四章・往生際の悪いヒトたち・4
「ははは、そう簡単に滅んでたまるものか。魔王様の後はこのワタシが世界を支配する番だろう?」
一度見たら夢にうなされそうな容姿の魔物は、腹部の口をにんまりと笑わせた。
「察しの通りだ、彼にはワタシが呪いをかけた。人目に付かないことを悩んでいたのでね、仲間にすら意識されていない彼に誘いをかけるのは簡単だったよ?」
「うわ、そんなくだらないことで悩んでいたのか、バーミリアス。今更悩んでも遅すぎるだろうが」
「あげく、こんな変態魔物に呪われる隙を作ったなんて……バカじゃないの?」
言いたい放題の仲間である。異形の魔物に対してイズのような恐怖心は無いようだ。
「おい、感想はそれだけか? ワタシが出てきたことに対して勇者のように反応は無いのか!?」
「相手にすればするだけ図に乗るだろう。セーズ、構うな、こんな小物」
エリオスは言いながら腰の剣を抜いた。特殊能力なのか、刃がぼんやりと光りだす。問答無用で片付けるつもりらしい。
「ちょ、ちょっと待て! 仲間の呪いを解いてほしくないのか!?」
「呪い? これが? アホになる呪い?」
「誰がアホだ!!」
首をかしげたレナに、バーミリアスが言い返す。どうも、呪いをかけられたせいでここまでおかしくなったようだが、何を考えてこんな呪いをかけたのか。
「ぬぐぅ、ワタシとてここまでアホになるとは予想もしていなかったわ!! ワタシに絶対服従するよう呪いをかけたはずなのに、何故だ!?」
バーミリアスがこうなったのは、レゼルドドルクにも予想外の展開だったらしい。
「勇者を暗殺してこいと命じたはずなのに、やったことと言えば女にしただけだ! それからも何度も殺して来いと言っているのにちっとも動きやしない!! なんだハーレムって!! ワタシはそんなこと命じてはいないんだ!!」
呪いをかけた当事者の魔物のくせに、今にも泣き出しそうな勢いで嘆きまくっている。
「ふははははっ、魔物程度にいいように使われるおれではない! 開眼したおれは好きなように生きるんだ!!」
そして胸を張るバーミリアス。
どうやら、バーミリアスが呪われているのは確かのようである。ここまで人格が豹変したのはそのせいだ。
が、それは呪いをかけたレゼルドドルクにも予想外の作用らしい。
仲間であったバーミリアスに勇者セーズを殺させ、同じようにレナフレアやエリオスを始末し、その後ゆっくりと世界を支配しようとして――最初の段階でこけた。
レゼルドドルク個体の戦闘力では魔王を倒したセーズには到底かなわない。だからバーミリアスを利用しようとした、そこまでは理解できた一行だ。
「で、何でこうなっているの?」
「知るか!!」
魔物は絶叫した。こうなったのは本心から不満らしい。レゼルドドルクは絶対服従の呪いと言ったが、どう見てもバーミリアスが魔物に従っている様子はない。
彼は好き勝手、自分勝手に行動している。それも呪いの作用でおかしい方向に走っているが、本人は真剣なのがまた困る。
「えーっと……レナ、とりあえず解呪を頼めるかな。呪いを解いたらバーミリアスも元に戻ると思うんだ」
とりあえず、正気に戻ってもらおう。セーズの提案に、いち早く反応したのは当の本人、バーミリアスだった。
「いやだ! おれは美形だらけのハーレムを作ると決めたんだ!! もう影が薄いなんて誰にも言わせないぞぉぉおお!!」
叫んで腕を振ると、彼がしていた首飾りが光った。それを見たレナがあわてて腕を突き出す。同時に室内に吹雪が吹き荒れた。レナの張った防御壁に、ヒトの頭よりも大きい氷の塊が勢いよくゴツゴツぶつかる。一発当たっただけで人間の頭など簡単に潰れるだろう。
「バーミリアス!! このアホ!!」
叫んでエリオスは剣を振った。吹雪が真っ二つに裂けて消滅する。魔法を消すのがエリオスの剣の特殊能力らしい。
「当たったら死んだぞ!? 危ないだろう!!」
