四章・往生際の悪いヒトたち・2
塔の中は極彩色だった。目がチカチカするような内装だ。あちこちから薄く透き通った布が垂れており、雰囲気がすでにいかがわしい。これで何かの香でも焚かれていたら、まさしくハーレムのイメージそのものだろう。
あいにくとバーミリアスが言っていた通り、女の子はおらず、男が十人近くたむろしていた。見た感じではとてもガラが悪い。飛び込んでいったイズと睨み合っている。
「誰だ? バーミリアスの知り合いか」
エリオスが言うと、男たちは口々に言った。
「ダンナの夢を邪魔するな! おれたちもおこぼれに預かるんだ!!」
「そうだ! もうあんな……あんな悪夢は見たくない……せめて英雄のおこぼれくらい貰ったっていいだろう!!」
ハーレムに協力している仲間らしい。バーミリアスは力仕事には向いていないから、この内装をしたのは彼らだろうか。
彼らをどこかで見たようなと、セーズは首をひねった。この雰囲気、そして今にも泣き出しそうな人たち。
「あ、ビオラさんといた人たちに似てる気がする」
ビオラと兄貴。破壊力抜群のあのカップルに泣きながら苦しんでいた山賊。彼らに似ている。呟いたセーズに、男たちはびくりとした。
「な、なんでアネサンの名前を!?」
「え」
「あら、本当に関係者?」
「し、知っているならおれたちが何でここにいるかも分かるだろう!?」
どうやら、精神破壊兵器から逃げ出した山賊らしい。耐えかねて逃げ出し、そこでバーミリアスに共感したのか。イヤな縁である。
「分かるけどダメですよ、こんなことしてるバーミリアスの仲間に入っちゃ」
「アナタたちの残っていたお仲間も今は解放されて、近くの村でまじめに働いているのよ? アナタたちもまじめに働きなさいな」
「う、うるさい! ダンナは俺たちが守る!!」
彼らは聞く耳を持たず、山刀を構えた。おとなしく通す気はないらしい。
「よーし、そのままかかってこいよー、ふふふふふ」
イズが不穏に笑って背の大剣を抜いた。かなりフラストレーションが溜まっているようだ。獣のように吼えて走っていく。
「……どうする?」
エリオスが指をさす。手助けするかと訊いているのだ。おそらくイズ一人では少々荷が重い。彼の実力の問題ではなくて、相手の数が少し多いからだ。
セーズやエリオスならば瞬時に蹴散らすことが出来る相手でしかないが。
「うーん、魔法の一発でもって思ったけど、イズさんもう走って行っちゃったからなぁ。危なくなる前に加勢しよう」
魔法での援護はイズも巻き込みかねない。危なくなりそうだったらセーズも走っていくつもりだ。すぐに援護できる位置にまで移動して、おのおの武器に手をかけ、いつでも行動できるようにしておく。
そのあたりはさすがに歴戦の勇者パーティー、戸惑いや乱れがない。本来ならレナと同じくらいの位置にバーミリアスがいたのだが。
セーズが覚えているバーミリアスと今の彼は、大分様子が違う。前は魔法の研究に没頭することが多く、魔法に携わることが一番楽しいと言っていた。その熱意が、魔王を倒してから女性のほうに行ったのか。それにしてもいきなり問答無用でセーズを女性に変化させることはないだろう。
しかも理由が『ハーレム作りたいから超美形のお前も入れ。でも俺ホモじゃないしー、じゃ、お前が女になれば解決ー、イエーイ』……である。
バーミリアスが分からない。セーズは正直にそう思った。
こんな人じゃなかったはずなのに。それとも気がついていなかっただけで元々はこういう人間だったのか。
……悩むセーズの目の前で、イズが大暴れしていた。
彼をここまで連れてきたのはちょっと可哀想だったか。でも、これ以上熱烈にアタックされても困るので、現実を見てもらうことにしたのだった。
いくら外見が少女でも、セーズは男である。男に求愛されるような趣味はない。
あきらめてください。気の毒に思いながらもセーズの答えは変わらない。バーミリアスに抱きつかれたときだって鳥肌が立って思わずはたき倒したくらいだ。
