四章・往生際の悪いヒトたち・3
螺旋のような階段を上がって、二階につく。すぐに部屋に入るのかと思いきや、セーズはまず用心深く踊り場から室内を覗き込む。
……振り返った彼は苦笑していた。
「……中でミスリルゴーレムが五匹待機してる」
ぶふぅっ! イズが吹き出した。魔法生物のゴーレムの中でも一番固いやつらしいというくらいの知識はあった。一番硬いということは、一番強いということでもあり、なまなかな魔法では作り出せないものだということでもある。イズなど話にしか聞いたことがないシロモノだ。それは彼が遭遇した魔物や怪物の中でかつてないくらいの強敵だということ。
それが、よりにもよって五匹。
「た、倒せるのか!?」
「面倒ね」
レナが言う。
「面倒だな」
エリオスが頷く。
魔王を倒したパーティーですら苦戦するような強敵なのかと、イズはゾッとしたが、
「じゃ、さっさと片付けよう。あ、耳塞いだほうがいいですよ、イズさん」
セーズはこともなげに呪文を唱えだした。
[源よ、万象の力よ、揺らぐ力もまた力、留まり集い、また散るがいい!]
キィンッ!! 空気に鋭い亀裂が入るような音がした。
それから、轟音。耳を塞いでおいたほうがいいとの忠告に従っていても、まだとんでもない音に聞こえたほどだ。びりびりと衝撃が肌を伝わってくる。
一体どれほどの魔法なのか、イズには見当もつかない。
振動が収まってから、セーズはまた室内を覗いた。
「ん、大丈夫。行こう」
歩いていく足取りには警戒が見えない。ついていったイズの視界に、室内の様子が入ってくる。ゴーレムがいたというはずの室内には、大量の魔法鉱物が転がっていた。
一抱えでしばらく遊んで暮らせるだろう。宝の山である。ゴーレムの姿はどこにも見当たらない。この大量のミスリルは――五匹のゴーレムの残骸なのだ。
セーズの魔法一発で、最強のゴーレムは粉々。
「……倒せないんじゃなかったのか? すごく苦戦するかと思ったんだが」
イズがレナとエリオスを見ると、二人は眉を寄せた。
「は? 面倒だって言っただけだろう。倒せないなんて誰が言った」
「ディザスターに比べたらミスリルゴーレムなんて雑魚よ?」
……何度も言うが、魔王を倒したパーティーである。最後の最後の強敵に比べたら、その辺で知られているような魔物や怪物はまさしく雑魚だろう。
「魔王の城にはこんなのごろごろしていたし。ねぇ?」
「そうだったな。あれも面倒だった。数が多くて」
レベルが違いすぎる。肩を落とすしかないイズだ。
「エリオス」
室内の様子を観察していたセーズがエリオスを呼んだ。すぐにエリオスは彼に駆け寄る。
「なんだ?」
「あのさ、確かミスリルって魔法の増幅できただろ?」
「ああ、ある程度の魔法なら吸収・増幅する性質があると本で読んだことがある」
いかにミスリル製でも、セーズが放った魔法は強力なために、吸収どころではなく爆散したが。
エリオスの知識の後押しを受けて、セーズは決心がついたようだ。身振り手振りでエリオスに何を考えていたか伝える。
「こういう風にこう置いて、方陣組んだら……」
「ああ、分かった! なるほどな。それは手間が省ける。やろう」
エリオスはすぐに理解してくれたので、次にレナを呼ぶ。
「レナー、ちょっといい?」
「はぁい。何を思いついたの?」
「このまま上がっていくのはちょっと危ないと思うんだ。かなり高い塔だし、バーミリアスのところに行く前に体力が尽きてしまいそうな気がする。なんだかこの調子で各階にガーディアンでもいそうな感じだから」
一階一階に守護者がいる可能性がある。高レベルの魔導師であるバーミリアスならいくらでも魔法生物を生み出すことは可能で、下手をすると異界――魔底から怪物を呼び出している可能性もあった。仲間の彼の力はセーズが一番よく知っている。
バーミリアスほどの高レベル魔導師になると、ある意味なんでもアリになってくるのだ。
「そうね、あいつ研究バカだったし……ここぞとばかりに召喚しているかも」
一階上るたびに強敵と戦う総当たり戦などさすがにゴメンだ。この調子で十階も上がっていったら途中で力尽きるのは簡単に予想できる。各階に一種類とは限らないし、空間を変に歪めている可能性もある。この調子ではバーミリアスが最上階にいるのはまず間違いないだろう。 複雑な迷路でも作られていたら、彼の顔を見る前にくたびれる。
バーミリアスもそれを期待しているだろう。彼とて仲間と戦うのは冗談でも望んでいないはず。ミスリルゴーレム程度でセーズたちを止められるわけがないと、バーミリアスだって理解しているのだから。
途中で帰ってくれという意味をこめて、各階に守護者を配置しているのだろう。
「だからね、ちょっとズルしようと思う」
いたずらっぽくセーズは笑った。
最上階で、バーミリアスはわくわくと手を合わせていた。
懐かしい仲間たちがやってくる。顔を見るのは嬉しい。セーズは超美形だし、レナは可愛い。エリオスは男だが、セーズにやったように女にすれば何も問題はない。彼も美少年だから、さぞ美しい少女になるだろう。
願っていたハーレムは思った以上に好スタートになりそうだ。幸先がいい。しかも気心の知れた仲間だ。なお嬉しい。
エリオスは何故か怒っているようだから、女にするのは難しいかもしれないが、ここまで来るだけで疲れきってしまうだろう。その隙を突いて女にしてしまえばいい。
