ゴリラ……
スタミナ切れました。
今日はもう寝ます……
ここに来て俺は根本的な疑問にぶつかってしまった。
そもそも俺は澄花が失恋の気持ちがわからないから失恋シーンが書けないのだと思っていた。いや、現に彼女はそうだと言っていたし、本当に失恋の気持ちはわからないようだ。
「そうだよな?」
「はい、そうです……」
クレープを取り戻した澄花はクレープにかじりつきながら頷いた。
つまり、彼女は自分の知らない感情を描くことができないということだ。いや、誰だってそうだ。
が、彼女は矛盾している。
彼女は失恋の気持ちもわからないと同時に恋愛感情というものも理解していない。にもかかわらず彼女はこれまでに何冊も恋愛小説を書いてきたしヒット作も出している。
「そうだよな?」
「はい、そうです……」
クレープをかじりながら澄花はまた頷く。
だとしたら、失恋のシーンだって失恋しなくても書けるはずだ。
が、澄花の原稿は進まない。そして、少なくとも俺の目には彼女が何かしらの嘘をついているとは思えない。いや、そもそもこいつに嘘なんて吐けそうにない。
「師匠」
「なんだよ……」
「クレープ美味しいです」
「そうか……」
駄目だ。完全に自暴自棄モードに入っている。
俺のクレープを彼女の顔面に押し付けてやりたい衝動に襲われたが、今回に関しては完全に俺に非があるだけに俺はぐっと感情を押しとどめる。
「師匠、これからどうするんですか?」
「どうするって言われてもなあ……」
個人的にはその根本的な疑問を解きたかったが目の前の天才バカ少女の思考回路を読み解くのは宇宙の果てを想像するぐらい難しい。
「とりあえず、お前が俺を好きになることに全力を注ぐしかない……」
俺たちには時間がないのだ。
とりあえず、その根本的疑問をわきに置いて澄花に俺を異性として好きにさせるしかない。
「師匠とデートですっ」
澄花はそう言うと何やら嬉しそうに微笑んだ。
なんというか能天気な奴だ……。
※ ※ ※
とにかくやると決まったら全力を注ぐしかない。
何せ、俺たちには時間がないんだ。
「あれ? 師匠、どうしたんですか?」
放課後、俺は教室まで澄花を迎えてに行くと彼女を腕を引く。
「決まってんだろ。デートだよ。こうなったらお前が俺を好きになるまでとことん連れまわすからな」
この方法が正しいのかは正直なところよくわからないが、考えたところで澄花の考えなんてわからないのだ。とにかくがむしゃらにやるしかない。
学校を出るとタクシーを呼び運転手に行先を告げる。
一年間コツコツと貯めてきた貯金箱を今朝割ってまとまったお金を手に入れたのだ。
正直、泣きそうっすよ。
俺のPF4貯金をこんなことに使わなきゃいけないなんて泣きたいっすよ……。しかも、母親から小遣いの前借までしている始末だ。
こうなったら何が何でもこいつを好きにさせなきゃなんない。
※ ※ ※
十数分後、俺たちは遊園地にいた。
ここは以前、紗耶香と一緒にやって来たものの閉園をしていた例の遊園地だ。
ゲートをくぐると俺は澄花の手を引いて目的の場所へと一直線に歩いていく。
が、澄花は俺に手を引かれながら素通りしていくアトラクションを興味深げに眺める。
そして、
「師匠、私、あのゴリラにボール当てるやつやりたいです」
と、園内でもひと際閑古鳥の鳴いているアトラクションを指さしてそんなことを言う。
もちろん答えはノーだ。
俺が首を横に振ると澄花は不満げに俺を見上げる。
「えぇ……私、ゴリラにボール当てたいです……」
駄々をこねる澄花。
「あのなあ。俺たちは遊びに来てるんじゃないの。お前が入るのはこっち」
そう言って前方を指さす。
そこには『ホーンテッド集合住宅』という看板の掲げられた建物が鎮座していた。
これこそが俺のお目当ての場所だ。
俺は昨日寝る間も惜しんでおすすめのデートスポットをリサーチしたのだ。
なんでもこの『ホーンテッド集合住宅』はこの遊園地でも圧倒的人気の高いアトラクションらしく休日は三時間近く待たされることもざららしい。
が、今日は平日ということもあり、すぐに入れそうだ。
相変わらず「ゴリラがいいです……」という澄花の手を引いて俺は『ホーンテッド集合住宅』へと向かう。
※ ※ ※
結果から言おう。
澄花はこの地域最強クラスのお化け屋敷に全くと言っていいほどにビビらなかった。
「師匠、大丈夫ですか……」
「お、おう、ちょっと落ち着いた……」
俺は『ホーンテッド集合住宅』の出口で澄花に背中を摩られていた。
俺はデートプランを立てることに必死すぎて肝心なことを忘れていた。
それは俺がこの手のアトラクションが超絶苦手だということだ……。
俺はゾンビに約十分間追い回されて、絶叫して逃げ回ることしかできなかった。
俺は澄花から水の入ったペットボトルを受け取るとそれを口にして気持ちを落ち着ける。
俺の顔を覗き込む澄花。
「師匠、これからどうするんですか?」
そうだ。俺たちに時間はないのだ。
少しでも多くのイベントを消化しなくては……。
俺はパンパンと自分の頬を叩くと澄花の手を引いて歩き出す。
「時間がない。次に行くぞっ!!」
が、
「師匠……」
と、澄花は歩き出そうとはせず、何やらそわそわした様子で時折、何かをチラチラと見やる。
「なんだよ……」
「ゴリラ……」
※ ※ ※
「師匠、ゴリラがいっぱいですっ!! あっちにもゴリラですっ!!」
澄花はそう言って俺の袖をぐいぐい引きながら嬉しそうにリンゴをゴリラの顔面目がけて投げていく。
澄花のリンゴが命中したゴリラの頭の上のライトが光って電光掲示板の得点が増えていく。
「師匠も投げてくださいっ!! あ、あっちにもゴリラですっ!!」
なんというかゴリラにリンゴを投げている澄花は今日一番楽しそうな表情を浮かべていた。
いや、確かに澄花を楽しませるためにここに来たんだけど俺が想定していた雰囲気と全然違う。
違うんだよ。
俺の中では何というかこう……デート中に思わず手と手が触れあってお互いを意識するようなそんなドキドキする空気を作り出したいんだよ。
ゴリラにリンゴを当てて喜ぶ澄花を横目に俺は本当に原稿が上がるのだろうかという焦燥感に襲われていた……。




