三章・真実って残酷だ・3
ラジルダルにつくまでの二日間、実にぎすぎすした空気に包まれながら過ごした。時間があればエリオスはセーナに話しかけて探ろうとするし、そうするとイズが変に対抗心を起こして割って入る。おかげで言い訳もせずに済み、ボロが出ることもなかったのでセーナとレナはかえって安心したのだが、男二人の仲は最悪を通り越して険悪になった。
イズとしては気のある少女にエリオスが変に因縁をつけて付きまとっているとしか思えず、エリオスにとってイズはセーズの情報を得るためにセーナに話しかけようとしているのを邪魔している鬱陶しい男としか思えない。
はたから見ると美しい少女を取り合う男の争いだろうが、争われる当の少女は苦笑い。
けっこうな美少年エリオスと、たくましい男イズに争われても全くその気はないようだ。むしろ怖がってレナにくっついている。ラジルダルに到着してもそうだった。
「セーナ、どこへ行くんだ? 酒場か? そういうのはレナとそこの大木に任せて、ぼくら子供はどこか食堂ででも待っていよう」
「おい、セーナちゃんをナンパするな。悪い虫がどうとか言っといてお前が悪い虫になりそうな勢いじゃねぇか」
「一緒にするな。ぼくはセーズの話をしたいんだ。生き別れたというなら彼女もセーズの話を聞きたいだろうと思ってな、親切心だ」
「それならレナフレアさんでもいいだろう!」
「レナは他にやることがある。ぼくにはない」
「……レナ、行こうか」
「そうね、アホ二人は放っておきましょう」
いっそのこと、ここで撒いてしまおうかと思うが、男二人ともそれを警戒しているらしくそう簡単には撒かれてはくれない。
結局、二人を連れたまま、何日か前に訪れた酒場『山積みのお宝亭』についてしまった。
中に入ると、マスターはすぐにレナたちに気がつき、笑いかけてくる。
「何か分かった?」
まっすぐにカウンターに行って何よりも知りたいことを訊く。
「いやぁ、悪いけどバーミリアスって奴の話は全然だね」
「そう……」
五日ほどではたいした情報は入らなかったらしい。この近辺ではラジルダルが一番大きな街だ。商業都市のために情報も他より集まりやすい。そこを見越して来たのだが、ラジルダルでもダメとなるとバーミリアスの情報を得るのはかなり厳しいだろう。
「バーミリアス? 奴を探しているのか? どうして」
事情を知らないエリオスはなんであんな影の薄い奴をと不思議そうだ。探すのならばセーナの兄、セーズではないのか。何気ない少年の問いに、女性二人はぎくりとした。
「お、エリオス坊やじゃないか。合流したのか、元気そうだな」
「坊や扱いするな。相変わらず不快なところだな、酒場というのは」
不機嫌そうに言ってから、エリオスはセーナに向き直る。
「何故バーミリアスを探している? 君たちはセーズを探しているんじゃなかったのか」
行方不明のセーズ。
同じく行方不明のバーミリアス。
魔王を倒した英雄で、居場所が分かっているのは今現在レナフレアとエリオスだけだ。そして、レナフレアはセーズの妹という少女と、セーズではなくてバーミリアスを探している。
ここにきて初めてその事実に思い当たり、エリオスは愕然とする。バーミリアスの影が薄いため考えもしていなかったが、もしかして。
「……セーズの行方不明に、バーミリアスが関わっているのか!?」
言った瞬間セーナが身を硬くしたのがエリオスには分かった。
かつての仲間。だが影が薄くて彼の性格などはよく覚えていない。そもそも興味も無かった。エリオスにとって大事なのは一にセーズ、二に自分、三番がレナフレアで、あとはその他大勢だったからだ。
エリオスだけではない。
世間一般の反応でも、勇者セーズ、その仲間の聖導師レナフレアと魔法剣士エリオス……あと確か魔導師がいたよね、え、いたっけ? くらいのもので、バーミリアスの影がいかに薄かったかよく分かるだろう。彼はほかの仲間と違って、名前すら世間に知られてはいないのだ。パーティー内で孤立していたわけでもないし、いじめられていたわけでもない。ごく普通に仲間として存在していたのに、コレである。
「え、いやいやいや、セーズがバーミリアスと一緒にいるんじゃないかなぁって」
エリオスの指摘にレナはあわてて言い訳した。
「嘘をつけ! ならなんでバーミリアスを名指しなんだ? あんなに目立たない奴よりセーズを名指しして探したほうが遥かに早いだろう! セーズのほうがずっと目立つ容姿をしているんだから!」
至極まっとうな意見である。外見からしても特に特徴の無いバーミリアスより、超のつく美形であるセーズを探したほうが早い。服装を考えてもそこらにごろごろしている魔導師より、圧倒的に使う者の少ない双剣使いを探したほうが見つかりやすいではないか。
「どうなんだ!? バーミリアスが関係しているのか!?」
「エリオス!」
声を荒げたエリオスを、セーナが鋭く止めた。
「声が大きい。ほかの人が驚いている。静かにしなさい」
「っ……分かった」
エリオスはおとなしく引いた。セーナが本当にセーズに思えたのだ。女性の彼女が、セーズであるわけが無いのに。
妹というのは本当の話かもしれない。彼女はあまりにもセーズに似ている……。
「静かにはする。でも理由を話してくれ。何故バーミリアスを探しているんだ」
「それは……」
口ごもる彼女の様子は深刻で、さすがにイズも口を挟めない。もしや、とエリオスもしているであろう最悪の想像をしてしまう。
もしや、勇者は、かつての仲間に――殺されたのか。
行方不明ではなく、彼はもう、この世にはいないのではないか。
バーミリアスという男は、勇者を裏切ったのだろうか。
魔王を倒した英雄は死んでしまっており、その妹であるセーナが敵を討つためにレナフレアと共にバーミリアスを探しているのではないのか?