男と結ばれるくらいならジルゼに弟子入りして世捨て人の隠者になる。キッパリそこまで決意してから、セーズは剣を抜いた。そろそろイズが危なくなってきたのだ。
走りこむ。イズはちょうど一人の剣を受け、もう一人に背中を狙われていた。
身軽に斬り込んだセーズはひとつ剣を振るい、イズの背中を狙っていた男の武器を斬りおとした。熱したナイフでバターを切るかのように、硬いはずの山刀はさっくりと刃を斬りおとされた。男が目を丸くする。どう見ても華奢な少女のセーズに、そこまで出来るとは考えていなかったようだ。
セーズはちょっと苦笑して、柄の部分でもと山賊を一撃、昏倒させた。魔王を倒した勇者が、ジルゼから授かった武器で人間を斬るのは、相手にとってかなり気の毒だろう。
そこまでいじめるつもりもない。暴れるイズを上手にフォローしながらセーズは難なく山賊を昏倒させていった。エリオスとレナが手助けすることもないくらいだ。
セーズも本気ではない。このくらいの相手に彼が本気を出すのはそれこそ気の毒だ。
最後の男をイズが斬り倒して、戦闘は終結した。八つ当たりが済んでイズはすっきりした顔をしている。
「……これで死んだら、この人たち可哀想よね、いくらなんでも」
レナは呟き、一応倒れている男たちの様子を見る。セーズが殴った男たちは問題ない。イズが切り倒した連中は、かろうじてまだ息をしている。ほぼ八つ当たりだったため、幸い急所を狙うという考えには至らなかったようだ。
レナは男たちを癒す前に、エリオスに目配せし、眠りの魔法を男たちにかけてもらう。それから、男たちが動けるくらいにはなるように軽い癒しの魔法をかけた。起きているときに癒すと背後から襲われかねないからだ。
これでこのもと山賊たちは夜までは起きないだろう。さすがにそのころにはバーミリアスとの決着がついているだろうし、彼らの身も安全のはずだ。
行こうかと、セーズが声をかけ、四人は透き通った布の奥にある階段に目を向けた。
それほど高くはないとはいえ塔だ、登るのは骨だろう。おまけに高レベルの魔導師の塔だ、どんな仕掛けがあるか分からない。
「イズさん、真ん中歩いてください」
「へ、なんで」
「バーミリアスが何か仕掛けているかもしれません。危ないですから」
階段の上からバーミリアスに魔法を一発放たれただけで、イズはあっさりこの世から別れを告げられるだろう。以前依頼を受けて来たときは入り口だけで、内部にまで入らなかったのだ。したがって塔の中の様子は分からない。案内が出来るのは塔に入るまでなのだ。中では役立たずなのである。
「お前は来るなとか言っていたしな。前を歩くと死ぬ可能性が高いぞ」
「エリオスはしんがりを。何か感じたらすぐ伝えてほしい」
「分かった」
テキパキとしたセーズの指示に、逆らう間もない。気がつくとイズはレナの隣を歩いていた。前には少女となった勇者の背中。困ったことについていくのに違和感がない。
間違いなく彼女は人々を希望に導いた勇者なのだ。今となってはイズにも納得できる。
が、感情とは別である。結婚まで考えた少女が、男。しかも世界を救った勇者。
世界最強の存在。人々の希望の礎。
高嶺の花。そういわれたことを思い出す。でも中身は男。
「……」
静かに泣くしかないイズだった。
「現実って厳しいでしょ」
レナが横から囁いてくる。半ば以上が笑っているような声だ。事情を知っている彼女からしてみれば、さぞイズやエリオスの態度は面白かったに違いない。最初にあったとき爆笑されたのは、そういうことだったのかと今更ながらに思う。
「……言ってくれれば……」
「おほほほ、素直に信じた? 本当に?」
「う」
呻いてイズは黙った。何も言えない。前を行く華奢で、でも世界最強の背中についていくだけだ。
男前勇者セーズと『セーナ』に未練たっぷりのイズ。あきらめろ、イズ。実らないから(笑)




