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牝猫たちはすべてを観ている  作者: N.Willowstream
2・夜の間際まで
16/43

ウチが探しているもの1 

「そもそもの話、神戸育ちがなぁにほざいてんだ。そこらへんの人権意識はあちらのほうが高ぇ印象があんだがな」


 幸矢はいたってまじめなように聞こえた。たしかに導術者の日本本土での人口分布は、東京都多摩地域を核心とした南関東をはじめに、関西、南九州と続く。とりわけ阪神一帯は密度が高い。


「そら、うっとこの女学校、一割がさいでしたわ。せやけど、必ずしも仲良うなるわけとちゃいますわ。適度に疎遠なつきあいが大事ですのん?」

  *

 導術者とは何者であるか。単純に見えて複雑な観点を抱える問題であった。


 優性遺伝病患者の集団、と彼らを評した医師がかつていた。


 生物学的な片親が導術者であるならば、その子はすべて導術者として生まれてくる(原因遺伝子は常染色体に存在し優性である)。東西南北、いずこに住まう者であろうと、黄色系統の虹彩を持つ。その他、微細な点で常人とは差異がいくつか。だが、なによりも導術者を特徴づける点がある。


 もちろん導術の行使だ。魔法じみた力を使いこなせるために、彼らは特別にあつかわれてきた。


 では、導術が魔法か否か。その結論は主張者の立場にとって様相が異なる。


 超自然的な効用を実現するための呪術体系。それを魔法とするならば、たしかに導術にもそのような要素が存在する。起導詞をみてみれば、日本の場合は六根清浄祓詞の改変である。キリスト教が支配的な地域ではトマス福音書の文言を伝統的に援用してきた。かつて共産圏では人権宣言が出典元だったが。


 だが、文化人類学における有力な主張は、導術は魔法とは無関係であるという。新たに獲得した技能を既存の概念で説明しようとした結果、魔法として理解するしかなかったというのだ。これを魔法包摂説という。


 導術に言及する史料は最古でもせいぜい一千年前のものだ。ウイグル王国の遺跡から発見された行政文書の断片だ。その時点では、呪術に絡めた概念が存在していない。だが、漢籍でも記述される時代になると、既存の呪術体系による説明が見受けれるようになる。そして、ついには東の日本では高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の神勅を奉じた一団として、西のポーランドでは聖トマスの教団の末裔として導術者たちが出現するに至った。


 これらの史学の成果などをもって魔法包摂説の根拠としていた。登場当時はなかなかに反響を呼んだ学説であったが、現在では多方面に受容されている。結局、便利で厄介な技術であると抽象化できるのが実用的とされたのだ。


 そして多くの宗教が各々の神学でいかに導術を説明すべきか腐心してきた。宗教学での主説はその営為の果てに到達したのが汎神論的言説であるという。


 神道では神人合一、キリスト教では霊的火花、仏教では即身成仏の新たな解釈として完成された。道教はというと、老子は導術者であるとする偽書がひろく流布した。まぁ、もともとタオとの合一は汎神論的な姿勢かもしれないが。


 とにかく、導術を各々の神学から説明する立場を、魔法顕現説という。これは宗教的倫理観に結びつけられ、能力統制の手段として現代でも有益とされている。


 一方で自然科学の立場は明瞭である。導術は自然法則に従っているにすぎない、と宣言する。たしかに導術の現象面での研究は高度な段階にある。ただ現状、人類は導術の根源となる法則を発見できていないだけなのだ。この立場を純粋科学説という。


 対して、科学による言説で解明することができない問題を魔法であるとするならば、導術はまさに魔法であるとする主張も存在した。だから、人類はそのための言説が用意できるまで導術の根源に触れるべきではないとするのだ。これを純粋魔法説という。もしくはミステイク説、判断保留説とも。この説はやはり衒学的であり、マイノリティであった。


 オカルティズム、超心理学界隈ではどうか。まぁ説明するまでもない。


 もっとも、ごく一般的な常人の間ではじつに単純明快な理解がなされている。導術は魔法を換言しただけにすぎない。じつに素直な結論ではある。


 では、一般の導術者はどうかといえば、導術者が行使する魔法が導術であるとは認めている。だが、その魔法とは特別な意識体験であるはず、と主張する。それは宇宙と一体化し、現象を駆動する力を操作する体験だという。以下のように説明される場合もある。外にある神の力添えを乞うのではなく己の内に神がいるのを意識し、ついで合一することでよろしく森羅万象を御する。


 意思が力の流れを定める道標となり現象化するから、導術。力が意志と同化して流れて現象化するので、Synlheumence。表現こそ異なるが、根底の概念は同一であると導術者は信じている。それを知りえる者は導術者以外に存在しえない、とも。


 ゆえに導術者は特別な血族であるというのだ。そう、国や信ずる神は異なろうとも、同じ祖先の血を別ち、かつ同じ技能を行使し、同じ体験を共有できる同胞であると。つまり、導術者は世界的なエスニック・グループでもある。


 ところで、教育の歴史ではマイノリティのために特別な教育が施されてきた事実がある。これはマイノリティの”文明化”を目指すものであったし、その裏で社会階層の固定化という目的もあった。しかし人権意識の向上とともにこれらは撤廃され、むしろ格差是正のためにマイノリティに積極的な学習機会を提供するという方針がとられるようになった。アファーマティヴ・アクションというものだ。むろん、批判されることがままある。


