。投資活動だ」
咲楽の顔がさらにこわばる。幸矢は突飛なことをいったつもりはないのだが。
「知識がねぇつうなら、平岡にレクチャしてもらえ。てか、アルゴを使わせてもらえ。そこそこの原資がありゃ、日々の利益で弁当代ぐらいはいけるはずだ。ただし、一秒以下の時間で全財産を吹っ飛ばすリスクもあるが」
「いや……。ウチ、財布に余裕があったって、そこまでヒリヒリしとぉあらへんですねん」
戦慄を含んだ声であった。一方で幸矢は微笑む。
「俺もだ。利益確定するまで使える金にならねぇからな。ただ、財布が膨らんでく気分になれるとは思う」
咲楽はぼんやりとしたまなざしになり、それからどこか遠くを見つめる。
「あ、含み益ゆうもんですか? まぁ、損益分岐点よか上にあら、そら心も静かなもんでしょうけど。……慌てよるのは含み損に陥ってからでええですねん」
即座に幸矢は首肯した。有力な言質をとれたとの直感があったのだ。
「だが、含み益が減っていくのを我慢するは難しいもんらしい。逆に含み損には耐えちまうらしいが。あ、耐えるつうか、さらに金を突っこんじまうもんなんだと。プラスに転換した際のリターンがおおきくなると信じたくて」
「心の余裕を回復しよるため、と……」
「あるべき明日を回復してぇ、と表現できっかもな」
幸矢は朗らかに対面の美少女に説く。深い窪みの底にあるゴツい目玉は、対象をしっかりと捕らえて揺るがない。
「あるべき明日を買いたいがために、夢、破れた今日は必要以上の金を欲する。つまり、夢想された資産を獲得したいがために、心はもがき苦しむ」
そして、咲楽は訝しく幸矢を睨む。
「幸矢さん。なにをゆうておるんです?」
「咲楽さん。失礼だが、どこでマイナス転換しちまったんだ?」
幸矢が問いを発した直後、足首に触れるものがあった。彼は足元をたしかめる。鳶色のものが巻きついていた。牝猫の尾だ。かまってほしいのかな、と思ったが無視した。
幸矢は人間に意識を向けていた。咲楽は声で答えない。頭の左を抑えながら、唇を強く噛み、幸矢をねめつけていた。凛々しいはずの双眸はひどく禍々しい。
やっちまったな、と幸矢は音にならない声を発して、視線を落とす。そうすると、アルミバケツの底が視界の中央に収まることになった。赤茶色の汁が溜まっている。幸矢はそこには具材が残っていないことを知っている。なぜなら彼が貪り尽くしたからだ。
マヌケだな、と幸矢は思う。おそらく、藪を突くのが好きな質なのだろう。そして興味があるものが出てくれば、好んで引きずりだそうとする。しかも悪食だとわかっていてもそうせざるをえないのだ。
幸矢はふりかえる。それなりに良好にやってきた人間は、容易に突かれないように慎重であったか、隠すべきものを隠すのに長けていたのだろう。そうでなければ、厄介な性癖を察して避けたのか。つまるところ、己は人格破綻者なのだ。幸矢はそのように結論づけた。
じつにおもしろくないが、認めざるをえない答えに、幸矢は怒りを感じた。右頬がひかえめに震えた。
「たしかに、今よか自由に金を使っとぉはずでしたわ」
重苦しい時間を経て、咲楽は呟いた。幸矢は本当にささやかな笑みを浮かべた。内心では、たしかに破綻しているな、と感じていた。




