一章・いろいろと困る人たち・3
晩方に、二人は依頼をひとつ受けた。近くの村が魔物に襲われ、子供がさらわれたというもの。できれば次の犠牲者が出ないように魔物を退治して欲しいようだが、貧乏な村のため、報酬はないに等しい。もう子供は助からないだろうから、せめて遺体だけでも回収して欲しいという切実な両親の願いが垣間見える。
聖導師であるレナは子供を慈しんでいるし、少女のほうも心優しい。放ってはおけない。
早朝に出発することにして、その日は休んだ。
晩には何事もなく……次の日、早朝。旅支度を整えた彼女たちの前に、昨日の男が立っている。しかも、彼も旅支度。いつどこにでも行けるような格好だ。
「何か御用?」
嫌な予感を感じつつ、レナが声をかける。男はためらいなく答えた。
「俺を仲間にしてくれ」
「は?」
「あんたたち魔物退治に行くんだろう? 女二人でなんて危ないよ。見たところそっちのお姉さんは聖導師だろう? 戦いには向いていないじゃないか」
どうやら昨夜、依頼を受けたところを見ていたのだろう。女性二人で行くというのが心配なので同行すると言う。
レナと少女は顔を見合わせた。確かにレナは聖導師――すなわち癒し手で、回復魔法と防御魔法の使い手だ。回復と防御に特化しているので、攻撃方法には乏しい。魔物退治には向いていないのは確かである。
「えっと……確かにあたしはそうだけど、この子もいるし、今までも別段困ったことはないわよ?」
レナ一人ではないのだ。双剣を腰に携えた少女が横にいる。一見してあまり強そうには見えないが、少女が本気を出せば達人だということを昨日男も知ったはずだ。
「でも二人では危険だよ。俺なら頑丈だし盾にもなれるから。魔王を倒した英雄がこんなところで危険な目に遭うことはない」
男は頑として意見を曲げない。下心は全くなく、純粋に彼女たちを心配しているようだった。いい人である。だからこそ断りにくい。
「お気持ちはありがたいのですが……大丈夫ですよ? 僕、それなりに強いですから」
何気なくそう言った少女を、レナがつついた。
「わ・た・し」
「……強いので大丈夫です」
トホホと思いながらごまかす少女だ。
「いや、安心できない。君はとても華奢だし、女の子は男より体力もない。うっとおしいだろうけど、ただの盾と思ってくれていいから」
体を盾にして君たちを護るからと男は一生懸命だ。ただ彼女たちを心配してくれている。親切心から言ってくれているのは分かる。けれどこの依頼は魔物が関わっており、村の住人だけでなく、自分たちの命も賭けなくてはならない。昨日会ったばかりのこの男と命をかけた冒険に出るだけの理由が、こちらにはまだ見えてこない。
「同行しても、たいして報酬もらえないわよ? とても困窮している村のようだから」
「かまわない。君たちはそれでも行くんだろ? 子供をさらわれた親のために、不安を抱いている村の人のために」
この男も善人だ。しかもお人好しの善人だ。そしてそれを自分で分かっていて、それでいいと覚悟している。
魔王を倒すと誓って立ち上がった、少年勇者セーズのように。
「人生損するタイプねぇ」
言うと、男は笑った。
「君もだろ? なにせ魔王を本当に倒した一人なんだから」
レナは少女を見た。少女はくすぐったそうに苦笑している。男が悪い人ではないようだと分かったので、昨日のような警戒は持っていない。
「……それを言われると言い返せないですね」
少女はそう言って、ちょっと首をかしげた。
「今回くらいのなら、ついてきてもらっても構わないと思うんだけど、レナはいい?」
「いいわよ。アナタがそう決めたのならね」
「じゃあ、今回だけよろしくお願いします。えっと……?」
名前が分からない。少女の視線に男はハッと気がついて、あわてて自己紹介をした。
「俺はイズ。二十一だ」
「あたしはレナフレア、二十三歳よ」
「ぼ……私は」
「彼女はセレスティータ、愛称セーナよ、年は十七歳」
少女をさえぎって、レナが言う。少女・セーナは目を丸くした。
「ちょっと待っててくださいね、イズさん」
セーナはレナを引っ張って隅に走っていった。そこでこしょこしょと囁く。
「レナ? セーナって何?」
少女の本名ではないらしい。レナはこしょこしょ囁き返す。
「だって言っちゃったらばれるけど、いいの?」
「うっ」
「そういうわけでアナタはセーナちゃん。OK?」
「うぅ……はい」
どうやら『セーナ』にはいろいろ事情があるようで、イズには知られたくないらしい。共犯者だろうレナは満面の笑み。彼女はとても楽しんでいる。
「じゃ、行きましょうか、セーナ」
「レナ……楽しそうだね……」
「とっても楽しいわ」
即答する彼女にセーナは肩を落とした。遊ばれているのは分かるがそれでも彼女しか頼れる人がいないのだ。遊んでいてもレナはいざというときには必ず自分の味方であることもよく分かっている。