疲れきってしまった彼らに抵抗は出来ない。なんだか知らない男も居たが、あれは美形ではなかったのでいらない。ごみ捨て場から落とせばいい。下にい、魔底から召喚した怪物がちゃんと河に流してくれるだろう。別に殺したりする気もないから、男への対処はそれで充分だ。
早く来てくれないかとバーミリアスはわくわくしている。各階に置いたしかけや怪物たちは仲間たちの足止めにもならないと分かっている。だが、疲れさせるには充分。
疲れきった状態なら、エリオスを女に出来るし、とくとくと『ハーレムはいいぞう』と、説得することも出来る。根気よく話せば、分かってくれるはずだ。
何故かバーミリアスはそう確信していた。本気で心の底から信じている。
自分のハーレムに、みんな喜んで入ってくれると。
「はー、早く来ないかなー。セーズもレナもエリオスも大事にする自信はあるぞ!」
言った瞬間、後頭部に何かがぶつかってバーミリアスはつんのめった。
「ぶっ殺す。いいな、セーズ?」
「ちょっと落ち着くんだ、エリオス。僕はバーミリアスに直接訊きたい事があるから」
セーズが苦笑してエリオスを止めた。エリオスはミスリルの塊を手にしている。さっきはそれを力一杯バーミリアスに投げつけたらしい。投げつけられた方はしゃがみこんで呻いていた。ミスリルの強度はかなり高いので、たんこぶが出来たのは間違いないだろう。
「バーミリアス? 大丈夫かい?」
「くぅう〜、星が散ったぞ……」
涙目でバーミリアスは立ち上がった。その様子に威厳はない。特徴もない。みんなが言うとおり、ありふれた男だ。塔の中の最後のボスという感じはまるっきりなかった。
かつての仲間を見るなり彼は驚いてこう言ったせいもある。
「何でいる!? 早すぎるだろう!? ここまで来るのに、ゴーレムとか倒して階段上ってきたら、楽勝で半日はかかるはずなのに!!」
来るのが早すぎると文句を言う最終ボス。ありえない。
バーミリアスが予想していた時間より遥かに早く、セーズたちは最上階に到着していた。
疲れている様子もない。
「階段上っていないもの」
ケロリとレナフレアに答えられ、バーミリアスはいぶかしげな表情だ。あっさりとエリオスが種明かしをする。
「二階にミスリルゴーレムがいたからな。ミスリルの特性を利用して、転移方陣をつくってここまで転移しただけの話だ。ぼくとセーズの二人なら可能なことだろう」
ラストボスまでのショートカット。反則的な裏技である。言われてバーミリアスは頭を抱えた。壊れたゴーレムの残骸を再利用されることなど、不覚にも考えていなかったのだ。
「何してんだよ!? 普通は正々堂々と正面から上ってくるものだ!!」
「いや、そんなこと断言されても。途中で疲れちゃうと思ったから」
至極当たり前にそう返すセーズに、バーミリアスは地団太を踏む。
「勇者って呼ばれているくせに手抜きするなよ!!」
「わけの分からないことを……大体、発端はお前がセーズを女にするなんてくだらない真似をするからだろうが!!」
「くだらなくないっ! おれはハーレムを作るんだっ!」
「心底からくだらないことは置いておいて、どうしたのよ、バーミリアス? アナタそんなに濃いキャラじゃないでしょう」
「薄いキャラって言うなぁぁぁあっ!!」
本人も影が薄いことは気にしているらしい。絶叫している。
「「だって薄いだろう」じゃない」
仲良く声を揃えるレナとエリオスだ。仲間ゆえに遠慮もない。
「うがぁああああぁぁっ!!」
バーミリアスは怒りの叫びを上げた。じたばたしている。
「……やっぱり変だ……」
彼を見ていたセーズが呟く。バーミリアスはこんな人間ではなかった。もっと落ち着いた性格をしていた。何かおかしい。違和感がある。どうしようもない、違和感。
それはあの日思いつめた様子のバーミリアスからも感じたものだった。あの時は、新しい魔法が上手くいかなくて悩んでいるのだろうかと軽く考えていたが、もしかして。
動揺してじたばたしているバーミリアスから感じるもの。
「……ディザスター?」
ボソッと言った言葉に、魔導師の身体は大きく反応した。
魔王の名。確かに倒したはずの、魔王。バーミリアスから感じるこのかすかな違和感は、ヤツのものに似ていないか?
ゆっくりとセーズは『星砕く刃』の柄に触れる。魔王に止めを刺した双剣に。
「バーミリアス、ディザスターに何をされた?」
魔王は滅びたはずだ。もう一度何かを為せるとは思えない。だが、人間の常識で量れない存在であることもまた事実だ。滅びる間際、ヤツがバーミリアスに何かしたのか。
最後の瞬間に直接ヤツに触れていたのはセーズだ。バーミリアスはいつもと変わらず後方から援護をしてくれていた。彼に何かされたという可能性は低く思えるが、今の反応を見ると……何も無かったとも思えない。危険性で言えば直接触れていたセーズのほうがずっと何かされる可能性が高かったと思うが、何故バーミリアスなのか。
「ふふふ……さすが勇者、か。ジルゼの加護を受けているだけのことはある」
声は別のところからした。バーミリアスとは違う場所に突然気配が現れる。
現れたものの姿を目にして、イズが口をパクパクさせる。とんでもない圧迫感に声が出ない。 普通の人間がまず目にしない存在がそこにいた。
異形。そうとしか言えない存在。
「ひさしぶりだ、人間共」
言う存在に、セーズたちは見覚えがあった。旅の中で、何度か戦った魔王の腹心―――、
「レゼルドドルク……!?」
白い体のあちこちに青い瞳が張り付き、腹部に真っ赤な口がある。体が人型なので不気味度はひとしおだ。
「生きていたのか!? 魔王が滅んだというのに、何故!?」
黒幕登場!(今頃)




