異性を好きになるってどういうことですか?
少し物語を展開させます。
物語の一つ目の山に入ります。
ゴリラのアトラクションを出たことには辺りは薄暗くなっていた。当然だ。何せ、俺たちはあの後、最高得点を取るために一時間半もゴリラにリンゴをぶつけ続けたのだ。その結果、澄花は景品のゴリラのぬいぐるみを手に入れた。
「わぁ……ゴリラ可愛いです……」
「そうだな……」
どうやら澄花はぬいぐるみをひどく気に入ったようで、ゴリラのぬいぐるみを大事そうに抱えながら俺に腕を引かれていた。
俺は殺意を抱きながらゴリラのぬいぐるみを睨む。
このゴリラのせいで俺たちの予定は大幅に狂うことになった。
今こそ、このゴリラに本気でリンゴを投げつけてやりたい……。
こちとら一週間以内に澄花に失恋をさせて原稿を完成させなきゃいけないのだ。
そのためには少なくとも今日明日でなんとしてでも澄花に俺を異性として見てもらわなければ原稿完成など夢のまた夢だ。
少なくとも今はゴリラにリンゴを投げつけている場合じゃない……。
「師匠……」
と、そこで澄花が立ち止まる。
「なんだよ」
「あれ……」
そう言って澄花は何かを指さす。
指さす先にはクレープの文字が書かれていた。
「おう、クレープだな。さあタクシー乗り場に行くぞ」
澄花があの看板を指さす理由は痛いほどにわかったが、俺はそれをあえてガン無視して歩く。
が、
「師匠」
澄花は立ち止まったままその場から動こうとしない。
当然ながら、手を繋いでいる俺も歩くことができない。
澄花は俺の顔を見上げると何やら笑みを浮かべる。
「師匠、あそこにクレープって書いてあります」
「そうだな。けど、今の俺たちには何の関係もない言葉だ」
そう言って俺は再び歩き出そうとする。
が、
「師匠」
澄花は握った俺の腕をぐいぐい引っ張ってやっぱりクレープ屋の看板を指さす。
どうやら俺が首を縦に振るまであくまでここを動かないつもりらしい。
「あのなあ……言っただろ。俺たちはここに遊びに来たわけじゃないんだよ。それともあれか? お前、クレープを食えば俺のことを異性として好きになってくれるのか?」
「なりますっ!!」
「嘘つけっ!!」
※ ※ ※
結局、クレープを買ったよ。
そんでもって予定よりさらに遅れてタクシーに乗り込んだよ。
が、澄花はタクシーに乗り始めて数分で眠りに落ちた。俺に寄りかかった澄花の手から食べかけのクレープが落ちそうになったが何とか俺が受け止め残りを食べることになった。
つくづくマイペースな奴だ……。
「師匠……嘘を吐いたらまた鼻が伸びちゃいますよ……」
澄花はまた変な夢を見ているようで寝言を言いながらにやにやと笑みを浮かべていた。
俺はタクシーの運転手に港に行くように伝えていた。
ネットで下調べをした海の見えるおしゃれなレストランに澄花を連れていくためだ。
青写真では店から見える素敵な景色でロマンティックな雰囲気に澄花が俺のことを好きになることになっていた。
が、澄花があまりにもぐっすりと眠っていたから、俺は諦めて途中で運転手に澄花の自宅近くへと向かってもらうように伝えた。
どうやら相当遊び疲れたようだ。
それから十分ほどでタクシーは澄花の自宅近くに到着した。
本当は澄花の家の真ん前まで行ってもらうつもりだったが、料金メーターがどんどん増えていくのを見て少し手前で降りることにした。
運転手に料金を支払うと、俺は澄花の身体を揺する。
が、澄花の眠りは覚めない。
俺はため息を吐くと澄花の身体を担いでタクシーから降りて、そのまま彼女を背負って歩き始める。
それから一分もしないうちに澄花の身体がぴくっと動いた。
耳元で「ん……」という声が聞こえる。
どうやら目を覚ましたらしい。
「師匠、ここ、どこですか?」
「お前の家の近くだよ」
そう言うと澄花はきょろきょろとあたりを見渡して「おぉ……」と納得したように頷いた。
「師匠、デートはもういいんですか?」
「デートも何も眠っている奴を連れてレストランに入るわけにも行かないだろ」
「確かに……」
そう言って澄花は目をごしごしと手で擦りながら「なんか、ごめんなさい……」と謝った。
一応、少しは申し訳なさを感じているようだ……。
「師匠……」
「なんだよ……」
「男の人を好きになるって、どういうことなんでしょうか……」
と、唐突にそんなことを尋ねる澄花。
ホントマイペースだ……。
「お前がまだそれを理解していないことが、残念でたまらないよ……」
呆れた顔でそう答える。
俺の任務はこいつを失恋させることなのだ。まず、好きになることがどういうことかわからない奴に失恋をさせることの難しさを考えると頭が痛くなる。
「師匠はこの間、異性を好きになると胸がドキドキするって言ってました……」
「そうだな。大多数の人間はそうだと思うぞ」
「男の人を好きになるためには胸がドキドキしなきゃだめなんですか?」
と、よくわからない質問をしてくる澄花。
いったい澄花は何を言いたいんだ?
「寝ぼけてるのか?」
そう尋ねると澄花は「わからないです……」と答えた。
どうやら寝ぼけているらしい。
そうこうしているうちに澄花の家の前に到着した。
俺が「着いたぞ」と言うと澄花は背中から降りる。
そして、俺に「ありがとうございました……」とペコリとお辞儀をした。
「じゃあな」
そう言って手を上げると俺は自宅の方向へと歩いていく。
が、
「師匠っ」
と、澄花が俺を呼び止めるので俺は立ち止まって振り返る。
澄花は何やらそわそわした様子で俺を見つめていた。
そして、
「私、これからもずっと師匠の弟子でいたいです……」
澄花は俺を見つめたままそう口にする。
そんな澄花を見て俺はため息を吐く。
「お前の任務は小説を書くことだろ? だったら、一日も早く俺から旅立つべきだ。お前だってそうだろ?」
そう、俺と澄花の目的は小説を完成させること。
他の全てのことはそのための手段でしかない。
だから、俺は澄花の言葉にそう返した。
俺はきっと間違えたことは口にしていない……と思う……。
澄花はそんな俺の言葉にしばらくじっと俺を見つめていた。
が、不意に笑みを浮かべると「そ、そうですよね。私、早く小説完成させて師匠から卒業します」と言って俺にもう一度頭を下げると家の中へと入っていった。
どうしてだろう。そんな澄花の背中がほんの少しだけ寂しそうに見えた。
※ ※ ※
翌日、驚くべきことに紗々木澄花は小説を書き上げた。
これからことを少し書いておきます。
次話から五章に入ります。
予定では五章で一区切りつきます。
既に章で区切っていますが、五章までが大きな意味での第一章だと考えていただければと思います。
ラノベでいうところのだいたい一巻分に相当すると思います。
これからもよろしくお願いします。