「お前らなら死なない!! おれのハーレムを理解してくれるまで続けるぞ!!」
バーミリアスは胸を張って断言した。その胸元でまた首飾りが光る。
今度は岩の塊が空中に現れ降ってきた。どれもこれもやはり人間大で、当たれば即死するのは間違いない。防ぎながらレナが叫ぶ。
「アナタ一体何種類チャージしているのよ!?」
バーミリアスの首飾りもジルゼからの授かりものだ。あらかじめ呪文を唱えておけば、任意の瞬間に発動させることが出来る便利なもの。
「はっはっはっは、でーきーるーだーけー」
「いいぞ! やってしまえ!!」
レゼルドドルクが嬉しそうに叫んでいる。次の瞬間には降ってきた岩にぶつかって吹き飛ばされていた。この魔物も結構な間抜けである。
「バーミリアス……」
ゲンナリとセーズが呟く。
仲間だったときはこの上もなく頼りになった人物とアイテムだったが、敵に回るとこれ以上ないくらい厄介だ。ましてこちらは本気で攻撃できない。相手は魔物でもなんでもなく、ただ呪われてトチ狂っているだけなのだ。
バーミリアス本人に攻撃は出来ない。だが、彼に攻撃をやめる意思は見えない。
ならば。
セーズは腰の双剣に手をかけた。
「レゼルドドルク」
部屋の端っこで岩から身を隠すようにしている(情けない)魔物に声をかける。
「バーミリアスの呪いを解け」
しゃりん。涼やかな音を立てて、魔王を倒した勇者はその愛剣を引き抜く。
「ふ、ははは、そんな離れた位置で何をするつもりだ、勇者よ?」
レゼルドドルクは嘲笑した。セーズの位置から魔物までは、一番背の高いイズの歩幅でも三十歩はあるだろう。セーズが魔法を使っても、バーミリアスの魔法に潰されてしまい、意味はなさないはずだ。
バーミリアスもそれを分かっているから、セーズやエリオスが使えないような高位の魔法ばかりを使っている。走って近寄ろうにもレナの防御壁から出ることがどれだけ危険かは見れば分かることだ。
「次ぃっ!」
バーミリアスが叫び、楽しそうに次の魔法を発動させる。今度は真っ白い炎が吹き荒れた。当たれば人間の体でも瞬時に蒸発しそうだ。
その中へ、セーズは駆け出した。
「セーズ!?」
イズが驚く。だが、彼はすぐにセーズの後姿を見失った。炎に巻き込まれたのではない。
セーズの動きが早すぎて見失ったのだ。
彼がどこに行ったのか分かったのは、ドガ! という音がしてそっちを見てからだ。
セーズはほとんど一瞬でレゼルドドルクのもとまで移動していた。剣の柄で魔物を殴りつけ、壁に叩きつけている。魔物が避難していたそこは、魔法の範囲外だ。
「!?」
どうやってあそこまで一瞬で、声を失うイズである。
「あっちはセーズに任せましょう。エリオスはこっち。あのバカを止めて頂戴」
「分かっている」
レナとエリオスはあわててもいない。セーズの実力は彼らが一番知っている。力や魔力よりも姑息に策を練るタイプのレゼルドドルクに、彼が負けるわけがない。
現にレゼルドドルクは殴られっぱなしだ。げすごすごすごす。セーズはこれでもかと言わんばかりに剣の柄で殴っている。バーミリアスの呪いがあるため、刃で切り裂くわけにはいかないからなのだろうが、はたから見ているとある種の拷問のようにしか見えない。
見ているイズが、いっそラクにしてやってくれと言いそうになるくらいだ。セーズの身体は華奢な女の子で、相手は魔物なのに。
がすがすがすごす、ごつんがっつん。
……イジメに見える。
止めなくていいのか迷うイズの前で、エリオスが何か唱えていた。魔法はバーミリアスには敵わないはずだが、エリオスは迷わず呪文を唱え、それから剣を構えた。
光を湛える剣先を、バーミリアスが行使している魔法に向かって振りぬく。
見えない刃が魔法を切り裂き、その瞬間にエリオスは自身が唱えていた魔法を放った。
風が空気の塊となってバーミリアスの全身を殴打する。