「ちゃんと覚えておくのよ、これからはセーナって呼ぶから」
「うん……」
セーナは何度か口の中で付けられた名前を繰り返し、覚えた。これからしばらく自分はセーナだ。そう呼ばれたら返事をしなくてはならない。
「うぅ……嫌だなぁ」
「仕方ないでしょう? ほら、イズが変な顔しているわ、戻らないと」
つつかれたので仕方なくイズのところへ戻る。
「なんだか分からないけど、話は終わったのかい?」
イズはあまり怪しんでいないようだ。女性同士の話だからと気にしていないフシがある。根掘り葉掘り訊いてこないので、セーナは安心した。訊かれても上手く答えられる自信がないのだ。
「はい。今回はよろしくお願いします、イズさん」
「んー、むずがゆいなぁ、『さん』はいいよ。かゆくなってくる」
苦笑して二の腕を掻くイズに、レナがにこやかに笑いかける。
「だめ。この子のこと呼び捨てにしたいのでしょう?だ・め・よ」
ニコニコとしながら、背後にとても恐ろしい黒い炎を背負っているのがイズには見えた。
「え、いや、そんなことはっ」
何か弁解しようとした男をあっさり無視して、
「セーナ? 『さん』は礼儀だからやめちゃだめよ。アナタは年下なのだから敬語もね。まだ会ったばかりで全然! 親しい仲ではないのだから」
にこやかに、あくまでもにこやかに、レナはイズにぐさぐさと釘を指した。セーナに言っているのではなく、イズに『この子に手を出したら許さないわよ』と述べているのだ。
「うん」
セーナは素直に頷いてとても可愛らしいのだが、反してイズは冷や汗をかいていた。
レナは攻撃に乏しい聖導師のはずなのに、戦士であり男であり、腕っぷしは彼女よりずっと強いはずのイズは恐怖を覚えた。
保護者の威圧、恐るべし。
こうして、女二人に男が加わり、コンビからパーティーになった三人は依頼をしてきた村に向かうことになった。幸い、街道に近い村なので、近くまでは乗合馬車で行ける。
あまり乗り心地は良くないが、贅沢は言えない。二日かけて馬車を乗り継ぎ、馬車に乗り合わせた老婆に延々と昔話を聞かされたりしながら、目的の村・バルトの近くまで馬車に揺られた。また老婆の話の長いこと長いこと。同じような話を繰り返すその怖ろしさと言ったら、降りるころには一番体力のあるイズがぐったりとしていたほどである。
女の長話に、男は耐えられないという見本がここにある。
ちなみに、お人好しのセーナは延々と続く話にも根気よく付き合い、世慣れしているレナは大半をにこやかに聞き流していた。それでもえらく気に入られ、うちの孫の嫁にならんかとまで言われたときはさすがにやんわりと断っていたが。
「すごいばあさんだったなぁ……よりにもよって英雄に……」
イズは遠ざかる馬車を見送ってしみじみと呟く。魔王を倒した英雄の一人が、あやうく農家の嫁にされるところだった。
なっていたら世界最強の農家の嫁だろう。ちょっと見てみたい気もする。
農具を武器に、畑を荒らす魔物を蹴散らす農家の嫁、レナ。
……とても怖いような気がするのは気のせいだろうか?
「世界中が落ち着いたら、お嫁さんもいいかもね。レナならとても良いお嫁さんになれると思うよ」
イズがそんな想像をしているとは夢にも思わず、セーナは純真にきっと可愛いお嫁さんだよね、などと天使のように微笑んでいる。
「そうねぇ、魔王を倒すようなおっかない女を嫁にしたいと思う奇特な人がいればね」
「おっかなくなんてないよ、レナはとても可愛い人だから」
セーナはきょとんとしている。レナは破顔してセーナの頭を撫でようと背伸びした。
「可愛いのはアナタよ〜、もう本当に可愛いことを素で言うのだからこの子はっ」
「えぇ? 何のこと? ほんとにそう思ってるんだよ??」
「分からなくていいわ、そのままでいて」
「??」
なおさら分からないセーナである。時々レナの言っていることが本気で分からなくなるのはどうしたらいいのか。世慣れしていない証拠だと、セーナは気付いていない上に、レナはそのまままっすぐでいて欲しいと考えているので、教えない。汚れた大人にはなって欲しくないものだが、あまりにも世間知らずだと生きて行けないような気がするので加減が難しいところだ。
二人のやり取りを見て、イズがうんうんと頷いた。
「あぁ、気持ちよく分かるよ、レナさん」
「うふふ、あまり同意されると困るわ。虫がつくのも嫌なのよ?」
「?? 何の話? レナ、イズさん」
「「分からなくていい」よ」のよ」
にこやかに二人同時に言ってくるので、セーナは首をかしげて、二人とも会ったばかりなのにずいぶんと気が合うんだなぁなどとトンチンカンに納得している。
水面下どころか露骨に自分をめぐっての争いが起きているとは考えてもいない。
鈍いのです『セーナちゃん』(笑)




