二章・どうしたらいいのか分からない・4
――時間が凍る瞬間というのは確かにあるのだ、と、そこにいた誰もが感じただろう。
少なくとも、イズは何の反応も出来なかった。
セーナは身軽に動き、レナを背にかばい双剣を抜いており、レナは凍りついたようにセーナの背にすがりついた。
「ナニ、アレ!? なに、アレ!! 何、あれぇ!?」
悲鳴のように繰り返すレナを、見張りの男が沈痛に眺めている。心から共感している表情だった。
無理もない、と。
「うるさい女ねぇ」
けだるげに口を開いたのは、オーガとゴブリンを足して三を掛けてさらにふやかして体積を増やしたような容姿の、多分声からして女性。髪や目の色、着ている服などは聞いてきた特徴と一致する。そして、その『女性』を腕に抱いて得意げに立っているのが、トロルとサイクロプスとをぐちゃぐちゃに混ぜて隠し味にコボルトを足したような、多分男性。
「なんなのよ一体。アタシに何の用なの? 迷惑よねぇ、だーりん♪」
「せっかく二人の時間を過ごしていたのになぁ、はにー♪」
種族的にも人間かどうかすら怪しい二人が、べたべた、いちゃいちゃ、とろとろ、ぎゅうううっと抱き合っているのは、視覚に大ダメージな光景だった。
レナはセーナにしがみつくのがやっとで、イズは声にならない声を上げて身体をかきむしっている。見張り二人は即死効果アリの光景からは目を逸らしていた。
「仲いいんですね。あなたがビオラさんでしょうか?」
人間とみなしたのか、セーナは剣を納め、けろりと話しかけた。それだけでその場の一同(人外の生物以外)彼女を尊敬できると痛感する。
「そうよ、アタシがビオラだけど、あんた何?」
「冒険者です。バルト村の方ですか?」
「そうよ。それが?」
「えっと、ぼ……私たちはバルト村の人に魔物退治を頼まれたんですが、ご両親があなたがさらわれたととても心配していらしたんです。でも、魔物にさらわれたんじゃなかったんですね?」
というか、この容姿ではビオラ自身が魔物と思われても仕方がないような気がする。レナとイズは同時にそう思った。
「違うわよ、アタシはだーりん♪と運命的に出会ってここで結ばれたの」
「はにー♪」
「だーりん♪」
以下、エンドレス。お互いしか目に入っていないらしい二人は、延々と繰り返していちゃつき始めた。それはもう、未成年お断りな展開になりそうな勢いで。
「うおおおおおっ! セーナちゃん! 見ちゃダメだ!!」
「いやぁああああっ! セーナ! こっち来て!」
瞬間的に全身鳥肌まみれになったレナとイズがあわててセーナを引き寄せる。中に入ってしてください!! と見張りの二人が悲鳴を上げていた。もはや視覚汚染物体と言える存在のさらに『邪悪な』行動を純真なセーナに見せるわけにいかない。その場にいる全員で視覚(以下略)から目を逸らす。視覚(略)はいちゃこきながら遺跡の中に戻っていった。安堵のあまり全員で肩を落とす。
「……だから言っただろ? 覚悟しておけよってサ……」
「おれが美人のねーちゃんをおがみたい気持ち……分かってくれるだろ?」
見張り二人はすっかり憔悴している。アレにつき合わされるのが嫌で外の見張りを買って出ていたらしい。その行動は正解だ。アレに付き合ったら十分もしないうちに脳が破壊されそうな気がする。
五分耐えられたら勇者と称えられてもおかしくない。
「ふもとの村にさ……とんでもない(ピー)がいるって噂で聞いてさ……うちの兄貴より不細工らしいって言うんで笑ってやろうかって見に行ったんだよ……」
「そしたらよ……兄貴もついてきちゃってよ……何が悪いってその(ピー)に兄貴が一目惚れしちまって……その(ピー)も兄貴に一目惚れでそのまま駆け落ちって……それでこんなことに……ううう」
自分たちの好奇心を心底から後悔しているようだった。
どうやら、ビオラは魔物にさらわれたのではなく、兄貴とやらに自分からついていったようだ。兄貴の容姿がアレなため、目撃した人が魔物と間違えたらしい。
ビオラの容姿は村の外で噂になるほど有名だったので、彼女は魔物と間違えられなかったのだろう。村長がいまいち娘のことに乗り気でなかったのもビオラの容姿が関係していそうだ。
「……でもなんで親御さんに何も言わないで出て行っちゃったんだろう? 普通に結婚しますって言えば親御さんも心配させなくて済んだのに」