だとしたらバーミリアスという男は最悪の裏切り者だ。
「答えてくれ、セーナ!」
真っ青な顔色でエリオスが問う。考えたくない想像が頭を駆け巡っているのだろう。
手に汗握る展開だ。店内は静まり返っている。店にいる全員がセーナの言葉を待っていた。彼女のひとことで世界が変わるかもしれないのだ。勇者がかつての仲間に殺されていたなどという話は、希望が溢れ始めている世界に絶望を落とすだろう。魔王がいなくなって、勇者の存在は光り輝く希望そのものとなったというのに。
世界の人々のために戦った少年の行く末にしてはあまりにもひどい結末ではないか。
イズは眉を寄せた。言葉が出てこない。
「……ここでは話せない」
苦しげにセーナはそう呟いた。
「話せない? ならどこでなら話せる?」
「……」
セーナは迷っているようだった。話したくないことだというのは言われなくても彼女の様子から分かる。口に出したくないこと――口に出せないことなのか。
知られてはまずいことなのか。やはり、バーミリアスという男が勇者セーズの行方不明に関わっているのか。
「……ドルスさん、部屋を用意してくれる? 二部屋お願い」
不意にレナが酒場のマスターに話しかけた。ただならぬ様子を固唾を呑んで見守っていたマスターがあわてて頷き、彼女に二階の部屋の鍵を渡す。
「セーナが落ち着いたら話すわ。今はダメ。エリオスも落ち着いて」
彼女はそっとセーナの背を押した。確かにセーナは思いつめたような表情をしている。
「……いつ、話してくれる? ぼくはいつまで待てばいい? セーズが消えた時だって……ぼくは……っ!」
血を吐くようなエリオスの声に、セーナは苦痛を浮かべた。
彼の言葉が胸に痛い。でも、話したくない。
「とにかく今はダメ。エリオス、セーナを追い詰めないで。アナタも何も分からないのは辛いでしょうけど、セーナだって辛いのよ」
なだめるようにそう言って、レナはイズに鍵を片方渡してからセーナと二階に上がった。男性二人はさすがについてこない。彼女たちのかもし出す雰囲気がそれを許してくれなかった。
女性二人は素早く部屋に入り、鍵をかけた。
はーっと息をつき、セーナが体から力を抜く。
「……まいったわね」
言いながら、レナは先ほどまでの深刻な雰囲気を一変させ、今にも笑い出しそうだ。
「笑ってる場合じゃないよ! エリオスものすごく深刻な顔してたじゃないか! きっとすごく悪い方向に考えてるよ!?」
あせるセーナに、レナはちょっと考え、苦笑した。
「たとえば、バーミリオスがセーズを殺したとか?」
「うわ、絶対考えてるよそれ! どうしよう!?」
セーナは頭を抱えた。彼女がバーミリアスを探している理由はそこまで深刻なものではないらしい。その割に、彼女の表情は深刻なものだったのだが。
「エリオスとバーミリアスはあまり仲良くなかったものねえ……多分あの子、最悪の結果としてそれを考えているのではないかしら」
「うわあ……どうしよう。関係あるか訊かれたとき反応しちゃったのはまずかった……エリオス変に勘がいいからあれで感付いちゃったよなぁ」
バーミリアスがセーズ失踪に関係あるのか。そう訊かれて思わずセーナは硬直してしまった。いいところを突かれたからだ。
その上、セーナは隠し事が上手でない。根っから素直な彼女が上手く隠しとおせるわけもなく。
「ま、エリオスは確信したでしょうね。セーズの件にバーミリアスが関わっているって」
セーナは呻くしかない。
結果、こうならなければいいと一番恐れていた事態に陥ってしまった。
どうにかごまかしてエリオスとここで別れるつもりであったセーナだが、こんな状況で彼が自分たちから離れるわけがないだろう。
「あたしの言い訳もまずかったわね……咄嗟に上手い言葉が出てこなくて。なによりエリオスの前でバーミリアスのこと訊くべきじゃなかったわ。失敗、失敗」
怪しまれて当然だ。セーナをセーズの妹と言ってしまっている以上、バーミリアスを探しているのは何か理由があると思われるのもまた当然。さらに悪いことにセーナが持っているのはセーズが使用していた『星砕く刃』で、まるでセーズの形見のような扱いをしてしまった。
普通、これだけの条件が揃ってしまったら、最悪のことを考えてしまって不思議はない。
「もしあたしがエリオスの立場だったら、まず間違いなく姿の見えないバーミリアスがセーズを殺したと考えるわねぇ」
「……レナ、楽しそうだね」
「おほほほ、いっそのこと話してしまったら?」
にんまり笑ってレナは言う。
「少なくとも気は楽になるわよ〜?」
頭痛を感じながらセーナは言い返した。
「ならないよ! エリオスを巻き込みたくなくて置いて行ったのに、これじゃあ意味がないじゃないか!」
「そうね、でもかまわないのではない? 話しても態度が変わることはないわよ、エリオスなら」
「……僕がかまうよ……」
クスクス笑ってレナが突っ込む。
「わ・た・し、でしょう?」
「……もういい……」
ぐったりとセーナは答えた。
扱いの酷いバーミリアスさん(二十二歳)。
そんでもって、これはアホ話なので、深刻な流れになってどうしようと思う作者(笑)。エリオスは真面目だなぁ(大笑)




