二章・どうしたらいいのか分からない・5
見張りの二人と、遺跡内で死に掛けていた(いちゃつきを間近で目撃してしまったらしい)ほかの部下の人たちを連れ、いまだ納得していない様子のエリオスもついてきて、十人以上に増えた一行がバルト村に帰りついたのは夜半になってからだった。小さな村のため、宿屋などは当然ない。こういう場合は一番大きい家である村長宅に泊めてもらうのが一般的だが、あの村長宅にもう一度顔を出すのはかなりの覚悟がいる。
仕方ないのでとりあえず娘をさらわれた村人宅に報告だけでもとドアを叩いた。
やはり顔を出したのは父親の男性のみ。母親はふせったままらしい。
「あなたがたは……もう戻られたのですか?」
「夜分遅くすみません。一刻も早くご報告したほうが良いと思いまして」
あれだけ心配していたのだ。娘の無事を早く告げたい。
「娘さん……ビオラさんはご無事でしたよ」
「! 本当ですか!?」
目を丸くする父親。娘はとうに死んだものとあきらめていたのだろう。
「ええ。こちらの方が事情を良くご存知なので、聞いていただけますか」
セーナは見張りの二人を示す。二人は父親に苦笑しながらぺこりと頭を下げた。
これがあのアネサンの父親なのかと思っているのは間違いない。このどこを見ても普通の男性から、どうしたらあの娘が生まれるのか。セーナ達が見たことのない、ふせっているという母親に似たのだろうか。
精神的に死に掛けている部下の人たちを一旦外で休ませて、一行は家の中に通され一息ついた。その間に見張り二人から兄貴とアネサンのなれそめ話を聞いた父親は、血相を変えて隣室に駆け込んでいく。
「エレータ! ビオラは無事だよ! そのうえお婿さんまでもらって山の遺跡で幸せに暮らしているそうだ!」
とても嬉しそうにそう言って、ふせっているらしい母親に報告している声が聞こえてくる。
「あなた……本当? 本当なの? ビオラが……あの子にお婿さんなんて……そんなわけがないわ……わたしを喜ばせようとしてくれているのは嬉しいけど……」
弱々しい声。これが奥さん、ビオラの母親なのだろう。
「嘘なんてついていないよ! 起きられるかい? この話をしてくれたのはビオラのお婿さんの部下だった人だよ。今そこに来てくれているんだ!」
「本当?」
などとやり取りが聞こえ、しばらくして隣室から男性に抱き上げられて姿を見せたのは、はかなげな女性だった。吹けば飛びそうな印象だ。『ビオラの身内』という単語から連想される人物とは百八十度違う。
「……ビオラねえさんのお母さんですかい?」
目が点になっている見張り二人である。
「はい……ビオラは、あの子は本当に無事でいるんですか?」
外見だけでなく、声まで弱々しい女性だ。娘を産んだときに、生命力の全てを娘に奪われたのではないかと思われる。
見張りは父親にした説明を、もう一度母親にした。兄貴とビオラはお互いに一目惚れして、いまは山の遺跡内でイチャイチャ幸せにやっている、と。
「ああ……本当なんですね。良かった……あの子がさらわれてから心配で心配で……」
ぐす、と鼻をすすり上げる。目元には涙がにじんでいた。母親は嬉しそうに続けた。
「あの子がいつ魔物と一緒に暴れ始めるかとても心配だったんです……」
…………室内に沈黙が満ちた。どう対処していいのか分からないセーナたちだ。確かにビオラの見た目からして魔物と間違えられる可能性はある。
現に彼女たちと対面したとき、セーナたちは思わず武器を構えてしまった。
そう言えば、依頼は娘の安否の確認ではなく魔物退治で、村長もこの両親も娘の命が危ういとは一言も言っていなかった。子供の命が助からないと思っていたのはセーナたちだけの判断だ。
「……分かります、分かりますよその気持ち!」
