三章・真実って残酷だ・1
バルト村で迎えた朝は早かった。近くで鳴きわめくニワトリの声で目が覚めたイズは、昨晩同じ小屋で眠ったはずのあの可愛くない少年がいないことに気がついた。
昨日、あまりしつこくセーナに近寄るなと話しかけたら、キレイにこちらを無視したあの少年。本当に勇者の仲間だったとは思えないくらい性格が悪い。
レナフレアがエリオスと呼ぶ以上、彼が仲間だったのは真実のことだろうが、夢を持って想像していた勇者の仲間があんな少年だったと考えると、なんだかガックリきてしまう。もっと英雄的な存在を勝手に期待していた。
レナもとても顔の可愛らしい女性ではあるが、性格がたくましいというか、かなり強い。そしてエリオスもある意味でかなりいい性格をしているようだ。彼女たちを率いていた勇者セーズもこの分ではどんな人物やら。
あまり期待しないほうがよさそうだ。イズは起き上がり、小屋の中を見回した。エリオスの姿は小屋の中にはない。イズがいるほうとは真逆の壁際に横になった跡があった。エリオスはイズに近寄ろうともせず、これでもかと言わんばかりに離れて横になったのを覚えている。
バイ菌扱いされたような気がして腹は立ったが、疲れていたのでどうでもよくなって昨夜は結局そのまま眠った。
「……もう起きたのか」
呟いて伸びをする。ワラが敷かれていたので直接地面に寝るより身体はずいぶんラクだ。
セーナとレナも疲れは取れただろうか。脇に置いておいた剣を手に取り小屋を出る。
多分エリオスは彼女たちの小屋へ向かったのだろう。昨夜の様子だとレナの話には全く納得していないようだったから、朝一番に問い詰めようとしているのかもしれない。
女性の眠っている場所に強引に入っているようだったら、なんとしても止めようと思った。そんなうらやましい……失礼なことはしてはいけない。
セーナの寝顔は可愛いだろうなぁという想像に、にやけそうになりつつ、何とか顔を引き締めてイズは女性に割り当てられた小屋に足を向ける。
小屋はすぐそこで、扉の前には華奢な人影があった。さすがに女性の眠る中には入っていかないくらいの分別はあるらしい。
金髪の美少年、エリオスである。彼はとても不機嫌そうに立っていた。
「よう。早いな」
片手を上げて挨拶するイズを、少年はあっさりと無視した。昨夜と態度が変わらない。人見知りするたちなのか、単に無礼な少年なのか。まともに話もしていない状況ではなんとも判別しがたい。
「二人はまだみたいだな。いつからそこに立ってるんだ?」
エリオスは無言。イズと会話する気はないらしい。ひどく不機嫌そうだ。
「……あー、人見知り? それとも低血圧? 朝の挨拶くらいは返してもらいたいもんだな」
「うるさい」
ひとことだ。しかも心底うっとおしいと言いたげである。
「……性格悪いのか? そんなんでよく勇者の仲間になれたな」
さすがにカチンと来たのでそう言ってやる。
「それとも勇者セーズってのは同じくらい性格悪かったのか?」
瞬間だ。銀光がひらめいたかと思ったときには刃が喉もとに押し当てられていた。
イズの喉に鋭い剣先を押し当て、それ以上に鋭い眼光で睨みつけているエリオスは、低く言い切った。
「セーズを悪く言うのは許さん」
本気である。そのままイズの喉を掻っ切るのも辞さないだろう。イズはゆっくりと両手を上げた。年下の少年に情けないことだが、完全に迫力負けしている。彼が剣を抜く動作もイズには見えなかったのだ。気がついたら冷たい刃の感触が喉にあった。
さすが魔王を倒した英雄、一冒険者が張り合える少年ではないと痛感する。
イズが降参を示したので一応納得したのか少年は剣を収めた。腰に下げているのは細身の長剣だ。かなり切れ味はよさそうである。体つきが華奢なため力はないのだろう。その分切れ味の良い剣を使っているようだ。エリオスが下げている剣も、やはり使い込まれている。ひょっとしてこれもジルゼが与えたものなのだろうか。そうであっても不思議はない雰囲気を持った剣だ。
セーナが持っている双剣やレナが持っている杖のように、激戦を潜り抜けてきた愛用の武器なのだろう。セーナが持っている双剣……勇者セーズの持ち物。ジルゼが彼に与えた、世界にただひとつの品。それを腰に下げている少女。
「……セーナちゃん、そんなに勇者セーズに似てるのか?」
セーナ――セレスティータ。彼女は勇者セーズの妹だとレナは言った。エリオスは彼女の顔を見て、勇者セーズと間違った。どう見ても女の子のセーナを見ても勘違いするくらい似ているのか。
「……似ているんじゃない。そのものだ」
ぶっきらぼうに、そっくりを通り越しているとエリオスは言った。あれほど美しい少女と同じ顔をしている男が存在するのか。イズにははっきり言って疑わしく思える。
「あの子と同じ顔した男なんているのか? というか、それ、男か?」
「あの顔でも……僕よりたくましかったぞ、セーズは。身体は華奢でも心は勇ましい。だから魔王も倒せた」
だからこそ、彼は勇者と人に呼ばれているのだ。
「……セーナちゃんが勇者の妹……」
そう言われてみれば確かに彼女も勇者の資質を持っているかもしれない。困っている人たちを見捨てられない優しく強い心。人々を導く輝き。山賊ですら彼女の指示に従ってしまったではないか。