「のわ、げ、ぐえ」
カエルが潰されるような声を上げて、バーミリアスが倒れる。ひ弱な魔導師だ、一撃で充分である。倒れた隙を逃さず、エリオスはバーミリアスに走り寄り、彼の首から首飾りを剥ぎ取った。ついでに首の後ろを一撃して昏倒させておく。
「こっちは押さえたぞ、セーズ」
バーミリアスを踏んづけて、エリオスは報告する。べきべきに魔物を殴っていたセーズがようやく手を止めた。レゼルドドルクは床に落ちて動かない。
「そ、そこまでしなくても」
思わずイズが言うと、セーズは首を振った。
「効いていないんですよ、こいつには。死んだフリしているだけです」
「へ、そ、そうなの?」
「ええ、そうよ。こうやって姑息にコソコソやって、魔王の腹心までなんとか上り詰めたヤツなの」
何度か戦って、レゼルドドルクの特性や性格を把握しているセーズたちだ。
戦ってレゼルドドルクを打ち破るたびに、死んだフリとか命乞いとか、その他もろもろの手で上手く逃げられていた。
魔王が滅んで、こいつも滅ぶか魔底に戻るかしていると思っていたのに、これだ。
「さて、レゼルドドルク? もうその手が通用しないことくらい理解していると思うけど、もう一度訊こう。バーミリアスの呪いを解け」
…………しーん。返事はない。
死んだんじゃないか。イズはそう思った。魔王が滅んで魔物は力を失った。だからこの魔物もきっと以前のような力はないのだ。やはり死んだのではないか、と。
甘かった。
「ウ!?」
身体に異変を感じたのはその瞬間だ。体が動かない。頭の中に声が響く。
『自分のものにしたいだろう? 奪え!』
視線の先にはセーズ。今は美しい少女がいる。プロポーズまでした、イズの理想の女の子。だが、彼は男で、今は体が女の子なだけだ。
『ヤツが戻ることはない。奪え!』
声に頭がぼうっとして、イズはぼんやりと背の大剣に手を伸ばした。
『自分だけのものにしろ、独り占めしろ、誰にも渡すな――殺してでも!』
引き込まれるように剣を抜いた。迷わずに振る。
「!」
セーズには届かない。イズよりも遥かに強い彼はあっさりと身をかわしてしまう。距離が離れたその隙に、レゼルドドルクは起き上がり、天井近くに逃げた。
「はははは! 意思の弱い奴を連れて歩くとはお笑いだ、人間どもよ! 油断したな!」
哄笑する魔物に、エリオスが拾い上げた岩を投げつけた。
「もぎゅ!?」
変な悲鳴を上げる魔物を、魔法で追撃する。
[烈炎よ! 神炎よ!]
叫んで剣を振る。剣先から炎が噴出した。レゼルドドルクはかわしようもなく、炎に包まれた。この程度の炎はすぐに消せると魔物は笑う。
「ははは! ぬるい炎だ! これしきでこのワタシを滅ぼせると」
[包み離すな!]
キッパリと言い放ち、エリオスは魔物から視線を離した。これで延々と燃え続ける炎を相手にレゼルドドルクは逃げられない。床に落ちてじたばたしている。多少の魔力で消えるようなシロモノを、魔王相手に戦っていた連中が魔物相手に放つわけがないのだ。
人間を舐めすぎである。まして今レゼルドドルクが相手にしているのは、魔王を滅ぼしたパーティーなのだから。
「レナ、正気に戻せる?」
うつろな瞳でブンブン剣を振ってくるイズからひょいひょい身をかわしながら、セーズは困った顔をしている。ここまであっさりイズが洗脳されるとは思わなかった。
「殴っちゃえば? アレみたいに」
のたうちまわっているレゼルドドルクを指してレナが言う。あきれ返った口調だった。
守るだのなんだの調子のいいことを言っておきながら、あっさりと魔物に操られてしまっている。心をしっかりともっていればこの程度はなんなく脱することが出来るはずだ。
「……いや、僕が殴るとイズさん死にそうだし……穏便に止めてよ」
えー、最強なヒトタチなので、このくらいではうろたえておりません。哀れなのはイズですな(笑)