うんうんと共感しているのは見張りの二人だった。そこから母親と盛り上がり始める。ビオラが山の中ほどに巣を作っていたゴブリンと目を合わせただけで追い払った話とか、兄貴と二人で自分たちのベッドを作るために巨木を素手で殴り倒した話とか、クマと出会いがしらに殴り合い、一撃でクマを戦闘不能に追い込んで担いで帰ってきてくま鍋にした話とか。
「……すいません、人間の話デスカソレハ」
イズがおそるおそる訊くと、ビオラの両親は沈痛な表情で言った。
「わたしたちが訊きたいです。何の変哲もないわたしたちからどうしてあんなに元気な子が生まれたのか……妻は身体も丈夫でなく、わたしはこの通り武術なんてまるきりダメな男ですから」
納得がいっていないのは何より両親らしい。
「いや、『元気な子』で済ますような話じゃないだろう。いいのかそんな危険人物野放しにしておいて」
エリオスはいぶかしげだ。彼はビオラたちが遺跡に引っ込んでから現れたので、あの精神破壊力抜群カップルを目撃してはいない。ある意味幸せなタイミングで現れた。
「あの子が幸せならそれでいいです」
母親は言い切り、父親は頷いた。
「お婿さんまで見つけたのならなおよろしい。あの子が幸せならわたしたちはそれでいいんです。魔王も倒れたことだし、山の中でも暮らしていけるでしょう」
相手が山賊とか、容姿の点では娘と変わりないとか、そういうことも両親にとっては些細なことらしい。
「……ようは自然に帰す、と、そういうことか?」
「言い換えればそういうことになるかもしれませんが」
野生動物扱いである。魔物扱いとどっちが酷いだろう。不毛の荒野のような話になってきた。
「えーと、とにかく、あの山には魔物はそれほど生息していないようですから、あまり心配することもないと思います」
会話を穏便に終わらせようとレナがそう言う。もっとも、どれだけ凶悪な魔物が棲み付いていようとビオラと兄貴なら『ふたりのあいのちから』で難なく撃退してしまいそうだ。
「そうですか、安心しました。本当に……あの子がいつ第二の魔王になるかと思うと怖かったんですが」
「おほほほほほ」
母親の言葉にレナは乾いた笑い声を上げた。冗談で済ませたいという心境がありありと出ている。兄貴とビオラのカップル魔王と戦うくらいなら、再び魔王ディザスターと戦うほうがまだ気持ちが楽だ。
あのカップルと天秤にかけられる魔王も可哀想だろう。
「とりあえず、朝になったら村長さんに魔物はいないと報告します。さらわれた娘さんも無事でしたし、ありのままにお話しますんで……娘さんが無事で良かったですね」
レナの心境が分かるのか、苦笑しているセーナが場を納め、その話は終わった。
まず何よりも、外で呻いている部下十人をなんとかしなくてはならない。依頼は単なる魔物退治だったはずなのに、ふたを開けてみれば路頭に迷った山賊の全うな職への橋渡しだ。
お人好しにも程があるが、セーナは嫌な顔ひとつしなかった。空いている小屋がいくつかあるという話を聞き、そこを借りて今夜は休み、翌朝村長に話すということでその日は落ち着いたのだった。
――山賊たちは、だが。
「ちょっと待て、セーズ、ぼくとちゃんと話をするんだ」
山賊たちを小屋に案内したあと、自分たちも休もうと別の小屋に行こうとしたセーナを落ち着いていないエリオスが詰め寄った。
「だから、この子はセーナだって言っているでしょう? はっ! まさかエリオス、アナタ……セーナと一緒に寝たいとか下心を抱いているのではないでしょうね!?」
小屋割りは当然、男女別である。割り振りを決めたのはレナだ。
「違う!! 話をしようと言ってたのが聞こえなかったのか!?」
エリオスは真っ赤になった。言うことは大人びているが、根っこは純情らしい。
「さっきしたでしょう」
「ぼくは納得していない!」
「何故よ? 筋の通った話でしょ」
「本人から聞いていないからだ。口の良く廻るレナばっかり喋っていたじゃないか」