 導術者というエスニック・グループに対する教育行政はアファーマティヴ・アクションが世界の大勢だ。日本も、いや導術者関連全般を管轄する内務省はその立場をとっている。学校教育では導術者教育の充実度に応じてクラスが設けられている。

 

 特別指定導監学校はその最上位であり、世界の全導術者の上位五%に属する技量を有する人間が教育を受けるのに必要な環境が整備されていることを要件としていた。本人の学習のためというよりは、対象とした研究が主目的とみなされていたが。


 そして奉神舍大學は私立大学では唯一、特別指定導監学校として認可されていた。また伝統的に難関校ともみなされてきた。


 結果、発生した現象がある。そこそこ導術がうまく使えるというだけの人間がたやすく高い学歴を取得できてしまうというものであった。もっとも、世間一般ではそれほど問題視されてはいない。厄介な連中を立派な大義名分で檻に閉じこめておけると思っていた。


 では、その檻の中にいるマジョリティの学生はどうなのか。その点についても気にかけていないようだった。好きこのんで檻に入ったのだから自己責任だ。かような言説が多数派であった。

  * 

 突然、幸矢が立ちどまった。そうして道の右側を見やる。巨大な六角屋根を戴いた日本的な建物が建っている。ふたりは大講堂の真正面にいた。


「環境の違いかね。理解したうえで普通に接しろ、て俺は教育されてきたわ」


 咲楽は溜息をつく。彼女にとっての普通の態度が適度な疎遠なのだ。べつにそれが常識だとは思わないが、やはりおもしろくない。妙な焦燥感に駆られてきて、咲楽は紫紺のスカーフを右手で握りしめる。それでも収まらず、つい愚痴をこぼしてしまう。


「なんやろなぁ、ストレスをようけ溜めこんで学生生活が終わってまうんやろか、と思いますねん」


「十七の娘がほざくなや」


「すんまへん。ウチ、素敵に踊れる十七歳ではあらしまへん。去年で番茶も出花の十八ですねん。来月で早くも十九。惚れそな人間はおらんですが。恥ずい話ですけど、一年浪人してまってん」


 咲楽は自嘲しながら答えた。むしろ彼女は歳を重ねるほどに美しさが際立っていく人間だろうが。しかし、幸矢はその告白をとくに感情を表さずに受けとった。


「あ、そう。一浪ぐれぇ珍しくもなんともねぇな。二〇歳過ぎの予科新入生もいたしよ。成人してたって、制服での飲酒や喫煙は禁止されてんけどさ」


「それが面倒でかなわんです。予科学生で制服なんて、ほんまええかっこしい、ですよ」


 今度は両手でスカーフをしごきながら咲楽は不満を漏らした。


 修業年限五年の中等学校を卒業し、ついで高等学校ないし大学予科で二年間の学部準備課程を経てから学部へと進む。そうして三年ないし五年の高等教育を修める。現在の日本では学士及び得業士の取得まで以上の過程を経る。


 その学部準備課程は数多いが、今日、制服が義務づけされているのはごく少数だ。官公立学校ではすでに全廃され、私立高等学校もしくは予科がいくつか。いずれも大正から昭和初期からのデザインを踏襲している。逆にいえば、制服の存在は伝統校の証といえる。


「予科からで文句つけんな。こちとら、小学校から通算十三年間も奉神舍で生きてきたんだ。てか、さっきのもそうだが、好きこのんでウチに進学したんだろうが。なら服に身体をあわせちまえ」


 咲楽は唇を噛みながら、頭の左側面をさする。まんま軍隊やな、と彼女は思う。そして、溢れくる感情を抑えることをやめた。


「せやかて、べつに夢見て東京に来たわけとちゃいますねん」 


 心の言葉をそのまま声にしていた。そうか、と静かに幸矢は応じた。このそっけない態度は優しさなのだろう、というふうに咲楽は感じた。そうして、もうすこしだけ感情をぶつけてみたくなった。


「なんや、居心地がものごっつ悪うてたまらんですねん。黄眼がようけおるとかだけが理由とちゃいます。ただ、ここにおる現実が……」


「それは辛ぇわな」


 幸矢は牝猫の頭を撫でながら応えた。感情が死んだ顔で視線は大講堂に掲げられた校章に注がれていた。それは五三の桐に神の一文字が配され、榊の葉が囲っていた。奉神舍大學の広報サイトのトップに掲載されている校章だ。


 咲楽は幸矢のゴツゴツした横顔を潤んだ目で見つめていた。両手はスカーフを絞るように握っていた。その仕草に彼女は無自覚であった。


「せやさかい、おもろいもんを探してあちこちを散歩しとったんです。まったく、ウチ、アホの子ですねんな」


 アホの子、はとくに強く発音していた。本心は否定したかった言葉だ。


「見つかったんか?」幸矢は校章を凝視して問いかけた。


 咲楽は苦笑して答える。「難儀なことに、見つからへんですねん」


 そうして、咲楽は大講堂の向こう、橙色に照らされた森へと目を凝らす。実際のところ、彼女はおもしろそうなものの手がかりを見つけていた。森の深奥の、山桜の巨樹のあたりで。


 森に消される。素晴らしい響きだと咲楽は思っていた。期待していいのだろう。なにかはわからないが、圧倒的な暴力で日常が砕かれるならば。



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