アレでも娘は娘、寝込むほど心配していた両親の姿を思い返して不思議そうなセーナに、ほほえましいと言いたげに見張りはほんやり笑った。アレに比べればセーナは天使、いや聖天の王のように清らかで美しい。
「いや、そりゃおれたち山賊だったから」
「あ、やっぱり山賊かお前ら」
「まぁな」
冒険者と山賊。本来ならば争い、捕まえなければならない相手だが、ある意味での苦境を乗り越えた仲間としてすでに連帯感が出来てしまっている。
「人さらって売ったり、荷物奪ったりいろいろやったけどさぁ……山賊と村娘ってだけでどっかの姫様と王子様みたいな気分でかけおちされてさ……おれ、足洗いたいんだ……真人間になろうって心底思ってるんだよ……」
「おれもだ……仲間はどんどん減っていくし、兄貴はああだし……頼む、おれたちを捕まえてくれないか? 兄貴とアネサンはあのままでいいから……頼むっ!!」
アレと行動を共にするよりは衛兵や自警団に突き出されたほうがずっといいらしい。気持ちは分からなくもない。むしろレナとイズは同情さえしている。
「今も山賊を続けているんですか?」
「いや、今は全く。なにせアレだろ? 仲間も、いまは十人程度だし」
ほとんど足を洗ったと変わらない状態らしい。悪いことをする元気もないようだ。
「魔王も滅んだって言うしさ、平和になったんならここらで真面目になろうかなと」
魔王さえ現れなければ、山賊などやらなかったと彼らは言った。世が荒れたせいで、山賊でもやらなければ生きていけなかったのだと。
「……とりあえず、ビオラさんの無事を知らせにふもとの村に戻りますけど、まともに働きたいのなら口利きくらいはしますよ。若い男手は貴重でしょうし、村の人もかえって喜ぶと思います」
魔王との長い争いで若い男手は減っている。どこの村や町でも働き手は喉から手が出るほど欲しいだろう。バルト村でもそれは同じだ。
あの村長の様子では、ビオラが戻ってくるより働き手が増えるほうが喜びそうだ。
「ありがとう、ありがとうねーちゃん! あんたほんとに天使みたいだなぁ、アレを見ても平気な顔してるし……ある意味勇者だぜ」
今にも彼女を拝みだしそうな勢いで、見張りの二人は感謝の意をあらわにする。
セーナは苦笑して――その笑みが固まった。彼女の視線は見張りの背後、遺跡の入り口のすぐ脇の森の茂みから今まさに出てきた人物に向けられている。
「?」
イズが視線を向けるより早く、その人物が声を上げた。
「セーズ!!」
茂みから出てきたのはセーナより年下に見える少年だ。金色の髪にハシバミ色の瞳の、結構な美少年で、彼はほかには目もくれずにセーナに駆け寄った。咄嗟に動けない彼女の両腕を掴んですがりつくように叫ぶ。
「探したんだ! どうしていきなり姿を消した!? ぼくたちと一緒にシンシアに戻って復興を手伝うって約束しただろう!?」
「あ、う、え、う」
しどろもどろに何か言おうとする彼女と、すがりつくような視線で彼女を見つめる少年。
一体何が起こっているのか、この少年は誰なのか。なにやら親しいようだが彼女とどういう仲なのか。混乱するイズの前をレナが横切って、少年の肩を叩く。
「落ち着きなさい、エリオス。大体アナタどうしてここにいるの?」
エリオスと呼ばれた少年は、それでもセーナから手は離さず、視線だけをレナに向けた。
「! レナ!? なんでセーズと一緒にいる!? もしかして……やっぱりセーズに手を出したのか!? この変態ショタコン!」
「失礼なこと言わないでよ! あたしとセーズは姉弟のようなものだっていつも言っているでしょう!? それより何故こんなところにいるのか答えなさい!」
「セーズを探していたからに決まっているだろう!!」
「だからどうして都合良くここにいるのよ!?」
「ふもとの村で人攫いの話を聞いたんだ! セーズならお人好しだからこういう話には絶対首を突っ込むと思って来てみたら本当にいた!」
勢い良く口論を始めたエリオスとレナに、イズはようやく我に返った。どこかで聞いた名前だと思ったら、このエリオスという少年は魔王を倒した英雄の一人、勇者の仲間だった人物だ。レナと親しげなのはかつての仲間だからで、その仲間はセーナの腕をいまだに掴んだままだ。そして、彼は少女のことを『セーズ』と呼んだ。
それは魔王を倒した少年勇者の名だ。