「……失礼なところは全然変わっていないわね、アナタ」
睨み合う二人は今にも武器を抜きそうだ。怯えるイズである。英雄ふたりが争ったら、こんな小さな村など跡形もなく無くなるのではないか。
「夜中だよ、ふたりとも。村の人に迷惑だからやめておとなしく寝よう」
セーナはそう言って怯えもせずレナの腕を引いた。
「セーズ! 話を」
食い下がるエリオスは、セーナが眠そうにあくびを噛み殺すのを見て言葉を飲み込んだ。
「……疲れているのか?」
ぶっきらぼうにそう訊いて、彼女が頷くのを見るとあっさりと身を翻して小屋に入っていってしまった。
「? あれ、おとなしく退いたな」
噛み付きそうな勢いだったのに、とイズは不思議そうだ。
「イズも休んだら?」
「おやすみなさい、イズさん」
「あ? あぁ、おやすみ」
セーナの笑顔に押されるようにして、イズも小屋に入る。
扉が閉まるのを見送って、セーナはため息をついた。
話さなくてはならないだろうか。できればエリオスには話したくないことだった。
彼を巻き込むことはセーナの本意ではない。勇者セーズの可愛い弟分。素直でない寂しがりや。セーズがいきなり姿を消して、エリオスはとても心配したのだろう。必死で探してくれたのだろう。セーナを見て、やっと会えたと思ったに違いない。
どうしてセーズが姿を消したのか問い詰めたくて仕方ないに違いない。
なのに、セーナが疲れているのを見て、自分の感情を押し殺して休ませようとしてくれた。とても優しい少年だ。
家族、兄弟のようだったセーズの仲間たち。硬い信頼で結ばれた絆。
絆がほどけることは無いと思っていた。魔王を倒してもずっと続くと思っていた。
かけがえのない仲間たち。
「……何故なんだ、バーミリアス……」
呟く声には信じられないとの思いがある。どうしてもどうしても、彼女には信じられない。どうしてこんなことが起こったのか、何度考えても納得できない。
「……寝ましょう? ずっと歩き通しで疲れたわ」
レナが優しく背を押してくれた。納得がいかないのは彼女も同じだろう。セーズが消えた理由を知るのはセーナとレナフレアだけだ。理由を知るがゆえに、彼女たちはたった二人で旅をすることを決めた。
鍵を握るのはかつての仲間バーミリアス。優秀な魔導師である彼が、セーズが消えた理由の鍵を握っている。それはある意味とても危険で、特にエリオスのような少年には厳しい内容のものだ。
だからセーナはエリオスを巻き込みたくない。できれば遠く離れたところにいて欲しい。
勇者セーズが弟のように可愛がっていた少年だと知っているから。
セーナとレナは小屋に入った。敷かれたワラの上に装備を外して横になる。
目を閉じて、セーナは思った。
明日、エリオスになんて言おう。どう言えば彼は納得してくれるだろうか。
本当のことは言いたくない。愕然とするエリオスを見たくない。
知れば彼はひとりででもバーミリアスを追うだろう。あまり仲のよくなかった彼らだ、話し合いにもならずに戦いになる可能性のほうが大きい。ふたりの実力は拮抗している。
エリオスは魔法剣士だ。剣技も魔法も扱える。近距離ではエリオスが必ず勝つ。だが、魔法の腕ではバーミリアスのほうが上。
戦いになったら、どちらもただでは済まない。最悪どちらも命を失う可能性がある。
「……レナ、エリオスはついてこようとするだろうね……」
「間違いないわね。あの子のセーズ馬鹿は治ってないもの。戦力になるのも間違いないわよ? でも……連れて行きたくないのよね?」
「……同じ思いをさせたくない」
明かりの消えた小屋内に、セーナの声は苦しげに響く。エリオスが二度と離れたくないと考えているのはすぐに分かった。置いていかれてどれだけショックだったのか想像もつかない。
だが、少年勇者であるセーズはもういないのだ……。
なんかいろいろと酷い話だ(笑)




