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運命なんて信じない  作者: マオ
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一章・いろいろと困る人たち・2

 レナは金貨をカウンターに置き、マスターから部屋の鍵を受け取って、壁際で待っている少女の方へ戻ろうと身を翻した。

 マスターとの会話を聞いていたらしい店にいた荒くれどもが、レナを尊敬するような目で見つめていた。声をかけたいがどう話しかければいいのか分からないらしい。

 魔王を倒してから、こういう扱いをされるようになった。今までこちらを相手にしようとしなかった人たちまでいろいろ話しかけてくる。そういう人に限ってやたらと馴れ馴れしい。いちいち相手にしていてはキリがないのでレナは無視した。

 英雄と騒がれるために魔王と戦ったわけではないから。

「お待たせ」

 少女の肩をぽんと叩く。

「ずいぶん楽しそうだったね、レナ」

 一体なにを話して爆笑していたのかと少女は不思議そうだ。バーミリアスの居場所を訊いているはずなのに、そこまで大笑いするような話があったのだろうか。

「それがね、大笑いよ。マスターはあたしやセーズ、エリオスのことはちゃんと覚えていたのにバーミリアスのことは綺麗に覚えてないの」

「え、そうなの? ここに来たときバーミリアスいたのに?」

 信じられないと言いたげに少女は目を丸くする。少女もバーミリアスの知人のようだ。

 印象の薄い彼のこともきちんと覚えているらしい。

「いたことすら覚えてないみたいよ」

 レナの返答に少女はふと、笑いをこらえるような表情になった。

「ぼ……私、エリオスの言ってたこと思い出しちゃったよ……」

「あ、『そこまでいけば影の薄いのももう特技の域だよね』でしょ?」

「うん」

「あたしもソレ思いだして笑っちゃったの。エリオスってば上手いこと言ったわよね」

 二人は顔を見合わせて笑いをこぼした。少女はバーミリアスだけでなく、エリオスのことも知っているようだ。レナの話にちゃんとついてきている。

 ひとしきり笑ってから少女はふと肩を落とした。

「エリオス……元気かな」

「大丈夫でしょ、あの子なら。しっかりしているもの」

 レナは仲間だった小生意気な美少年を思い浮かべる。魔物との戦いでは頼りになるセーズだったが、所詮小国の田舎出身で世間知らず。小さいころから苦労していたエリオスに比べれば、何も知らないのと同じに見えたのだろう。

 人が()いため、ぼったくりにあいそうになったり、客引きに無理やり引き込まれそうになったりしたセーズをよく護っていたのもエリオスだ。頼りないなぁと言いながらセーズを護れるのは嬉しそうだった。ひねくれものでもセーズにはなついていたのだ。

 パーティー内でレナの次に金銭感覚がしっかりしていた。

 あの少年なら一人でも心配要らないだろう。

 むしろ心配なのは、研究一辺等でセーズと変わらないほどに世間知らずだったバーミリアスだ。一緒に旅をしたので旅をする前よりは多少マシになったと思うが、焼け石に水とも思う。

「エリオスより心配なのはバーミリアスよ。早く見つけないとどこかで干からびるのは間違いないわ」

「う。で、でもバーミリアスだって大人だよ?」

「あの研究バカのどこが大人? 年を取ってしまえば大人ってわけじゃないの」

 ものすごく正論である。レナもしっかりしているようだ。魔王を倒したパーティーにいたのだからそれくらいでなければ為しえなかったかもしれない。

「……バーミリアスが干からびる前に見つけなきゃね……」

 なにやらいろいろと思い当たることがあるらしく、少女のほうも納得し、早く見つけなければと危機感を覚えたようだ。

 十代後半の少女に心配される二十男。情けないことこの上ない。

「この街にいてくれたらいいんだけど」

 少女は息をつき、壁に貼られている紙を見る。何か手がかりがあるかと思ったが、あるのは魔物退治とか、薬草を取ってきてほしいとかの依頼ばかりだった。

 かなり切羽詰っている依頼もあるので時間があれば引き受けたい。

「ねぇ、レナ。バーミリアスのこと何か分かるのって時間かかるよね?」

「そうね、少なくとも一週間はかかると思う」

「じゃあ、依頼受ける時間あるよね?」

 レナは苦笑した。この子が困っている人を放って置けるはずもない。

「アナタがやりたいのなら止めないわ。いつだってそうだったでしょう?」

 彼女はもうその依頼を受けようと決めている。確かめているのはレナの意思を気にしてくれているのだ。レナが行きたくないのなら、自分ひとりで行くから休んでいて、と。

 一人で行かせるなどと、可愛いこの子にさせられるものか。

「もちろん、あたしも行くから」

「……ありがとう」

 彼女は嬉しそうに笑う。曇りないその笑顔に、ノックアウトされた者がいた。

 たった今、酒場に入ってきたガタイのいい褐色の肌の男。

 彼女の笑みを見て、よろりとよろめいて、それから勢いよく立ち直った。

 一見して旅の戦士と分かるその男はダッと走り少女の手を掴もうとして――少女の手のひらに阻まれる。

 少女は勢いよく走りよった男の剣幕に危機を感じたのか、男が走り寄るわずかの間にレナを背にかばって、ただ手のひらを男に向けた。それだけで、店内の誰もが抜き身の剣を突きつけられたような感覚を受けた。彼女は腰の剣を抜いてもいない。

 寸前までごく普通の女の子と見えた彼女が、達人と知れた一瞬である。

「なんでしょうか?」

 手のひらを突きつけたまま、落ち着いた声で少女は言う。

「ぼ……私たちに何か御用ですか? あなたとは初対面だと思うのですが」

「け」

「け?」

 け。

 毛?