「そんなわけがない」
エリオスはまたも言い切った。
「セーズには家族はいないんだ。彼がいた町ひとつ全てが魔王に滅ぼされている。彼の血族も一緒に」
それは有名な話だったのでイズも知っていた。勇者セーズの生まれて育った町は魔王によって滅ぼされてしまっている。セーズはたまたま隣の村に使いに出ており、彼が戻ったときには町は魔物が闊歩する荒野に変わっていたという。
変わり果てた町を見て、勇者は復讐を誓ったとか、魔王を必ず倒す決意をしたとか、吟遊詩人は見てきたようにその時の勇者の悲哀を唄っているが、本当のところどうだったかは本人しか分からないことだろう。
「でも、生きていたのかもしれないだろう? それなら勇者だって喜ぶだろうし」
「……妹がいたとは聞いていない。両親と姉と兄と弟の話は聞いているが」
勇者は六人家族、四人兄弟だったらしい。
「え、でもセーナちゃんは? 双子の妹だってレナフレアさんは言っただろ」
「だからおかしいと言っている」
勇者セーズと同じ顔をした少女。生き別れた双子の妹とレナは言った。勇者と同じ武器を持つ、れっきとした女の子。だが、勇者の家族は死に絶えてしまっているはずで、双子の妹の話など彼はひとつもしていなかったらしい。
「? ? じゃあ、彼女は一体何者なんだ?」
「それを確かめようとしているんだ」
少年が朝も早くから小屋の前に待機しているのは、女性二人に逃げられないようにするためらしい。レナフレアの性格を熟知しているエリオスは、彼女がセーナを連れて逃げ出すのではないかと危惧しているのだ。
一歩間違うと怪しい人物だろうが、エリオスのほうも切羽詰っている。やっと見つけたセーズの手がかりだ。いきなり消えた彼をどれだけ心配したか分からない。
あまり外には出さないが、エリオスはセーズにとてもなついている。本当の兄とも思っているのだ。レナフレアだって嫌いではない。彼女とじゃれあい、セーズにたしなめられるのをお互いに楽しんでいたのだから、本当の家族よりも近い大切な仲間と思っている。
置いていかれるのはもうゴメンだ。魔王を倒す辛い旅でさえ貫き通した仲間なのに、どうして置いていかれたのか分からない。
何故、彼はいきなり自分たちの前から消えたのか。
性別以外、どう見てもセーズとそっくりなセーナと名乗る少女は、何が目的でレナと行動を共にしているのか。
そこらあたりが判明するまで、エリオスは追及を止めるつもりはない。
「謎だなぁ……でもセーナちゃんには謎も似合うなぁ」
鼻の下を伸ばすイズに、何を感じたのかエリオスは殺気立つ視線を向けた。
「変な目で見るな!」
「なんでだよ? セーナちゃんは可愛い女の子だろ、見ていたいと思って何が悪い?」
「本当にセーズの妹だったら悪い虫を近づけるわけにはいかない! 妹でなくてもセーズと同じ顔だ、変な虫をつける気にはなれない!!」
保護者気分になっているようだ。そこら辺りの反応はレナと同じである。
「なんだよ、俺は変な虫じゃないぞ! 彼女のことだって真剣に考えているんだ!!」
「……斬る!」
真剣に武器に手をかけるエリオス。腕前では到底かなわないと分かっているのでイズは逃げようかどうしようか迷った。
ばたんとドアが開いたのはそのときである。
中から目の据わったレナが顔を出し、ひとこと。
「……うるさい」
イズとエリオスには地の底から響くような恐ろしい声音に聞こえた。
「なんなのよ、朝も早くからぎゃあぎゃあと! ニワトリが静かになったと思ったら次はアナタたち!? あたしたちは疲れているのよ、休ませたいという労わりはないの!?」
「ハイ、スミマセン、ゴユックリ、オ休ミクダサイ、れなふれあサン」
かくかくと答えるイズは、完全に迫力負けしている。エリオスは見てみぬフリ。寝起きのレナは機嫌が悪いので、触らぬほうがいいと彼はよく理解している。
「レナ、いいよ、もう起きよう。村長さんに話をしないといけないし」
苦い笑いを浮かべて、セーナが顔を出した。あちこちにまだワラがくっついているところを見ると、彼女も今さっき目が覚めたばかりなのだろう。さすがにセーナに八つ当たりすることはできず、レナは強く息を吐いた。
「ああ、もう! もう少し眠りたかったのに!」
「いや、ごめんなさい、すいません。こいつが暴れようとしたもんだから」
イズはエリオスを指した。間違いではない。間違ってはいないのだが、発端を造ったのはイズだろう。なすりつけられてエリオスは柳眉を逆立てた。
「? エリオスが? なにかあったの?」
まだ眠そうにセーナが問いかけてきたので、イズを斬り倒すのは止めた。
「べつになにも……君はぼくの名前を気安く呼ぶんだな。まるでセーズみたいだ」
彼女をじいっと見つめて言ってやる。見れば見るほどセーズにそっくりだとエリオスは思った。こんなに似ていて他人であるわけがない。でも、セーズの身内であるわけがない。
「う、え、あ、う」
あわあわ。セーナは言葉を失った。つい、親しげに呼びかけて話しかけてしまうが、初対面ということになっているのだ。そう考えると失礼である。
「ご、ごめんっ、えっとエリオス君」
うわぁ、凄い違和感。
そう思ったのは誰だったか。
謎が謎を呼ぶ(大げさ・紛らわしい)過大広告と訴えないでください(土下座)