勇者の仲間だった少年が、すがるように腕を掴んでいるのは、イズがプロポーズした少女で、彼女はどう見ても女の子で、でも勇者セーズは男のはずだ。
「え、ええと、セーナちゃん?これはどういうことデスカ?」
「? セーナ?」
そこで初めてエリオスがセーナの全身を視界に入れた。顔から下へ行くにしたがって、徐々に少年の表情が強張っていき、見られているセーナの表情もひきつる笑顔にかわっていく。
「な、なんで胸があるんだセーズ!?」
「気付くのが遅いわよ、エリオス」
レナがため息をついて少年の腕を少女からはがす。
「この子はセレスティータ。愛称セーナで、セーズじゃないの」
「!? そんなわけ無いだろ! 顔がまるきり一緒じゃないか! 眼の色も髪の色も何もかもセーズそのものだ!」
セーナは勇者セーズにそっくりらしい。
「セーズに胸は無いでしょう」
違うのは性別だけのようだ。
「う」
呻きながらもまだ納得がいかないエリオスはじろじろとセーナを見つめる。
「いや、おかしい。武器までセーズと一緒だ。ジルゼから授かった『星砕く刃』……魔王を倒したあの剣と同じものがあるわけがない」
少女の腰にある双剣。使い込まれたその武器は、確かに他にはないような力を感じさせるものだ。さぞかし名のある名工が造ったものなのだろうと思っていたイズは、心底から驚いた。
「え! そうなのかセーナちゃん!?」
「えと、あの」
おろおろ。セーナはどうしていいのか分からないらしい。
「あー、ばれちゃ仕方ないわね……」
「れ、レナ!?」
泣きそうな顔になるセーナの肩をぽんぽん叩いて、レナは言い切った。
「この子はセーズの双子の妹よ」
爆弾発言。
どかん。
…………レナ以外の全員が沈黙した。
「生き別れた妹さんなの。だからそっくりなのよ。あたしも最初は驚いたわ、行方不明のセーズとうりふたつなのですもの。驚かないわけがないでしょう?」
一息ついて、レナは続ける。
「彼女がセーズの妹だと知れたらいろいろ大変なことになるから、なるべく知らせないようにしていたのよ。セーズ本人を捜し当てるまではあまり騒ぎにしたくないの」
沈痛に言う彼女にイズは頷いた。
「なるほど! それなら納得がいく!」
「いくか!! あんた馬鹿だろう!?」
即座にエリオスが突っ込む。
「生き別れの妹がどうしてセーズと同じ武器を持っているんだ!? あれはジルゼがセーズに与えて、この世界にひとつしかない物なんだぞ!!」
レナは顔色も変えずに言い切る。
「セーズが消えた晩にあたしが持ってきたのよ。今は彼女に貸しているの。幸い彼女も双剣使いだったから……あたしがただ持っているより妹さんが使ってくれるほうがセーズだって嬉しいと思って」
「なるほど……! それも納得がいく!」
「あんたちょっと黙ってろ」
このわずかなやり取りの間に、イズが役に立たないとみなしたエリオスは、冷たく言ってイズを黙らせ、セーナを見つめた。彼女のオッドアイを、まっすぐにひたすらに見つめ――ようとして、レナが間に入ってしまい邪魔される。
「邪魔だ、レナ。どけ」
「だめ。アナタ今、目が怖いからセーナが怯えてしまうわ。可哀想でしょう」
「どけ」
「だめ」
エリオスは怒りをにじませ、レナはにこやかだが怖い例の笑顔だ。さすが魔王を倒した英雄と言おうか、その迫力はかなりのもので、この間に入るには命を失う覚悟が必要なのではないかと思われるほどだ。
割って入るくらいなら魔物の群れに突っ込んだほうがマシかもしれない。イズはそう思った。とてもではないが彼に止められる雰囲気ではない。見張りの二人はすくんでしまって役には立たないと一目で分かる。こんな中にか弱い少女のセーナを送り込むわけにはいかない、自分が止めなければとイズは思うのだが、足が動いてくれないし、声も出なかった。
はぁ、とため息が聞こえ、何気なくセーナが動いたのはその瞬間だ。
「話は後。今はとにかく娘さんの無事を親御さんに教えに行くほうが先!返事は!?」
険悪な雰囲気を一瞬で塗り替えてしまう声だった。
「「「「「はい!」」」」」
全員揃って返事を返してしまう。レナやエリオスだけでなく、見張りのふたりまでもが背筋を伸ばして返事をした。
「じゃ、行こうね」
にこやかに天使のような笑顔で促され、誰も反対できなかった。
えーっと、娘さんとのらぶらぶはともかく(オイ)勇者の仲間の美少年登場ー。波乱の予感。