 それとも気か家か卦だろうか。


「結婚してください!!」


 男は大絶叫し、店内の時間が瞬間凍結した。

「……はい?」

 少女は眉を寄せて、なにを言っているのだこの人は? と言いたげだ。何を言われたのか理解していない。あまりにも彼女の予想から離れたことなので。

 彼女の背後からレナが吹き出すのをこらえながら顔を出した。

「く、くく……っ、ぷ、プロポーズってことかしら、オニイサン?」

 今にも笑い出しそうだ。

「はぁ!?」

 声を上げたのは少女である。

「レナにプロポーズ!? ちょっと待ってください! 今会ったばっかりじゃないですか!」

 本気でそんなことを言って、顔を出しているレナをまたかばう。

「ぷぷぷぷーーっ!!」

 かばわれているレナは耐え切れず吹き出した。男の視線は間違いなく少女を見ている。プロポーズの相手はレナではなく、少女のほうだ。

 自分が求婚されているなどと夢にも思っていない少女は、納得いかないと言いたげに男を睨みつけている。

「ちが、違う、違うのよ」

 笑いながら少女の肩を叩くレナ。面白すぎておなかが痛いと身体を折っている。

「違うって、なにが?」

「根本的に、相手が」

「え?」

 やっぱり分かっていない少女だ。レナはなんとか息を整えて、男の視線を指で示した。

 真っ赤な顔をして立ち尽くしている彼が見ている先――少女本人を。

「えっ!? 何で!!」

 やっと男がプロポーズした相手が自分だと理解して、彼女は異形のものを見るような視線で男を見た。本当に変なものを見るような視線だ。理解できないと表情も述べている。

「変態ですかあなた」

 真顔だ。背後でレナがまた爆笑した。

「何で変態なんだ!? 俺はまじめに君に結婚して欲しいと思っているんだ! 一目惚れしたんだ! 結婚してくれ!」

 男も真剣だ。そして、少女も真剣だった。

「お断りします。変態とお付き合いする趣味はありません」

「何で変態だ!? しかも即答!? もう少し考えてくれてもいいだろう!?」

「嫌です」

 食い下がる男に、心底から嫌だと拒否する少女。その背後で笑い転げている女性。

「お、面白すぎる……!」

 レナだけが状況を明確に把握していた。ひとしきり笑って楽しんでから、トントンとまた少女の肩を叩く。

「ちょっとこっちいらっしゃい。あ、オニイサンはそこで待っていて」

 男についてこないように言って、少女の手を引き店内の隅っこに連れて行く。なにやらぼそぼそと小声で少女にささやくことしばらく。

「あ!」

 何かに気がついたのか、少女は声をあげ、次いで、

「え、えぇっ!?」

 驚いたようだ。その反応が面白かったらしく、レナがまた笑う。彼女は別に笑い上戸と言うわけではないのだが、この店内では予想外のことが起こりすぎているのだ。

「笑ってる場合じゃないよ! どうするの、どうしたらいいの!?」

 青い顔であわてている少女だ。彼女にとっても予想外の出来事が起きているらしい。

「どうって、断るのでしょう?」

「当たり前だよ!」

「じゃあそれでいいじゃない。ね?」

「そ、そうかな」

「でも、これから覚悟しておいたほうがいいわよ? こんなこと何度も起こるかもしれないから」

「嫌だよぅ……」

 などと言う会話を小声で交わして女性二人は戻ってきた。

「この子がイヤがっているからあきらめてね、オニイサン」

 レナは少女を護ることを選択している。素性の分からない男なんぞに可愛いこの子を渡すわけにはいかない。

「う、で、でも……俺は本気なんだ。お姉さんはきっと幸せにするよ、だから認めてくれ妹さん!」

 髪の色などは違うが、その仲良しぶりに彼女たちを姉妹とみなしたらしい男は、必死でレナに頼み込む。

「うふふ、『いもうとさん』ねぇ……ちなみにあたしは二十代よ。アナタとそんなに変わらないと思うけど」

 男はどう見ても二十歳前後。レナの外見で思い切り子供だと思っていた男は硬直した。

「おほほほ、可愛い『いもうと』を旅の戦士なんかには上げられないわ、あきらめてね〜」

 なにやらとても楽しそうにそう言って、レナはひきつった笑顔を浮かべている少女を連れて二階に上がっていった。残された男には、店内にいる野次馬がふられたなと笑いながら声をかけてくる。

「あきらめな! 魔王を倒した英雄が連れている女の子だぜ? その上、あんなに美人なんだ、高嶺の花もいいところだろ!」

「え、英雄?」

 あんなに可愛らしい女性が、魔王を倒した英雄だと知って、男は再び硬直した。


ものすごく楽しそうなレナフレアと、心底から困っている女の子。そして、暴走した男(笑)

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